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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
肆・第五章 ~最強の将~
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肆・第五章 第三話

 ……『黒剣(ヘイチェン)

 この国の名前であり、この国の王の名。

 そして……この国で最強の存在の名前でもある。

 その軍勢はさっきまで戦っていた『燃鞭(ランピェン)』の島とは真逆の方向からゆっくりと近づいて来ている。

 その数、凡そ……三百、といったところか。


 ──最低限の援軍だけ連れてきた、って感じだな。


 敵の総数が四百ちょっとで、こちらの軍勢が百五十だったのだ。

 そこへ三百が来たならば……取りあえず、数の上では互角以上になれる。

 後は個々の力量で……いや、単純に総大将同士が戦うこの世界では、王である『黒剣』自身の力で押し切るつもりだったのだろう。

 一国の王とはとても思えない……凄まじく強気で強引な采配である。


 ──流石の(ツー)も、それは読み切れなかったって訳だ。


 うちの管事(クァンシィ)である諸は、王が援軍として駆けつけるまで十日はかかると見込んでいた。

 だからこそ俺たちはこの砦へ商売に訪れ……ちょっと予想外の結果にはなったものの、取り合えず、取引が上手い形で終わったのを見る限り、アイツの戦況の読みは正しかったと分かる。

 その諸が読み違えたのは、単純に……この『黒剣』という王が、常識的に考えて選ぶだろう『確実に勝てる数を揃える』のを良しとせず、ギリギリ同数を集めるだけで旅立ち、『数ではなく個々の戦闘力で相手を押し切る』という、常識外の無茶苦茶な戦略を敢行した所為、だろう。

 つまりが、『黒剣』という名の王は、アイツの常識をあっさりと飛び越えるほど「非常識だった」という訳だ。

 そんなことを考えている間にも、三百余りの援軍はゆっくりと近づいて来ていて……俺の目にも、その軍勢の旗が識別出来るほどになってきた。

 

「あ~、お偉いさんが登場か。

 ……面倒だから、消えるわ。

 後は任せた」


 こちらに向かっている軍勢にある『黒剣』の旗……金縁の白い布地のど真ん中に、文字通り黒い剣の模様が描かれている単純明快なその旗を見た瞬間、相棒である筈の(チェン)は大あくびをしたかと思うと、そう呟いてさっさと抜けて行ってしまう。


「……お前な」


 相変わらずやる気のない堅のその態度に、俺は思わず半眼でその背中を睨み付けるものの……背後から睨んだところで意味がある訳もない。

 いや、正面から睨み付けたところで……あの面の皮の分厚い男に通用するとは思えなかったが。


 ──畜生が。


 堅のヤツが消えた後に『何をするか』をよく知っている俺は、内心でそう吐き捨てるものの……かといってその程度で仲間に切りかかるほど怒り心頭という訳でもない。

 そうして相棒が呑気にも女のところへしけ込んでいる中、俺は城門に立ったままでお偉いさん……『黒剣』がやってくるのを待っていた。

 ただの学生でしかない俺でも、上司がやってくるならば門前で出迎えるのが当然だと考えたから、である。

 尤も、俺の手勢はほとんどが追撃に出て行ったままで……出迎えと言ってもかなり寂しいものとなってしまった訳だが。

 ……総勢で二十名くらいだろう。


「……あいつら、帰ってきませんね」


 そうして居残り組の一人……確か(ロー)とかいう話好きの男がいつの間にか俺の隣に来て、そう語りかけてくる。

 その視線は『燃鞭』とかいう敵の浮島の方へと向けられていて……


「……言うな」


 魯の言葉を、俺は静かにそう断ち切った。

 事実、コイツの言葉通り、あれから結構な時間が経っていて、追撃に出た部下たちもそろそろ帰ってきても良い筈なのだが……生憎とまだその気配すら感じられない。

 どうやらあの兵たちは、俺が予想したよりも遥かに馬鹿だったらしく……敵の浮島へと乗り込んで行ったのだと思われる。

 となれば、今頃は逆襲を受けて……全滅とまでは言わないものの、壊滅して酷い目に遭っている気がする。


 ──彼我の戦力差くらい、読み取れよ……


 俺は使えない部下共の末路にそう溜息を吐く。

 惜しいとか可哀想だとか、そういう感情は一切浮かばなかった。

 そもそもが、この世界の人間……即ち、弱者を虐げ、強さに従うという価値観が全ての連中だ。

 負けて死んだところで、自業自得と言うか、死んで当然と言うか。

 それに、アイツらがいなくなったところで……上司を出迎える行列が寂しい程度の問題しかないのだから。


「来ましたよ、皇帝(ファングィ)様。

 この浮島の支配者……黒剣(ヘイチェン)です」


「……ああ」


 部下たちの攻めていった方角へ視線を向け、そんなことを考えていた俺を現実に引き戻したのは、(ロー)のヤツのそんな声だった。

 気付けば、黒剣の軍勢はまだ遠くにあるというのに、数騎の騎兵……鳥に乗っている兵士を騎兵と言うかどうかは兎も角として、ソイツらが先行してこの砦へと迫って来ていたのだ。

 その集団に視線を向ければ、先頭に立つ人物……三十代中盤ほどの中肉中背の、ほっそりとした男が酷く目につく。

 この砦の支配者だった筋肉達磨よりも圧倒的に小柄で、凄まじい膂力を誇っているようには見えないその男は、何故か異様なほどの存在感を放っていて……別に巨躯でも美形でも異形でもないのに、妙に注意を惹きつけられてしまう。

 ソイツが腰に差してあるのは、これまた異様な存在感を放っている、握り手まで漆黒の長剣で……


「ふむ。出迎え、ご苦労。

 ……お?

 李逵(リィクィ)のヤツはどうした?」


 その男は俺たちの前にたどり着くや否や、手慣れた動きで騎鳥から音一つ立てずに飛び降りたかと思うと、そう尋ねてきた。

 こうして近づいてみれば、良く分かる。

 一挙手一投足から滲み出すような自信と、その無駄のない動きから感じる戦闘力……そして何よりも、身体中から発せられているような威圧感。

 尋ねるまでもない。

 コイツが、この国の王……『黒剣(ヘイチェン)』だ。


「あ~、あの大男は、死んで、しまったな。

 えっと……」


 成り行き上とは言え君主になった相手に向かい、「あんたの部下は俺が殺しました」とは言いづらかった俺は、何となく口ごもってしまう。

 勿論、ソレは単にこの『王』の放つ威圧感に圧されただけかもしれなかったのだが……それを除いても俺は、「まだ敵になってない相手」との交渉というヤツ苦手だったりする。

 敵ならぶち殺せば良いだけなのだが、そうじゃない相手だと気を使わなければならないので、どうも面倒で仕方ないのだ。

 そういう訳で実のところ、これで切れて襲い掛かってくるような相手ならぶち殺してしまうのも悪くはないと思っていたのだが……


「……なるほど。

 お前が殺し、地位を奪ったか」


 この島の支配者は、部下の死に眉一つ動かすこともなく……ただ静かにそう呟くだけだった。

 その部下に対して余りにも非情な態度に、僅かに怒りを覚えた俺は静かに拳を握りしめかけるものの……


 ──そう言えば、下剋上上等だったな、この世界。


 この世界の常識を思い出し、すぐさま殺意を押し込める。

 俺に殺意を向けられたことに気付いたのか気付かなかったのか。

 黒剣という名の男は、俺から視線を外すと静かに周囲を見渡し……そこら中に散らばっている血と臓物と死体を眺め始めた。


「……なるほど。

 あの調子に乗っているアホに一矢は報いたらしいな。

 どうやらお前は、あの李逵(リィクィ)よりは使えるようだ」


 たったのそれだけで、先ほどまで戦っていたこの戦場が、一体どう推移したのかを見て取ったのだろう。

 黒剣(ヘイチェン)という名の男は、そう呟くと俺に向かって軽く笑って見せた。

 その笑みの意味は……間違いなく「部下として歓迎する」、だろう。


 ──コイツ……


 転がった死体から、戦場の推移をあっさりと見切るばかりか、俺の戦闘力や指揮力までもを読み切る。

 そして、死んだ部下と比べ……一瞬で無能だった元部下を切り捨て、新参者を警戒心なく自分の配下へと加える度量の深さ。

 かと言って隙だらけという訳もなく、恐らく今俺が突然斬りかかったとしても、コイツはその奇襲をあっさりと見切り、反撃して見せる……そんな底知れなさがある。

 常在戦場の覚悟と、統率者としての度量を備えた、一騎当千の戦士。

 それが……この世界の『王』という存在だった。


「ご期待に沿えるよう、鋭意努力します」


 間近で見てようやく『王』という存在を理解した俺は、静かに跪くと……慣れない敬語を使いつつ、そう告げる。

 そんな俺の態度を見て、ようやく眼前の男がどういう相手なのかを思い出したのだろう。

 王の存在感に圧倒されていた背後の部下たちも、先を争うように地に跪き始めた。

 そうして跪いていると未だ外れることない首輪に、奇妙な違和感を覚えるものの……特に今はそんな些細な感覚に注意を払っている場合ではない。

 と、俺が王の眼前に跪いている、その時だった。


「も、申し訳、ありません、皇帝(ファングィ)様。

 我ら、追撃を仕掛けたものの……げっ」


 知らない内に、追撃部隊が帰ってきたらしい。

 社長……じゃなかった、上司の存在感に圧倒されていて、全然気付けなかった俺は、まるでゼロ点の答案を親に見つかったような、酷く気まずい感覚を味わっていた。

 ……仕方ないだろう。

 帰ってきた俺の部下達は、確実に負け戦を味わってきましたとばかり、ボロボロになっているのだから。

 勝手に追撃し、勝手に引き際を見誤り、勝手にボロボロになった馬鹿共とは言え……それでも一応は俺の部下なのだ。

 その部下の不手際は、上司の責となるのが、世間の常識というヤツであり……ソイツらを見た俺の気分は、もう部下共全てを殴り殺して消し去りたい衝動を抑えるので精一杯だった。

 その馬鹿な部下たちも、俺の眼前にいる男が一体どういう存在なのか気付いたらしく、矢が刺さったり焼け焦げたり血まみれだったりするその身体でも、何とか跪いてくれた。


「皇帝、ってのはお前の名か。

 ……面白いヤツだ」


「……は、はは」


 幸いにして、黒剣はそんな部下たちの様子などどうでも良いらしい。

 ただ俺の名……この世界で呼ばれている変なあだ名にだけ興味を見せたものの、ボロボロの部下たちには全く注意すら払わなかった。

 それどころか……


「なら、その名がハッタリでないところを見せてみろ。

 ……本隊と合流次第、『燃鞭(ランピェン)』の島へ、追撃をかける。

 お前も、兵を整えろ」


「はっ!」


 『黒剣』という名の持つ王は、怪我人だらけでボロボロになっている俺の部下たちに一切配慮すらせず、そう言い放ったのだ。

 部下の管理は(シァン)の責任……いや、例え部下がいなくても命じられた仕事をこなしてこそ将であると言わんばかりのその態度は、まさに乱世の王というべきものなのだろう。

 俺はただ軽く声を出して頭を下げると……そのまま立ち上がり、帰ってきたばかりの部下の方へと歩み寄る。


「……結構やられたな」


「残り、百ってところです、畜生。

 まさか、王が出て来るとは……」


「一瞬で十人がやられ、総崩れの相手を一方的に追撃できる筈の戦況が、たったの一撃で覆されました。

 流石は王、というべきなのでしょう」


 まだ部下になって一日なのに、既に三割が減っている連中を見た俺の呟きに、怪我人たちは一斉に言い訳を始めた。

 だが、喋れる連中はまだマシだった。

 部下たちの中の十人くらいは傷が深いのか、倒れたまま動こうとせず……あれはもう、助からないだろう。

 自陣へ帰って来たことで安堵して、そのまま力尽きたらしい。

 俺の問いに答えている副官っぽいヤツはどうやら無事だったようで……あちこちがちょっと焦げる程度の怪我しかしていない。


「怪我で動けない連中は?」


「戦えない重傷者は……凡そ二十ってところで。

 ……ああ。

 黒剣様が動いたってことは、ついに連中の息の根を止める訳ですな」


 俺の問いに答えを返した副官は、どうやらそれだけでこれから追撃戦が再開されると気付いたらしい。


「任せて下さい、皇帝様っ!

 この(ツー)、まだまだいけますっ!」


「応っ!

 俺だって、この程度の怪我くらいっ!」


「仲間の仇討ちだっ!

 任せてくださいっ!」


 そして、慈とかいう名前の副官の言葉で勢いづいたのだろう。

 さっきまで怪我でボロボロ、もう動けそうにもなかった兵たちは、口々にそう叫び、士気を取り戻し始めた。


 ──幾らなんでも……単純過ぎるだろう。


 その様子に俺はあきれ果て、内心でそう呟いて見せる。

 まぁ、実際のところ……勝ち戦というヤツは、ほとんど危険がない割に、略奪品やら女やら敵残党の虐殺やらと「報酬」が大きいのが基本である。

 コイツらがやる気を見せるのも、まぁ、当たり前と言えば当たり前である。

 博打で負けが込んでいたとしても、いざ勝ちの目が出たならば、多少の赤字が増えるのを覚悟してでも突っ込んで行くのは、ギャンブラーの本能みたいなものなのだから。

 ……その所為で、博打をやるヤツは、ボロ負けする訳だが……


 ──しかし、気合入ってるよなぁ。

 

 負け戦の直後でこれほどの戦意を見せる辺り、コイツらは根っからの戦人……この世界の住人ということなのだろう。

 単に忘れっぽいだけの、お調子者とも言うが。


「よし、なら再編成はお前に任せる。

 適当に戦えるヤツを集めておけ。

 それと、お前……(ロー)とか言ったか」


 俺は慈とかいう兵にそう指示を出すと……次は背後に立ったままの、口の巧い戦奴へと視線を向ける。


「……へ?

 俺ですかい?」


「ああ。

 お前には槍持ちを任せる。

 俺の武器を、持てるだけ集めておけ」


「へ、へい。

 腕に自信なんざ欠片もありませんから、狙われたら逃げさせて貰いますが……

 まぁ、それくらいなら……」


 俺の言葉に、魯という男は素直にそんな言葉を吐きながらも、頷いて見せる。

 実際……俺はコイツを戦力として数える気なんざなく、ただその知識と口の巧さ故に、いざと言う時の助言係として近くに置いておきたかっただけだったりする。

 ついでに言うと、戦場で武器が壊れることこそが、俺にとって一番困る事態であり、自分で予備の武器を持ち運ぼうとすると、いざ戦う時に邪魔で困る。

 そんなときに思いついたのが、戦国時代にあったらしい「槍持ち」とかってシステムだ。

 まぁ、正直な話、立ち読みした漫画にそんな役職がいた、という程度の知識でしかないものの……多少間違っていたところで、そう困るものでもないだろう。


「ですが、皇帝様。

 ……報酬はちゃんと頂きますぜ?

 戦奴になったからって、最前線で使い潰されるのは真っ平御免なんでね」


 魯という男は、口ばかりじゃなく算盤勘定もしっかりとしていたらしい。

 さっそく仕事を始めたのか、正門の辺りに突き刺さったままの武器を拾いつつも、俺に向けてそんな要求を叩きつけやがったのだから。

 ……『力』を見せつけただけで素直に言うことを聞いた周囲の兵たちと比べれば、それはもう、雲泥の差である。


「ああ、良いだろう。

 兵としての地位と報酬をくれてやる。

 だから、ちゃんと働けよ」


 尤も、俺としては労働の対価くらい渡すのが当然だと思っている上に、あの筋肉達磨が稼いでいた財産を頂いたばかりである。

 俺はそれほど意識することもなく、ノリと勢いだけでそう言葉を返す。


「は、は、ははっ!

 この魯、命を、賭して、でもっ!

 皇帝、様にっ、忠誠(ちゅうぜい)を、(ぢか)うっ、所存、に、御座い、まずっ!」


 だが、その適当な返答は、コイツにとっては凄まじいご褒美だったらしい。

 突如、戦奴だった男は大地に額を擦り付けながら、涙混じりの声でそう叫び始めたのだから。

 事実、俺の告げた報酬は戦奴に向けるのは過剰だったらしく、周囲の兵たちまで唖然とした表情でこちらを見つめている有様である。

 とは言え、実力差を味わったばかりのコイツらの中には、俺に意見をする剛の者は流石にいないらしく……俺と目があった瞬間に、どいつもこいつも目を逸らしてしまったが。


「皇帝様、準備は整いました。

 黒剣様の軍も、こちらに到着したようです」


 そうこうしている間にも、兵たちはしっかりと働いていたらしく、怪我人は応急処置を終え、助からないヤツは苦しみを長引かせないようにトドメを刺してやり、武器を捨てたヤツはその辺りに落ちていた武器を手にする等、いつの間にか準備を終えていた。

 それを見て俺は軽く頷くと……視線を上司の方へと向ける。

 当然のことながら、黒剣(ヘイチェン)という名の我らが王は、俺たちの軍を待つどころか、その状況すら意に介そうともしなかった。

 ただ自分の部隊の準備が終わったことだけを見届けたかと思うと……


「では、出陣するぞっ!

 目標、『燃鞭』っ!」


 大声を張り上げて、全軍にそう命令を下したのだった。


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