~ 参 ~ エンディング
……結局。
何もかもを殺し尽くし、残っていた命の痕跡すら全て塩の槍と化したあの世界に、俺がこれ以上留まる理由なんて、何処にも存在していなかった。
さっさと『爪』を使った俺は、元の世界へ……この現代日本へと帰ってくる。
「……あぁ。
空気が、美味い」
日本へたどり着いた俺がまず最初にしたのは……深呼吸だった。
ただひたすら、静かに空気を肺へと注ぎ込む。
排気ガスとアスファルトの臭いが強烈な、所謂、街中の臭いでしかなかったが……あの『腐泥』によって鼻が慣らされた俺にとっては、それは凄まじく香しい香りに他ならなかったのだ。
……とは言え。
すぐに、鼻を突く悪臭の存在に気付いてしまう。
──うわ、臭っ!
それは……俺自身の身体が発する臭い、だった。
仕方ないと言えば仕方ないだろう。
あの肥溜めに勝るとも劣らない刺激臭の中を、風呂に入る水すらない状況で、血と臓物と腐泥を浴びながら戦い続けたのだ。
今までは……あの腐れ果てた世界の中ではあまり気にもならなかったが……
こうして、現代日本に帰って来た以上は、仕方ない、だろう。
「……うわ、何、あの人」
「臭っ!
何、コレっ?」
近くを通りかかったケバい感じの女子大生らしき二人が、そんな悲鳴を上げるのも……まぁ、無理もないことだろう。
俺は怒りの所為か、自分が拳を握りしめていたことに気付き……それを解く。
……ここは現代日本。
幾ら頭に来たからといって……女性をぶん殴って殺す訳にはいかないのだ。
──俺は、命の価値が麻痺しているらしいからな。
創造神ラーフェリリィに言われたその言葉は、流石に心当たりがあり過ぎる。
こうして心の片隅に置くことで、意識して矯正して行くしかないだろう。
とは言え……
──無礼を許す気にはならない、がな。
俺は女子大生らしき二人に無遠慮に近づくと……
右の女性のスカートと、左の女性のブラウスに指をかけて……軽く引っ張る。
「きゃあああああああああああああっ!」
「なななななな、何を、するのよっ!
この、変態っ!」
人間の服ってのは、皮膚よりも引き千切るのは簡単だった。
右の女性のスカートは、ウェストのところで簡単に破れ……面積の少ない真紅の下着が衆目に晒される結果となる。
左の女性のブラウスも簡単に引き千切れ……彼氏すらいないのか、バーゲンセール品らしき、ボロの水色の下着がばっちりと目に入って来る。
……だけど。
──マジ、かよ。
昔の俺なら目を剥いて必死に見つめる筈のその光景も……今の俺にとっては何の価値もない光景にしかならないらしい。
欠片も……興奮するところが、ありやしない。
今まで、あちこちの世界を回って絶世の美少女や美女を見て来た所為、だろうか?
テテなんて、何度か凄まじい恰好で迫って来ていた記憶もあって……下着姿くらいじゃ、全く反応しないと来たもんだ。
そうでなければ……
──創造神級の相手のみ、か。
その答えを拒否するように、俺は慌てて首を左右に振る。
だって、創造神級の相手なんて、何処に存在するというのだろう?
実際のところ、異世界ではセレスとかテテとかマリアフローゼ姫とか……性的な視線で見れる相手は、それなりに存在していたのだ。
ならば、結局のところ……この平凡でどうしようもない、尻軽のクズ女では興奮するのにも値しない、というだけなのだろう。
それも含めてラーウェアの呪いによる因果律云々というならば……その呪いを打ち消すほどの、良い女を捜し出せば良いだけである。
後は、因果云々で入るだろう邪魔を叩き壊してやれば……俺はようやく念願の初体験が出来るに違いない。
「い、い、いつまで、見てるのよ、この変態っ!」
「わ、私たちをっ!
どうするつもりなのよっ!」
「……はぁ」
変な妄想でもしているのか、身体を隠しつつ必死に叫ぶ二人の女子大生に、俺は大きなため息を吐くと……もう興味もなくした二人を無視し、そのまま立ち去ることにする。
「おい、こら、そこの汚い痴漢っ!
てめぇ、このまま黙って帰れると……」
「ったく、やかましい」
「何、を……ひぃぎぃいいいいゃぁぁぁぁっっ?」
途中で偉そうに道を塞いできたチャラい感じの青年が絡んで来たが、俺は軽く肩を握り絞めてやるだけに留めておいた。
男は悲鳴を上げてのたうち回っているが……手加減はした。
恐らく……死にはしないだろう。
──そうだ、よな。
──命の価値が分からなくなっているらしいのなら……それを取り戻せば良いだけじゃないか。
その様子を見て……俺は頷く。
次の世界での行動指針が決まったのだ。
……そう。
次の世界では……『命を大事に』しよう。
ついでに、自分の初体験の相手となれるような……綺麗な女性を侍らすのも悪くないだろう。
この力がある以上、誰に遠慮をする必要もないという、創造神ラーフェリリィのお墨付きを貰ったのだから……俺はただ、好き勝手やればいいのだ。
基本的な指針としては、砂の世界へ向かう時の決意に戻っただけのような気もするが……あの時よりも俺は人間として確実に成長している。
……あんな結末を迎えることはないだろう。
「なら、取りあえず、風呂に入って……
腹ごしらえでもしてみるか」
次に召喚び出されるのが、いつになるか分からないのだ。
ならば、ソレに備えておくに越したことはないだろう。
俺はそう呟くと……
創造神ラーフェリリィによって決められたという次の世界を夢見て……自分の家に向けて再び歩き始めたのだった。