肆・第四章 第三話
「くたばれぇえぎゃぁあああああああああああっ!」
「……てめぇが、な」
欲望に目の色を変えた強盗共の中でも、先陣を切った欲の皮の突っ張ったヤツを、俺は右手の矛を振るうことで、あっさりと惨殺死体へと変えてみせる。
適当に横薙ぎにしただけだったので、矛先は男の腹腔を深々と抉り……男は腹から血と臓物と、臓物の中にあった反吐と糞便の混ざったような臭いを放つ内容物を吹き流しながら死んだ訳だが……
「ひ、怯むな、いけぇええええええっ!」
「お、俺は、金持ちに、なるんだぁあああああっ!」
……どうやら俺の叫びは、連中の欲を刺激しすぎたらしい。
仲間の一人が無惨に殺され、血と臓物と糞尿の匂いが周囲に広がったというのに、強盗共は全く目の色を変えることもなく……むしろいっそう目を血走らせ、俺に襲い掛かってきたのだから。
「金を、寄越せぇぎゃっ!」
「ぎゃぁあああああああああ、腕が、腕がぁああああああああああっ!」
「いてぇ、いてぇええええええっ?」
「さっさと、どけっ!
どいて、くれ……畜生」
とは言え、そんな連中に俺が怯む訳もなく……そして、自分の欲望のために人様の命を奪おうとしている連中に、俺が慈悲をかける筈もない。
左手の槍を眼前に突き出して、斧を叩きつけようとしていた男の顔面をまっすぐに貫いた後、横薙ぎに振るった後の右手の矛をただ力任せに引き戻す。
刃を返すのを忘れたまま振るわれた片刃の矛は、大刀を手にしていた男をあっさりと吹き飛ばし……その力任せに振るった衝撃は、金属の耐久性を軽く超えてしまったのか、矛先の金属部分が見事に砕けてしまう。
尤も、吹っ飛ばされた男の方も、腕から何からがグチャグチャに砕けたらしく、のた打ち回っていたようだが。
……数人の強盗共を巻き込んだ所為か、ソイツの周囲には苦悶の呻きと怨嗟の声が響いていた。
「よしっ!
武器が一つ壊れたぞっ!」
「今なら、殺せるっ!」
その圧倒的な膂力を見せつけたにも関わらず、雑魚共が怯むことはなく……むしろ、多くの仲間が流した血を見て更に興奮したのか、増々勢い付く始末である。
──ま、目的は果たしたか。
それでも、当初目的……「俺に敵を集中させる」という策は成立しているのだ。
俺は使い物にならなくなった右手の棒……少し前までは矛だったモノを適当に放り捨てると、向かってくる連中へと向き直る。
「さて、っと!」
「うぉおご、ぎゃぉぉぉぉぉっ?」
「たす、たす、たすけ、助け……」
俺は多人数を同時に相手するのには向かないだろう、左手の槍を適当に放り投げ、三人の強盗を昆虫採取の標本みたく、串刺しにしてみせる。
強盗も虫も大差ないらしく、胴の真ん中に槍が突き刺さった連中は、手足をぴくぴくと動かすことで、必死に逃れようと暴れ続けていた。
その徐々に動きが鈍っていく標本擬きを横目に見つつ、素手となった俺は次の武器を……足元に落ちてあった大刀をゆっくりと拾い上げる。
「馬鹿がっ!
隙だらけだっ!」
仲間を串刺しにした槍の一撃を目の当たりにしたのだ。
真っ当な神経をしている奴らなら、普通に怯む筈なのだが……どうやら欲に目が眩んだ連中には、通用しなかったらしい。
大刀を拾うために屈んだ俺へと、強盗の一人が斧を叩きつけてくる。
とは言え、その程度の鉄の塊が俺に通じる訳もない。
俺の頭蓋と正面衝突した斧は、あまり出来が良くない鋳造の品だったらしく……あっさりと斧の刃がぐにゃりと曲がり、武器としては使い物にならなくなってしまう。
「皇っ、帝……様?」
「な、何だ、コイツはっ?」
背後から慌てるような管事の声と、前方から驚愕を隠せない強盗共の声が聞こえてくるが……俺は一切意に介すことなく、拾い上げた大刀を振るう。
渾身の力で横薙ぎに振るったその大刀は、俺に斧を振り下ろしてくれた強盗の身体を真っ二つに切り裂き、近くにいたもう一人の身体を半ばまで切り裂いたところで砕け散ってしまった。
「……ろくな武器がねぇな」
以前にも感じていたことではあるが……どうも最近は破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能が増しているらしく、使用に耐え得る武器ってのがなかなか見つからない。
俺は苛立ちのままにそう吐き捨てると、手に残っていた柄を適当に放り投げる。
勿論、その直撃を喰らった強盗は頭蓋を割られ、血と脳漿をまき散らしながらその場に崩れ落ちたのだが。
「な、何なんだよ、コイツは……」
「……ば、ばけ、もの……」
人間の頭蓋など簡単に砕けそうな斧が、俺に全く通用しなかったことで、このアホな強盗共もようやく「どんな存在に襲い掛かっていたのか」を理解してくれたらしい。
今までの欲に血走った目が消え……その目には恐怖が浮かび始めている。
──この戦い……勝ったな。
俺は今までに何度も経験した実戦において、恐怖に怯んだ相手を圧倒するのには慣れている。
そもそも、人間とは恐怖に弱い生き物で……一度恐慌状態に陥ってしまった精神を、再度立ち直らせることは、至難の業と言っても過言ではない。
そして当然のことながら……俺は襲い掛かってきた敵に対し、「体勢を立て直す余裕」を与えるほど、慈悲深くはない。
俺は手に武器も持たぬまま、恐怖で足が止まった近くの強盗へ静かに歩み寄ると……その肩に優しく手を置いてやる。
「……どうした?
かかって、来いよ」
「ひっひぃぃいいいいいいいいいっ!」
槍を手にしていたソイツは、肩に手を置かれたことで我に返り……慌てて抵抗しようとしたのだろう。
必死にその槍を突き出してくるものの、腰も入ってないただの一撃など、俺に通用する筈もない。
腹筋に力を込めるまでもなく、腹の皮膚だけであっさりとその刃は止まってしまう。
「な、何故……ひ、ひぁああああああああああああああっ?」
槍が通じないのを実感してか、その強盗の顔が絶望に歪み始めたのを見て取った俺は、ソイツの肩に置いた右手に力を少しだけ込めて、軽々と持ち上げると……
残った左手でソイツの骨盤を掴み……
「ふんっ!」
「ひぎゃぃぅぁあああぶべっ?」
眼前で力任せにその身体を、真っ二つに引き裂いてやる。
──うぉ、汚ねっ!
ちょっとしたデモンストレーションのつもりだったのだが……ソイツの血と臓物が身体に飛び散ってきて、酷く嫌な気分になってしまう。
しかも、臓物臭ってのはなかなか鼻を突く悪臭で……何度味わっても慣れるものじゃない。
この匂いに慣れてなければ、この場で吐いてもおかしくないだろう。
だけど……嫌な思いをしただけあって、その効果は絶大だった。
「ば、ば、ばけ、もの、だ」
「こ、これが……大商人の、実力、なのか」
「……勝てる、訳が、ねぇ。
こんな化け物に、勝てる、訳がねぇ」
強盗共は完全に戦意を喪失し……と言うか、逃げることどころか生きようとする意志すら忘れたらしく、強盗共は次から次へと、ただ恐怖の余り腰を抜かして座り込み始めたのだ。
何を勘違いしたのか、土下座して平伏し始めたヤツまでいる始末である。
──さて、どうしてくれるか?
強盗なんざ、所詮、人様に害悪を与えてのさばる……言うならば、毒蛇や蜂のような、害獣みたいな生き物なのだ。
俺としては皆殺しでも構わない気がするんだが……
──ま、この世界の常識的な判断に任せるか。
脳みそを全く使おうとしない、この脳筋世界でも……それなりのルールや常識くらいはあるだろう。
だからこそ俺は、管事である諸にそのルールとやらを伺おうと考える。
「ぐぎゃっ?」
「んべっ!」
何となく返り血が鬱陶しかったこともあり、憂さ晴らしとばかりに、近くで平伏したままの雑魚の頭を踏み潰し、もう一匹を蹴り砕くと……それで少し気が紛れた俺は、背後を振り返ろうと踵を返した。
ちょうど、その時だった。
「まてっ!
儂はこの百八を仕切っている宋というモノだっ!
取引をしようっ!」
未だに立ったままだった数名の男たちの一人が、突如、この期に及んでそんな命乞いを始めたのだ。
雑魚を盾として背後に陣取るその性格と言い、完全に勝負が決まってから取引を言い出すその面の皮の厚さと言い……
逆に感心してしまった俺は、何となく興味を覚えてソイツの方へと顔を向ける。
巨漢まではいかずとも大柄な、髭面の厳つい面の男で……その挙動を見る限り、それなりの達人だと思われた。
「……聞こう」
「ああ、儂は儂で商業の伝手を持っている。
相場よりも少しだけ割増しで、お前の積荷を買おうじゃないか。
お互いが損をしない……良い取引だとは思わんか?」
その宋という男は、本気で面の皮が分厚いらしい。
この期に及んでまだそんな……自分の利益があるような取引を持ちかけてくるのだから、相当のものだろう。
「……そうだな。
なら、買い取ってもらおうか」
「お、おおっ!」
俺は軽く考えると……もったいぶったように大きく頷いて見せる。
俺の頷きに、強盗共の頭領は喜びを隠せず、大声を上げた。
「皇帝様……それ、は……」
背後で諸が何やら声を上げようとするのを、俺は片手で制しつつ、少しだけ考える。
──取引自体は、そう悪くはない。
事実……このアホ共の襲撃程度では、俺たちは損害すら被っていないのだ。
ここからまだ半日以上、荷を運ぶ手間を考えると……此処で本来得られる筈だった利益の七割ほどを確保すれば、移動の手間暇が凡そ半分に省ける。
半分の時間で利益の七割が出るのであれば、十分に得だと言えるだろう。
「だが、お前たちに俺たちの荷全てを買えるかどうか。
余った荷は結局砦まで運ぶ必要がある以上……荷は此処で全て売らなければ意味がないからな」
「だ、大丈夫だっ!
儂らも、それなりに蓄えがあるっ!」
俺の問いに、強盗団の頭領は叫びを返す。
その自信満々の叫びは、言い聞かせるというよりも周囲の部下たちを安堵させるような、そんな響きを伴っていたが……
──人様から奪った金が、な。
俺は内心で男の叫びにそう突っ込みを入れつつも……笑顔を絶やさないように、静かに微笑んでみせる。
「で、お前たちは何を運んでいたのだ?
相場の値に、運ぶ手間を足して、計算しなければならないのだ。
ぜひ、教えてほしい」
「……塩だ」
宋という男の言葉に、俺は思いっきり嘘を吐く。
背後では、積荷を管理している管事である諸が怪訝な顔をしているだろうが……そんなことは知ったことではない。
何しろ俺は……言い出した以上、「取引をしっかりとする」つもりなのだから。
「なるほど。
確かに塩はこの国でも不足しているからな。
それをこれだけ運ぶとなると……」
「なら、しっかりと計算してくれ。
まず、一つっ!」
「んべっ?」
確か、塩の値段は同じ重さの粟と比べて十倍くらいだったのを何となく思い出しつつ、俺は近くで腰を抜かしていた男の顔面を掴み……
そのまま、軽く権能を込めながら、頭蓋を握り砕く。
「ひぃぃいいいいいいいいっ?
な、ななななな何をっ?」
流石に面の皮の厚い男とは言え、眼前で仲間が血と脳漿をまき散らす、無惨極まりない殺され方をしては平静ではいられなかったらしい。
怯えた声を出しつつも後ずさる男の眼前に、俺はその手の中の死体を……破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能によって塩へと化した男だったモノを、放り投げる。
「ほら、塩だ。
買い取ってくれよ?
……なぁ?」
「……ま、さ、か」
俺の言い出した『取引』が一体どういう代物なのか、ようやく理解したのだろう。
宋という名の、強盗団の首領は信じられないような、怯えた声を出す。
……そう。
俺は、言外に、こう要求しているのだ。
『有金を全て差し出して降伏しろ。
ごねるなら、一匹ずつ殺すぞ』
……と。
正直な話、俺は……人様から金を奪って生きていくようなクズ共なんざ、財産全てを『自発的』に差し出した挙句、殺してやろうと思っていた。
だからこそ、こうしてゆっくりと、自分の罪を悟って絶望するように追い込んでいる訳だったが……
「……足りないか?
なら、もう一匹分、どうだ?」
もう一匹、周囲のゴミを塩へと変えてそう尋ねたところで……俺は失敗を悟る。
「う、うぐっ?
……き、貴様、ら」
何故ならば……気付かない内に、宋という強盗共の首領の腹から槍の切っ先が三本も、急に生えてきたのだから。
「て、てめぇを殺せば、お、俺たちは、助かるっ!」
「あんな、化け物に、俺たちを、けしかけやがってっ!」
「あんたさえ、死ねばっ!」
……宋を背後から強襲したのは、同じ強盗団の連中だった。
どうやら宋を差し出すことで、自分たちは助けてもらえると考えたヤツが三人もいたらしい。
──浅はかな雑魚共だ。
──ま、強盗なんてするくらいだから、当然っちゃー当然か。
とは言え、盗賊の頭を精神的に追い込んでやろうと思っていたのに、横合いから楽しみを掻っ攫われる形になった俺は、思いっきり興が削がれてしまった。
「ぎゃぁあああ、や、やめ、ぐ、ぎ、が、が、ぎゃ、ぐ、げっ……」
しかも、俺に慈悲を乞うためか、倒れたもののまだ生きている自分たちのリーダーを、切り刻み始める始末である。
……死なないように、なるべく急所を外しているのか、手足から順番に数センチずつ刻んでいく、という念の入れようだ。
痙攣して悶える宋とかいう男だった肉片に、俺は僅かに憐憫の視線を向けると……すぐに振り返って、後ろの商隊でこちらを伺っている、管事へと尋ねてみる。
「なぁ、諸。
こういう場合、コイツらをどうするんだ?」
「え、あ……は、はいっ!
こういう場合は、頭領はその場で処刑し、残りの降伏した者共は戦奴として捕らえ、自らの財産とするのが普通なの、ですが……」
諸の答えは、そんな簡単なものだった。
──まぁ、そりゃそうか。
そもそもが「強盗」などという概念のない社会である。
つまり……犯罪者を縛り首にする、なんて発想そのものがないのだろう。
である以上、襲い掛かってきた強盗共は、相手が降伏した時点で勝者の『私物』となり……後は私物を好き勝手にすれば良い、というのがこの世界のルールらしい。
納得はしたくないルールだが……分かり易いこと、この上ない。
「ああ、そうか。
なら、適当に縛って……どっかに売るか」
正直な話、コイツらの襲撃によって俺たちの商隊が被った損害は、ないに等しい。
むしろ、売れる戦奴が増えたことで、俺は得をしたと言っても過言ではない。
勿論、多少は時間が無駄になったし、矛と槍を一本ずつ失ったのだが……コイツらの財産全てが俺のモノになったと考えると、それくらいは許容出来る。
「さて、と。
なら、財産を奪ってから、先へと進むか」
「……ですね。
その辺りの手配はしておきます。
お前たちっ!
護衛として働かなかったんだから、それくらいは動けっ!」
俺の言葉は、十分に納得のいくものだったのだろう。
諸は大きく頷くと、護衛たちに指示を出し……護衛たちはその辺りで頭を垂れている雑魚共を縛り始めた。
落ちていた武器も欠かさず拾っているのを見ると……連中の持っていたクズ武器も金に換えるらしい。
──護衛たちのボーナスにでもしてやるか。
どうせ二束三文のクズ武器である。
それで得た利益は、護衛たちにくれてやろうと俺が考えたところで……
「……あ、そうだった」
惨殺死体の側に返り血まみれで立ち尽くしている、三人の裏切り者の姿が目に入った。
コイツらも助かろうと必死だったのだろうけれど……生憎と、俺も嘘を嫌うという日本人である所為か、「裏切る」という行為が嫌いである。
「コイツを殺したところで、お前たちがリーダーになる。
それがこの世界のルールだったな」
俺の語る言葉の意味が分からないのか、三人の男たちは首を傾げる。
それでも……俺の目が不快を訴えているのは分かったのだろう。
もしかしたら、殺意とかいうのが零れていたのかもしれない。
兎に角、その男たちは……静かに一歩、二歩と後ずさり始める。
ただ、背中を向けた瞬間に自分たちが死ぬというのが分かっているのか……俺から目を離そうとはしなかったが。
まぁ、結果はそう変わりはしない。
「だから、さ。
……さっさと死ねよ、下衆共」
俺は静かにそう呟き……
眼前に立つ三人の怯えた男たちに対し、裏切りへの報復として、無慈悲に拳を振うことで……『個』という境界のない、ただのミンチへと変えてやったのだった。