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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
参・第七章 ~『聖樹』攻略戦~
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参・第七章 第三話


 一歩。

 また一歩。

 上へ上へと歩みを進める度、『聖樹の民』の……いや、デルズ=デリアムの仕掛けた罠は鋭さを増していく。


「……っ?

 また・罠だっ!」


 俺と共に歩く『盾』の一族の誰かがそう叫んだ瞬間だった。

 遠くの枝に立つ『聖樹の民』が何かを仕掛けた瞬間、彼らの近くから丸太が落ち……その丸太と繋がっていたらしき縄が、俺たちの足元へと絡みつく。

 ソレは、丸太の重さを使って俺たちを『聖樹』から叩き落とそうとする……簡単ではあるが凶悪なトラップの一種、なのだろう。

 樹上を歩く階段にまとわりついた蔦に紛れ込ませた、かなり巧妙に隠されたトラップで……俺は悲鳴が上がるまでソレに気付きもしなかった。

 

「う・ぉあぁっ?」


「足・がっ?」


 そして、俺と同じくその罠に気付くことなく足を取られたのだろう、数名の『泥人』が悲鳴を上げる。

 縄に足を取られた『盾』の戦士たちは、抗う術もなく直下へと墜落する……筈だった。

 ……だけど。


「……下らねぇな」


 丸太一つ程度の重さなど、俺の筋力にとっては足に絡みついた子猫ほどの重さに過ぎないのだ。

 俺はただつま先に力を込めるだけで……その丸太の重量を乗せた縄を受け止める。

 頭上に気を取られ無警戒に歩いていたならば、こんなトラップでも脅威に感じたのだろうが……

 周囲に並ぶ『探知機』のお蔭で罠の存在に気付いた俺に……この程度の小細工など、通じる訳もない。


「ぎゃ・ぁああああああ・あっ?」


「痛ぇ、痛ぇ・えええよぉ・おおおおおっ?」


「足が、足が・ぁあああああああ?」


 勿論、俺にとってはただ「足にしがみ付いた子猫を持ち上げる」くらいの力であっても……現実的には、数百キロもあるだろう丸太が縄を締めつけているのだ。

 そんな力で足を挟まれた『盾』の一族は、足を粉砕されたのか、凄まじい悲鳴を上げていた。


 ──ちっ。

 ──脆弱な。


 悲鳴を上げる『泥人』たちを見た俺は、思わず舌打ちを隠せなかった。

 それでも彼ら自身にとっては、多少足がへし折れたとしても……落ちて死ぬよりはマシ、なのだろう。

 俺は悲鳴を上げ続ける所為でいい加減五月蝿くなってきた、周囲に転がる「弾除け」共を黙らせることもなく、視界から外し……


「っと」


 ……鬱陶しくもまだ足元に絡みついたままの縄を、両手で引き千切る。

 右手は未だに上がらないものの……靴ひもを解くくらいの作業なら出来るのだ。

 そして、破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能を持つ俺にとって、手首ほどの縄を引き千切る程度の作業、靴ひもを解く程度の力で十分だった。


「ぎゃあ・ああああああ・ぁぁぁぁぁ……」


 そのまま直下へと消えていく重しの丸太と、ついでに足が絡まっていたらしき『盾』の一族の戦士があげる悲鳴が聞こえるが……

 そんなゴミにいちいち注意を払うのもアホらしい。


「く・そっ!

 まだ・戦いの最中だ・ぞっ!」


「防げ・っ!

 盾を・構えろっ!」


 それに……未だに矢は降り注いでいる。

 使い道のない弾除け……怪我人なんかに構って足を止めてしまえば、このまま一歩も歩けずに全滅することもあり得るのだから。


「あ、アル=ガルディア、さま?」


「……進むぞ」

 

 仲間の犠牲と、一向に止まない敵の攻撃に戸惑った声をあげる『盾』の一族の族長……タウル=タワウへと俺は静かにそう告げると、降り注ぐ矢に向けて盾をかざしながら足を前へと進める。

 怪我人に見向きもしない俺の行動に、周囲の『泥人』からは戸惑った声が上げるものの……どうせ罠にかかり、足が折れて歩けなくなったヤツである。

 ……使えない弾除けなど、とっとと『片付けた』方が合理的なのだ。

 彼らもそれを理解しているのか、一瞬以上は俺に非難めいた視線を向けることもなく……頭上に盾を構え直し、俺の後ろへと付き従って歩き始めた。


 ──あと、三十人とちょっと、か。


 そんな彼らへと視線を向けた俺は、静かにそう計算する。

 ここまでたどり着く間、丸太の振り子で五人、直後の一斉射で三人、此処まで登ってくるのに四人、さっきので四人ほどが死亡もしくは重傷となり……運よく死にはしないものの、戦闘不能級の重傷者を下へ搬送するのに、更に四人ほど費やしている。


 ──だが、順調、だな。


 そうして犠牲を払いながらも、足を止めることなく延々と登って来たお蔭で、俺たちの視界の端には、ようやく『聖樹の都』の入り口が見え始めていた。

 このペースでいけば……俺たちは全滅することなく、彼らの町へと到着出来る、だろう。

 そして、『弓』の一族には、射る以外に攻撃方法がなく……近づいてしまえば、ただの案山子と同じなので、勝利がほぼ確定となる。

 その上……


「ぉお・おおっ!

 突っ込めぇえ・ええっ!」


「ぎゃあ・あああああっ!

 腕が、腕がぁあ・あああああっ?」


「馬鹿・野郎っ!

 足を・止めるなぁ・あああっ!」


 少し離れたところでは、『槍』の一族が戦っているらしき叫びと悲鳴が聞こえ……彼らも徐々に上へと迫っていることを教えてくれていた。


 ──これなら、間違いなく勝てる、な。


 その戦いの声に、勝利を確信した俺だったが……


「……いや?

 待てよ?」


 ……次の瞬間に、ふと違和感に気付く。


 ──何故、『槍』の連中も、戦っているんだ?


 さっきから俺たちに向けて、数十の矢が休むことなく放たれ続けているのだ。

 俺の知る限り……『聖樹の都』を守る戦士たちは、凡そ五十名程度。

 弓矢を使う以上、一度に二本の矢は放てない筈であり……つまり、俺たちが戦っている連中が主力なのは間違いないだろう。


「……ぁ・っ」


 俺がそんなことを考えつつ歩いている時、盾と盾との僅かな間を、一条の光が貫き……眉間を貫かれた『泥人』が、身体を傾がせて直下へと落ちていく。


「馬鹿・な。

 拳ほどの・隙間に、矢を・通すなど……」


「……化け物・め」


 ああして、たまに凄まじい精度で放たれる矢は……恐らく、ミゲル=ミリアムが放った矢、だろう。

 彼ら『聖樹の民』と延々と戦い続けた、『盾』の戦士たちが慌てるほどの腕の持ち主など……生憎と俺は義兄となる筈だった、あのミゲル=ミリアム以外には知らない。

 だからこそ……今、俺たちに向き合っている相手は、敵の主力で間違いないだろう。


 ──なのに、何故?


 どう考えても敵の数が合わないという事態に、俺は首を傾げるものの……すぐにその思考を放棄する。

 何故ならば……もう考えても仕方ないのだ。


 ──ここからが、勝負、か。


 そうして考えている間にも、足を運んでいたお蔭だろう。

 俺の眼前には幾つもの拒馬槍らしき木製のバリケードが立ち並び……その向こう側には、弓を構えた人影が並んでいる。

 いつの間にか、俺たちに向かう矢の軌道は、頭上からではなく……斜め上から降り注ようになっている。

 つまり……俺たちは、数々の妨害を潜り抜け、敵の咽喉元へとようやくたどり着いたのだ。


「……って、おい?」


 ……だけど。

 『それ』を見た瞬間、俺は思わずそんな声を零していた。

 それほどまでに、バリケードの向こう側にある光景が信じられなかったのだ。

 そしてそれは……俺と共にここまでたどり着いた『泥人』たちにとっても同じだったらしい。


「てめぇ・らっ!

 女・子供・老人を、戦わせた・のかっ!」


「最低の・外道・めっ!」


 ……そう。

 バリケードの向こう側で立っていたのは二十人ほどの戦士と……覚悟を決めているのか、顔色一つ変えずに弓を構える三十人ほどの女子供、老人の姿があった。

 その事実に……俺は首を横へ振る。

 彼らの取った戦術が……「合理的だ」と認める自分を振り払うために。

 考えてみれば……直下へと矢を射る場合、男女の差はほとんどない。

 ……弓さえ、引けるならば。

 事実、尖った矢は重力を得て速度を上げ続け、人間の皮膚など軽く突き破る上に……下方へと矢を放つ以上、飛距離もそう必要としないのだから。


 ──だけど。


 それでも、俺はその合理性を認めたくなかった。

 確かに俺は、子供や老人を……非戦闘員を殺したことは、幾度となくある。

 だけど、それはあくまでも「ついうっかり」力が入り過ぎた時や、怒りが頂点に達していた時や、裏切られた時や、生かす価値もないゲスだと相手を見限った時に限る。

 こうして……必死に抗う相手を、戦って殺したことなんて……


 ──アホか、俺は。


 言い訳をしようと必死に回転する脳みそを、俺はそう自嘲することでようやく押し留めることに成功した。

 そもそも彼らは……全滅の危機に弓を手に取ったのだ。

 即ちコレは既に「生存競争」の一種でしかない。

 生存競争である以上……女子供老人などという分類に、何の意味もない。

 野性で生きる肉食獣の類は、相手が牝だから、子供だから、老人だからと手加減するどころか……少ない労力で食い物を得られると嬉々として襲い掛かってくるに違いないのだから。

 それに……一度俺に弓を引いた以上、誰だろうと関係ない。

 破壊と殺戮の神ンディアナガルの化身たるこの俺は、今まで敵に一切の情け容赦をかけることなく、老若男女の区別も、人種宗教思想に対する差別も一切なく、殺して潰して薙ぎ払い……こうして生きて来たのだから。

 と言うか、いちいち矢を放ってくる女子供を選別して手加減をするなんざ、面倒くさくて鬱陶しい。

 例え女子供が放った矢であっても……ソレが刺されば、やっぱり痛いのだ。

 だったら、俺が彼らを殺すのは……俺に弓引くようなクズ共は、殺されて当然と言うべきだろう。


「クソが。

 てめらの悪知恵が、女子供を殺したんだ。

 ……思い知りやがれ」


 この手を血に染める覚悟を決めた俺は、そう呟くと……前へと足を踏み出す。


「……くっ!

 射れぇええええっ!」

 

 それが合図になったのだろう。

 少年のものらしき……恐らくはデルズ=デリアムの叫びが聞こえたかと思うと、俺たちの方へと一斉に矢が降り注ぎ始めた。


 ──ちぃっ!


 完全に俺を狙って放たれたらしき一斉射に、俺は慌てて盾を構える。

 幾ら致命傷にならないとは言え……刺されば痛いのだ。

 と、そうして俺たちが正面からの一斉射を防ぐことに気を取られた……その瞬間、だった。


「……何だありゃ?」


 頭上の枝から顔を出した二人の『聖樹の民』が、突如、枝から飛び降りたかと思うと、そのまま腰に巻いた縄によって、弧を描くように中空を滑り……

 その意味不明の行動に戸惑う俺たちの背後に差し掛かった辺りで、彼らは両手に持っていた弓を引き絞り、矢を放ってきた。


「……ぎゃ・ぁっ?」


「ぐぁ・ああああああああ・ぁっ?」


 ソイツらの奇行に戸惑いつつも、正面からの射撃に神経を尖らせていた『盾』の一族には……彼ら二人が放った矢を防ぐ術など持ち合わせていなかった。

 一人はあっさりと側頭部を射抜かれ即死。

 もう一人は……腹を貫かれ、絶叫を放っていた。

 刺さった位置から見て……恐らくはもう助からない、だろう。


「く・くそがっ!」


「馬鹿・かっ!

 下手に・動くとっ!」


 背後からの一撃に慌てたのか、『盾』の戦士が数人、振り返ろうとする。

 ……だけど。

 敵の主力は……正面に、いるのだ。


「がっ・あああああぁっ?」


「ちく・しょうっ

 このまま・じゃっ!」


 そして……背後からも攻撃が加わるという恐怖によって、『盾』の一族の間には動揺が走っていた。

 身体を必死に庇ってはいるものの、背後からいつ攻撃が来るか分からない状況では、防御に専念することは叶わないらしく……彼らは手足などの末端部に次々と矢を喰らっている。

 流石に急所を矢面に出すアホは、最初に死んだ二人以外はいないようだが……

 そうしている間にも、さっき背後から矢を放ってきた二人の『弓』の一族が、振り子の原理によって、再び俺たちの背後へと戻ってきていた。

 その手には、既に弓矢を番え……


「しゃらくせぇええええええええっ!」


 そのまま背後を飛ぶ『蠅』を放置していると、犠牲が増えるばかりだと判断した俺は……手にしていた大楯を、渾身の力を込めて、放り投げる。

 それは適当に放った一撃だったが……俺が放り投げたのは人間の身体を覆えるような大楯である。

 数キロはあろうというソレを、小石と同じ速度で放ったのだ。

 幸いにして、振り子の原理に従って、決められた軌跡を描く二人を狙うのは、そう難しいことでもなく……

 ……いや、俺の放った大楯は、何故か俺が思っていたよりも正確にその振り子運動をしていた二人へと吸い込まれ……


「……っ?」


 背後に飛んでいた『聖樹の民』の一人は、悲鳴すら上げることなく、肉塊へと化した。

 真っ二つになったソイツは、臓物と肉片と血をまき散らし……プラプラと下半身だけが縄に繋がれたまま、残った臓物を見せつつ揺れていた。

 助かったもう一人も、真っ二つになった上半身がぶつかった所為で、身体を縛っている縄が解けてしまったらしく……そのまま真下へと消えていく。


「今だぁあああああああああっ!」


 勿論、盾を放り投げ、無防備になった俺を……『聖樹の民』たちが見逃す筈もない。

 一斉射が俺に向けて放たれ……


「馬鹿がっ!」


 とは言え、そう来るだろうことは、俺にとっても予想の範疇だった。

 俺は手の届く範囲に転がっていた『盾』の一族……側頭部を射抜かれて即死した男の首を掴むと、それを身体の前へと突き出す。

 生暖かい上に、血生臭くて男臭くて泥臭いという、最悪最低の盾ではあるが……矢を防ぐ程度の効果はあったらしい。

 死体は数十の矢によって貫かれるものの……俺の身体には、一本の矢も突き刺さりはしなかった。


「な・なんと・いう……」


「……げ・外道・だ。

 悪魔の・所業・だ」


 近くで『泥人』が何やら変な声をあげていたものの……そう大したことでもないだろう。

 そう判断した俺は、周囲の非難めいた声を意識から外すと、掴んだままだったその『肉の盾』を大きく振りかぶり……


「この、阿呆共がっ!

 隠れてこそこそ、してんじゃねぇえええええっ!」


 その『肉の盾』を放り投げる。

 連中が身を守るために築き上げていたバリケードへと。


「ぎゃぁああああああああああぁっ?」


「ば、化け物だぁあああっ?」


 俺が放り投げた『肉の盾』の体重は……恐らく五〇キロ前後だろう。

 だが、俺の膂力で放たれたその五〇キロ前後の肉塊は、プロ野球のピッチャーが放つ剛速球に勝るとも劣らない速度を有していたのだ。

 そんなモノの直撃を……人の侵攻を阻む程度のバリケードで防ぎ切れる、訳がない。

 聖樹の枝で組み上げたのだろうバリケードは、肉塊の直撃であっさりとただの枝切れへと化し……ついでに、その速度でバリケードに叩きつけられた『泥人』だったモノは潰れ千切れて、周囲に血と臓物をまき散らし、原型を留めないほどグチャグチャになって、『聖樹の都』を赤く汚していた。


「……な・何と・いうっ」


「これ・以上は……」

 

 人間の膂力を完全に超越した、その俺の一撃を見て……流石に恐れをなしたのだろう。

 前方にいた『聖樹の民』たちは、矢を射るのをあっさりと止め……そして背後に立つ『盾』の一族からも、そんな怯えた声が零れ落ちる。

 だけど……

 俺は今、そんな些事に注意を払っている暇はなかった。


 ──さぁ、これで最後……だな。


 何しろ……

 バリケードの残骸と、それと共に吹っ飛ばされた『聖樹の民』たちの向こう側から、敵の御大将が……

 即ち、二番隊を率いるミゲル=ミリアムが、ゆっくりとこちらへ向かって歩いてくるのが目に入ったのだから。


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