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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
参・第七章 ~『聖樹』攻略戦~
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参・第七章 第四話



「……派手に、やってくれたな」


 俺から五メートルほどの場所まで歩いてきたミゲル=ミリアムは、周囲を見渡しながら静かにそう呟く。

 事実、この二番隊隊長の言うとおり……さっきの俺の一撃によって、バリケードの奥で待ち構えていた『聖樹の民』たちは壊滅的な被害に陥っていた。

 弾けた木片か骨片か肉片か……いずれかの直撃を受けたのだろう。

 首の骨が折れている男、頭蓋が砕けて脳漿をまき散らしている女性、胸のど真ん中を木杭によって貫かれている男、腕の骨が折れたらしく蹲って動けない男など……

 一〇人あまりの戦闘不能者がその場に倒れたままになっている。

 俺が放った一撃で……たったの一発でコレなのだ。

 今さらながらに破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能が如何に桁外れかを思い知らされる。

 そうして俺が自分の作り出した惨状を眺めている中、まだ動ける連中が辛うじて弓矢を手にしながら後ろへと……『聖樹の都』入り口にあった大広間の奥へと走り去っていくのが見える。

 流石に彼らもただ座して死ぬつもりはないのだろう。

 だが、彼ら全員の表情には恐怖がありありと浮かんでいて、これ以上交戦が可能なだけの士気など残っていないと思われる。

 ……いや、逃げていく連中の中でも気丈なヤツがいるのか、未だに恐怖を顔に浮かべていない奴らも見えたが……まぁ、大勢は決したと思って間違いない。


「もう、諦めろ。

 ……勝敗は決した」


 それを見届けた俺は、眼前の青年に向けてそう呟く。

 事実……そうしている間にも、もう一つの入り口を塞ぐバリケードの向こう側に、『槍』の一族が押し寄せているのが見える。

 そして『槍』の一族の背後には、その後詰である『仮面』の一族が行列を作っていて……『聖樹の都』が落ちるのはもう時間の問題と思われた。

 ……デルズ=デリアムの策の所為か、俺の予想とはちょっとばかり形が違うが、まぁ、勝利には違いない。


 ──あんなところに、いやがる。


 ふと思いついた俺が周囲を見渡すと……頭頂部の髪の毛が死滅している、あの小賢しい餓鬼が手振りで撤退を指示しているのが見えた。

 あの様子を見ると、どうやらあちら側のバリケードは、『槍』の一族によって突破された訳ではなく……これ以上の防衛は不可能だと判断したデルズが、自発的に放棄することにしたらしい。

 相変わらず小賢しい餓鬼だが……素早い判断は褒めるべき、なのだろう。

 だが、バリケードに取りついた『槍』の一族も今までの恨みとばかりに、その槍を投擲し……逃げ遅れた数人の『弓』の一族がその餌食になっている。

 俺と同じ光景を見ている筈のミゲル=ミリアムは、それでも弓を捨てることもなく、軽く首を鳴らし……


「……まだ、やってみなきゃ分からない、さ」


 ……表情一つ変えることもなくそう呟いたかと思うと、突如身体を翻して大広間へと駆けだした。


「なっ!」


 まさか堂々としていたコイツが背を向けるとは想像していなかった俺は、一瞬だけ反応が遅れてしまう。

 その挙句、ミゲルの動きは、俺が『聖樹の都』を追い出された日まで……ほんの数日前まで病で倒れていたとは思えないほど俊敏なもので……


「待て、おいっ!」


 そうして慌てた俺がミゲルの背を追いかけようと駆け出した頃に、既に大広間のど真ん中へとたどり着いていたミゲルは、そこで弓を引き……

 ……瞬く間に二度、矢を放つ。


「ぁっ?」


「……ぐっ!」


 ミゲルの放った矢は狙い違わず、『槍』の一族の先頭にいた二人の眼窩を貫き……悲鳴すら上げずに二つの死体を作り上げていた。


「……ぅ・うっ!」


「こ・コイツ・は……」


 瞬く間に二人の戦士が屠れてしまった事実を前に、『槍』の一族は戸惑いを隠せず……見事にその足を止めていた。


 ──なんて、こと、だ。


 その光景に……俺は内心で唸ることしか出来なかった。

 何しろミゲル=ミリアムが放ったのは、たった二本の矢でしかないのだ。

 だけど、この二番隊隊長は……そのたったの二矢で『槍』の一族の脚を止めてしまったのだ。

 そして、その腕前によってコイツは……とっさに拳を構えて駆け寄ろうとしていた俺の足をも止めたのである。


 ──コイツも、化け物かよ。


 ……そう。

 ここは『聖樹』の上である。

 破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能を持つ俺であっても、敵の攻撃によって皮膚一枚のダメージは被ってしまう……最悪の場所。

 その場所で、ミゲル=ミリアムはその弓の腕を見せつけたのだ。

 ……『狙おうと思えば、眼球を射抜くくらい容易いぞ』と。

 そして、例え皮膚一枚を傷つける程度の攻撃でしかなくとも……アレを眼球に喰らえば、俺であっても失明は免れないだろう。

 

 ──迂闊に、動け、ない。


 俺は咽喉を鳴らしながら、ゆっくりと横へと移動する。

 ミゲル=ミリアムの隙を伺おうとしての行動だったが……ミゲルはただ広間のど真ん中で弓と矢を手にしたまま、静かに立っているだけで、こちらの動きに対して何らかの反応を示そうとはしていない。

 ……だけど、分かる。

 あと一歩でも近づこうものなら、あの矢がこちらに向けて飛んでくる、ということが。


 ──盾があれば……

 ──いや、無理か。


 背後から近づいてくる『盾』の連中から、その大楯をもぎ取ろうと考えた俺だったが……すぐにその案を脳裏から追い出す。

 さっきまでの戦いの最中、盾と盾の合間を縫いながら、『盾』の一族の急所を射抜いたあの腕は既に目の当たりにしている。

 下手な小細工などしても、盾によって出来た死角を利用されるのがオチ、だろう。


 ──だが、槍を手にしても……


 槍を手にしたところで……結果は同じだろう。

 対峙して初めて分かったが、このミゲル=ミリアムという男、あの『仮面』の一族を率いるベール=ベルグス並の威圧感を放っている。

 つまりそれは……こちらも怪我を覚悟しなければ勝てない類の達人、という意味だ。


 ──後は、弾除けを上手く活用すれば……


 そう期待する俺は目の端で『泥人』たちの姿を捉えるものの……俺とミゲルが対峙しているのを見て、コレが一騎打ちだと判断したのか、もしくはさっきの神業を見て臆病風に吹かれたのか、一定の距離を保ったまま近づこうとはして来ない。

 俺は弾除けを活用するのを諦め、静かに息を吐く。

 正直、幾らコレが正義の戦いだとしても……そんなモノに眼球を賭けるほどの覚悟など俺にある訳もない。

 とっとと背を向けて逃げ出したいところではあるが……


 ──畜生。

 ──逃げるのも無理、か。


 眼前に立つ青年から発せられる気配を浴びて、俺の直感が告げている。

 ……コレから目を話してはダメだ、と。

 確かに幾度となく戦闘を経験したことはあるが……別に俺は戦士でもなんでもない。

 なのに湧き上がってきたその感覚に、俺はふと違和感を覚えたが……


「……何故、だ?」


 突如、ミゲル=ミリアムが発したその言葉に、その違和感は霧散してしまう。


「何故……我らを、殺そうとする。

 我らは、ただ……此処で暮らそうとしている、だけ、なのに」


 弓を引き絞りながら……狙いを俺に向けながら、ミゲルはそう呟く。

 悲愴と名付けても良いだろう、その声色の割に……表情は相変わらず変わらないまま、だったが。

 ただし……その言葉を、聞き逃す訳にはいかない。


「先に、俺を裏切ったのは……お前ら、だろうが。

 あの痛み、忘れていない、ぞ」


 ……そう。

 許せる、訳がない。

 怒りに歯を食いしばった所為か……今も自由に動かせない、俺の右腕が僅かに疼く。

 その疼きが、俺の記憶を呼び覚ます。

 あの痛みを。

 あの恐怖を。

 あの屈辱を。

 この『聖樹』から突き落とされ、腐泥の中を彷徨った……あの最悪の記憶を。

 俺は拳を握りしめ……眼前で弓を引き絞る青年へと、殺意を込めた視線を向ける。


「馬鹿な。

 先に我らを手にかけたのは、貴方、だろう」


 ──貴方?


 ミゲルの言葉に、ふと違和感を覚える俺だったが……そのことについて考える暇はなかった。

 何故ならば、ミゲルは何かを諦めたかのようにそう呟いた次の瞬間……俺に向けて矢を放っていたのだから。


「くっ!」


 武術の心得もなければ、反射神経に優れる訳でもないこの俺に、矢が放たれたその瞬間を知覚するなんて、出来る訳もない。

 気付けば、矢が突如大きくなっていた、というだけである。

 ……避けるなんて、出来る訳もない。


「……ってぇ」


 それでも生物の本能ってのは有難いもので……眼球に対する危険は、反射的に避けるようになっているらしい。

 咄嗟に目を閉じたお蔭で、石の鏃は俺の目蓋の下にぶち当たり、跳ね返っていた。

 とは言え……


「ってぇっ?」


 眼球周辺の、皮膚の弱い場所に先の尖った石の鏃がぶち当たったのだ。

 俺はその痛みに思わず悲鳴を上げていた。

 突き刺すような痛みに怯む俺だったが……眼前の敵は許してくれそうにない。

 既に新たな矢を番え……俺へと狙いを定めている。


 ──この距離は、ヤバいっ!

 ──近づかないとっ!


 手に武器すら持ってない俺がそう判断したのは……当然のことだろう。

 必死に身体を前傾させ、まっすぐに走り出すものの……眼前の二番隊隊長はそんな俺の行動を読み切っていたらしい。

 何しろ、次に放たれたミゲルの矢は、俺の靴を……これから聖樹の幹を蹴って走り出そうとした右足の、親指と人差し指の間を見事に射抜いていたのだから。


「ぅぉおおおっ?」


 人間、不意に躓いてしまうと……たかが小石程度でも転んでしまうものだ。

 である以上、完全に意図しない場所を、しかも踏み出そうとした瞬間を狙われた以上、俺の持っているンディアナガルの権能や人間を超越した筋力など一切機能する筈もない。

 俺は前へとつんのめった身体を支え切れず、あっさりと地に伏してしまう。


「……ぐっ?」


 慌てて顔を上げて状況を把握しようとするものの……

 ……それは、悪手でしかなかった。

 顔を上げた俺の眼前には、矢を構えたミゲル=ミリアムの姿があり……


「うぉおおおおおおおおおっ!」


 その弓から矢が放たれた時……俺は次の瞬間に訪れるだろう激痛に備え、ただ悲鳴を上げることしか出来なかった。

 ……だけど。


「……な?」


「……神業、か」


 次の瞬間、左手に触れる生暖かい感触に気付いてみれば……俺はミゲルの真正面にまっすぐ立ち上がっていて……

 そして……俺の左手はミゲルの胸をまっすぐに突き抜けていたのだった。


 ──何が、起こった?


 内心で俺はそう呟くものの……実のところ、記憶がない訳ではない。

 俺は左手に力を込め、身体の正面にあった聖樹の幹に指を突き立てると……その膂力に任せて身体を強引に横へとズラして矢を鎖骨で弾き返し……

 そのままの勢いで立ち上がると、慌てて距離を取ろうとするミゲルに肉薄し、指先に力を込めた左手をまっすぐに突き出し……筋力に任せて二番隊隊長の胸を左手で貫いたのだ。

 ……こうして思い返してみれば、俺の中に、そう動いたという記憶はある。

 だけど……実のところ、俺は自分でそうすると考えて身体を動かした訳じゃない。

 ただ身体の奥底から湧き上がるような『確信』に身を任せてみれば、何故か上手くこうなった、という感じだろう。

 スポーツ選手とかが良く言う「練習の成果が出ました」とかいうヤツかもしれない。

 尤も俺は、何かを練習した記憶など欠片もなく……

 それは、つまり……


 ──これも、権能の一つ、だな。


 そう結論付けた俺は、多少の不安を感じつつも、すぐさま思考を打ち切る。

 はっきり言って今は「それどころじゃない」のだから。


「……やはり、こう、なった、か」


 ……不思議なことに。

 ミゲル=ミリアムは胸を貫かれたまま……赤い血を胸から吹き出しながらも、そう告げ得ていた。

 咽喉から噴き出す血を見ても、貫かれたままの胸を見ても「表情一つ変えることなく」涼しげな顔をしたままで。


 ──コイツっ?


 さっきから感じていた違和感の正体に俺が気付くのと、ミゲル=ミリアムが……いや、ミゲル=ミリアムの中の『存在』が動き始めるのは同時だった。

 いや……『蠢き』始めると表現するのが正しいだろうか。


「まさかっ?」


 ……そう。

 今になって俺はようやく気付いていた。

 俺が『聖樹の都』を追放されたあの日、病床から平気で起き上がって俺に矢を放ったミゲル=ミリアム。

 さっきから「何故我々を殺す?」と問い、「貴方」と俺を呼ぶなど……俺を「義兄弟」として扱っていたミゲルのヤツとは大きく違う雰囲気と言動。

 全く表情の動かない顔は……ミゲルの妹であり蟲の苗床となっていたミル=ミリアと全く同じで……


 ──待て、よ?


 その事実に思い当たった瞬間……俺の中の「確信」が騒ぐ。

 広間のど真ん中で俺の左腕がミゲルの胸を貫き……『泥人』たちは広間と下とを繋ぐ出入り口辺りで、こちらを注視している。

 その出入り口周辺には、俺たちの突入によって胸や腹を貫かれたままの、首が折れたり頭蓋が割れたりしている『聖樹の民』の死体が転がっている。


 ──もし……


 もし仮に、アレらの中にも蟲が潜んでいたとしたら?

 言われてみれば……何となく予感はあったのだ。

 ろくに実戦経験など積んでもいない女子供・老人を防衛線に投入しているというのに……彼らの内の何名かは悲鳴一つ上げず、表情を一つ変えることなく、俺たちへと矢を放ち続けていた。

 さっき撤退していく連中を見ても、数名の『聖樹の民』は怯えを見せていたが、中に数人ほど……全く表情を変えようとしないのが混じっていたように思う。

 それは、つまり……


「全員、逃げろぉおおおおおおおおおおおおっ!」


 その結論に達した瞬間……俺の口からそんな叫びが放たれていた。

 ……だけど。

 その声が、周囲の『泥人』たちに伝わるのとほぼ同じ瞬間に、眼前のミゲル=ミリアムの身体が弾け、その身体から湧き出て来た五匹の蟲が俺に噛みつき……


「う・うぁあああああああああああっ?」


「な・なんだ・これ・はぁああああああっ!」


 それに連呼するかのように、周囲の死体から蟲が次々と這い出て……『泥人』へと喰らいついていたのだった。


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