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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
肆・第一章 ~呼び出された戦奴~
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肆・第一章 第五話


「お、おいっ?

 何をっ!」


 突如、宙を舞った首に俺が戸惑っている間にも、(チェン)とか呼ばれた男は、その手に持っていた矛を振るい……次々に戦場で手足を無くしたのだろう、無抵抗のおっさんたちを斬り殺していく。

 ……いや、堅だけではない。

 彼と並んで歩いていた……先ほどまで新生活について楽しそうに語っていた男たちが、さっきまでと同じ笑みを浮かべながら、次々とおっさんたちを斬り倒すのだ。

 

「ぎゃああああああああっ!

 腹がぁあああああっ?」


「手が、手が、血がぁああああああっ!

 ひぃいいいいいいいいいっ!」


「助けっ!

 助けてくれぇえええっぶふぅっ!」


 俺が戸惑っているたった十秒の間に、その村は血まみれの、惨劇の場と化していた。

 中には必死で抵抗しようとしたおっさんもいたのだが……武器を持った現役の兵士相手に、腕や足などを失った年老いた中年以上のおっさんたちが抗ったところで、勝てる筈がない。

 畑仕事をして生計を立てていたのだろう、おっさんたちはあっさりと血と臓物を巻き散らし、断末魔の叫びをあげて地に伏し……多少の時間差はあれど、そのまま動かなくなってしまう。

 ……農地から作物を奪取してきた彼らが、死んで農地の栄養となるのは、ある意味自然の摂理というものだろうか?


「ひ、ひぃぃぃっ?」


「~~~~っ!」


 残された女性と、子供たちは震えるばかりで、もう悲鳴すらも上げられない有様である。

 ……子供たちの股間が妙に濡れているのは、まぁ、そういうことなのだろう。


「さて、どうする?

 俺は、その女を頂くつもりだが」


 そうして村にいたおっさんたちが全員、血と臓物をまき散らす『物体』へと変わった後……堅という名の、俺たちのリーダーは近くにいた人妻だろう、かなり身体付きが豊満な女性を抱き寄せてそう宣言する。

 夫を殺されたのだろうその婦人は、夫の死体を見て涙を流しながらも……若者のその横暴極まりない宣言に対し、抵抗をしようともしない。

 ……いや、悲鳴すら上げようとすら、しない。

 絶望に満ちた……と言うよりも、こうなることが仕方ないような、諦め切った表情で、ただされるがままになっている。


 ──な、何だ、コレは?


 その光景に、俺はただ呆然と立ち尽くしていた。

 とは言え、血や臓物……死体が珍しいのではない。

 正直な話、そんなモノなど、破壊と殺戮の神ンディアナガルの化身となった俺は、もう見飽きるほど見てきている。

 ただ、それでも……こんな風に、誰もが諦め切った表情で、兵士たちの虐殺を見つめ、抗議の声を上げようともしていない。

 その事実こそが、俺をこの場に縫いとめていた。

 

 ──もしかして……

 ──この世界では……これが、普通、なのか?


 納得出来ないながらにも、俺がようやくその結論を導き出した時……

 早い者勝ちのバーゲンセールを奪い合うかのように、農村の女性たちは兵士たちの手に抱きすくめられ、その所有品として扱われている。


「お、俺は、こっちの女を頂くぜっ!」


「ひ、ひぃぃいいっ?」


「わ、儂は、こちらの娘を……」


「い、いやぁ……ゆる、し……」


「……お、おいっ?」


 流石に見かねた俺が口を出そうと前へ踏み出そうとするが……

 俺以外の出遅れた連中が、俺よりも早く前へ踏み出し、声を張り上げる。


「待て、こらぁっ!

 その女は、俺が目をつけていたんだっ!」


「死にぞこないのおっさん共は、ひっこんでなっ!」


 ……とは言え、現在進行形で攫われている女性たちを助けようとしてのことではなく、自分の取り分を求めてのこと、らしい。

 

 ──ダメだ、こりゃ。


 女を奪い合い、にらみ合いを始めた男たちを見た俺は、軽く肩を竦め……呆れたような溜息を吐く。

 事実……兵士たちの手には武器が握られていて、いつ刃傷沙汰に発展してもおかしくない有様なのだ。


 ──そんなに必死になるほどのもんかなぁ?


 そうして命がけで女を奪い合う兵士たちを見て、俺は内心でそんな呆れた呟きを零していた。

 正直な話、この村にいる女たちはどれもこれも人並み以下な容姿で……はっきり言って俺としては、そう食指が動かない。

 具体的に言うならば、どれもこれも薄汚れたぼろ布に身を包み、土汚れだらけの顔に、ろくに風呂にも入ってないのだろう脂ぎった髪をしていて……まぁ、現代日本の生活に慣れた人間としては、最下層クラスの容姿なのだ。

 思いっきり分かり易く説明したとすると……「路上生活者のおばさん相手にヤりたいか?」と言われる感じに近いだろう。

 勿論、村にいた女性は少女からおばさんまでと幅広かったのだが……年齢的にはおばさんとは言えないような少女でさえも、身なりや清潔さ、肌年齢などは、明らかに『現代日本のおばさんレベル』なのである。

 俺個人としては……金を貰ったとしても勘弁して欲しい、という感じなのだ。


「で、どうする、この餓鬼ども?」


 っと、俺が景品として強奪されている女性たちの品定めをしている間にも、(チェン)という男は次の段階に入ったらしい。

 性欲処理の道具にすらならない、労働すら出来ない無駄飯喰らい……即ち、子供たちをどうするか、という段階に、だ。


「食わしていくだけ、飯がもったいないだろう。

 さっさと、ぶち殺してしまえ」


 ……そして。

 兵士たちが下した結論は、俺が想定した中でも最悪最低のものだった。

 子供たちはその声に震え抱き合うばかりで……逃げ出そうとも抵抗しようともしない。

 ……いや、一人だけ。

 十歳を少し超えたくらいの、一番年長の少女だけが子供たちを背に庇い、必死に大人たちを睨み付けている。


 ──ちょ、待て、おいっ?


 正直に言おう。

 俺は人の死に慣れている。

 恐らく、現代日本で生まれ育った同年代の学生たちの誰よりも、人の死に関わってきたし……この手で殺した数も桁違いどころか三桁か四桁ほど違うと自覚している。

 ……それでも。

 幾らなんでも、無抵抗の餓鬼が身勝手に殺されているのを、黙って見ていられるほど、クズじゃないつもりはあるっ!


「ったく。

 やかましい。

 とっとと死にやがれ、雑魚共」


「……っ!」


 子供たちの泣き声に眉をしかめながら、堅という男はその手にしていた矛を振り上げ……無慈悲にもそう呟く。

 その腕が振り下ろされるのと……俺が手にしていた矛を手に、その刃の直下に滑り込むのは、ほぼ同時だった。


「てめぇ。

 一体、何のつもりだ?」


 そうして飛び出した俺に待っていたのは……周囲の兵士たちから向けられる非難の目だった。

 常識知らずの相手に向けるような……昔、友達を作ろうとクラスメイトの会話に無理やり割り込んでみた時に向けられた、鬱陶しげな視線に近い。


「……い、いや、つい、身体が、な」


 その視線に怯んだ所為か、眼前のリーダー……堅という男にそう詰問された俺は、思わずそんな適当な言葉を返すことしか出来なかった。


 ──どうする?

 ──こんなゴミ共……いっそ皆殺しに、するか?


 自分が怯んでいる事実に苛立った俺は、思わずその思いつきに飛びついて拳に力を込め……すぐに自分が何故ここで兵士の格好をしているのかを思い出し、思い留まる。


 ──どうすりゃ良いんだ、畜生っ!


 そうして決断を下せない俺は、堅という男の血まみれの矛を、膂力に任せて押し返すことも出来ず、ただ食い止めることしか出来ずにいた。

 ……そう。

 俺が思わず飛び出したのも、詰問されて言い訳にもならない無様な言い訳をしているのも、こうして矛を向けている相手を殺せないのも……全ては俺自信がいまだに『迷っている』所為だった。

 殺すなら皆殺しにしなければならない。

 だけど、今度は命を大事に……一般人に紛れて、色々とやってみたい。

 その二律背反が、俺の殺意を食い止め、無敵故の自信を喪失させ……俺をただの一般人と変わらない心境にさせていたのだ。


「へぇ、面白ぇ。

 この俺と、やろうってんだなっ!」


「……っ!」


 俺が反旗を翻したことに、憤ったのだろう。

 堅という男は俺が食い止めている矛に、渾身の力を込め始める。

 恐らくは、自慢の膂力で俺の抵抗を押し潰し……そのまま俺を斬り殺そうという意図で。

 ……だけど。


「くっ、こいつ……」


 まぁ、多少迷っているとは言え、破壊と殺戮の神ンディアナガルの化身たるこの俺を相手にして、普通の人間が力ずくでどうにかなる訳もない。

 堅という大の男が、上から圧し掛かるようにして体重をかけ、顔を真っ赤にして力を込めているというのに……俺が両手で握っている矛は、僅かたりとも動かないのだ。

 そうして、俺たちが力比べをしている……いや、一方的に眼前の男が無駄な労力を使っている、その時、だった。


「おい、無駄な体力使うなよ、堅。

 ソイツ、そういうのが好きなヤツなんだろ。

 好きにさせてやれ」


「そうそう。

 突っ込んだら壊れるような孔が好きな変態も、たまにはいるんだよ」


 傍らに女を抱きかかえた……一人なんざは胸元から手を入れて、直接胸を揉んでいるという、戦利品を得て楽しそうな笑みを浮かべる兵士たちは、矛を交えている俺たちに向けてそんな声をかける。

 はっきり言って冤罪以外の何物でもないその声に、俺は異を唱えようと口を開くものの……

 

「ああ、その手の餓鬼の尻が好きなヤツ、とかな。

 そう言や……前の部隊にもいたなぁ。

 略奪する際、分け前で苦労しないから有難かったな」


 当の本人である堅が、その兵士たちの言い分を信用してしまったらしく、俺に向けていた矛を収めると……そう呟く。


「じゃあ、ソイツらはお前のモノだ。

 よかったな、いっぱいいるぜ」


「おお、すると、お前は今日から後宮持ちだな。

 ……よし、お前の名は今日から『皇帝(ファングィ)』と名乗れ、うん。

 大陸統一を果たし、千人の美女を侍らせた、男の中の男の称号だっ!」


「よし、『皇帝』っ!

 もうちょい育ったら、俺たちにも分けてくれよ!」


「ちょ、おいっ?」


 男たちは次々と俺にそんな声を投げかけると……もう用は済んだとばかりに俺に背を向けて、近くの家へと向かっていく。

 正確には、家へと向かっていったのは、傍らに戦利品を持っている男たちばかりで、戦利品を得られなかった哀れな他の連中はまた別の集団を作り、別の場所……恐らくは近くにあるだろう、同じような村を目指して旅立っていったが。

 ……まぁ、他人のことなんて、どうでも構わない。

 何か、訳の分からない経緯でつけられた変なあだ名も……取りあえず、今のところは置いておくとしよう。


「わ、わたしたちを、どうする、つもりっ?」


「……こ、ころさないで」


 それよりも今は、この……背後で震えている、文字通りリアルに小便臭い餓鬼共を、一体どうしてやるかということの方が、遥かに大きな問題だった。


「て、てを出すなら、わたしだけに、しなさいっ!

 わたしが、一ばん、大きいからっ!」


「ねえちゃんっ!」


「ね、ねぇちゃんには、なにもさせないからなっ!」


 全部で餓鬼共は十二人。

 年長の十歳の餓鬼が正面で喚き、近くの餓鬼がそれを庇っているという……小学校か幼稚園で見られるレベルの、お涙頂戴モノの寸劇が行われているのを横目で眺めながら、俺は溜息を吐く。


 ──取りあえず、家は余っている、んだよなぁ。


 足元ではまだ乾いていない、真っ赤な血と臓物が転がっていて……持ち主が減った分、住む家は恐らく余っていることだろう。

 ……木の板と藁と石を組み合わせたような、掘っ立て小屋以下の棲家ではあるが、まぁ、雨風くらいは防いでくれるだろう。


「おいっ!

 おれのはなしを、きいて……」


「やめなさいっ! 『(トン)』っ!」


 何やら騒いでいる餓鬼共を無視しつつ、俺は更に周囲を見渡す。

 来た時も思ったが、この辺りは農村らしく、畑が周囲に広がっている。

 その面積はかなり広く見える。

 ついでに言えば、足元に転がっている元おっさんたちが作っていたのだろう、何やら緑色の植物が生えていて、ちゃんと育ててやれば、それなりの収穫が見込めそうだ。


 ──農家ってのも、面白いかもな?


 どうせ飽きるまでの間なのだ。

 一度くらい、そういう……のんびりと牧歌的な生活をするのも、悪くはないだろう。


「ただ、コイツらを、どうするかなぁ」


 とは言え、どっからどこまでが俺たちの畑で、そして、その畑で餓鬼どもを養っていけるほどの収穫があるのか……それが全く分からない。

 俺の視線が向いたことに気付いたのだろう。

 董とか呼ばれた餓鬼が直前までの威勢を忘れてあっさりと怯み……年長の少女がそれを庇うように前へと出てくる。


「あ、あの……『皇帝(ファングィ)』さま」


「……何だ?」


 下らないあだ名で呼ばれた俺の返事は、かなり不機嫌そうなもの、だったのだろう。

 少女は一歩下がり……子供たちは目に涙を浮かべ、また大泣きしそうな雰囲気になっている。

 それでも少女が俺の前から逃げずに口を開いたのは……一番年上で、子供たちに縋られていて逃げられない所為だろう。


「……あ、あのっ!

 このまま、も、なんですから……

 どこかの、いえに、入っては、どうですか?」


「……そう、だな」


 とは言え、適当な家に押し込んで……中で『最中』に出くわすのも何と言うか体裁が悪い。

 塩だらけの世界でそういう目に遭遇しているから、あの気まずさと居た堪れなさをもう一度味わう気にはなれなかった。

 それに……子供たちへの情操教育にも良くないだろうし。


 ──首が飛んだり、臓物が溢れ出たり、血が噴き出すのもどうかとは思うが……


 まぁ、その辺りは俺の所為じゃないし……子供たちも、一時的な預かり品であり、別にどうこうしようと思っている訳でもないのだ。

 鬱陶しいなら、その辺りに捨ててくれば良いのだ。



 ──そう思えば、犬猫みたいなもんか。


 何故かそう考えると……拾ったこの餓鬼共をその辺りに放り出すことが、何やら『悪いこと』のような気がしてくるから不思議である。


 ──捨て猫は、良くないことだし……

 ──やっぱコイツらを、身勝手に捨てるのって……ダメだよなぁ。


 恐らくは、犬猫と同レベルに考えることで、現代日本の感覚が……たまに遭遇した、捨て犬・捨て猫を見つけたときのあの感覚が蘇って来た所為、なのだろう。


 ──ちゃんと飼い主を見つけてやらないとなぁ。


 俺は何となく、そんな慈悲深い視線を、餓鬼共に向けてしまう。

 その視線に餓鬼共は怯えて震えあがっていたが……まぁ、それは深く追及するつもりはない。


「じゃ、行くか」


「は、はい」


 そういう訳で……俺は子供たちを連れて、掘っ立て小屋以下のみすぼらしい家へと歩き始めたのだった。


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