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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
肆・第五章 ~最強の将~
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肆・第五章 第二話

「……ふぅっ」


 敵の副官を名乗っていた呂方(ルーファン)とかいう男を斃した俺は、気付けば大きく溜息を吐き出していた。

 実際、脳漿を大地にぶちまけて動かなくなっているコイツも、この世界に来てから今まで戦った奴らに負けず劣らずの凄まじい達人であり……たったの一撃を当てるだけに、酷く苦労をさせられたものだ。


 ──副官を名乗るだけのことはある。


 石畳の破片を蹴り放ったあの散弾を、完全に見切ってダメージを最小に抑えた技量と判断力、そして動体視力。

 更には、完全に不意を突いた筈のあの奇襲の最中に、わざと体勢を崩し、罠をしかけるというとっさの機転。

 生身の人間が、生死のかかった土壇場でソレを断行する胆力。

 どれもこれも……人間が鍛えてどうにかなる限界ギリギリ、だとしか思えない。


「とすると……」


 これから戦うことになるだろう、『燃鞭(ランピェン)』という存在は、一体どれほどのヤツなのか。

 そう考えた俺は、少しだけ気合を入れ直すと……呂方を殴り殺した際に歪んでしまった槍を捨て、近くに突き刺してあった大刀を手に取る。

 そうして、俺は武器を取る際、正面の軍勢から一瞬だけ意識を外したのだが……その僅かな殺意の緩みが契機になったらしい。


「ひ、怯むなぁっ!

 だった一人を殺すだけだっ!」


「戦奴共っ!

 一斉にかかれぇっ!」


「ヤツを斃せば、褒美は思いのままだっ!」


 敵軍の中の数人……恐らくは小隊長クラスの連中がそんな叫びを上げ、その声に雑兵共が目の色を変えて、こちらへと進み始めた。

 怖いもの知らずと言うよりは、単純に彼我の戦力差で判断しただけだろう。

 こちらは百五十程度で、敵は四百を超える大軍……しかも、こちらの砦は門扉が壊れているという状況なのだ。

 どんな達人でも、負け戦を覆すほどの戦闘力などありはしない。

 だったら勝ち戦に乗じて、ちょっと危険を冒してでも報酬をたらふく貰い、今後の生活を安泰に過ごしたい。

 ……敵の雑兵共がそう考えても不思議はないだろう。

 とは言え……


「くたばれぁあぎゃぁああああああああっ!

 腕ぇ、腕がぁああああああぎゃっ?」


「……俺がそれに付き合ってやる必要ないんでな」


 大刀を力任せに振るうことで、先陣を切ってきた雑兵の両腕をその槍ごと両断した俺は……静かにそう呟いて見せる。

 両腕を失った雑魚は、周囲に血しぶき巻き散らし、悲鳴を上げ……背後から来た同軍の雑魚に蹴倒されて静かになった。

 仲間に蹴倒されたことで死んだのか、それともまだ生きているのかは分からないものの……あの怪我では、その内に出血多量でくたばるのは間違いないだろう。


「隙ありゃぁああああああああああああぴぁっ?」


「うるせぇっ!」


 大刀を振るい、体勢が崩れているのを隙と考えたのだろう。

 横合いから剣を突き出そうと突っ込んできた男を、俺は左手をバックハンドに薙ぎ払い、頭蓋を殴り潰す。


「うぉおおおおおおっ!

 金、金、金ぇええええええぇべっ!」


「死ねぇぎゃぁあああああああああ!」


 その拳によって飛び散る脳漿を浴びながらも、雑兵共は恐怖に怯むことなく雄叫びを上げながら、俺に向かって突っ込んで来る。

 

 ──ああ、鬱陶しいっ!


 それらの一撃を身体で受け止めては、大刀を振るって屠り、拳で叩き潰し、蹴りを使って死体そのものを砲弾とする。

 そうして十数匹ほどの雑魚を屠り、周囲の地面が血と臓物と肉片によって色が変わり始めた頃……ようやく敵の突撃が止まり始めた。


「お、おい。

 お前ら、行けよ」


「あほか。

 まだ死にたくないぜ、俺」


「何で、剣が効かないんだよ。

 無茶苦茶にも程があるだろう」


「……マジモンの化け物だぜ、ありゃ」


 この脳筋世界の連中でも、流石に死ぬのは怖いのだろう。

 とは言え、やはり戦争に慣れている所為か、他の場所では数匹殺すだけで集団を恐怖で縫い止められた記憶があるってのに……この世界では十数匹を超える雑魚共を潰すことで、ようやく恐怖が浸透し始めたようだった。

 そして……敵の足が止まってくれたお蔭で、俺はやっと思い出すことが出来た。

 ……頭上にいる筈の、味方の存在を。


「てめぇらっ!

 サボってんじゃねぇええええええええっ!」


 俺は血と脂に汚れ、刃筋が歪んできた大刀を投げ捨てると同時に矛を手に取りつつ……渾身の声でそう叫ぶ。


「~~~そうだっ!

 射れっ!

 放てっ!」


「うぉおおおおおおおおおおっ!

 殺せぇえええええええっ!」


 俺の叫びによって、ようやく自分たちの仕事を思い出したのだろう。

 城門の上に配置していたこの砦の兵士たち……今は俺の部下共が、一斉に矢を放ち、槍を投げ、石を放り始めたのだ。


「ぎゃぁああああああああ、目が、目がぁああああっ!」


「いてぇ、いてぇ、いてぇよぉおおお」


「腕が、腕が折れたぁああああ。

 助けてくれぇええええ」


 そしてその一斉射により、戦場は阿鼻叫喚の地獄へと化すこととなった。

 それもその筈で……どうやら敵軍の連中は、『俺』という存在に恐怖する余り、頭上への注意が散漫になっていたらしい。

 上の連中が俺の戦闘力を目の当たりにして、敵軍と一緒に呆けていてくれたのも……予期せぬ伏兵と同じ役割と果たしたと言える、かもしれない。

 ……結果だけを見るならば。

 ただし、サボっていたのは紛れもない事実なので……後で何らかの罰を加える必要があるだろうが。

 

 ──しかし、一度崩れてしまえば脆いのは、他の世界と大差ないな。


 この世界は一人一人の戦闘力が妙に高い傾向があるものの……だからと言って人間そのものの耐久力にそう大差がある筈もない。

 だからこそ、背後から急襲して不意を突いたり、予期せぬ頭上からの攻撃に遭ったりすると……こうしてあっさりと「ただの人間である」ことを思い出してくれるらしい。

 そして、「ただの人間の集団」と化した兵は弱い上に立て直すことも容易でないのか、たった一度の奇襲で統率を失い、こうしてあっさりと烏合の衆へと化してしまう、という訳だ。


 ──ま、策ってのはそんなものか。


 俺はそんなことを考えつつも、近くに突き刺していた大錘を左手に取ることで、両手に武器を持ち……完全に恐慌状態に陥った連中へと襲い掛かった。

 何故、俺が防衛を捨てて追撃に移ったかと言うと……数多の戦場を渡り歩いた俺の勘が、「ここが勝負どころだ」と告げたからである。

 ……ただの勘と侮るなかれ。

 戦場における俺の勘ってのは、何故か異様に的中する傾向にあるのだ。

 もしかしたら、この感覚も破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能の一つなのかもしれない。


「うぉおおおぁあああああらぁああああああああああっ!」


「ひっ、ひぃいいいぎゃっ?」


 なるべく目立つように、なるべく大仰に怯えをかき立てるように……そう心がける俺は、言葉にもならない滅茶苦茶な雄叫びを上げながら、左手の大錘を狙いなど無視してただ力いっぱい振り払い、右手の矛も目立つように大げさに薙ぎ払う。

 破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能により強化された膂力は、怯えてこちらに背を向けた雑兵の右肩を大錘で削り、矛は背中を軽く切り裂く。

 残念ながら敵が怯え過ぎてしまい、俺に背中を向けて全力で逃げ出した所為で、見事に目測を誤ってしまった結果ではあるが……それでも、効果は絶大だった。


「ば、化け物ぅぎゃぁあああああっ!

 斬られっ、斬られたぁあああああああっ!」


 血まみれで悲鳴を上げ、恐怖に歪んだヤツが必死に逃げてくれたお蔭で……恐怖が周囲に伝染し始めたのだ。

 こうなれば、後は簡単だった。

 俺が何もしなくとも……敵が勝手に総崩れで逃げ始めたのだから。


「お、お前らっ!

 踏みとどまれっ!

 戦わんかっ!」


「ほ、褒美がっ!

 褒美があるぞっ!」


 と言っても、逃げ出したのは無理やりこの場に引っ張り出されていた戦奴ばかりで……兵と思われる連中は、そんな叫びを上げて踏みとどまっていたのだが。


「くっ、こうなったらっ!」


 それなりに骨があったのか、その場に踏み止まった敵兵の一人が、逃げ出した戦奴と迫りくる俺とを交互に見て……ようやく戦闘態勢を取ろうと剣を抜く。

 俺と切り結ぶことで、恐慌に陥った軍を立て直そうと考えたのだろう。

 ……だけど。


「……遅い」


 生憎とこの俺は、敵が放つ起死回生の一手を許してやるほど優しくはない。

 その抜刀動作という絶望的な隙を狙うべく俺は、左手に持っていた大錘を渾身の力で放り投げる。

 俺の手によって中空に投げ出された大錘は、この俺自らの動体視力では見えないほどの速度で水平に飛んでいき……剣を抜こうとした男を、その武器ごと叩き潰す。

 大錘が男の立っていた位置へと突き刺さった一瞬後には、文字通り男は『潰れ』……剣は砕け、肉も骨も砕け、血と肉と臓物が敵軍へと降り注ぐ結果となっていた。

 と言うか、飛んで行った大錘も地面にぶつかって砕けてしまい、その破片は地面の土や石と一緒に飛び散り……予期せぬその散弾は、俺に背を向けていた雑兵共へと襲い掛かる。

 

「いぎゃぁああああああっ?

 腕が、腕がぁああああっ?」


「おいぃぃいいいっ!

 兄弟っ! 死ぬなぁああっ!」


「あ、穴ぁっ!

 腹にっ、穴がぁぁぁ……」


 結果は……まさに阿鼻叫喚の一言だった。

 基本的に俺の膂力で放たれた一撃を喰らった敵は、まずあっさりと死んでしまうのだが……散弾となって威力が分散した結果、一撃で「死ねない」連中が続出してしまった、らしい。

 腕が吹き飛んだヤツ、腹に穴が開いたヤツなど重傷者たちは下手に生きていた所為か……だからこそ死から逃れようと、救いを求めて逃げ惑い始め……

 ……だからこそ周囲の連中は、飛び散る流血の色を、ますますその目に焼き付けることになってしまう。

 加えて、激痛に悶え苦しむ連中が悲鳴を上げ続けることで……周囲の雑兵へと伝導し始めた恐怖は、音の速さで更に伝染する羽目になる。


「ひ、ひぃいいいいいいいいいいいいっ?

 勝てる訳がねぇええええええっ!」


「死ぬのは、嫌だぁああああああああああああっ!」


「う、うわぁあああああっ?」


 その波によって、戦奴ばかりか兵たちすらも耐えられる恐怖の限界値を振り切ってしまったのだろう。

 全員が全員、武器を捨て、仲間だった筈の、まだ生きている十数人の怪我人を見捨て……必死に逃げ出したのだから。


「……そこまで必死に逃げるなよ」


 一目散に逃げていく敵の背中を見ながら、俺は軽くそう呟きを零す。

 俺の予想では、もうちょっとこう、一気に逃げるじゃなくて、徐々に退くという形になる筈だったのだが。


「皇帝様っ!

 追撃の許可をっ!」


「今ならば……連中を幾らでも討ち取れますっ!」


 この状況を好機と見たのだろう、自分たちの判断で城壁から降りてきた部下たちが、俺の背後からそう問いかけてくる。

 ……だけど。


 ──無理だな、こりゃ。


 城壁を必死に駆け下りて来たばかりの兵士たちは息も切れ切れで、陣形どころか指揮系統すらも無茶苦茶になっているのが一目瞭然だった。

この状況で追撃を仕掛けたところで、ろくな成果は上がらないことくらい、戦の素人である俺ですら分かる。


 ──大体、敵はまだこっちの倍以上はいるんだが。


 敵の死傷者は多く見積もっても百程度であり、未だに無傷の、三百を超える兵士が残っている。

 百五十しかいないうちの軍が、これに追撃をしたところで……上手く敵を磨り潰せれば良いのだが、下手に反撃を喰らってしまえば、大きな損害を被ってしまうことになるだろう。


「……とは言え、納まらない、か」


 先日まで負け戦でボロボロ、仲間を次々と殺され、屈辱の中、歯噛みし続けた連中の眼前に、逃げるので精一杯の敵兵がいるのである。

 此処でやられた借りを一気に返そうと考えるのは、まぁ、人として当然の流れで……だからこそ、コイツらが望む追撃を止めてやる理由が浮かばない。


「あ~、好きも行って来い。

 ただし、返り討ちにあっても知らんぞ?」


 そう結論付けた俺は、溜息を一つ吐き出し……結局、そんな指示を下す。

 と言っても、俺は追撃に加わるつもりはないのだが……


 ──走るの、面倒だしなぁ。


 それに……幾らコイツらが脳筋だったとしても、流石に敵の浮島にまでは突っ込んで行かないだろう。

 今から追いかければ、多少は被害を与えられる……それ以上のことにはならない筈だ。


「了解っ!

 てめぇらっ!

 今が好機だっ!」


「応ぉおおおおおおおおおおおおっ!」


「仲間の仇を、取らせてもらうぜぇええええええええっ!」


 俺の許可を受けた連中は、まるで山賊か何かのような叫びを上げながら、敵の方へと突っ込んで行く。

 ……陣形も、指揮系統の確認すらもすることなく。


「……大丈夫なのか、アイツら」


 俺はそう呟くものの……今さら追いかけていくのもバカバカしい。

 と言うか、破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能を有する俺は、何故か走ることに対しての筋力は上がってないらしく……走れば普通に疲れてしまうのである。

 ……跳ぶとか蹴るとかいう「一瞬の動作」なら話は別らしく、どうもその辺りの線引きが曖昧なのだが。


「おぅ、相棒。

 終わったみたいだな。

 さっさと帰って寝ようぜ」


 追撃していく部下に背を向け、城門の方へと振り返った俺を待っていたのは、大地に横になり、そんな気合の抜けた言葉を向けて来る(チェン)の姿だった。

 身体の下にはどこから持ってきたのか、大きな布を敷いていて……完全に昼寝モードに入っているのが分かる。


「……お前は……」


 俺からしてみれば、流石にそれは油断しすぎじゃないかと思うものの……要領の良いコイツのことだ。

 状況を見極め、自分に危害を加えられることはないと判断したからこその、この恰好だろう。

 そして……


「おい、堅。

 ソレ、ここの城の旗じゃねぇか」


「……ああ、コレか。

 基本、(シァン)が変われば前の旗は捨てられるんだよ。

 だから、まぁ……有効活用って奴だ」


 そう言い放って身体を起した相棒の下には、二本の戦斧が描かれていた。

 ……その絵柄を見れば、確かに少し前に俺が殺した、あの筋肉達磨の得物を描いた旗だと分かる。


 ──だったら、俺の場合はどうなるんだろうな?


 今までに使ってきた武器が旗印になると考えると……矛と槍か、もしくは大錘か。


 ──個人的には、爪痕みたいなのも悪くないんだが……


 なんて自分の旗印について俺が脳内で適当なデザインを描いていた、ちょうどその時のことだった。


「西側に軍勢を確認っ!

 あの旗は……黒剣(ヘイチェン)様のものですっ!」


 追撃に向かわなかった……恐らくは貧乏くじを引かされただろう見張り役の、そんな叫びが砦中に響き渡ったのは。


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