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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
参・第八章 ~疫殺の朽腐林~
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参・第八章 第一話



 『聖樹の都』攻略戦は、俺たちの勝利で終わりを告げた。

 ……だけど。

 幸か不幸か、今まで戦って戦って戦い続けた挙句、何もかも滅ぼす結末にしか辿り着けなかった所為で知る由もなかったが……どうやら戦いってのは「終わらせる」よりも、「終わってから」の方が面倒極まりないものらしい。


「くそっ! 人手が足りんっ!

 ミゲルの家を、どうするっ?」


「そんなの放っておけっ!

 生きているヤツのが優先だっ!」


 『聖樹の都』中心部に立つ俺の前を、先ほどからドタバタと『聖樹の民』たちが走り回っていた。

 それでも……作業はあまり進んでいるようには見えない。


「おい・そこの・連中っ!

 サボってるんじゃ・ないっ!」


「貴様らの指図なんざ受けるかっ!

 薄汚い『泥人』どもがっ!」


 予定通りに進まない現状に苛立った『泥人』の誰かから叫びが上がるものの、叫んだところで作業効率が上がる筈もなく……ただ罵声が飛び交って五月蝿いだけである。


 ──皆殺しにすりゃ、早かったかもなぁ。


 思い通りにいかない現状に、俺は内心でため息を吐くものの……後悔先に立たず、というヤツだ。

 和平交渉の結果、俺たちは『聖樹の都』の半分を奪ったものの……現実問題として『聖樹の民』が住んでいた都市の半分がいきなり空く訳もない。


「……堕修羅、さ、ま。

 北3ブロックの、家屋の、撤去……終わりました」


「よし・そこには・我ら『槍』が・入る」


 ……そう。

 幾ら『聖樹の民』の人口が最盛期の半数以下になっているとは言え、今まで一か所に固まって暮らしていた訳もなく……彼らは『聖樹の都』のあちこちにそれぞれのグループに分かれて暮らしていたのだ。

 だからこそ、それを統合してまとめ上げることで『聖樹の都』に空きスペースを作り、それから『泥人』たちをそれぞれの部族に分けて住まわせる。

 そういう迂遠なことを計画している所為で、こうして引っ越しに膨大な手間暇を費やしているのが現状、という訳である。

 ……だけど。


 ──分けないと……絶対に揉めるからなぁ。


 都市の半分を手に入れるということは、先日まで相争っていた両者が「同じ都で暮らし始める」ということで……それは即ち、昨日までいがみ合っていた連中が、いきなり一つの家に住むようなものなのだ。

 しっかりと区割りをしなければ、憎悪の連鎖は募る一方で……喧嘩で済めばまだマシ。

 一つ間違えば、あっさりと戦争状態に舞い戻ってしまうだろう。

 俺はそれが予想出来たからこそ、こうして居住区を強引に民族ごとに分割させたのだが……

 武器を突きつけて、棲み処を奪う形となった所為か、それとも家が名残惜しいのか、『聖樹の民』たちのやる気は乏しく……その作業は精彩を欠いているのが分かる。


「……っ、我らは、貴様らに屈した、訳では……」


「やるかっ・『弓』風情・がっ!」


 その上……こうして顔を突き合わせては罵り合い、いがみ合おうとする始末である。

 しかもその辺の雑兵ではなく……俺に報告を届ける代表者クラスでも、だ。


 ──先は、長い、な。


 あの少女が望んだ……望んでいた筈の、誰も争わなくて済む世界を築き上げるには、一体どれだけの労力がかかるのだろう。

 その長い道のりに、俺はため息を隠せない。

 現実問題として……先ほど内心で呟いたように、『聖樹の民』たちを皆殺しにしてしまえば、こんな手間暇なんぞかからなかったのかもしれない。

 だが、コレは……必死に殺意を堪え、苦労して全員を説得させた上でようやく手に入れた、「誰も争わない世界」への第一歩なのだ。

 流石にそんな短慮で何もかもぶち壊すのは勿体ない、だろう。


「……さっさと仕事をしろ、アホ共」


「は・はいっ!」


「急がせます、堕修羅さまっ!」


 首を左右に振って「最も手っ取り早い手段」を追い出した後、ため息混じりに俺が告げた言葉は……実に効果的だった。

 今にも殺し合いを始めようとしていた『弓』と『槍』の男は、俺の声を聞くや否や背筋を伸ばし……そう叫ぶと飛ぶように消えて行ったのだ。

 不機嫌さを隠そうともしない俺の近くにはいたくない、とばかりに。


 ──まぁ、不機嫌なのは事実なんだがな。


 眼前に誰もいなくなったのを見届けた俺は、もう一度大きなため息を吐くと……近くまで引っ張ってきた椅子に腰を落とした。

 誰かの家から適当に接収してきた、材木と蔦とで造られたらしき素朴な椅子は、俺の体重を受けて僅かに軋んだ音を立てる。

 そのまま天井を仰いだ俺は……もう一度大きなため息を吐き出していた。


「……暇だ」


 ……そう。

 俺が苛立っているのは現状が思い通りにならないから、だけではない。


 ──やることが、何もないんだよなぁ。


 正直な話、戦いが終わってから、俺は何一つしていない。

 荷物運びを手伝おうにも、さっきまで敵対していた『聖樹の民』どころか、『仮面』『盾』『槍』全ての連中までが、俺が近づいただけで引き攣った笑みを浮かべて距離を取ろうとするのである。

 ……だと言うのに、事態は良くならない。

 引っ越しは遅々として進まないし、居住区の問題は何とかなったものの、食料や水の配分問題など……問題は多岐に渡って存在している。

 連中は顔を突き合わせる度にいがみ合っているし……


「……やってられねぇよなぁ」


 俺は天を仰ぎながらそう呟く。

 結局……一日目は居住区の引っ越しだけしか出来なかった。




 ……二日目も似たようなものだった。


「てめぇ・らっ!

 これだけ・ってのは、どういう・了見だっ!」


 各部族の代表者から三名ずつを呼び出し、協議をしていたのだが……僅か十分も経たない内に、こうして罵声が響き渡ることとなっている。

 ……今日の問題は食料について、である。

 水はまぁ、『聖樹』の根元に幾らでもあるのだから、水場から桶を放り込んで引き上げるだけで済むものの……

 食料は、そう簡単にはいかない。


「仕方ないだろうっ!

 取り手がいないんだっ!」


「そこを・何とかするのが・貴様らの・仕事・だろうがっ!」


「なら、貴様らが取ってくればいいだろうがっ!」


 何しろ、幾らでも湧いてくる食料……『聖樹』の実が生る場所は非常に限られているからだ。

 ……以前、『聖樹の民』の女たちが取っているのを見たことがあるが、アレは俺には出来そうもないほど、高難度の技術だった。

 聖樹の枝の先端へと近づき、実をもぎ取るという……熟練していなければ、ただ命を落とすだけになるだろう、とてつもなく危険な行為である。


「ぐ・くっ。

 だからと・言って……」


「出来なければ、黙るんだな。

 我々は、お前たちが落ちて死んだ方が嬉しいんだ」


「てめ・ぇっ!

 ぶち殺して・やるっ!」


「やるかっ!

 この『泥人』がっ!」


 ……すぐにこれ、だ。

 少し苛立った俺は、立ち上がると……静かに口を開く。


「……いい加減に、黙れ」


 今までの経験から、不機嫌極まりない俺の声は、氷水をぶちまけるよりも効率的に彼らの頭を冷やすことが出来るというのを知っていた俺は、わざと不機嫌さを強調するように声を吐き出していた。

 ……効果は相変わらず絶大だった。


「す・すみませ・ん……つい……」


「お、お許しをっ!

 堕修羅さまっ!」


 俺の苛立ちに気付いたのだろう『泥人』たちは一瞬の内に口を噤み……身を持って俺の膂力を経験している『聖樹の民』たちは、その場にひれ伏して許しを乞う。

 少しばかり薬が効き過ぎているのを自覚しつつも……俺は彼らの恐怖を取り除こうとも思わなかった。

 何故ならば……


 ──こっちの方が、都合が良い。


 そんな思いが、俺にあるからである。

 実際……話し合いでは全く問題が片付きそうにないのだ。

 こいつらは顔を合わせればすぐにいがみ合い、言葉を交えればすぐに殺し合おうとする。

 俺が習った社会常識は、「暴力は厳禁」「他人の意見を尊重しよう」「恐怖政治は最悪」「民主主義は崇高」とかいう代物だったが……


 ──この状況下では、どれ一つとして役に立たないんだよな。


 そもそもこの連中自身が、人の話を聞こうとしないため……暴力と恐怖以外に、言うことを聞かせる術などありはしない。

 『聖樹の民』の意見を尊重すれば、『泥人』を皆殺しにする他の選択肢はなくなるし、その逆もまた同じだろう。

 民主主義を重んじて数だけで全てを決めれば……『仮面』の一族以外の全てを滅ぼすことになる。

 これが……この腐れ果てた世界の現実だった。

 結果として俺に残されたのは、恐怖政治・独裁政治と言われても仕方ない強権的な解決法だけとなる。


「まず、『聖樹の民』の方だが……

 お前らが言う半々という取り分で……『泥人』たちが生きていけると、本当に思っているのか?」


「い、いえ……それは……」


 俺の静かな声に、『聖樹の民』たちは平伏したまま震え始める。

 ……当然と言えば当然である。

 残り一〇〇を切った『聖樹の民』と、『盾』四二、『槍』一三〇、『仮面』三八〇、計五六〇名ほど……その食料配分を半々にしようとしていたのだ。

 幾ら何でも無茶がある強欲だろう。


「強欲・のツケだ・馬鹿がっ!

 これに・懲りたらっ、貴様らは・大人しく……」


「……貴様ら『泥人』もだ。阿呆。

 働かずして、『聖樹の民』と同じだけ喰うつもりだったのか?」


「~~~っ、い・いえ……」


 『弓』の一族が咎められたので調子に乗ったのか、『仮面』の一族の新代表……猪のようなアクセル=アークが吠えるものの……

 俺から見れば、コイツの方がより酷い。

 何しろ、ニート……働き口すらない癖に、『聖樹の民』が収穫した食料の、実に九割をを要求していたのだ。

 ……馬鹿ばかりにも程がある。

 俺は少しだけ考え……すぐに結論付けた。


「基本の取り分は、人口で割る。

 しかし、それだと『聖樹の民(こいつら)』が働かなくなる可能性が高い」


 意図が分からないのか、俺の言葉を聞いた『聖樹の民』と『泥人』の代表者たちは、それぞれの部族の連中と顔を見合わせる。

 ……頭が悪いこと、この上ない。

 どうしてこう……「全部収奪する」以外の、まっとうな選択肢を考えようともしないのか。


「だから、『聖樹の民』は、一人当たりの取り分が、『泥人』の倍にして構わない。

 『泥人』も文句があるなら、収穫を手伝え。

 ……以上、文句はあるか?」


「い、いえ……我々は、それで……」


「は・ははっ。

 我ら『仮面』は・堕修羅さまに・従い・ますっ!」


 俺の適当な思い付きは、どうやら予想以上に説得力があったらしい。

 『聖樹の民』も『泥人』たちも、一斉に頭を下げ始める。

 まぁ、実際のところ……さっき俺が告げた適当な思い付きに不服があったとしても、彼らは従う以外の選択肢などなかったのだろうが。


「だったら、さっさと分配しろ。

 割合は、『聖樹』の実の重量比、種類はそれぞれが計算しろ。

 ……下らん諍いを持ちこんで来るな」


 不機嫌極まりない俺の言葉を聞いて、さっきまで恭順を示していた連中は蜘蛛の子を散らしたかのように走り去っていく。

 俺はアホ共の背中を見つめながら……もう一度大きくため息を吐き出すのだった。




 ……三日目。

 俺は、自分の家と勝手に決めた空き家のベッドに寝そべりながら、相変わらず不味いとしか言いようのない『聖樹』の実を齧っていた。

 正直に言って……不味い上に、物足りない。


 ──大体、丸二日間もこれしか食べてないから、またしても肉が恋しくなってきたんだよな、畜生。


 少しずつ耐えがたくなってきた空腹を誤魔化すよう、俺は腹を撫でながらそう内心で呟き……ふと思い出す。

 俺のこの食欲が、あの蟲による『聖樹の民』殺戮を呼び起こしたことを。


 ──ま、蟲も滅んだから、多少腹が減っても構わない、か。


 とは言え、あの時と今とでは状況が違う。

 そう結論付けた俺は、さっさとその嫌な記憶を頭から放り出すと……新たな『聖樹』の実を齧るため、ベッドの横の籠に手を伸ばした。

 その籠には……『聖樹の民』たちが俺に貢物として献上してきた『聖樹』の実が山ほど入っている。

 俺は手に触れた実を適当に掴むと……その硬い殻を握力で砕き、殻の中に入っていた塩辛い実を口に運ぶ。

 相変わらず不味いものの……食えない程ではない。

 それに……


 ──こんなものでも……喰わないよりはマシ、だからな。


 あの蟲が言うには「俺にとって栄養にはならない」らしいが……それでも、この世界を安定させるくらいの間はもつ、だろう。

 ……多分。

 そう考えた俺が、次の実を齧ろうと籠に手を伸ばしたところで……


「堕修羅・さまっ!

 問題が・起こり・ましたっ!

 是非、裁定を・お願い・しますっ!」


 突如、俺の部屋へと一人の『泥人』が飛び込んで来て、そう叫んだのだった。


「……くそったれ」


 優雅とは言い難いものの、それでもこの世界唯一の楽しみである食事の時間を邪魔された俺は……そう小さく吐き捨てながらも、素直にベッドから起き上がる。

 自分の都合よりこの『泥人』の都合を優先した理由は簡単で……実のところ、俺は「暇で仕方なかった」のだ。

 何しろ……『聖樹の都』を攻略し終えてから、戦いがない。

 ただ寝て起きて、糞不味い木の実を齧って、また寝るだけという生活である。

 俺は、自分自身を「そういう怠惰な生活も嫌いじゃないタイプ」だと思っていたのだが……どうやら俺という人間は、暇を持て余すことにも耐えられないタイプだったらしい。

 昨日の朝に食糧問題を片付けてから、丸一日と三時間しか経っていないにも関わらず……俺は、この怠惰で適当な生活に早くも嫌気が差していたのだった。

 まぁ、この腐れ果てた世界にはゲームやテレビや漫画もないのだから、暇潰しに遊ぶことも出来ず……現代っ子である俺が時間を持て余すのは当然なのだろう。


 ──でも、動くのもしんどいんだよな。


 とは言え、一度ベッドで寝ころんでしまった以上、起き上がる動作そのものに気が進まないのも事実である。

 だが、こうして生き残った全ての民族が一緒に暮らしていける「誰も争うことのない世界」を築き上げたというのに、こうも頻繁に争いが発生するようでは何の意味もない。

 下手に放置して再び戦争が起こってしまえば……今までの苦労が水の泡になるだろう。

 その現実を前に、俺は不機嫌さを隠そうともせず、『泥人』の案内でその場に向かう。


 ──なるほど、な。


 その場所に着いた途端、問題の原因が何かは兎も角……状況は理解出来た。

 ……と言うか、誰が見ても分かると思う。

 脳漿をぶちまけて倒れている『聖樹の民』と、肩を矢に貫かれて血を流している『泥人』の姿を見たならば。

 そしてその怪我人と死体の周囲では……槍を手にした『泥人』と弓を番えた『聖樹の民』たちが十数名ずつ、睨み合っている。

 ……一触即発。

 まさにそれ以外の言葉が浮かばないほど……もし石ころ一つ程度だったとしても「きっかけさえ出来てしまえば、お互いが殺し合いを始めるだろう」と容易に推測できるほど、彼らの間には緊張感が高まっているのが分かる。


「だ・堕修羅・さま……」


「こ、これは……その……」


 だと言うのに……彼らが俺の姿に気付いた途端、周囲に漂っていた緊張感は一瞬の内に砕け散っていた。

 変わりに宿るのは、恐怖。

 そして……何とか「俺という災難」から逃れようと必死に知恵を絞ろうとする、クズ共の浅ましい姿だった。


「……何が、原因だ」


 俺の言葉に、最初に口を開いたのは、槍を手にしたままの……肩を射抜かれた『泥人』だった。


「こいつらが……突然、殴りかかって、きたの・です」


「……何を勝手なことをっ!

 貴様らが、水場をその薄汚い『泥』で汚すからだろうがっ!」 


 直後、その『泥人』の弁解を遮る形で、『聖樹の民』の一人が騒ぎ始める。


「やかま・しいぃっ!

 下らぬ・言い掛かりで・我らから・水を・奪おうとっ!」


「泥水なんざ、飲めるかっ!

 我々は貴様らのような……薄汚い蛆と違うんだっ!」


 後は……いつものパターンだった。

 一度激昂してしまった所為か、俺の前だというのに彼らの怒りは止まらない。


「誰が・蛆だとっ!

 この場で・蠅の餌に・してやるっ!」


「てめぇらこそっ!

 この樹から、堕ちて聖樹の肥やしになりやがれっ!」


 ……彼らの話を要約すると。

 『泥人』が水場を使った所為で、水場が泥で汚れた。

 それを見た『聖樹の民』は注意をしたが、『泥人』は激昂して怒鳴り返す。

 お互いの罵倒によって憎しみが累乗し、殴り合いとなり……『聖樹の民』は矢を放ち、『泥人』は槍を振るう結果となった、と。


 ──馬鹿共がっ!


 その下らない事実に腹を立てた俺は……それでも頭の冷静な部分を使い、この場を上手く抑える方法を考える。

 と言っても、下手な手段は使えない。

 この問題の元凶は『聖樹の民』と『泥人』の間に広がる憎しみなのだ。

 下手に「片方を贔屓した」なんて思われると、贔屓された方が調子に乗って相手方を攻撃する取っ掛かりとするだろう。


 ──とは言え、このままぶつかり合っても、ただ『聖樹の民』が滅ぶだけなんだが。


 その辺りのバランスを崩してしまっているのが、「『聖樹』の実を採れるのが『聖樹の民』だけである」という事実だった。

 彼らは「『聖樹の実』を採ることの出来る女性たちが殺されない」という保障を得たお蔭で、強気に出始めたのである。

 降伏したのはあくまでも家族のためであって、『泥人』に屈した訳じゃないと……そんな矜持を持っているのだろう。


「てめぇ・ら……一匹・死んだくらい・じゃ、分からねぇ・ってんだ・な?」


「やってみろよ、蛆虫共……

 てめぇらの脳天に、矢を突き入れてやる」


 だからこそ、こうして平然と『泥人』への嫌悪を口にし、忌避を態度で表し、憎悪をぶつけようとする。

 尤も、それは『泥人』側も同じで……だからこそこうして、全く収拾がつかない有様に陥っている。


 ──落としどころとしては、喧嘩両成敗、って辺りか。


 目を閉じて熟考するふりをしつつ、そう決断を下した俺は……


「……ああ、よく分かった。

 だから、両方とも死ね」


「なっ・ぎゃぁああ・ああぁぁぁぁ……」


「ひぃぎぃいいいいいいいいいっ!」


 睨み合っていた中でも、血の付いた槍を手にした『泥人』の肩を右手で掴むと、その肩を抉り取り……

 同時に弓を番えていた近くの『聖樹の民』の腹に五指を突き立て、腹の皮膚全てを引き千切る。

 肩と同時に胸骨を抉り取られた『泥人』は、心臓近くの血管をもぎ取られた所為か、周囲に血を噴き出しながら傾ぎ……すぐに直下へと姿を消す。

 腹の皮膚を引き千切った『聖樹の民』は、内臓と血液を周囲に振りまきながら暴れ……一秒前に落下した『泥人』と仲良くあの世へと旅立った。


「……ほら。

 これで仲良くなった、なぁ、おい?

 お前らもああやって仲良くはなりたくない、よな?」


 両手を染めた赤い液体に権能を注いで塩へと変えながら、俺は笑う。

 なるべく周囲の連中に凄惨に見えるようにと、演技しながら。

 ……尤も、俺の演技力じゃ下手くそで無理やりな笑みを浮かべるのがやっとだったのだが。


「ひ・ひぃ……

 分かり・まし・た……」


「は、はい。

 ……アイツらが、悪い、です」


 だが、幸いにして俺の下手な演技に気付いた者はおらず……そして、『泥人』たちも『聖樹の民』たちも、俺に逆らうつもりはないらしい。

 双方とも武器を下ろし、平伏して俺に恭順を示す。


「……だったら、下らんことで手を煩わせるな」


 俺はそう吐き捨てると、その場を立ち去る。

 この『聖樹の都』を手に入れてから『聖樹』の実しか食べてない所為か……腹が減り始めたのを自覚していた俺は、特に寄り道をすることもなく一直線に部屋へと戻る。

 例え『聖樹』の実でも、喰わないよりは遥かにマシ、なのだから。

 そんな俺を見送る『泥人』と『聖樹の民』たちは、静かに平伏しつつも……それでもお互いに殺意を向け合っているのが見て取れた。


 ──いい加減にしてくれよなぁ。


 そのどうしようもない光景を目の端で捉えた俺は……誰も争わない世界が未だに遠い事実に、大きなため息を吐くのだった。


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