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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
肆・第一章 ~呼び出された戦奴~
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肆・第一章 第二話

 ──っ?


 完全に油断していた俺は、『道士(タオスィ)』と呼ばれていた小男が放ってきた、不意の一撃を避けられない。

 鈍い光を放つその刃は、まっすぐに俺の腹へと吸い込まれ……


「いきなり殺すことになって済まないが……すぐ私も後を追うことになるだろう。

 恨み言は、あの世で聞かせても……」


 だけど……俺へと刃を突き出してきたその小さな男の言葉は、それ以上語られることがなかった。

 必殺のつもりで放った小剣の切っ先が、俺の腹の皮一枚すらも貫けず、あっさりと欠けているのを目の当たりにしたのだから……絶句するのも仕方ないことではあるが。


「ば、ばか、な。

 貴様、は、一体……」


「ったく。

 ……いきなり人様を刺すなんて、なんて酷い真似をしやがるんだ」


 突然理不尽な目に遭わされた俺は、そう一つため息を吐き、眼前で驚愕に目を見開いている小男の右手を掴むと……


「ひぎゃぁあああああああああああああああっ?

 指、指っ、指ぃぃぃいいいいいいいっ?」


 ……そのまま、ぎゅっと絞ってやる。

 指の骨がへし折れるどころか、絞られたことで発生した血圧によって毛細血管が破裂し、ついでにへし折れた骨が内部から肉を突き破って外へはみ出て来たのだ。

 腕が内部からの圧力で破裂するという珍事に見舞われた道士とかいう男は、この世の終わりのような悲鳴を上げ……俺から必死に逃れようと暴れ始めた。

 だが、小男如きが幾ら暴れようと、俺の握力で囚われた状態から逃れられる訳もない。

 ただジタバタと暴れる……子供が駄々をこねているようにしか見えなかった。


「くっくっく。

 無様なヤツだ」


「はっはっは。

 弱っちぃ小物が粋がるから、こうなるんだよ」


 その様子を眺めていた周囲の屈強な男たちからは、そんな笑い声が上がり始めた。

 道士と呼ばれた小男の右手はまるでケチャップのボトルを車で踏み潰したような、無惨な有様になっていたのだが……どうやら周囲の連中はこの手の光景などは見慣れているらしく、顔を青くさせたり吐き声を堪えたりしている者は一人としていない。

 それどころか、さっきまで俺に向けられていた侮蔑の表情が随分と和らいでいるのが分かる。


 ──変な連中だな。


 仲間である筈のこの道士とやらを馬鹿にしたり、その道士の腕を潰した俺を責めようともしないのだから……俺からしてみれば訳の分からない連中としか言いようがないのだが。


「……なるほど。

 戦闘経験は足りないようだが、力はなかなかのモノらしい。

 思っていたよりは掘り出し物だった、ということか」


 そんな中、玉座に座ったままの巨漢が静かにそう呟く。

 その言葉を聞いて、安堵したのだろう。

 右腕を潰された小男は、出血のために血の気の引いていた顔に喜色を滲ませつつ、玉座の方へと這い寄っていく。


「で、ではっ!

 この功績を認め……約束通り、私に『(シァン)』の地位を下さるのですなっ!

 王よっ!」


「ああ、そうだな。

 貴様を将と認めよう」


 道士と呼ばれていた小男の声に、玉座に座る巨漢は大仰に頷く。

 ……その言葉に安堵したのだろう。

 右手を潰されたままの小男は、身体の力を抜き……静かに床へと座り込んでしまった。


「やっと、これで、我が一族を、農奴の地位から救うことが……」


 ……だけど。


「とは言え……貴様はこれでもう用済みだがな」


 その、次の瞬間だった。

 瞬きするほどの間に、王の鍛え上げられた腕がブレたかと思うと……道士と呼ばれた小男の身体が二つに分かれ、床に血と臓物をまき散らしながら転がって行く。

 飛んで行った小男の表情は驚愕に目を見開いたまま固まっていて……彼の唯一の幸福は、痛みすらなく死んで行けたこと、だろうか?


「自らの力で戦おうとせぬモノが座る椅子など、我が国にはない」


「……うわぁ」


 あんまりと言えばあんまりなその仕打ちに、俺は思わずそんな声を上げていた。

 何と言うか、悪役の見本市という印象なのだ。


「それでこそ、我らが王っ!」


「我ら、より一層の忠誠を誓いますっ!」


 尤も……周囲の脳筋な男たちは、屈強な王の仕出かした暴虐行為に、何故か感涙を咽んでいたが。


 ──馬鹿ばかりか、ここは……


 何と言うか、体育会系に更にプロテインを足した後、脳みそどころか延髄まで引き抜いたようなその男たちの反応に、俺はただ呆れることしか出来なかった。


「では、戦の準備だ、お前たち。

 あの『黒剣(ヘイチェン)』の連中に、今度こそ目にもの見せてくれるっ!」


「ははっ!」


 俺が呆然と立ち尽くしている間に、何やら話はまとまったらしい。

 脳筋のおっさんたちは各々が身体を震わせ……迫りくる戦闘の気配に喜びを隠せずにいる、ような気がする。

 生憎と俺は戦闘狂でもなければ、殺しが好きな訳でもない、ただの一般人なので……このクズ共の気持ちに共感できる訳もなかったが。

 

「……さて。

 では、貴様は儂のために働け。

 儂とあの『黒剣』のクズは、口惜しいが腕は互角。

 ならばこそ……貴様が腕一本でも奪えれば、勝利は確実なのだ」


 その王が俺の方へと向きながら放った「従うのが当然」という命令に、俺は思わず拳を握りしめていた。

 ……だけど。

 何故か、ここでコイツを殴り殺してしまったならば、取り返しがつかない何かが起こりそうな、そんな『確信』が俺の脳裏を走り抜け……俺は思わず拳から力を抜いてしまう。


「それ、で……俺の、報酬は?」


 だからだろうか?

 せめてもの抵抗と言わんばかりに、俺の口からはそんな言葉が零れ落ちていた。

 ……そう。

 戦わされるのは別に構わない。

 どうせ今までどの世界でも戦争と戦闘と闘争ばかりの日々を送っていたのだ。

 ついでに言えば、俺を傷つけられる存在など、そう多くはいない。

 危険のない殺し合いなんて、ただのお遊戯みたいなものだし、そう嫌がるほどのこともないだろう。


 ──命令を聞くのも、まぁ、仕方ない。


 ……少し気に入らないのは事実だが、今までだって塩の世界ではバベルという巨漢の、砂の世界ではアルベルトの、腐泥の世界ではミゲルやベーグ=ベルグスの指示を受けて戦ってきたのだ。

 生憎と俺は軍略の知識に長けている訳でもなく……即ち「軍師」としてはそう大したことがないと自覚している。

 だからこそ、軍団を運用するのに最も効率の良いやり方があるなら、それに従うのは、まぁ、許容できないことはないのだ。


 ──上から目線で、偉そうに命令されないならば、だけどな。


 そして、捨て駒になるのが当然という顔で、命令されなければ。

 尤も……今の俺はどうも命令に従う方が最上だという変な『確信』がある所為で、逆らう気にならない。

 である以上……せめて自分の待遇を良くしようとするのは当然だろう。

 ……だけど。


「くかかかかかっ!

 戦奴如きが、一端の武人を騙るかっ!」


「貴様らなんざ、餌を喰わせて貰えるだけで、ありがたいと思えっ!」


「所詮、貴様など使い捨ての戦奴に過ぎん。

 だが……まぁ、生き延びることが出来たなら、娼奴の一匹でも与えてやろう」


 当然と思われた俺の欲求に返ってきたのはそんな……侮蔑の声だけだった。

 そして……気付く。

 コイツらは端っから……俺を人間扱いさえ、していなかったということに。


 ──そりゃ、そうだ。


 考えてみれば、コイツらが口にした言葉も……別に間違いという訳じゃない。

 俺だって、家のゲーム機に電気さえ与えれば、報酬なんざやろうと思わない。

 昔飼っていた金魚だって、餌以外に何か報酬を与えたことなんざなかった。

 だから、コイツらの主張も……そう大きく間違っている訳ないじゃないのだろう。


 ──だけど。


 ……だけど、自分が家電や金魚と同等の扱いをされることに、納得出来る、筈がないっ!

 だから、俺は考える。

 眼前の巨漢共を殺す行為がダメという『確信』があるこの状況で……どうやればコイツら相手に「人を人扱いしないことの非道さ」を最も効率的に教えてやれるかを。


 ──そうだ、な。


 ……答えはすぐに出て来た。

 今までの戦いの経験からか、俺はその手のことに関しては、かなり鋭い感性を持っているのだから。

 その豊富な経験が、勉強や色恋沙汰では全く活用できないのが、今のところ最大の悩みではあるが……

 まぁ、今はそんなことはどうでも構わない。

 俺は静かに右手を頭に置くと……ちょっと力を込めて、髪の毛を引き千切る。


「……っ」


 ちょっとばかり感情的になっていたのか、力が少し入り過ぎたらしく……五本くらい引き抜くつもりが、二十本ほどを引き抜いてしまった。

 とは言え、多い分には問題ない。

 俺は玉座に座ったままの王に笑みを向けると、静かに口を開く。


「では……食事だけは与えてくれるのですね?」


「勿論だ。

 儂は寛大だからな。

 腹一杯喰わせてやろう。

 貴様のような物乞いには、考えられない褒美だろう」


 俺の言葉に、玉座に座ったままの筋肉の塊がそんな言葉を返す。

 周囲のむさ苦しいおっさん共が王の声に笑いを上げるものの……俺はもはや怒りすら湧かなかった。

 ただ俺は、眼前の巨漢から『言質を取った』事実に穏やかに微笑むと……そのまま静かに言葉を紡ぐ。


「じゃあ、遠慮なく食べさせて貰う。

 ……餌を、腹一杯、なっ!」


 その声と同時に……俺は右手の髪の毛に権能を込める。

 次の瞬間、俺の手のひらの中から十を超える数の蟲が現れ、周囲の男たち……いや、肉の餌に向かって喰らい付き始める。


「なっ?

 な、なんんぐぁああああああっ?」


「矛が、がぁあああああああああああっ!

 腕、俺の、腕ぇええええええっ?」


「やめ、やめ、やぐぁあああああああああっ!」


 蟲たちは実に優秀で、俺の意思を見事に汲んで餌を食んでくれているらしい。

 俺の意思……つまりが一瞬で頭蓋を砕いたり重要臓器を一口で噛み砕いたりせず、武器を持つ手や、逃げるための足を喰らい千切り、抵抗する術を完全に奪った後で、激痛と自身の無力さを味あわせて絶望させながら、残りを徐々に喰らうという……

 要は、あの筋肉達磨共に、『餌』という立場をしっかりと分からせた行動をしてくれているのだ。


 ──この権能も、徐々に使いこなせ始めたな。


 絶叫と血しぶきと肉片が飛び交うその光景を見ながら、俺は大きく頷いて見せる。

 尤も、迂遠な攻撃を仕掛けている所為で、蟲たちの数匹は矛や剣の攻撃を受けて、明らかに必要以上に傷ついているものの……

 それでも蟲の生命力は凄まじく、ちょっとやそっとの斬撃では怯みもせず、旺盛な食欲を満たすばかりだった。

 ちなみに逃げようとした臆病者は蟲たちが優先的に狙っているらしく、この広場から逃げ出すことの出来た『餌』は一匹もいなかった。


「くそがっ!

 役立たず共っ!

 この程度の雑魚に、良いようにされおって!」


 そんな中、一人だけ蟲の攻撃を凌ぎ続けている巨漢がいた。

 ……玉座から立ち上がった王は、『血風(ツェフォン)』という名の通り、その大刀を振るい、襲い掛かる蟲たちを次から次へと肉片へと変えていく。


 ──早いっ!


 その斬撃速度はまさに達人のソレで……俺の動体視力で追えるような代物ではなかった。

 ……いや。

 これでも俺は、今までの達人たちなら振りかぶる動きや、身体の捻りなどの予備動作を見て『予想』することで……何とか達人の攻撃を目で追うくらいは出来ていたのだ。

 勿論、防ぐとか避けるとか、そういう高度なことを要求されても困るのだが……本当にただ「見るだけ」なら、何とか出来ていたのである。

 だけど、コイツの斬撃は、何というか……桁が違う。

 一言で言うならば……コレは『人間の出せる速度』じゃない。

 その凄まじい斬撃は、巨漢に喰らいつこうとした七匹の蟲を、あっさりと再生することも叶わないほどの細かな肉片へと化し、返り血の一滴も浴びないほどで。

 それどころか、獲物を喰らい尽くすべく蟲が周囲に散らばっていて、召喚主たる俺が孤立していたのを瞬時に悟ったらしく……


「蟲使いの異能かっ!

 だが、その程度の異能では、この儂には通用せんっ!」


 そう叫ぶや否や……一方的な展開に油断していた俺目がけ、一気に突っ込んできやがったのである。


「~~~っ?」


 予備動作のない、達人の技と称されるだろうその動きに……巨漢が手にしている大刀の暴風圏に入るまで、俺は全く気付くことが出来なかった。

 そして、巨漢が眼前に迫って来ているのをようやく察知した俺が距離を取ろうと半歩下がった、その瞬間。

 俺の左耳を凄まじい衝撃が貫き……


「ってぇえええええええっ?」


 俺は思わず、そんな悲鳴を上げていた。

 ……そう。

 破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能を有し、ほぼ無敵である筈の俺は、熱さとか落下以外では久しぶりに……聖剣でしか被らない筈の、『人の手による痛み』を味わってしまったのである。

 

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