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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
肆・第三章 ~最強無敵の戦奴~
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肆・第三章 第六話



「ううららららららぁっ!」


 戦闘は俺の予想した通り……完全な膠着状態に陥っていた。

 叫びを上げながら、俺が次々と力任せに振るう槍の斬撃を、(ロン)という男が避け、躱し、逸らす。


「ふっ!」


 当たらない斬撃に苛立ち、思わず体重を込めてしまった俺の一撃はあっさりと空かされ……直後、龍という名の達人は隙だらけの俺に向け、その長剣を振るってくる。


 ──くおっ?


 顔面を狙って放たれたその斬撃を、俺は必死にバックステップで躱す。

 ……躱したつもりだったが、戦闘技能はずぶの素人に毛が生えた程度の俺では、達人の攻撃など躱し切れる筈もなく……

 その切っ先数センチほどの刃が、小さな擦過音を立てながら俺の頬を撫でていく。


「っぶねぇ……」


 思わず斬撃を喰らったところに手を触れた俺は、その傷一つない頬に安堵の溜息を吐く。

 ……既に何度も経験したことではあるが、破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能を持つ俺は、普通の刃物では傷つくことはない。


 ──だからと言って、なぁ。


 当然のことながら、それが分かっていたとしても、「金属製の刃物で顔を撫でられる感触」というのは、あまり気分の良いものではなく……俺は、不快感に少し眉を顰め、内心でそう呟く。

 事実、怒りに我を忘れている時なら兎も角……こうして正気のまま戦っている以上、まだ常人だった頃の本能的な恐怖は残っているのだから。

 指で触れてようやく怪我一つないことを確認し、軽く安堵した俺は、慌てて相手から距離を取り……槍を構え直す。

 仕切り直し、というヤツだ。


「信じられない光景ですっ!

 あの(ロン)のっ!

 『斬爪(ツァンチャォ)』と呼ばれるほど鋭い斬撃を、まさかこう何度も躱す存在がいようとはっ!

 目を疑う光景とは、まさにこのことっ!」


「おおおおおおっ!

 すげぇぞ、あの小僧っ!」


「意外とやるな、あの餓鬼っ!」


 その光景に司会者は相変わらず場を煽るような叫びを上げ……その声に釣られるように、周囲の観客からも叫び声が放たれる。

 だが、その観客の浮かれっぷりとは裏腹に……この俺は苛立ちを隠せなかった。


 ──畜生。

 ──強ぇ。


 戦士としての技量は大したことのない俺が、達人級のこの男と何とか試合になっているのは……単純に「リーチ差」のお蔭である。

 三メートルを超す槍を蠅叩きくらいの速度で振る得る膂力があるからこそ、圧倒的に隔たりのある「技量差」を何とか埋めることが出来ているのだ。

 とは言え……それもいつまでも通用しないだろう。

 徐々に、カウンターが放たれる頻度が増えているのを実感している。

 恐らく……膂力任せの単調な攻撃を、見切られ始めている、ような気がする。


「……何なんだ、お前」


 そう考えて肝心の対戦相手の方へ視線を向けると……どうやらコイツは、自分が相対しているのが「規格外の存在である」ことにようやく気付き始めたらしく、さっきの一撃で欠けた長剣の切っ先を見つめながら、そう一言零していた。

 その端正と評判の顔立ちは、必死に冷静さを保っているようだったが……額には隠しきれない冷や汗が浮かんでいる。


 ──そうか。

 ──だったら、勝てる、な。


 武技で相手を圧倒する術など心得ていない俺だったが……心が折れ始めた相手を圧倒して叩き潰す術なら、今までの経験で心得ているつもりである。

 俺は軽く笑うと……槍を特に構えもせず、真ん中辺りを適当に握ると、ただゆっくりと(ロン)という名の哀れな生贄の方へと歩き出した。


「だから、何なんだよっ!

 てめぇはぁああああああああっ!」


 そんな俺の無防備な歩みに激昂したのだろう。

 怒りに我を忘れた男は、大声でそう叫びながら、今までのような洗練された斬撃ではなく、長剣をただ力任せに大きく振るい、俺の首筋へと叩きつけて来た。


「ぬぉぉおっ?」


 常人相手ならば、容易く首を切り落とすその一撃も、俺にとっては「丸めた新聞紙で殴られた程度」の衝撃しか感じないのだ。

 しかも、渾身の力で叩きつけた所為で、長剣はあっさりと砕け散り……バランスを崩した(ロン)という男は、その場でたたらを踏んでいる。


「……阿呆が」


 そして……その隙を見逃すほど、俺は甘くない。

 短く持っていた槍を、それほど力を込めることもせず、相手の胴へと素早く突き刺す。


「ぐ、ぐぅううううううううぁぁぁ……」


 流石に達人級の男であっても……渾身の一撃を失敗した直後、しかも完全にバランスを崩した状態からは、素人同然の俺の一撃を躱すことは叶わなかったらしい。

 それでも身を逸らして躱そうとはしたらしく、身体のど真ん中を抉る筈だった俺の刺突は、ヤツの腹腔を切り裂く程度の損害に留まっていた。

 尤も……その所為で、腹の切り傷からは内臓がでろんと零れ落ち、龍という名の男はそれを留めようと必死に両腕を真っ赤に染めながら傷口を抱え、ついでに腹を切り裂かれた激痛によって蹲ってしまっていたが。


「……終わりだ」


 そして……そんな隙だらけの有様を、俺が見過ごす訳もない。

 手にしていた槍を真横に振るい……必死に命乞いをしようと顔を上げた龍という名の男の頭蓋を、横薙ぎに叩き潰す。

 脳漿が飛び散った男の死体は、その一撃の余波によって吹っ飛んで行ったかと思うと、地面で横に三回転ほど転がって行き、止まったところで砕けた頭蓋と腹の傷から血を吹き出しながらも、びくんびくんと五度ほど痙攣を続け……そして動かなくなった。

 吹っ飛んだ勢いで、内臓が腹から飛び出ていて、見ていてあまり楽しくない有様となっている。

 事実……観客席の中には、その元人間だったモノから必死に目を背けている、気の弱いヤツも見えた。


「……しょ、しょ、勝負ありっ!

 何と言うことでしょうっ!

 まさか、まさか、まさか、まさか、あの龍がっ!

 こんな少年一人に敗れることになろうとはっ!」


 数秒間の沈黙を破って放たれたのは、司会者のそんな上擦った叫びだった。

 周囲の連中からしてみれば……まさに大番狂わせ、というヤツらしい。

 悲鳴のような叫びに首を上げ、観客席の方へと視線を向けると……すでに木札が数十枚ほど宙に舞っているのが目に入る。


 ──コイツら……

 ──さっきのヤツが一人で五人抜きするのに賭けてやがったな。


 敗けを期待されていると思うと、俺に賭けなかった連中全てを殴り殺したくなるものの……まぁ、こうして思いっきり有り金をスッて、報いを受けているのだと思えば、溜飲も下がろうというものだ。


「……ちっ。

 力を入れ過ぎたな、こりゃ」

 

 騒がしい観客席から視線を外し、手元にある、歪んで使い物にならなくなった槍に目を落した俺は、舌打ちをしつつそう呟く。

 ……どうやらさっきの龍とかいうヤツの頭を薙ぎ払った時、ちょっとばかり目測を誤り、「切っ先」ではなく、「その付け根」部分で殴ってしまったらしい。

 敵を殺せた以上、結果オーライではあるのだが……道理で敵の頭が「切れる」ことなく、「潰れて」しまった訳である。

 武器を大事に使おうと思うのなら、力加減よりも武器を操る技能の方を反省した方が良いかもしれないのだが……どんな相手だろうと当たれば一撃で豆腐のように潰せる破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能がある以上、今さら鍛練する気にもなれやしない。


 ──さて、と。


 あっさりと思考を打ち切った俺は、その思いっきり歪んで使い物にならなくなった、血と脳漿に汚れた槍を捨てると、次の武器を探す為に踵を返そうとした。

 ……その時、だった。


「……お?」


 次の対戦相手だろう……確か、(チー)とかって名前のヤツが、何故か俺の眼前で剣を振りかぶっている。


 ──ちょっ?

 ──試合開始はっ、まだっ!


 どうやら俺が勝利の余韻に浸って隙だらけだったのを見つけ、襲い掛かってきたらしい。

 完全に不意を突かれた俺は、その頸部を狙い振るわれた剣を防ぐことすら叶わず……

 出来たことと言えば、ただ衝突に備えて歯を食いしばること、だけだった。


「は?」


 当然のことながら、勝利を確信していた起とかいう男の笑みは、次の瞬間には絶望へと変わる。

 ……まぁ、頸動脈辺りに叩き込んだはずの必殺の一撃が、武器が壊れるという結果に終われば、それも当然だとは思うのだが。

 とは言え、その一撃は確実に俺の不意を突き……俺を驚かせたのは事実だった。

 ……幾ら無敵の権能があるとは言え、覚悟を決める暇もなく、刃物を顔付近に叩きつけられるのは、何と言うか、心臓に悪いのである。


「ってぇな、こらぁあああああっ!」


 一瞬、死を覚悟した俺は、安堵が訪れた瞬間にそう叫ぶ。

 ……ビビったのを誤魔化す意味もあったのだが、まぁ、要は驚かされたムカついたのだ。

 その怒りに任せて俺は、雄叫びを上げながらも渾身の……今までのようにただ力任せに殴りつけるのではなく、殺意と権能を込めた本気の一撃を横薙ぎに振るう。


「甘い……ぁっ?」


 この(チー)とかいう中肉中背の男も、実はかなりの使い手なのだろう。

 気配すらなく完全に俺の不意を突いた挙動と言い、必殺の一撃をしくじった直後の俺の反撃を、崩れた体勢のままに避けてみるその技量と言い。

 だけど……今放ったのは、俺の「本気」の一撃である。


「……馬鹿、なぁあああ。

 目が、目がぁああああああっ!」


 俺の拳を紙一重でスウェーで避け、その直後のバックステップで二メートルほど距離を取った起とかいう男は……何故か着地するや否や、顔面を両手で抱えながら悲鳴を上げ、床に伏してのた打ち回り始めた。

 ……どうやら、俺の横薙ぎの一撃を避けたのは良いが、拳にまとった権能で眼球、もしくはその周辺が塩へと変わることは防げなかったらしい。


 ──そりゃ、痛いだろうなぁ。


 眼球を潰された挙句、その傷口に塩を押し込まれるようなものである。

 恐らく、歴史上実際に行われた拷問の中でも、最悪レベルの激痛が走っているに違いない。


「ひぎぃやああああああああああああっ?

 はぁぐぁゅぁああああああああああああっ?」


 (チー)とかいうその男は、悲鳴を上げながらのた打ち回り、跳ね回り、四肢をへし折る勢いの痙攣を続け……あの腐泥の世界でべリス=ベルグスが病で迎えた最期のような、そんな有様を見せていた。

 まぁ、俺を脅かしたのだから、その程度の苦痛なんて自業自得だろうが……流石に悲鳴がやかましすぎる。


「取りあえず……黙ってろ」


 それに、俺は……「必要以上に苦しめて殺す」ってのは趣味じゃない。

 どうしても許せないヤツに、その罪業を知らしめる意味ならば兎も角……俺は別に快楽殺人者でもサディストでもないのだ。

 俺は、足元で痙攣を続ける(チー)とかいう男を楽にするため、少しばかり力を込めてその顔面を蹴り飛ばす。


「うげぇえええええええっ!

 血だ、血だぁあああっ?」


「何だこりゃぁあああああっ!」


 俺の蹴りによって頭蓋と脳漿と血と肉が飛び散って、観客席まで吹っ飛んで行ったようだが……まぁ、汚れもせず痛みも感じず、安全な場所に居座って人様の生死で金を稼ごうという、あの観客連中は、正直、気に食わなかったのだ。

 良い気味……と言うよりも、こんな人の命を見世物に、賭けをして楽しんでいる連中なんざ『血で汚れて当然』だろう。


「っとぉおおおおっ!

 申し訳なくも……この私、職務をっ忘れていましたぁあああっ!

 言葉を失うとは、まさにこのことっ!」


 その血の雨で正気に戻ったのだろうか?

 矢鱈に五月蠅い司会者が、突然大声を発し始める。


「いえ、正直に言いますっ!

 あの動きっ……私には、見せませんでしたっ!

 まさか、あの『不屈(プーチィ)』と呼ばれ、あらゆる手を使ってでも勝利をもぎ取る、あの(チー)が、何も出来ず、一瞬でっ!

 未だに自分は、この結果を信じることが出来ませんっ!

 兎も角……これで皇帝(ファングィ)が、二連勝ですっ!」


「うぁあああああああああああっ!」


「畜生ぉぉおおおおおおっ!」


 司会者の叫びで自分たちが大金をスッたことを思い出したのだろう。

 観客席からはまたしても悲鳴が上がり、札が舞い散る。

 とは言え、一戦目よりもその数は圧倒的に少なく……どれだけ俺たちが期待されていなかったのかが良く分かる結果となっていた。


「……さぁ、次だ」


 司会者の勝利宣言を聞いた俺は、首を左右に振ると……今度は不意を打たれないように気を配りながら、自陣へと戻る。


「す、すげぇんだな、(ファン)


「おどろきました。

 まさか、こんなにつよいなんて……」


「浮かれるな。

 まだ、二人だ。

 ……半分にもなってない」


 俺の勝利を祝うためか、駆け寄ってくる(トン)(リァン)をそう静かにあしらうと……俺は地面に突き刺してあった武器を一瞥し、少しだけ考える。


 ──真面目に戦わないと、面倒だからな。


 ……そう。

 さっきの二戦を戦ってつくづく身に染みたのだが……達人級という輩は、破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能を用いてでさえ、楽には勝たせてくれない、厄介な連中なのだ。

 ただの素人でしかない俺では、技量を競い合うなんて、下の下。

 力ずくで押し潰すか、恐怖で心をへし折るか、耐久力を見せつけて不意を突くか……そういうやり方以外では勝てた試しがない。


 ──だったら、この辺りだな。


 自分なりの論理を展開した結果、俺は右手に二メートル近いマラカスのような大錘を、左手には三メートル近い六角鉄棒を掴み、両方ともを軽々と肩に担ぐ。

 技量で勝てないならば、力で押し潰す。

 手数で勝てないならリーチ差で押し潰す。

 ……幸いにして、膂力だけならばンディアナガルの権能を持つ以上、誰にも負ける訳がないのだ。

 だからこその、この武装である。

 対角線上に見える対戦相手は、三メートル近い青竜偃月刀を肩に担ぎ、ゆっくりとこちらに向かって歩いて来ている。

 ソイツは、巨人と言っても過言ではない体格と、鍛え上げられ盛り上がった全身の筋肉……そして、そのとんでもない顎髭が特徴だった。


「さぁ、第三戦っ!

 二連勝を決めた『皇帝(ファングィ)』に立ち向かうのは、『赤髭(ツィチィ)』と名高い(チャン)ですっ!

 未だに一度の敗北もない最強の一角と呼ばれるこの男に、あの少年はどうやって抗うのかっ!

 いずれにせよ、目の離せない一戦となりそうですっ!」

 

 相変わらず五月蠅い司会者の叫びを聞き流しながら、俺はゆっくりと対戦相手である長とかいう名の巨人へと歩み寄る。

 その巨人は大きく青竜偃月刀を振りかぶり……身体中の筋肉が膨張しているのを見る限り、どうやらそのまま渾身の一撃をぶつけてくるつもりらしい。


「……おもしれぇ」


 ただの力比べである以上、俺が負ける訳もない。

 むしろハンデとして……右手一本で十分だろう。

 俺は小さく笑うと……右手の大錘を全力で相手に叩きつけるべく、大きく振りかぶる。

 そして……当然の如く、俺が渾身で振るった大錘と、長とかいう巨人が振るった青竜偃月刀が空中で衝突することになる。


「あ?」


 ……だけど。

 衝突の手応えは、欠片も返ってこなかった。

 当たり前だろう。

 俺の振るった大錘は……ヤツの放った青竜偃月刀によって錘の根本部分を、見事に断ち切られていたのだから。


 ──武器を、斬った、だと?


 確かに大錘という武器は、その重量を破壊力へと転化するためか、先端にある金属部分が大きく重く頑丈に作られていて……その他の部分は細く軽くなっている。

 持ち手への負荷を軽くするように作られた結果なのだろう。

 とは言え、それでも先端部分の重量を支えられる形状になっているのだから、そこを狙ったところで、そう容易く断ち切られる訳もなく……


「ば、馬鹿な……っとと」


 武器破壊技を喰らうという、全く予期していなかった事態に、俺は思わずそう呟き……そのままバランスを崩し、身体を泳がせてしまう。

 正直、さっきの一撃には渾身の力を込めていたのだ。

 破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能によってどれだけ腕力が強化されているにしろ、それ以外の『感覚的なこと』は、全て「素の俺」のものでしかない。

 ……大錘の先端部が失われるという急激な重量の変化に対し、俺のバランス感覚では対応できる筈もなかった。


「小僧っ!

 隙だらけだっ!」


 そうして、バランスを崩し、転びかかっている俺に襲い掛かってきたのは……その(チャン)という巨人の振るう青竜偃月刀だった。


 ──くぉおおおおおおおおおおおっ!


 当たり前ではあるが……今さらどうすることも出来やしない。

 顔面へと迫りくる巨大な金属の刃に歯を食いしばりながら、せめてもの抵抗とばかりに左手に持っていた六角金棒を、手先だけの筋力を使って無理やり巨人へと振るう。

 尤も、そんな破れかぶれの抵抗など間に合う訳もなく……俺に青竜偃月刀の刃が食い込まれる方が早かったが。


「……っ!」


「ぐふわぁっ?」


 俺の顔に刃がめり込んだ一瞬後に、俺の振るった六角金棒が直撃し……長という巨人が右側へと思いっきり吹っ飛んで行くのが目に入る。

 どうやら今の俺ならば、手首から先だけの筋力を使うだけで、人間一人を吹っ飛ばすくらいの腕力があるらしい。


「うぉおおおっ?」


 尤も、形ばかりの抵抗をしたところで、バランスを崩した俺の身体がどうにかなる訳もなく……

 俺はそんな情けない悲鳴を上げながら、みっともなくも地へと転がってしまう。


「ってぇ……くそったれ」


 地面にひっくり返った衝撃に、俺はそう吐き捨てながらも、慌てて上体を起こす。

 それは(チャン)とかいう名の巨人からの反撃を警戒したからの行動だったが……幸いにしてその挙動は全く意味のない行動だったらしい。

 何しろ、その筋骨隆々とした巨人は俺の放った一撃に吹っ飛ばされ、腕がへし折れたばかりか、折れた肋骨が肺に突き刺さったのだろう、血の混じった泡を口から吐いていたのだから。


 ──って、何だ、そりゃ?


 それどころか、俺が見守る前で、明らかに激痛によるものとは別の要因と思われる症状を……四肢を硬直させ、身体を弓なりに反らせ始めたのだ。

 転びかかった拍子に殺意と権能をむき出しにして攻撃を行った所為か……新たな権能が発現し始めているような気がする。

 ……生憎と、全く嬉しいとは思わないが。

 ただ一つ言えることは……恐らく、アイツはもう助からないだろう。


「まさかっ! まさかまさかまさかの展開ですっ!

 一体誰がこの展開を予想出来たというのでしょうっ!

 自分ですら未だに目を疑っておりますっ!

 あの、『赤髭(ツィチィ)』と呼ばれ、今までの比武相手を一人以外、一方的に屠ってきたあの実力者がっ!

 これほど一方的に破れるとはっ!」


「あと……二人、か」


 司会者の叫びを余所に、俺はそう呟くと……歪んでしまった六角金棒を杖代わりに使いながら、ゆっくりと立ち上がったのだった。


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