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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
参・第八章 ~疫殺の朽腐林~
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参・第八章 第六話


「……終わった、な」


 頭蓋を踏み砕いたことで、びくびくと腐った身体を痙攣させている『腐神ンヴェルトゥーサ』と呼ばれていた女の死体から視線を逸らした俺は、周囲を見渡しながら軽くそう呟くことしか出来なかった。

 何しろ、腐れ果ててどうしようもない世界は変貌を遂げ……周囲に見えるのは巨大な塩の槍ばかりとなっていたのだから。

 直径が俺の腕ほど、長さは一メートルから五メートルほどのそれらの槍には、幾つもの死体が……『聖樹の民』『泥人』の区別なく貫かれていて、まるで「串刺し公」と呼ばれたブラド伯爵の領地みたいになっている。

 尤も、ドラキュラ伯爵の原案となった彼の領地と二つだけ違うところは、串刺しにされた死体が全て塩へと化しているということと……この立ち並ぶ槍が、見える範囲どころか、世界中余すところなく立ち並んでいる、という点だろうか?


「……仇は、取ってやったぞ」


 その串刺しになったままの……人の形をした塩の塊へ向けて、俺はそう手向けの言葉を送ってやる。

 この世界を覆っていた……この世界を滅ぼしてしまった元凶は、しっかりとその報いを受けさせたのだ。

 あの世というものがあるならば、彼らも納得してくれるに違いない。

 ……これも正義の一つの形、だろう。

 個人的に言うと、爽快感の欠ける……どうも後悔が残る終わり方ではあるが、まぁ、プラスマイナスでゼロになった感じで。


 ──しかし……

 ──ちと、やり過ぎた、かな?


 全身を覆う疲労感に、俺は軽く息を吐き出す。

 何と言うか、身体の一部がごっそりと失われたような感覚がある。

 ……溜めまくった尿意やら便意やらを解放したような喪失感、と言うと聞こえが悪いかもしれないが。

 それに加えて、授業でマラソンを走らされた後や、水泳の授業を受けた後のような、身体中に圧し掛かってくる疲労感まで付きまとっているのだから性質が悪い。


 ──ちょっと、張り切り過ぎたか。


 身体の感覚を確かめながら、俺はそう反省する。

 何しろ、トンボくらいのサイズの蚊一匹一匹を撃ち落とすために、槍の権能を全力で放ったのだ。

 しかも……世界中に。

 オーバーキルとかそういう次元の話じゃない。

 普通に塩の嵐を呼び寄せるだけで終わった気もするが……あの腐った女には、渾身の権能を叩きつけて、力の差を思い知らせてやりたかったのだ。

 その代償がこの疲労感なのだから、誰かに責任を押し付けることも叶わないのだが。


「……さて、と」


 取りあえずこの世界でもうやるべきことはなくなった。

 正義を為そうにも、誰かを救おうにも……もうこれ以上何かが出来る筈もない。

 そう判断した俺はとっとと家に帰ろうと『爪』に権能を込めようとして……


 ──いや、まだ一つだけ、残っているな。


 ふと、思い立つ。

 この世界が腐った元凶を……こんな歪み腐った世界を創り出した元凶の言い訳くらい、聞いてみようかなと。

 こうして何もかもを滅ぼし尽くして周囲が静かになったからこそ分かる。

 ……世界であと一か所だけ、生命の痕跡が残されている場所があることに。

 俺は無言のまま、塩の槍の林を歩く。

 薄霧は未だに晴れることなく、視界はあまり良くない。

 そして槍の林は歩くのにも苦労するほど密集していた所為で、どっちが北でどっちが東かも怪しいレベルだったが……それでも、槍を蹴倒しつつ、まっすぐにその目標地点へと向かって歩く。

 実際、俺が目的地へたどり着くのに、方向感覚なんて必要なかった。

 腐泥がなくなった所為か、それとも『聖樹』が倒れてしまった所為か……目に見えるほど激しく聖なる波動が『その地点』から放たれていたのだから。


「……もう隠れるつもりも、ないってか?」


 俺の向かう先……折れた聖樹のど真ん中の地中から放たれるその聖なる波動に、俺は肩を竦めると、そう呟く。

 とは言え、歩く速度を緩めるつもりはない。

 何しろ自分の感覚的には、例え多少疲弊していたところで、この程度の創造神如きに負けるとは思えなかったのだ。

 

 ──まぁ、創造神と遭うのも、もう三回目だしなぁ。


 何処となく緊張感が欠けているのを自覚しつつ、俺はまっすぐと聖樹へと歩く。

 創造神の方も、逃げ隠れしようとすら思っていないらしく、いつの間にやら塩と化した『聖樹』のど真ん中に、ぽっかりと直径三メートルほどの穴が開き……ご丁寧に螺旋階段までもが出来ていた。


「おいでやす、ってところかな?」


 何となく怪しい京都弁を放ちつつ、俺はその階段へと足を踏み入れる。

 幸いにして周囲の『聖樹』は俺が手加減をした所為か、まだ生きており……聖なる光を放っていて、暗さで足を踏み外す心配はせずに済んだ。

 そうして降りていく螺旋階段は、地の底までも続くように長く……俺がいい加減イライラし始めたころ、ようやく変化が現れる。


「……書庫、か?

 いや、これは……」


 その光景は、俺が絶句するのに十分過ぎるほどのインパクトを放っていた。

 何しろ……それらの書庫に収められてある本は、俺がよく見慣れた類の本で一杯だったのだ。


「……漫画と、ラノベ、かよ」


 その余りに世界観をぶち壊す光景に、俺は眉を顰めながらそう息を吐き出す。

 尤も、そこに並んでいる品は日本語で書かれているものの、あまり聞いたことのないタイトルばかりだったのだが。

 新撰組何とかとか、好きなものは好きだから云々とか……どんな作品かは知らないが、俺の感覚的にはどうも合いそうにない、そういう作品が並んでいる。

 その中を俺は適当に歩く。

 そして、その階段を降りた最下層に、ドアがあり……そのドアを開くと、ソイツがいた。

 ベッドの上でのんびりと寝ころんだ、何故かパジャマに身を包んだままの、黒髪の少女が。

 全身を覆うそのピンク色のパジャマは、俺の世界でよく見かけるポリエステル製としか思えない代物だったし、無雑作に伸ばされた髪の毛は手入れを怠っている所為かボサボサで……周囲は漫画とラノベばかりだったこともあり。

 ……何というか、知らず知らずの内に自分の世界に戻って来て、何処かの少女の部屋に紛れ込んでしまったような気分に陥ってしまう。


「……や、ようこそ。

 ラーウェアの最高傑作にして破壊と殺戮の神ンディアナガル君」


 そんな俺の疑念を振り払うように、少女はゆっくりとそう微笑むと……のんびりと上半身だけを起こした。

 その覇気も殺気も怒気もない態度に、俺は少しだけ肩すかしを喰らった気分になりながらも、口を開く。


「お前が、この世界の創造神、か?」


「まぁね。

 創造神ラーフェリリィ……一応、『聖樹』と同じ名前だったんだけど、いつの間にやらその名前も失われていたみたいだね、うん。

 ま、どうでも良いだけどさ」


 俺の問いかけに、ラーフェリリィと名乗った少女は、本当にどうでも良さそうにそう答える。

 ……ベッドの上に座ったまま、大きな欠伸をしながら。


 ──コイツ、は……


 そのパジャマ姿の少女の周囲には、漫画やラノベ、そしてブラ何とかって大型のテレビにブルーレイデッキ。

 何と言うか……ものすごく人間臭い。

 しかも、俺の住む現代日本の臭いがぷんぷんしている。


「ああ、この手のはキミの世界から取り寄せたんだよ。

 お蔭で時間が幾らあっても足りないよ、うん。

 ……という訳で、もう帰らない?」


「……は?」


 黒髪の少女……としか見えない創造神は、全く覇気のない表情で、酷く面倒くさそうな口調でそう告げた。

 世界を滅ぼした直後に、その世界の創造神から「さっさと帰れ」と、全く予想もしていなかった言葉を告げられた俺としては……ただ茫然と口を開くことしか出来なかった。


「いや、だって結果が出た後で言葉を交わしても無駄だし。

 ……ボクとしては、早くこの漫画の続きを読みたいんだよね」


「……まん、が?」


 そんな俺の態度を全く意に介した様子もなく、創造神は言葉を続ける。

 やはりその様子は、創造神というよりも、ただの面倒くさがりのオタ系少女にしか見えなかった。


「いや、こうして人の身体がある以上、人と同じ感覚を味わうことも出来るんだよ。

 ちなみにコレは、父神様の……キミの世界から頂いたんだよ。

 五百年くらい前、だったかな?

 竜神の生贄とかで、川に沈められた……いてもいなくても因果に影響しない、そういう身体。

 加齢作用は止めているから、数えで十三歳、ってところだったかな?」


「……父?

 いや、そもそも生贄?」


 面倒くさがり屋という割には矢継早に言葉を重ねるラーフェリリィという名の創造神に、俺はただ目を丸くすることしか出来なかった。

 ただ、この創造神が語る意味は、理解出来る。

 心の壊れた少女、強盗に殺された子供たちの亡骸と……今まで俺が出会った創造神たちが「そういう身体」を実際に使っているのを、この目で見ているのだから。

 つまりそれは因果に影響云々という、彼ら彼女らなりの制約があるのだろう。


「ま、だからボクは、こうして人間と同じ感覚を味わって遊んでいるんだよ。

 いやぁ、創作物って良いよね?

 現実ほど理不尽もないし、かといって創作物ごとに展開が違う。

 その上、読んでも読んでも読んでも読んでもなくならないんだ。

 ……ほら、キミも読むかい?

 最近、ボクが気に入っている漫画なんだけど……」


「ふざけるなっ!」


 そんな俺の困惑を気にすることもなく、ラーフェリリィは好き勝手なことを告げると、俺に向けて漫画本を差し出してくる。

 何故か、意味もなく胸をはだけさせた妙に線の細いイケメンが二人睨み合っているような表紙の、その漫画を軽く振り払うと、俺は声を荒げた。


「お前はっ!

 俺に対してっ! 何も言うことはないのかっ?

 俺はっ、お前の世界をっ、滅ぼしたんだ、ぞっ!」


 ……そう。

 俺は激昂を隠せないほどに……彼女の見せる「自分の世界への無関心さ」に納得がいかなかったのだ。

 塩の世界の創造神ラーウェアは、新しい世界を創ろうとしていたから仕方ないにしても、砂の世界の創造神ランウェリーゼラルミアは、世界を滅ぼしてしまった俺を自分の手で殺そうと立ち向かってきたものだ。

 なのにこのラーフェリリィという名の創造神は、図らずとは言え世界が滅亡する原因を作ってしまった俺に対して、何の感情も向いてこないのだ。

 ……俺が激昂してしまったのも無理はないだろう。


「うん、ないよ」


「……なっ?」


 ……だけど。

 俺の怒声に返ってきたのは、創造神の告げた、そんなどうしようもない一言だった。

 この世界に……『聖樹の民』や『泥人』たちが必死に生きていたこの腐れ果てた世界に、当の創造主そのものが「欠片の興味も僅かな執着も見せてない」のが分かるそんな一言に、俺は絶句せざるを得ない。


「だって、そんなこと、どうでも良いじゃん。

 アイツらって、ボクの言うこと聞かないし、そんな連中のために手間暇かけるのも面倒だし。

 だから、誰も来ないようにこの樹の中に棲み処作って引き籠っていたら、何か勝手に樹は大きくなったみたいだけど……」


「……お、おい?」


 さらっと告げた『聖樹』の由来に……またしても俺は絶句していた。

 まぁ、あの巨大な樹が放っていた聖なる力は、地下から無尽蔵に立ち上っていた割には……誰かを守ろうとする強固な意志自体は感じられなかったのだが。

 それでも、この世界に住んでいたみんなが「最後の拠り所」として縋っていたあの『聖樹』が……

 ただ創造神が引き籠ったため勝手に出来たなんて……

 何と言うか、あまり認めたくない類の事実だった。


「だから、ボクは此処で漫画読んで、ラノベ読んで、ゲームをやって過ごすのさ。

 ……また新しい世界を創るのも面倒だしさぁ。

 どうせ創っても思い通りにならなくなった挙句、壊れちゃうんだ。

 だったらそんなもの……苦労して創ったところで、意味ないじゃん?」


「そ、そんなの、は……」


 ……言っていることは分かる。

 どうせ飯を食べたら汚れるんだから、歯磨きなんてしても意味がないだろうと……子供の頃に親相手にストライキをした俺としては。

 だけど、その代償は歯医者という最悪最低のモノであり……

 ……それは兎も角。

 この創造神ラーフェリリィという輩は、どうやら子供の頃の俺と同じ類の……どうしようもなく適当な存在らしい。


「そもそも偶然が重なって出来た父神様の世界とは違って……神の権能を使って虚無に「新しい世界を創る」ってこと自体、無理があるんだよね。

 創造の力を行使して世界を創れば、収支を合わせるように負の力が……破壊の力が生まれて、世界を滅ぼそうとする。

 それが世の中の真理ってものだよ、うん。

 大体……その負の力の結晶こそが、キミたちという存在じゃないか」


 相変わらず俺の困惑を意に介すこともなく、パジャマ姿の少女は言葉を続ける。

 だけど……その言葉はやはり俺を更なる混乱に叩きこむだけだった。


「俺が、俺たちが……負の?

 いや、それは、どういう……」


「ま、キミは何故か、その創造神の力と破壊の力が混ざってる、変な存在になってるみたいだけど、あの子は……ラーウェアは天才だったからねぇ。

 何か反則的なことでもやったんじゃないかな?

 ……ま、どうでも良いけどね。

 と言うか、そろそろ帰らない?」


 今さらながらに気付くが……この創造神は俺と会話をする気があまりないらしい。

 ただ言いたいことを好き勝手に告げているような……

 まぁ、例えそうであったとしてもコイツの語った言葉に嘘はないのだろう。

 ついでに言うと、俺に帰れと諭す、そのやる気のない態度だけは一貫したままである。


「……だけどっ!

 俺は、お前の、世界をっ!」


 とは言え、俺はまだ帰る訳にはいかなかった。

 自分が何を求めているか分からないままに、声を荒げることで創造神の「帰れ」という言葉に抗ってみせる。


「あ~、面倒くさいなぁ。

 だって、そんなの仕方ないじゃないか」


「……仕方ない?」


 そんな俺の態度に大きなため息を一つ吐くと……創造神ラーフェリリィは少し身を乗り出して言葉を続ける。

 少しはやる気を出した所為、だろうか?

 その小さな背中からは、四枚の光り輝く翼がうっすらと幻視出来ていた。

 どうやら正真正銘……今まで出会ったのと同じ、創造神の類らしい。


「うん。

 キミは破壊の力の象徴。

 そんなキミがこの世界に来た時点で、全ては滅ぶ予定だったさ」


「違うっ!

 俺は、誰かを、助けるためにっ!

 俺は、正義を、行うためにっ!」


 創造神が軽く告げたその言葉を聞いた途端……俺の口からは否定の言葉が放たれていた。

 実際……認める訳にはいかなかったのだ。

 例え、俺と重なり合っている存在が、破壊と殺戮の神だったとしても……それを使うことで何かが出来る筈、なのだ。

 あの砂の世界で出会った、あの『最強の赤』と呼ばれたアルベルトなら、ソレが出来ていた筈なのだ。

 だったら……俺に出来ない訳がない。

 アイツほど上手くは出来なくても……何かを救うこと、くらい。


「……そうかも知れないけどさぁ。

 でも、キミ自身が、正義なんて求めてないじゃないか」


 『出来た筈の正義』に縋る俺に向けて……創造神ラーフェリリィは、そんな俺の意思を前提から否定する、最悪の言葉を叩きつけたのだった。



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