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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
肆・第三章 ~最強無敵の戦奴~
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肆・第三章 第一話

 鳥みたいな四足の獣が曳く、その馬車らしきモノで揺すられる旅は……お世辞にも快適とは言えなかった。

 車輪の衝撃を受け止めてくれるスプリングなんて上品なモノはないらしく、揺れがダイレクトに伝わってくる。

 そもそも……馬車と言うより、獣に曳かれる檻に入っているようなものなのだ。

 板張りの床に直接座るようなものだから、ものすごく尻が痛い上……


「っ!、っ?」


「……ああ、悪い」


「い、いえっ!」


 ……狭いところに餓鬼共と一緒に押し込まれているものだから、居心地がものすごく悪いのである。

 幸いにして、隅っこに座っている俺と最接近しているのは、(リァン)一人だったが……先ほどの殺戮を目の当たりにした所為だろう。

 揺れる時、僅かに触れてしまう鈴の身体が……その度に明らかに強張っているのが分かる。

 少女はずっと俺の方に視線を向けることなく、ただ頭を下げたまま……床を睨み付けるばかりなのだ。

 まぁ、それでも近くにいてくれるだけマシな方で……他の餓鬼共に至っては、俺に近寄ろうともしないのだが。


 ──まぁ、仕方ない、か。


 怖いものは怖いという、その反応が正しいと理解は出来るので、餓鬼共を怒鳴りつける気にはならないものの……流石の俺もその恩知らずな態度に少しばかり怒りが湧いてくるのは抑えようがない。

 だから、俺の視線は自然と外へ……もう一台の馬車擬きへと向き……

 

「はぁっ?」


 ……そこで、流石に絶句した。

 その馬車擬きに乗っていたのは(チェン)のヤツである。

 周囲で寝転んでいるのは、同じ檻に入っていた……何処か別の村で捕まえて来られた奴隷たちだろう。

 全員が白目を剥いてひっくり返っているのを見る限り、単に眠っているようには見えない。


 ──ノシたのかよ……


 その挙句、腕に抱いた婦人……あの村で奪った女性で、恐らくは(リァン)の母である女性にセクハラ三昧して遊んでいる始末である。

 胸元や裾に手を入れて……何と言うか、楽しそうだ。


「って、何考えてるんだ、あの馬鹿はっ!」


 その様子に目を奪われた俺は、思わずそう叫ぶと……天を仰ぐ。

 恐らく堅が周囲の連中をノシたのも、女性にセクハラしてたら周囲から茶々が入り、ウザかったから、だろう。

 倒れている連中は男ばかりであるのを見ると……もしかしたら、連中が堅のヤツに向かって「混ぜろ」とかって横槍を入れてきたのかもしれない。

 それにしても、何と言うか……「戦奴」という地位に落とされたというのに、やりたい放題である。

 奴隷ってのはもっと、こう……色々と不便を強いられるものだと思っていたのだが。


「好きにしてろ、ったく。

 ……っと、何だこりゃ」


 もう二人だけになってしまった、敗残兵だった仲間の所業に、俺がそう呟きつつ、視線を前に戻し……思わずそう呟きを零してしまった。

 何しろそこには巨大な……幅が五メートル、長さが二十メートルほどもある、板張りの橋があったのだ。


「……やっと分界(フンチェ)か。

 先は長いな、畜生」


 馬車擬きの御者がそう呟くのを聞いて……俺は、何となく今いる場所が何処なのかを理解した。


 ──要は……島と島との、境界線、か。


 俺がこの世界に来たあの日……『血風(ツェフォン)』の治めていたこの島へと、『黒剣(ヘイチェン)』の島が突っ込んでくるのを見た記憶がある。

 そのまま血風の城は落とされてしまい、黒剣に併合された訳だが……

 恐らく、此処はあの時に見た、空に浮く島と島との『境界線』なのだろう。

 どうやら検問くらいはやっているらしく、橋の手前で俺を雇った商人……(サォ)(ムン)とかいう名の男が、何やら手続きをしていた。

 そうして、手続きはあっさりと終わったらしく、馬車擬きはその境界に渡された板張りの橋を渡る。


「……マジ、かよ」


 その橋の真ん中辺りで、好奇心に負けて「下」を覗いてみた俺は、思わずそう呟いていた。

 幻想的……と言うか、何と言うか。

 俺たちがいる場所が、文字通り『雲の上』というのを思い知らされた、と言うべきか。

 直下には、真っ白な雲が一面を覆い……その雲の上に俺たちのいた島が浮かんでいるのが分かる。


 ──ホント、どうなってんだか。


 島という「岩の塊」が雲の上に浮かんでいるという、想像を絶する光景を「実感」した俺は、そんな感想を抱き……首を振ってその思考を頭の外へと放り捨てる。

 そんなことなんて……考えても仕方ないのだ。


「……す、すげぇ」


「うわぁ。

 なんだ、こりゃぁああ」


 尤も、力学や物理学……そもそもの常識すらまだ足りてない餓鬼共には、そんな疑問なんて浮かぶ余地もないのだろう。

 素直に驚嘆の叫びを、口から発するだけだった。

 そうして下に見える、雲を見ていると……一部だけ、岩と岩とがくっつき、一体化している場所が目に入ってくる。


 ──くっつき、かかってるのか?


 原理は全く分からないものの、その直感は……恐らく正しいと思われた。

 そして恐らく……この世界の住人は、こうして大地を奪い合っているのだ。

 もしかしたら、一つの島が幾つかに分離することもあるのかもしれない。

 ……やはり「どうしてそうなっているか」という原理はさっぱり分からず……『創造神の力』以外の説明は出来そうにもないのだが。


「っと?」


「す、すみま、せん」


 そうして俺がこの世界の現状へと意識を飛ばしていた時……不意に、裾を引っ張られる感覚に視線を戻してみると、鈴が俺の裾を握りしめていた。

 尤も、俺が視線を向けたことに気付き、すぐに手を放していたが……

 恐らく……岩の塊が浮いているという現実に気付いて、不安になったのだろう。


「いや。

 構わない、けどな」

 

「……は、はい」


 俺の許しを聞いた(リァン)は、すぐに裾を握りしめ……それでも目を離せないらしく、視線を白い雲からは外さなかった。

 怖いもの見たさ、というヤツだろうか。

 とは言え、その高所という絶対的な恐怖があったお蔭で、鈴が俺に抱いていた恐怖心ってのは、薄れたらしく……

 鈴が座っている位置が、僅かに俺の方へと近づいてくれたのが分かり……恐怖の対象として避けられていた俺は、その事実に少しだけ安堵の溜息を吐いたのだった。




 そうして『黒剣(ヘイチェン)』の治めるという浮島を、俺たちを載せた馬車擬きは走る。

 それは『血風(チェフォン)』の島と打って変わって、酷く楽な旅だった。


「……石畳の舗装があるのか」


 理由の一つは、馬車の揺れが酷く小さくなったということだろう。

 この辺りの道は、さっきまで走っていた『血風』の島の、ただ踏み均しただけの道ではなく……石畳で舗装がされていたのだ。

 とは言え、俺の旅が楽になった理由は……それだけではない。


「……(ファン)

 あっちのはたけ、しかくくて、広い」


「あれは……水車、か。

 区画整理もされてるんだな」


 あの島の境を越えて以降……恐々ではあるものの、(リァン)が俺に話しかけてくれるようになったのだ。

 他の餓鬼共は怯えて距離を取っているのだが……たった一人でも歩み寄ろうという態度を見せてくれるだけで、針のむしろの居心地は随分と違う。


 ──もし、俺が教室で一人きりでいる時、誰か話しかけてくれたなら……


 ……今、こうして破壊と殺戮の神の化身なんて、やっていなかったかもしれない。

 俺が、今さらながらに、そんな「もし」を考えてしまうほどに……その「たった一人の存在」というのは、俺が思っていた以上に大きかったのだ。

 

 ──しかし、えらい違いだな、こりゃ。


 周囲を見ながら俺は内心でそう呟いていた。

 ……事実、さっきまで俺が暮らしていた『血風(ツェフォン)』の農奴暮らしと、この『黒剣(ヘイチェン)』の農奴の生活の差は、圧倒的なほどの差が伺えた。

 区画整理された土地、整備された水路、恐らくは製粉しているのだろう、水車の列。

 まるで何世紀もの差があるほど、この二つの浮島の文明レベルは違っていた。


「……コレで、互角だったんだよなぁ」


 まぁ、文明が上回っていたところで、戦争に勝てるとは限らない。

 事実、西洋史では文明が勝っていた筈のローマ帝国が次から次へと異民族によって侵略されていった時期があったとか何とか。


「まぁな。

 ……黒剣の島は、小さかったんでな。

 幾ら武器がよかろうが、兵の質が良かろうが……数の差は絶対的だよ」


 いつの間に隣に来ていたのか、(チェン)のヤツが馬車の中から俺の疑問へと答えてくれた。

 と言うよりも、知らず知らずの内に、俺の内心の声は呟きとして口から零れ出ていたらしい。

 その声を聞きつけて来たのだろう。

 鳥っぽい四足の獣に乗り、俺たちの馬車擬きの前を走っていた、俺たちの雇い主である(サォ)(ムン)のおっさんが……こちらへと視線を向け、ゆっくりと近づいてきたのだ。


「……ほぉ。

 貴様、やはり博識だな?」


「まぁ、これでも文字くらい読めるんでな」


 おっさんの問いに対する堅の答えは、そんな適当なものだった。

 文字くらい誰でも読めるだろう……と、俺は考えたのだが、周囲の連中はそうではなかったらしい。


「すげぇ。

 アイツ、もじがよめるんだってっ!」


「うぉおおっ!

 アイツ、あたま、よかったんだっ!」


 背後では餓鬼共が、そんな感嘆の叫びをあげていた。

 ……どうやら、字が読める人間は、この世界ではかなり貴重らしい。

 それを聞いた俺は、餓鬼共からの尊敬を勝ち取ろうとして「それくらいは俺でも出来るっ!」と叫びかけ……


「そっ……ぁっ?」


 不意に気付く。

 ひらがな、カタカナ、漢字、アルファベットの四つを解読できる俺ではあるが……

 ああ、英語が出来る訳ではないので、あえて解読と言ったのだが……兎に角、そんな博識な俺であっても、「この世界の文字」が読めるとは限らないのだ。

 そもそも……俺はこの世界に来てから今日まで、一つたりとも文字を見た記憶がない。

 来たばかりの『血風』の城でも、文字らしきものは目に入らなかったし……


 ──ああ、魔法陣には文字が描かれていたっけか。


 ただ、生憎とアレはこの世界の常用文字だとは思えない。

 下手に自慢して……後で嘘だとバレて大恥をかくのは、破壊と殺戮の神ンディアナガルの化身である俺でも、少し耐え難いものがある。


 ──キジも鳴かずば……だっけか。


 結局俺は、要らぬ自己主張を必死に飲み込み、黙り込むこととした。

 そうして俺が背後にいる餓鬼共へと注意を向けている間にも、商人のおっさんと堅のヤツは、言葉を交わし続けていた。


「と言っても、武力一辺倒な『血風』の治めていたあの城じゃ……凡その地図と、ざっとした人口くらいしか分からなかったがな」


「……なるほど。

 ただの農奴ではないと思ったが……

 良いところの生まれの、脱走兵、というところか」


 そんな堅の答えを聞いた商人のおっさんは……我らがリーダーを眼光鋭く睨み付けつつ、俺たちの素性をそう看破して見せる。

 俺はあっさり前科を見抜かれたことに少しだけ背筋を伸ばしてしまっていたが……睨まれている当の堅自身は軽く肩を竦めただけ、だった。


「まぁな。

 ……つーても、戦奴には氏素性なんて関係ないだろう?」


「勿論だ。

 働いて、稼いでくれれば、それで良いさ」


 『血風』が治めていた国が滅び、『黒剣』の島へと併合されてしまった以上、俺たち敗残兵は何処までも追い立てられる運命にあると思い身構えたのだが……どうやらこの世界は、それほど敗残兵に厳しくはないらしい。


 ──いや。


 もっと話は単純で、「敗残兵を売り払った賞金」と「俺たちが戦奴として働いた時の利益」をこのおっさんが脳内で秤にかけ……「俺たちを働かせる」方に天秤が傾いただけ、なのかもしれない。

 どっちにしろ……このまま敗残兵として密告され、『黒剣』の兵士たちに追い掛け回される心配はない、らしい。


 ──なら……稼がなきゃ、な。


 少なくとも、このおっさんが運んでくれる先で、戦奴として戦えば……俺は餓鬼共と自分の衣食住を稼げるのだ。

 戦いがほぼ日常と化している俺であっても「少しは頑張らなきゃな」などと奮起してしまうのも……まぁ、仕方のないことだろう。

 そうして俺が拳を握りしめ、逸る気分を抑え込んでいた頃。

 俺たちを載せた馬車擬きが少し小高い丘を越え……

 眼下には、目的地が見えてきた。


「なんだ、こりゃぁああああっ!」


「でけぇえええええええええっ!」


 背後で餓鬼共が騒ぐのも……無理はない、だろう。

 俺たちの眼前にあったのは、都市一つを丸ごと囲う……巨大な漆黒の城壁だったのだから。


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