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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
肆 ~刺殺の浮島~ ちょっと長いプロローグ
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~ 肆 ~ プロローグ2



「イスラムって中東で……確か、ハーレム発祥の地で」


 ……そう。

 ここ数日間、俺は日本で良い女を探していた。

 だけど、俺の経験に照らし合わせてよくよく考えてみれば……今まで彷徨ってきた三つの異世界の内、俺が惹かれる相手は、一つの異世界につき一人か二人。

 である以上、この地球でも一人か二人……まぁ、人口比を考えて多く見積もってもせいぜい百人くらいしかいないのではないだろうか?

 そう考えると、日本に留まっているよりも、もっとグローバル化を目指して海外へ足を運ばないと、俺の望みは達成できない可能性が高い。

 実際、インターネットなどで調べた情報によると、現代日本よりもあちらの方が貞操観念が強く……俺だけに尽くしてくれる、俺好みの女性を探しやすいことだろう。


 ──それに……


 それに、俺には破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能がある。

 この権能(ちから)を見せつけてやれば……そして、向こうの神様であるアッラーの化身とか名乗れば、みんながみんな俺を拝むようになり、ハーレムなんて簡単に作れるに違いない。

 ついでに、テロとかの活動をやめさせれば、世界平和にもなる上に、「命を大事に」という俺の目標にも合致する。

 そこまで思考が展開すると、結論を出すのにはそう時間はかからなかった。


「そうだ。

 イスラムに行こう」


 ……俺はそう呟くと、旅行プランを立てるため、家に帰って何が必要かを親父のパソコンを使って調べてみることにした。

 そして、すぐさま途方に暮れる。


「……パスポートと、金、か。

 どうすりゃ良いんだ?」


 パスポートはまぁ、役場に申請するだけらしいので何とかなりそうではあるが……金はそう簡単に湧き出てくる筈もない。

 取りあえず、手持ちの財布を開いてみたものの……二〇一五円しか残っていないという惨状だった。

 その上、旅行にかかる費用を検索してみたものの……色々と出てきて幾らかかるかさっぱり分からない。

 それどころか、検索そのものが面倒になってすぐさまパソコンを閉じる有様である。


 ──大体、月に五千円の小遣い制の俺が海外行こうってのが間違いだった、のか……


 目を閉じて天を仰ぎつつ、俺はそう嘆息する。

 事実……ただの学生でしかない俺に、海外旅行というのは敷居が高過ぎた。

 幸いにして、『どの異世界へ行っても言語が通じる』という破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能によって言葉は通じるだろうが……それでも必要なものが多過ぎる。

 そもそも金を稼ぐだけでも……一体、何時間バイトをしなければならないのだろう?


「……まて、よ」


 そう考えた時、俺は不意に思い出す。

 あの腐れ果てた世界へ行くまでに行っていた、「正義の活動」のことを。


 ──ヤクザ共は善良な一般人を脅して金を稼いでいる。

 ──だったら、俺がそれを奪ったところで、問題ないんじゃね?


 今にして思えば、あの「正義の活動」は少々やり過ぎていた感がある。

 幾ら相手が悪人とは言え、あれだけ簡単に命を奪い続けたのは……やはりあのラーフェリリィの言っていた通り、俺の価値観は若干壊れかけていたのだろう。

 だから……やり方を変えようと思う。

 ヤクザの事務所や薬の売人とかを襲って、命を奪わず、金を奪えば良いのだ。

 所詮はその手の非合法活動を行っている悪人共だ。

 ……殺しさえしなければ、そう問題はないだろう。


「俺は金が手に入って嬉しい。

 ヤクザは金を奪われて反省をして第二の人生を歩めて嬉しい。

 一般人はヤクザが改心して被害に遭わなくて嬉しい。

 ……これって、WIN‐WINの関係って言うんだったか」


 適当にどっかで覚えた単語を呟きつつ、俺はベッドで横になる。

 取りあえず明日からの、放課後の活動は決定したのだ。

 流石にけっこう高価な制服で「活動」するのはアレだから避けるにしても……


「海外旅行かぁ。

 ……一体、幾らくらい稼げば良いんだろうな?」


 そう呟いた俺は明日からの金策に思いを馳せつつ……静かに目を閉じたのだった。




 幸いにして、薬の売人とかいう連中は夜の街を出歩けば簡単に見つかった。

 学校で俺を拝んでいる変な連中……以前に絡んできたところを殴って「矯正」してやった元・チンピラ共から情報を得られたのも大きいだろう。

 俺の眼前では、二人組の二十前半くらいの奴らが、さっきから誰彼構わず声をかけていて……ついでに大きな声でハーブがどうとかって叫んでいるのが耳に入ったから、まず間違いないだろう。

 周囲に人気がなくなったのを確認するや否や、俺はそいつらに近づくことにした。


「なぁなぁ、お前ら。

 ヤクの売人で間違いないか?」


「あ~、兄ちゃん、何?

 客だったら、歓迎するけど?」


「つーか、ヤクって何よ?

 俺たちは、合法的に『気持ちよくなれる』ハーブを売っているだけなんだけど?」


「そうそう。

 別に違法じゃねぇし」


「法律では禁止されていませんからね。

 ぎゃはははは」


 俺の問いかけを聞いた男共は、自分たちで売っているヤクでも使っているのか、突然、変な笑い声を上げ始めた。

 その笑いの意味は分からなかったが……肯定はせずとも否定もしない時点で、恐らくは正解なのだろう。


 ──意外に優秀だな、アイツら。


 俺は情報提供者である校内の元不良共の評価を少しばかり上昇させると……ここまで足を運んだ初志を貫徹することにした。

 未だに笑い転げている男たちに軽く近づくと……


「よい、しょっと」


 そのピアスだらけの耳に手をかけ、軽く毟る。

 ピッという小さな音と共に、その穴だらけの耳は簡単に削げ落ち……


「ひぎぃぃぁああああああああああっ?

 耳っ?

 耳がぁあああぁぁぁぁっ」

 

 痛みに耐性がないらしいその男は、悲鳴を上げて蹲ってしまった。

 俺はもげたその耳を適当に放り捨てると、もう一人の方へと顔を向ける。


「お、おい、アッキ?

 て、てめぇっ!

 いきなり何しやがるっ!」


 荒事に慣れているというよりは、一般人を恫喝するのに慣れていたのだろうその男は、俺の胸ぐらへと掴みかかって来る。

 だけど……所詮は鍛えてもいない、ただの人間に過ぎない。

 破壊と殺戮の神の化身であるこの俺をビビらせるには、少しばかり迫力に欠けていた。


「あ~、もう、口が臭い」


「な、にゃごぁあああああああああああああっ?」


 俺はその近づいてきた顔面を……顎を掴むと、顔面から遠ざけるようにちょっと軽く掴んで力を込める。

 それほど力を込めた覚えもなかったが、その男の顎はあっさりと砕けてしまい……最近流行っているらしい「若者のこつそしょうしょう」とかなのかもしれない。

 まぁ、原因は兎も角としても……握力まかせに顎を砕かれ、その挙句に指先が皮膚にのめり込んで、ついでに歯を数本ほどへし折ってしまったのだ。

 男は悲鳴と奇声が混じったような、発情期が来たみたいな猫の叫びみたいな声を上げ、じたばたとその場で狂ったように暴れ始める。

 今までの経験から推測するに、コイツと意思疎通を図ろうとするならば、かなりの時間が必要だろう。

 ……どうやら、ちょっと力を込め過ぎてしまったらしい。


 ──ったく。

 ──脆すぎるな、コイツら。


 俺は内心でそう吐き捨てると、もう一匹の男……千切れてしまった耳を必死に元の位置に戻そうとしている男に近づくと……


「今、幾ら持っているんだ?

 ちょっと寄付をお願いしたいんだけど、なぁ?」


 なるべく優しげな声で、そう告げた。

 俺の望みが「金」という即物的で分かり易い代物だったからこそ、我に返ったのだろう。

 片耳の千切れた男は、突然、痛みを忘れたかのように唾をまき散らしながら激昂した声を張り上げる。

 

「て、てめぇっ!

 金目的かよっ!

 一体、何処の連中だ。

 この俺たちには、バックがあるのを……」

 

「……はいはい。

 威勢が良いのは分かったから、さっさと金寄越せ」


 とは言え、俺としては唾を散らされるのを喜ぶような趣味もない。

 ましてや、男に罵倒されて喜ぶ性癖なんざもありゃしない。

 男を黙らせるように、右手を振り上げ……そのまま直下にあった男の左膝へと叩きつける。


「ひぎゃぁあああああああああああああっ?

 足、足、足、足がぁあああああああああっ!」


 俺の一撃によって眼前の男の左膝は見事に230度くらいの曲線を描き……まぁ、見事にへし折れてしまったようだった。

 ヤクの売人は悲鳴を上げて折れた左脚を抱え、のたうち回っていたのだが……いい加減、話が進まないことに苛立っていた俺は、それを許さない。

 肩を無理やり掴むと、男の上体を強引に起こす。

 ちょっと力余って肩の骨が砕ける感触がしたのだが……コイツの骨が軟弱なのと、俺に協力しようとしないのが悪い。


「ひっ、ひぃっ、肩、足、耳っ!

 たす、助け、助けてっ、下さいっ!

 お金なら、幾らでもっ!」


「……最初から、そう言えばいいんだよ。

 阿呆が」


 とは言え、説得の甲斐はあったらしい。

 男は鼻水と涙と涎で汚れまくった顔を拭おうともせず、俺に向けて財布を差し出してきた。


 ──一枚、二枚、三枚……二十枚ってところか。


 その財布の中身を数えた俺は……万札を引っこ抜き、残りの財布を返してやる。


 ──幾ら何でも、財布まで奪うのはやり過ぎだろうからな。


 現金を奪うのは構わない。

 どうせ違法だか脱法だかってドラッグを売って稼いだ金だ。

 法律を無視しようというのだから、法律を超越した暴力で奪われるのも当然の報いというヤツだろう。

 だけど……財布は違う。

 ドラッグを売って稼いだ金で買ったかどうかの保障はない。


 ──疑わしきは罰せず、だっけか?


 昔、数学教師が脱線したときに呟いていた言葉を聞いていた俺は、その原則を守ろうと思ったのだ。

 これでも俺は、善良で一般的な日本国民である。

 だからこそ……盗みなんて人道から外れた真似を行うべきじゃないと思っている。


 ──っと、コイツのも頂くか。


 ついでに俺は、隣でのたうち回っていた男……顎がなくなってホラー映画で出てきそうな顔になってしまったヤツの懐に手を伸ばすと、その財布の中身も没収する。

 小銭は面倒だから、札だけを適当に。

 ……こっちの財布には七万くらい入っていて、これで二十七万円の稼ぎになった。

 小一時間でこの稼ぎである。

 下手にバイトするよりも、効率的だという自信がある。


 ──将来は、世直しして暮らすのも悪くないかもな。


 ふと、そんな将来の願望みたいなことも頭を過ぎって行ったが……まぁ、これでも俺はちょっと破壊と殺戮の神の権能を得ただけの、普通の学生である。

 将来のことを考えるのも、学生の仕事の内だろう。

 尤も……その将来の願望とやらも、そこまで具体性がある訳でもなく、適当に脳裏に浮かんだ程度であるが。


 ──まぁ、ヤクの売人にはなるまい。

 

 足元で痙攣を繰り返している二人の男を見下ろしつつ、俺は内心でそう呟く。

 違法行為で稼ぐということは、突然、こうして突然降りかかってきた暴力で潰されても文句の言えない職業なのだ。

 そんな安定性のない職業なんざ、俺は望むつもりなんてない。


 ──もっと、こう……妻子を養っていけるような、安定してのんびりした暮らしを。


 っと、思考が逸れた。

 今は取りあえず、海外旅行の資金を稼がなければならない。

 

 ──で、あと幾らだっけ?


 海外旅行の相場を知らない俺は……不意にそんな悩みを抱く。

 事実、ゴールが見えないまま、稼ぎ続けるってのも、やる気を萎えさせる元である。

 マラソンの授業で考える「次の電柱まで」ってのは、手近な目標を設定することで、やる気を湧き上がらせるための思考だと、どっかで聞いた覚えがある。

 だからこそ……俺は、適当でも良いから目標金額を設定してみることにした。


 ──ま、一千万くらいあれば、問題ないか。


 どっかで読んだことわざにも、「大は小を兼ねる」というのがあった。

 だからこそ……一千万もあれば、そう問題なく海外旅行に行けるに違いない。

 今稼いだのが三十万弱だから、あと六十匹ほど倒せば良い算段になる。

 家で遊ぶRPGで考えれば、雑魚を六十匹ほど狩るくらい、簡単な作業だろう。

 ついでに言えば、この手の連中はゴキブリみたく、仲間を呼ぶ性質があったはずだ。


「で、お前たちのバックってのは何処の誰だ?」


「結城組、ですっ!

 三ブロック隣の、ビルの、三階、ですっ!

 ……答え、ました、からっ!

 たす、助け、て、くだ、さいっ!」


 静かに告げた俺の問いに、さっきの説得が効いていたらしい男は素直にそう答える。

 運よく住所まで聞き出した俺は、少しだけ考え……すぐに結城組とやらに足を運ぶことにした。


 ──逃げられると面倒だからな。


 俺は内心でそう呟くと……激痛に痙攣を始めたヤクの売人どもを放置したまま、彼らの元締めとやらがいる事務所へと、足を運んだのだった。


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