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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
肆・第一章 ~呼び出された戦奴~
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肆・第一章 第一話


「っとと」


 魔法陣から飛び出た俺は、世界を跳んだ衝撃によって狂った平衡感覚の所為か、僅かにバランスを崩してしまい……思わずそんな慌てた声を上げていた。

 ……尤も、あの塩の世界へ生身のまま放り込まれた時は、身体がバラバラになりそうなダメージを被っていたのだから、今思うと随分、頑丈な身体になってしまったものである。


 ──此処、は?


 そうして両足が石畳についた感触に安堵した俺は、ようやく周囲を見渡し……


「うぉぉっ?」


 自分に向けられた鈍い光を放つ切っ先……幾本もの槍の穂先に気付き、思わず慌てた声を上げてしまう。

 当然のことながら、今までの破壊と殺戮の経験によって、俺は自分の身体が「刃物類の一切を通さない」というのを知り尽くしている。

 とは言え、想定もしていないところに、尖ったモノを向けられると、怖いものは怖いのだ。


「けっ。

 臆病者が」


「……また役立たずだな、こりゃ」


 そんな俺の反応を見た周囲の男たち……こちらに槍を向けている、貫頭衣とかいうしょぼい服と、錆びかけたみすぼらしい甲冑を着た数人の男たちは、驚きという当然の反応を見せた俺に対し、蔑むような視線を向けて来たやがった。

 まぁ、実際のところ……今の俺の服装はシャツとズボンという、現代日本では一般的な恰好だったのだが……

 生憎とそれらは銃弾によって穴だらけになった挙句、榴弾によって焼け焦げ、その上ナイフやらでズタボロになっていて……

 正直、周囲の男たちが着ている、薄汚れて擦り切れたみすぼらしい貫頭衣と比べたとしても……俺の服の方が遥かに酷い有様だったのである。


「……ったく。無駄手間だよな、毎回毎回」


「あのクズ。

 いい加減、外れ以外を引き当てやがれってんだ」


 俺の格好が戦争難民並に酷かった所為もあるのだろう。

 男たちは俺を見て、あからさまに落胆し、蔑んだ声を向けてくる。

 そんな男たちの周囲には、六つほどの燃え盛る篝火台が見えていた。

 その炎によって見える周囲は、石造りの室内で、妙に古めかしい造りをしている。

 ……屋内で篝火を焚くってのは、一酸化炭素的にどうなんだろう? などと考えつつも、俺は周囲を更に観察する。

 足元の石畳には血で描かれたらしき錆色の魔法陣が描かれていて、俺が通って来た空色の魔法陣とは違っていたが……どうやら召喚される側とする側の魔法陣には、色の統一性ってのは必要ないらしい。


 ──今度? 役立たず?

 ──毎回毎回……外れ?


 そうして周囲を見回している間にも、俺は思考を巡らせる。

 正直な話、俺に武器を突きつけ、にやにやと優越感に浸る周囲のカス共を蹴散らしたくて仕方なかったのだが……何度も何度も短慮で失敗している上に、命をなるべく奪わないのが今回の方針だ。

 いきなり『やらかす』訳にはいかないだろう。


「ほらっ!

 屈めっ!

 そのまま動くなよっ!」


 そうして黙っている俺を、刃物によって怯えていると勘違いしたのだろう。

 周囲の連中の中から一人が前に出てきて、俺を屈ませる。

 抗おうと思えば、たかが普通の人間の腕力程度、気にすることもなかったのだが……何となく、コイツをミンチに変えてしまうことは、自分の信念を曲げて屈する気がしたのだ。

 だからこそ、この男の腕に圧されるがまま、身体を曲げてみたのだが……

 抵抗されないことに気を良くしたのか……この馬鹿は、変な模様の入った鉄の首輪を、俺の首へとハメやがった。


「……これ、は?」


「『礼忠』の首輪、だ。

 ……ふん。

 これで貴様は、天により定められた我らが王に抗うことは出来ぬ

 分かったら、着いて来いっ!」


 どうやらコレは……奴隷の逃亡を防ぐような、そんな強制力を持たせた不思議な首輪らしい。

 現代日本ではあり得ないレベルの「おまじない」アイテムではあるが……砂の世界には緋鉱石なんて不思議な道具もあったのだ。

 ……世界が変われば、そういう不思議アイテムがあっても不思議じゃないだろう。


 ──油断、した。


 周囲を下手に殺さないようにと配慮していた所為ではあるが……我ながら迂闊にもほどがある。

 俺は首に巻かれた鉄の感触に眉を顰めながらも、内心で舌打ちを隠せない。

 別にこの程度の首輪など、それほど大層な品でもなく、ちょっと手で引っ張ってやれば、簡単に引き千切れる確信はあるのだが……


 ──まぁ今は、言うことを素直に聞いていた方が良いだろう。


 幸いにして、首輪をハメられた時点で、周囲の連中は「俺が逆らえない」という確信を得たらしく、俺から警戒を外してくれたのだから。

 そう判断した俺は、周囲の連中を薙ぎ払うべく、知らず知らずの内に握りしめていた拳から力を抜くと、ゆっくりと歩き出す。

 実際……この世界に来たばかりの俺としては、行く当てすらもないのが現状なのだ。

 この上から目線でムカつく連中の命令に従うというのは気に入らないが……それでも、取りあえずの指針にはなる、だろう。


「ったく。

 ……あの『道士(タオスィ)』ってヤツ、どう見てもペテン師の類だろう?」


「だが、まぁ、王命だ。

 従わない訳にもいかないだろう、ったく」


「しかし、常に召喚には成功しているんだ。

 呼び出すのは、毎度毎度カスでしかないんだがな」


 黙ったまま歩く俺の前で、兵士らしき男たちは、ガチャガチャと甲冑の男を立てながら、そんな会話を続ける。

 もう俺を脅威とも見做していないのが分かるその態度を見つつも、俺は違和感を解消すべく、軽く首輪をズラす。


 ──結構、鬱陶しいな、コレ。


 そろそろ引き千切ってやって、周囲の連中を驚かせてやっても面白いかも知れない。

 そんなことを考えつつも、あくまで考えるだけに留めた俺は、首輪の違和感から気を逸らすべく、当たりを見渡す。

 どうやら俺は今、石造りの建物の中にいるらしい。

 そして、恐らくさっきの呼び出された部屋は地下室なのだろう。

 今、まさに石造りの階段を登らされていて……採光のための窓すら見当たらないのだから、恐らく間違いないと思われる。


 ──まずは、どんな世界かを見極めないとなぁ。


 正直、周囲の連中を皆殺しにするのは容易い。

 出来るだけ命を奪わないようにとは考えているが……どうしようもなければ仕方ないだろうし。

 尤も、そうやって殺して殺して憎まれてまた殺して……その連続の所為で、俺は今まで三つもの世界を皆殺しにしてきたのだ。

 迂闊に殺しまわった所為で、また世界を滅ぼすことになったなんて結末、目も当てられないだろう。


「っと」


 気付けばいつの間か、俺を連れた兵士たちの足は止まっていて……目の前の兵士にぶつかりそうになった俺は、慌てて足を止める。

 その所為で、足元の石畳がひび割れた感触があったが……まぁ、俺の持ち物じゃないのだから、気にする必要もない、筈だ

 兎も角……どうやら考えごとをしている内に、目的地に到着したらしい。


「陛下っ!

 召喚された、新たなる戦奴をお連れしましたっ!」


 俺たちの眼前で木と鉄で出来た、大きな扉が開かれ……俺はその中に通される。

 何となく、お寺とかで見かけたことのあるような、そんな古めかしい雰囲気の扉に俺が目を奪われていると……


「ほらっ!

 さっさと歩かないかっ!」


 動かない俺に痺れを切らしたらしき後ろの兵士によって、槍で背中を小突かれてしまう。

 ……しかも、手にしていた槍の、刃の方で、だ。

 勿論、それは骨まで到達しない程度……肉を削いで苦しめる程度の強さで、兵士としては、俺が悲鳴を上げる様を見て楽しんでやろうと考えたのだろう。


「……あれ?」


 尤も、そんななまくらなんざ、俺の皮膚を傷つけられる訳もない。

 後ろの方では、手に持った槍の穂先を眺めながら兵士が首を傾げていたが……普段なら害意に対する報復で腕の一本くらいはへし折っている筈の俺は、何故か特に背後を振り返る気にならず、扉の中へと足を踏み入れる。


 ──広い、な。


 その室内は、体育館を二つくらいくっつけたほどの大きさで……石造りの建物と考えると、ものすごく広い部類になるだろう。

 広い空間の中には、朱色の塗料を塗りたくった俺の身長ほどの直径をした柱が幾つも立ち並んでいて……まぁ、何というか、色々と規模が大きかった。

 石畳の床に敷かれた毛皮を繋ぎ合わせたような絨毯の上を歩いていくと、周囲には篝火が焚かれていて室内をそれなりに明るく照らしており……通路の周囲には幾人もの男たちが並んでいた。

 その全てが傷だらけの甲冑に身を包んだ筋骨隆々とした男たちで……何というか、戦国武将という雰囲気を放っている。

 尤も、その身にまとった甲冑は、日本のものとは全く違い……魚の鱗みたいな形の鉄板を張り合わせた代物だったが。

 その上、着ている服もだぼだぼで……簡単に言ってしまえば、図書館で読んだ三国志の漫画みたいな感じだった。

 そんなゴツい感じの、顔までが傷だらけの、あまり凝視したくない類の男たちに睨まれながら、俺たちは絨毯の上をまっすぐに歩き続け……そうしてたどり着いた真正面には玉座があった。

 玉座……で、違いないだろう。

 黄金の飾りを付けた、朱塗りのその大きな椅子は、何故か頭蓋骨が幾つも飾られていて、酷く趣味が悪いとしか言いようがなかったが……

 それでも、その豪華さや位置取りなどを考えると、玉座以外の何物でもないのは、すぐに分かる。


 ──すると、コイツが王様、か。


 そこまで部屋を見渡したところで……自然と俺の視線はその玉座の主へと向かう。

 その玉座には、二メートルを超すだろう、ひげ面の大男が凄まじい威圧感を放ちながら座っていた。

 大男の背後には、やはり筋骨隆々とした大男が、巨大な鉄の塊……形から見ると、大刀とかいうヤツを捧げ持っているのが見える。

 もしも、その大刀で切りつけられたなら、どんな甲冑を着込んだ兵士であろうと、例えどんなに頑丈な盾を構えていたとしても、ただの一刀で両断され、血だまりに沈むだろうと容易に想像できる……そういう迫力を放つ武器だった。

 そして、この王様らしき大男は、その大刀を易々と振り回すだろう、凄まじく太い腕を見せつけるようにしていたのだった。


 ──何と言うか、男臭い空間だなぁ。


 尤も、そんな鉄くずだろうと、肉の塊だろうと、俺の破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能の前では無意味なのを知っている俺は、周囲の男たちにも眼前の王様らしき大男にも、その程度の感想しか抱けなかったが。


「……で。

 その貧弱な物乞い餓鬼が、此度召喚された戦奴だと言うつもりか?」


「は、はっ!

 陣より出て来たのは、間違いなくこの少年一人だけでありますっ!」


 とは言え、俺を此処まで連行してきた兵士たちはそうではなかったらしい。

 王様の一言で床へと這い蹲り……必死に視線を合わせないようにしている。


 ──封建社会、ってヤツかな?


 そんな時代劇みたいな寸劇を、俺はのんびりと立ち尽くしたまま見つめていたのだが……どうやら周囲の男たちは、それが気に食わなかったらしい。


「貴様ぁっ!

 何処の礼儀知らずだっ!」


「『血風(ツェフォン)』陛下の前で、何と無礼なっ!」


 周囲に立っていた甲冑姿の男たち……歴戦の武将みたいな貫禄を放つ連中が、それぞれの武器に手を取りながら、俺に向かってそう怒鳴りつけて来たのだ。

 蛇矛に矛に槍……色々な武器を手にし、血相を変えた男たちがこちらに向かってくるのを止めたのは、正面に立つ王様の右手一本だった。


「……よい。

 なかなか度胸の据わった小僧ではないか」


 この眼前の巨漢は、ただの右手一本と、その一言……そして何より、身体中から放つ殺気により、男たちの怒気を霧散させたのだ。

 王様というよりは、山賊の頭の方が近いような、その暴力的なカリスマを目の当たりにした俺は思わず感心していた。


「『礼忠の首輪』を付けていて、なお粋がるその姿勢。

 戦うことすら知らぬ、ただの物乞いを引き当てたと思ったが……育てればかなりの使い手になるかもしれぬ」


 凄まじい威圧感を放つ筋骨隆々の巨漢は、ボロボロの服をまとった俺を見ながらそう評する。

 個人的にはあまり気に食わない評価だったが……まぁ、それも仕方ないだろう。

 破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能のお蔭で凄まじい膂力を得た俺は、何かを持つことに「重い」と感じたことがない。

 その所為か……三つの世界で数多の戦場を潜り抜けて来た筈なのに、俺の筋肉は欠片も成長する兆しが見えない。

 つまり、こういう歴戦の戦士の目から見たならば、俺の身体はろくに鍛えもしていない「ひょろい餓鬼」程度にしか映らないのだ。

 それに対して文句を言うつもりは欠片もない。

 ないのだが……こう、侮られた視線を向けられると、ちょっと数人ほど血祭りにあげて、腕力を見せびらかしたくなってくる訳で。


 ──いかん、自重自重。


 そうして俺が拳を握りしめ、深呼吸して開き、という動作を繰り返している間に、『血風(ツェフォン)』とかいう王様は、突如俺から視線を逸らし、隣を振り向いたかと思うと……


「だが、もう時がないのも事実だ。

 もう何度も猶予は与えた筈だよな、『道士(タオスィ)』よ」


 玉座の陰に隠れていた、妙に裾のゆったりとした漆黒の衣装を身にまとう男へとそう問いかけたのだ。

 そこにいたのは、周囲の筋骨隆々とした男たちとは対照的な……酷く細身の、武器を全く振るったこともなさそうな小男で……


「コレが「当たり」であることを、その身をもって証とせよ。

 やり方は……分かる、だろう?」


 その『道士』と呼ばれた黒衣の男に向け、玉座に座したままの巨漢は静かにそう言い放つ。

 ……まるでゴミを見るかのような視線を向けながら。


「そ、そんなっ、陛下っ!

 私は、今の今までっ!」


 王様の言葉……恐らくは無理難題だろうその命令に、道士と呼ばれた小男は抗議の声を上げていた。

 ……だけど。

 

「……やれと、言ったのだ、儂は」


 その抗議の声も、筋肉達磨である王様のその一言を覆せるものではなかったらしい。

 小男は大きくため息を吐くと、腰に差していた妙に装飾過剰な小剣を引き抜き……それを俺へと向けて来た。


「召喚されたばかりで済まないが……

 死んで、くれ」


 道士とやらはその一言を残すと……突然、俺に向かって走り出し、その小剣を俺目がけて突き出して来やがったのだ。


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