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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
参・第八章 ~疫殺の朽腐林~
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参・第八章 第三話


「知能の足りねぇ、てめぇらがっ!

 やれ『聖樹の民』だ、やれ『泥人』だって下らん肩書を争いの種にしてやがるんだっ!

 だからっ! これ以上、争わないようにしてやるっ!

 てめぇら、全員っ!

 ……何もかも、同じになってしまえっ!」


「ま・まっ……」


「やめっ……」


 その叫びを聞いて、俺の意図に気付いたのだろう。

 誰かが何かを叫ぼうとしたが……もう遅い。

 俺はまず、右手に込めた『爪』を振るう。

 空間を切り裂くその『爪』は、俺を中心とする大きな弧を描き……


「ああああああああああああああっ?」


「聖樹がっ!

 我々の聖樹がっ?」


 あっさりと、聖樹を根元から切り裂いてしまう。

 いや、根元を「抉り取った」というのが正しいかもしれない。

 足元から五メートルほどのところに、俺が適当に振るった右手の軌道のラインが、幅一メートルほど、ごっそりと消え去っている。

 根元を大きく抉り取られた『聖樹』はゆっくりと塩の塊へと姿を変えながら、自重に耐えかねて……ゆっくりと傾ぎ始めた。

 バランスが崩れたことで、まだ繋がっていた辺りに負荷がかかっているのか、樹の繊維が砕け引き千切れる、凄まじく大きな乾いた破砕音が周囲に響き渡るものの……耳を塞ごうとする者は一人もいない。

 ただ……この世の終わりが訪れたような表情で、ゆっくりと傾き始めた『聖樹』を眺めることしか出来ないようだった。


 ──よし、計算通り。


 ゆっくりと倒れる『聖樹』が思い通りの方向へと傾いていき、直下にいた俺たちには何一つ危害を加えないのを見て……内心でそう呟いた俺は静かに一つ頷いていた。

 そのまま『聖樹』はゆっくりと倒れ……鼓膜どころか全身を叩きつけるような、世界が壊れるような轟音を立てながら、地へと崩れ落ちる。


「う・うわぁあああああああああああっ!」


「泥がぁあああっ!」


 幾らゆっくりだったとは言え、数十階建てのビルどころか、俺でも名前くらいは知っているエアーズロックよりも更に巨大だと思われる『聖樹』が倒れた質量というものは……俺が想像した以上に凄まじいものがあったのだろう。

 周囲の地面が地震のように跳ね上がったかと思うと、次の瞬間には腐泥が十メートル超の津波になってこちらへと押し寄せてきたのだ。

 この世の終わりとも思えるその光景に、『聖樹の民』は震え、『泥人』たちもただ悲鳴を上げるばかりだった。

 ……だけど。

 

「次は、『腐泥』だな。

 ……周辺五キロくらいで、良いか」


 それを見越していた俺は、権能を込めた左手を地面に叩きつける。

 少し意図して調整したお蔭か、『聖樹』の根とその周辺の水たまりに対して、俺の権能は効果を及ぼすことなく……


「そん・な……」


「あれだけの・腐泥・が……」


 俺の左手の権能によって、腐泥はこちらへと押し寄せる津波の形のまま、塩へと変化していた。

 正確には、こちらへ押し寄せて来た『腐泥』だけではなく、周囲数キロ圏内の腐泥全てが塩へと固まってしまったのだが。


「……ふぅ」


 二つの世界を壊し尽くした破壊と殺戮の神ンディアナガルとは言え、流石に今回のは権能を派手に使い過ぎたらしい。

 まるで授業で何キロかマラソンを走らされた後のように、身体中何かががずっしりと重くのしかかってくる感覚が俺を襲う。

 ため息と共にその疲労感を頭の片隅へと追いやった俺は、この世の終わりが来たかのような『聖樹の民』と『泥人』を静かに見やり、口を開く。


「ほら、これで貴様らを区別するものは、何もなくなったぞ?

 後は、まぁ、好きにしろ、クソ共」


 俺はそう吐き捨てると……倒れ、塩へと化した聖樹の方へゆっくりと歩き出す。


「そ・そんなっ!

 堕修羅さまっ?」


「わ、我々は……どうしたらっ!」


「……気が済むまで、殺し合いでもしてたらどうだ、アホ共。

 もう意味すらなくなった『聖樹の民』と『泥人』の間で、な」


 悲鳴を上げて俺に縋ろうとする連中を鼻で哂った俺は、そのまま連中を無視して歩き……塩の塊となっている『聖樹』の残骸へと右手を伸ばす。


 ──塩を、槍の形に出来るんだ。

 ──だったら、塩を操ることくらい……


 そんな確信を持ったまま、俺は右手に権能を込める。

 俺が望んだ通り、塩の塊と化したビルのような『聖樹』には、俺が通れるくらいのトンネルが開いていた。

 ソレは奥行三メートル程度しかなく、光が全く入らない所為で中は真っ暗闇だが……俺の目的を達成する上で、それが支障になるとは思えない。

 俺はゆっくりとそのトンネルの中へと歩く。


「わ・我々をっ!

 見捨てないで・下さいませっ!」


「どうか、堕修羅さまっ!

 お願いしますっ!」


 そんな俺を見た『聖樹の民』と『泥人』たちは口々に喚くが……俺は振り返ることもなく、そのトンネルの中へと身を投じる。


「どうか、どうか・ご慈悲をっ!」


「私たちが、愚かでしたっ!」


「……反省したら、出て来てやる。

 それまで、自分たちの愚かさでも嘆いてろ、馬鹿共が」


 俺は背後で騒ぐ馬鹿共に最後にそう告げると、権能を操ってトンネルの入り口を崩落させる。

 こうしてやれば、俺を追いかけてくるアホもおらず……後は自分達だけの問題だと分かるだろう。

 一気に視界が闇に閉ざされるものの……このトンネルの中で何かをするつもりもない。

 特に問題はないだろう。


 ──これで……お膳立ては整ったな。


 全身を覆う疲労に抗わず、ゆっくりと塩の床に腰を下ろした俺は、内心でそうため息を吐き出していた。

 『聖樹』を叩き切るという、ちょっとばかり無茶な行動をしたものの……行き当たりばったりの無茶苦茶ではなく、しっかりと計算をした上での行動である。


 ──まず、食料問題は起こらない。


 あの『聖樹』をへし折る際には、ちゃんと手加減をしている。

 恐らくは半ば以上が塩と化していて、あの場所からは分からなかっただろうが……食料である『聖樹』の実が生えていた辺りまでが塩と化すことはない。

 つまり、『聖樹』に残された生命力の分、食料である『聖樹』の実はまだまだ生え続け……しばらくの間は、連中が食料に困ることにはならないだろう。

 むしろ高く危険な場所へ行かずとも『聖樹』の実が採れるようになったのだから、『弓』の一族が偉ぶる理由すらもなくなり、「等しく平等になった」とも言える。


 ──水も、問題ない。


 さっき『聖樹』を叩き切る前に分かったのだが……どうやら『聖樹』の存在の源は根元にあるらしい。

 だからこそ……権能で周囲一帯を塩と変えた時も、聖樹の根元まで塩と変わらないように手加減をしている。

 根さえ残っていれば……『聖樹』が水を生み出す機能を損なうことはないだろう。

 ついでに、『仮面』の一族のところで枯れたとかいう『聖樹』の苗と同じ轍を踏まないよう、権能で創り出した塩は、水に溶けないよう、ガチガチに固めた岩塩になるように権能を操作している。

 ……これで、塩害によって『聖樹』が枯れることもない。


 ──連中が殺し合いの馬鹿馬鹿しさに気付いた後で、『聖樹』を育てるだけ、だな。


 そして……あの塩の世界の創造神が持っていた『紅の槍』を生み出せたように、俺の中には創造神としての権能も有していることは分かっている。

 それをちゃんと使えば、あの『聖樹』の成長を一気に加速させることも可能である。

 その『確信』が……破壊と殺戮の神ンディアナガルのお墨付きが俺の中にはあるのだ。


 ──これで、よし、と。


 喧嘩の原因は断った。

 今後、彼らが生活をしていく上での、最低限の水と食料を確保する目途も立った。

 である以上、俺が求めていた「誰も争わない世界」は……あの少女の願いとそして俺の正義は成ったも同然だろう。


 ──後は、数日待つだけ、か。


 自分の計画に見落としがないのを再確認した俺は、そう内心で呟くと……

 これからの作戦が上手く行くだろう確信を抱きつつ、そのまま塩の寝床の上で、静かに目を閉じたのだった。





「──っ?

 ここ、は……ああ、そうだった」


 目を見開いた俺は、自分の目が全く見えないことに慌てて必死に左右を見回し……今自分が真っ暗闇の中にいることに気付き、安堵のため息を吐き出す。

 一瞬焦った自分を誤魔化すように首を左右に振り、肩を回し……自分の身体に疲労が蓄積していないことを確認する。


「……良く寝た、な」


 生憎と真っ暗闇で時間を計る術が全くないものの、恐らくは丸二日くらい寝ていたのではないだろうか?

 あくまで体感時間でしかないし、それを確認すら出来ないのだが。


 ──そろそろ頃合い、かな?


 俺があの『聖樹』を切り倒した時には既に、『聖樹の民』と『泥人』たち合わせて総勢で数百人しか残っていなかった。

 戦える者に至っては、その半分以下である。

 ……生きる術を失って絶望のあまり殺し合いを始めたところで、戦士たちが半分も死んでしまえば、流石に「戦いは愚かなことである」と理解したに違いない。

 希望を全て失った後は、簡単だ。

 ただ項垂れて、死ぬのを待つだけの……俺がンディアナガルの権能を得たばかりの頃に見た、あのサーズ族のようになるに違いない。


 ──そこで、俺が登場する訳だ。


 権能を使い、根元から『聖樹』を復活させる。

 生きる希望を見い出した連中は俺に縋り……これ以上の殺し合いをすることもなく、「誰も争わない世界」が訪れる。

 手法はちょっとばかりマッチポンプのヤクザ風味というか、カルト宗教の手口っぽくてアレだとは思うが……結果が正しければ、それは正義だろう。


「……さて、と」


 ……やっと俺の目的が叶う。

 あの少女が願った「誰も争わない世界」が訪れ、俺の正義が実現される。

 そう考えると……無性に待ちきれなくなってきた。

 この世界で散々『腐泥』の中を歩き回り、喰っても腹の膨れない種を齧り、不味い飯を我慢して喰い、臭いのと気持ち悪いのを我慢し続けた……その成果がやっと得られるのだ。


 ──ああ、そうだ。


 そう考えると、頑張ってクリアしたゲームのエンディングを迎える直前のように、感慨深くもあり……漫画の最終回を読むときのように、ワクワクして落ち着かない気分になってくる。


「じゃあ、平和な世界を仕上げに行くかな」


 俺はそう呟くと……トンネルを来た方向とは逆に歩き始める。

 とは言え、それほど深いトンネルでもない。

 十歩も歩けば、すぐに崩落させた場所へとたどり着き……すぐさま権能を使って崩落していた塩の塊を除けると、俺はそのままゆっくりと外へと足を踏み出し……


「……あ?」


 外に広がる光景を見て……絶句した。

 すぐ近くでは、あり得ない角度でエビ反りの姿勢を取っている『泥人』が、白目を剥いて固まっている。

 その少し離れたところでは、身体中の関節があり得ない方向へ捻じ曲がったまま息絶えている『聖樹』の民が倒れている。

 最悪なことに、それは……一人や二人ではない。

 数百人が、不規則に……だけど、全員の身体があり得ない角度で捻じ曲がったまま、倒れているのが目に入って来たのだ。


 ──何が、起こった?


 困惑した俺は、せめて生存者を探そうと、歩き始めた。

 だが、歩けど歩けど足元には死体と死体と死体が散らばり……その全てが苦悶の表情を浮かべて息絶えているのが見えるばかりである。

 何故かあちこちから蚊の羽音みたいなものが聞こえるが……虫が飛んでいる程度のことなど、意に介すこともない。


「……ん?」


 ふと思い立った俺は、何となく右手の方に転がっていた『仮面』の一族の、家族らしき三つの死体に近づいて調べてみると、石斧で女子供の頭蓋がかち割られていて……その隣で父親らしき男は、自分の持っている槍で自分の咽喉を貫いて死んでいるのが分かる。

 ……長く苦悶が続く『腐泥』の毒で死ぬよりもマシだと思ったのだろうか?

 もう一度周囲を見渡すと……自らの槍や斧や矢で自分の命を絶ったのだろう死体が何割か見て取れた。


「……何故、だ?」


 そんな死体の中を歩きながら、現状を理解出来ない俺は小さくそう呟く。

 だって、そうだろう?

 彼らの死因が『腐泥』の毒……べリス=ベルグスと同じなのは分かる。

 だけど、それは破傷風の一種であり、怪我から入り込むことで発症する病の筈だ。

 

 ──なのに、何故?


 そうして悩みながら歩く俺を嘲笑うかのように、蚊の羽音が徐々に近づいてくるのが聞こえ始める。

 とは言え、蚊如き、俺が権能を身体から軽く発するだけで、塩の塊と化す程度の雑魚に過ぎない。

 そのまま俺がその鬱陶しい羽音を意図して無視しながら歩いていると……転がっている死体の半ばほどで、ぜひぜひという呼吸音が耳に入ってくる。


「おいっ!

 誰か、生きている、のかっ!」


 その音を聞いた俺は慌ててそちらへ駆け寄り……一人の男を見つける。

 それは……『槍』の一族を率いていたラング=ランセルだった。

 ラング=ランセルは槍を手にしたまま横たわり……身体中を痙攣させながら、それでも何とか生きていた。

 その近くでは、『仮面』の一族を代表していた、戦士長であるアクセル=アークが四肢を歪に捻じ曲げた姿勢で、それでも何とか息をしているのが見える。

 

「き・さま・は……

 な・ぜ、今に・なって……」


 駆け寄った俺を見て、ラング=ランセルは身体中を痙攣させながらも……血を吐くような声で、そう告げる。

 『槍』の一族の長は全身の力を振り絞りながら起き上がると、それでも殺意と憎悪に満ちた血走った眼で俺を睨みつけ……


「き・さまが・我らを・全て……殺・した。

 『聖樹』が・なければ、『腐泥』が・なければ……

 我ら・に、腐神の・使徒・から、身を・守る・術は・ないと、いうのに……」


 瀕死の男は『槍』を杖にようやく起き上がり……それでも必死に俺へと近づいてくる。

 よく見ると、ラング=ランセルの身体に塗りたくられていた腐泥は完全に乾き切ってところどころ剥がれており、その上、身体中の皮膚を掻き毟って抉り取ったかのような爪の痕があちこちに浮かんでいるのが分かる。


「……腐神?

 使徒?

 何の、こと、だ?」


 理解が出来ないまま立ち尽くす俺の下へと身体を引きずって来たラング=ランセルは、必死に俺の胸ぐらを掴むと、血泡が流れている口を開き……それでも呪いの言葉を紡ぐ。


「きさ・まに・付き・従った、のは……過ち・だった。

 せめて、きさま・は……呪わ・れろっ!

 我ら・以上の・苦しみの・中、死んで・行けっ!」


「~~っ?

 だ、黙れぇええええっ!」


 その血を吹きながらの呪詛を聞き続けることに耐えられなかった俺は、左拳を横に振るう。

 ただのそれだけで……ラング=ランセルという名の『槍』の族長だった男は、ただの肉塊どころか、周囲に散らばる血と臓物と肉片と骨片へと化していた。


 ──違う。


 この惨状が、俺の所為な訳がない。

 ……違う。

 俺は、ただ正義を行うために……あの少女が願った、「誰も争わない世界」を実現するために……

 そうして自問自答する俺の耳に、ぜひぜひと……苦しげな『仮面』の一族の戦士長であるアクセル=アークの呼吸音が聞こえてくる。

 それは……まるで俺を責めるかのように聞こえ……


「違うっ!」


 俺は叫んでその音をかき消すと、その音の発生源を……直下に横たわっていたアクセル=アークの顔面に足を叩きつけて潰す。

 部下だった、しかも無抵抗に横たわる男を殺した所為か、何となく嫌な後味が残ったが……まぁ、あの様子ではどうせ助からなかっただろうから、介錯をして苦しみを短くしてやった分、親切だったとも言える。


 ──これで、ようやく静かになったな。


 俺を責めるような呼吸音が途切れ、静かになって落ち着きを取り戻した俺は、改めて周囲を見渡す。

 首の後ろから鏃が飛び出した、蹲ったままの死体が、数十体も並んでいるのが目に入る。

 間違いなく『聖樹の民』たちだろう。

 彼らは自らの誇りとする矢で、自らの命を絶ったのだ。

 ……『腐泥』の毒によって、苦しみながら死ぬ前に。


 ──違う。


 少し離れたとこにあるのは、『盾』の一族だろう。

 盾を並べて何かから必死に身を守ろうとしたのだろうか?

 ……その行動が何の意味も為さなかったのは、あり得ない方向に身体中の関節が捻じ曲がったままの、彼らの死体が物語っているが。


 ──違う違う違う。


 『槍』の一族は分かり易かった。

 自らの咽喉を突く、仲間同士で槍を刺し合う、夫婦らしき男女が一つの槍で貫かれて息絶えている……そういう数多の死体が目に入る。

 勿論、『腐泥』の毒にやられたのだろう、顔を苦痛に歪め、四肢どころか頸椎や背骨までが無惨な形に捻じ曲がった死体も多数見て取れる。


 ──違うっ。


 『仮面』の一族はもっと多種多様だった。

 横たわった『聖樹』にしがみ付いて息絶えた者、『聖樹』の幹に縄を仕掛け、そのまま首を吊っている者、必死に泥を探そうとしたのか、十指全てがへし折れるまで岩塩を掘っていたらしき死体も見える。

 ……ただ一つだけ分かることは。

 『聖樹の民』も『泥人』も……『槍』の一族も『盾』の一族も『仮面』の一族も、もう誰一人として生きていないという事実、だった。

 周囲の死体の幾つかには、血を吸うためか、あの巨大な蚊が群がり……男女の区別すらもつかないモノまでが目に入る始末である。


 ──違うっ!


 俺の所為じゃない。

 俺は内心でそう叫び続ける。

 流石に居た堪れなくなった俺は、あの少女の形見とも言える、半分に泥で作った『仮面』を顔から引き剥がし、握り砕く。


「違うっ!」


 だけど、何も解決しない。

 転がったままの死体は、殆どが苦悶の表情を浮かべたままで……

 その絶望と苦痛と憎しみの表情が、あり得ない方向へと捻じ曲がった身体が、自死を遂げた彼らの武器が……

 それらの全てが、俺を責めたてているようで……


「違うっ!」


 だから、叫ぶ。

 ……こんなつもりじゃ、なかったのだ。

 俺はただ、「誰も争わない世界」を作りたかっただけで。

 俺はただ、「正義」を為したかっただけで。

 ……だけど。


 ──その結果が、コレ、だ。


 誰も彼もが苦しみながら、息絶えているこの光景が、俺の行動の結果だった。

 俺の正義は、この結果を生み出したのだ。

 ……即ち。


「俺が、間違っていた、の、か?」


 呆然と立ち尽くしたまま、俺はそう呟く。

 ……その時、だった。


「いや、お主は何も間違えておらぬよ。

 ……異界から来た、我が同類よ」


 そんな声と共に、ボロボロの布に身をくるんだ一人の老婆が……薄霧の向こう側から足を引きずりながら、ゆっくりと現れたのだった。



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