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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
肆 ~刺殺の浮島~ ちょっと長いプロローグ
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~ 肆 ~ プロローグ3


「みぎゃぁああああああああああああっ!」


 結城組とやらへ正面入り口から堂々と入った俺を待ち構えていたのは、相変わらずのスキンヘッドにしたチンピラの、顔面神経痛みたいな顔で。

 今、ソイツは無くなってしまった鼻の軟骨を押さえながら、悲鳴を上げてのたうち回っているところである。


「……ったく。

 邪魔すんなよ、いちいち」


 俺はもぎ取った鼻をその辺りに捨てると、静かに周囲を見渡す。

 暴力団の事務所とやらは思ったよりも手狭で、五メートル四方の……俺が日頃勉強している教室の、半分くらいの広さしかない場所だった。

 その中に男が七人ほど……一人は足元でじたばたと暴れているが、残り六人ほどが俺へ視線を向けていた。

 その中の二人は拳銃を手にしている辺り……まぁ、この連中が非合法なことをしていて、金銭を強奪しても別に問題ない連中だということを雄弁に語っていた。


 ──さて、と。


 撃たれたところで意味がないことを知っている俺は、自分に向けられている銃口を視界から外すと、一番奥に座っていた、貫禄のあるちょび髭の男へと視線を向ける。

 どう見ても、コイツがボスだと一目で分かる。


「て、てめぇっ!

 この銃が見えねぇって……」


「やめろっ!

 馬鹿っ!

 コイツはあの……塩の死神だ」


 俺が視線を外したのに激昂したのか、拳銃を構えた男が怒鳴り声を上げるものの……ボスらしき男はソイツをあっさりと鎮めて見せる。


「……塩の、死神?」


 ふと聞き慣れない名前を聞いた俺は、好奇心から何となく歩みを止めていた。

 とは言え、その二つ名というか誹謗中傷されているとしか思えないそのあだ名は「この俺」を指しているという、奇妙な確信だけはあったのだが。

 ……理由は分からないのだがその確信も、破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能の一つなのだろう。

 正直、理解の及ばない現象はもう全てがソレで説明できる気がしている。


「あの是弐(ゼノ)組を皆殺しにしたっていう……」


「現場には、重傷を負った双子と……血痕と、塩の塊しか残されていなかった、あの……」


「お蔭で警察も、防犯カメラに虐殺光景が映っていたにも関わらず、殺人事件ではなく、犯人のいない失踪事件として処理えざるを得なかったと噂の……」


「あの、殺戮現場を作り出したヤツが……塩の死神が、コイツだってのかっ!」


 俺が足を止めたように、「塩の死神」とかいう名前は、周囲の男たちにとっても酷く衝撃的な名前だったらしい。

 暴力団の連中は顔を蒼白にして、口々にそんな悲鳴を上げ始めた。

 尤も「塩の死神」とかいう名前が俺自身を指しているのは分かるものの、その何とかって組の名前に聞き覚えがなかった俺は、やはり首を傾げることしか出来なかったのだが。


 ──けど、現場に塩ってんなら、間違いないんだろうなぁ。


 まぁ、実際のところ……現場に塩の塊が残されていたというのなら、いつぞやに行った「正義活動」の一環でやらかした現場の一つなのだろう。

 例えそうであったとしても、どっちにしろもう殺してしまった連中である。

 この俺が、記憶力を無駄に使ってまで覚えておく必要などないだろう。

 ただ幸か不幸か、その「塩の死神」とかいう風評のお蔭で、数秒前まで殺気立っていたヤクザ共は妙に縮こまり……言葉が通じそうな雰囲気になっているのだ。


 ──だったら、説得すりゃいいか。


 旅行費用を無理に奪わなくとも……寄付を募れば良いのだ。

 日本ユニセフとか、愛が世界を救うとかの広告をテレビでチラチラ見かけるのだし、アレと同じように、誠心誠意言葉を尽くせば、コイツらも俺の旅行に賛同し、その資金を寄付してくれるに違いない。


「なぁ、俺はちょっと旅行に行きたいんだけどさ。

 金、少しばかり寄付してくれないか?」







「……思ったより、良い人たちだったな」

 

 結城組とかいう集団は、どうやら俺が思ってたよりも遥かに親切な人達だったらしい。

 いや、所詮は暴力団という下衆の集団でしかないにしても……俺が誠心誠意言葉を尽くし、それが伝わったのが良かったのかもしれない。

 俺が金の無心を告げるや否や、あのちょび髭のボスは自分の後ろにあった金庫を開け、その中にあったお金を全て渡してくれたのだ。

 いや、それどころか……


 ──パスポートと、金と、バッグと……


 胸ポケットに入ったパスポート……名前はちょっと俺のと違って、零丸一二三とか書いてあるヤツと、活動資金を入れるためのバッグを頂けたのである。

 それどころか、ついでにと「るるぶ中東」とかいう観光雑誌まで手渡してくれるというサービスっぷりである。

 その上、「出来るだけ長く楽しんで来てくれ」という激励の言葉まで貰ってしまったのだから、何故あんな商売をしているか分からないほど親切な人だと思う。

 日本に帰ってきた時は、是非いの一番にお礼を告げに顔を出して、敵対している組事務所でちょっと暴れてあげても良いかもしれない。


 ──後は、旅行の準備だけだな。


 歩きながら、俺は頭の中で旅行プランを組み立て始める。

 確か中学校の頃、修学旅行に行った時は……下着二組と学生服の上下、あとはタオルと歯ブラシとちり紙を持っていた記憶がある。

 今回はもうちょっと長い……海外旅行なのだ。

 下着四組と、制服の上下、後はタオルとハンカチとちり紙くらいは持って行かなければ色々と厄介なことになる予感がある。


「……コンビニで、良いか」


 幸いにしてここは現代日本。

 下着の類もちり紙どころかティッシュペーパーでさえ、コンビニで簡単に手に入る。

 ……あの食料どころか水さえも不足していたような、塩まみれの世界とも、砂まみれの世界とも、ましてや腐泥まみれの世界とも違うのだ。

 金さえあれば、ほとんど物資は簡単に手に入る。

 そして今……俺はあのおっさんの『協力』のお蔭で、ちょっとばかり金を大量に持ち歩いている。


「……一枚で、足りるな、うん」


 コンビニ前でバッグを広げて札束を取り出した俺は、かかる金額をざっと計算し……下着とティッシュ合わせても一万円かからない計算に気が付いた。

 そう考えてみると、やはり海外旅行ってのは膨大な無駄遣いと言えるだろう。


 ──まぁ、金で買えないものを買いに行くんだからな。


 その名を、ハーレムという。

 そりゃ勿論、金でも買えるかもしれないが……この日本では幾ら金に飽かせて女を買い漁っても、俺の欲しい「創造神の呪いを制圧するほどの良い女」ってのは手に入る気がしない。

 そういう意味では、やはり俺の求めるハーレムは、金で買えない代物なのだろう。

 っと、そんなことを考えていた所為だろうか?

 気付けば俺の正面に、ピアスをしたり髪を染めたりと、妙にガラの悪い少年が五名ほど、立ち塞がっていた。


「よぉ、兄ちゃん。

 随分と羽振りが良いみたいじゃねぇか?」


「俺たちもあやかりたいって思うんだよね、実際」


「そうそう。

 世の中、不景気だし。

 助け合いが必要だよ、なぁ?」


 人の行く手を塞いだままチンピラ共はそう笑うが……今の俺は、こんな馬鹿共に構っている暇などない。

 今、俺が頑張っているのは『人生初めての海外旅行の準備』なのだ。


 ──異世界旅行なら、三度も行ってるんだけどな。


 まぁ、海外旅行と異世界召喚とはまた別物だろう。

 その人生初の海外旅行の準備という一大イベントのワクワク感を……こんな馬鹿共にケチを付けられたくはない。


「失せろ、ゴミ」


「けぴぃゃあああああああああああああっ?

 顔が、顔が、顔が、顔がぁあああああああああああっ?」


 俺は静かに近くの鼻にピアスをつけた少年の顔を掴むと……コンビニの正面を覆っている窓ガラスに、無慈悲に叩きつけ、ついでに直下に『擦り下ろす』。

 ガラス片が顔面の皮膚に突き刺さりまくったその少年は、顔を覆いながら悲鳴を上げ、左右にと転がり悶え始めた。

 顔面の皮膚と同時に眼球も潰れたかもしれないが……まぁ、死にはしない、筈だ。


「て、てめぇっ?

 何を、考えてやがるっ?」


 人様に絡んで来た癖に、いきなり攻撃されるとは思っていなかったのだろうか?

 俺に立ち塞がったチンピラの一人が大きな口を開き、そんな奇声を発し始めた。


「……喧しい、クズ」


「かふぁふぁあああああああああああああっ?

 おへほ、あふぉ、あふぉ、あふぉふぁああああああ?」


 とは言え、その奇声すらも、俺にとっては鬱陶しい邪魔な雑音でしかない。

 俺はソイツの顎に手をかけると、ちょっと力を込めて真下へと引っ張る。

 その角度に顎を引っ張ると、顎の骨は簡単に外れ、ついでに頬の皮膚が引き千切り、顎そのものを毟り取れるのだ。

 勿論、破壊と殺戮の神ンディアナガルの膂力があってこそ、ではあるが。


「ひ、ひぃぃぃぃぃっ?

 ば、ばけ、化け物ぉおおおおおっ?」


「に、にげ、にげろぉおおおおおおっ!」


 一瞬で仲間二人を血の海に沈められたことで、ようやく自分たちがどんな存在の前に立ち塞がったのかを理解したらしい。

 まだ無傷だった少年三人は足元でもがいている仲間二人を早々に見捨てると、俺に背を向けて必死に逃げ出し始めた。


「……ま、良いか」


 いつもの俺ならば、近くの電信柱をへし折って振り回すとか、駐車場に停まっている車を持ち上げて放り投げるとか、手段は兎も角としても確実に追撃を喰らわせるところではあるが……今の俺は人生初の海外旅行の方が大切である。

 俺は逃げ出した少年たちを無視すると、そのままコンビニ内へと足を運ぶ。


「ひ、ひ、ひぃぃぃぃっ?」


 コンビニの店員はまるで強盗に拳銃を突きつけられたような悲鳴を上げていたが……生憎と俺は丸腰である。

 それどころか、こうしてちゃんと金を払って商品を買おうとする、ただの客に過ぎない。


 ──人相、悪くなってるのかもな?


 人間、戦場に出続けると人相が悪くなるとか聞いたことがある。

 だからこそ、数多の戦いに出続けた俺は、もしかするとちょっとばかり人相が悪くなってしまっているのかもしれない。


 ──気を付けないとなぁ。

 ──ますますもてなくなっちまう。


 俺はそう内心でため息を吐くと、下着を三つとティッシュペーパー、そして夜食用にスナック系の菓子四袋とチョコレート系の菓子七箱と二リットルの烏龍茶三本を購入し、ついでに肉まん四つとキーマカレーまん七つとピザまん三つ……要は、店頭に並んでいた分をありったけ購入して、コンビニを出る。


「……さぁ、準備は整った。

 明日からは……海外だな」


 そう呟いた俺は、手に持っていたビニール袋の中から肉まんを取り出して、三秒で腹へと運ぶと……静かに家へと歩き始めたのだった。




 そして……準備が終われば、後は旅立つだけである。

 幸いにして何度もの異世界旅行の所為で、この俺が長期休暇を取ることを誰も不審に思わなくなっている。

 何よりも俺自身が無断で休みを取ることに、罪悪感も忌避も覚えなくなっているのが大きいだろう。

 金策を終えた翌日……自室の部屋の中で窓から雲一つない晴天を眺めながら、今日から始まる素晴らしい旅路を思いつつ、俺は身体を大きく伸ばす。

 行先はもう決まっている。

 中東……しかも、テレビを散々湧かせてくれているイスラム国とやらがある場所である。

 ちゃんと地図で確認したから、間違いないだろう。


「……さて、じゃ、行ってくるとするか」


 俺はそう呟くと、下着類の入ったバッグと、金の入ったバッグを掴み、そのまま家を出たのだった。


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