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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
参・第七章 ~『聖樹』攻略戦~
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参・第七章 第二話


「……で、この『聖樹』を、どう・攻める?」


 『聖樹』を見上げた俺が叫び終えるのを見届け……『仮面』の一族の族長代理ベーグ=ベルグスがそう尋ねてくる。

 

 その言葉を聞いた俺は振り返り……自軍の様相を確かめる。

 と言っても、それほど大きな軍勢でもない。

 ベーグ=ベルグスが率いる、五百ほどの『仮面』の一族の内、女子供年寄に怪我人を除き、戦える人数は約二百程度。

 同様に、タウル=タワウが率いる百ほどの『盾』の一族の内、戦えるのは約五十ほど。

 そして、ラング=ランセルが率いる、二百ちょっとの『槍』の一族。

 ……その中で戦える約百名の戦士たち。

 この人数で、三百人ちょっとの『聖樹の民』の内、五十ほどの戦士が待ち構える……あの『聖樹』を落とすのだ。

 他と比べて『聖樹の民』に非戦闘員が多いのは、彼らが『聖樹』という恵まれた環境で暮らしてきたから、だろう。

 『聖樹』という、水と食料を安定的に提供し、『腐泥』から守ってくれる存在があるからこそ……老人や女子供が生き延びる率が他よりも高いのだ。

 だからこそ……『泥人』たちは生き延びる確率を少しでも高めるため、今まさにその『恵まれた土地』を攻めている真っ最中なのだが。

 

 ──ただ人数だけ見れば、楽勝、なんだがな。


 そう考えた俺は、首を横に振り……油断を頭から追い出す。

 当然のことながら、破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能を持つこの俺にとっては、待ち受ける五十の敵が五百になったとしても……何の痛痒も感じず、全て肉塊へと変えることが可能だろう。


 ──だけど。


 ……だけど、地の利が完全に向こう側にあるのが問題だった。

 俺の権能を封じる『聖樹』。

 大勢の利を生かせない細い道。

 敵の得物が『弓矢』であると言うのに、遮蔽物がない上に、頭上を占拠される、この『聖樹』という圧倒的に不利な戦場。


「下らん・な。

 我ら・『槍』の一族が・突っ込めば・それで終わり・だ」


「良く・言う。

 貴様ら・など、矢で・貫かれて・終わり・だろう。

 我々・『盾』に・任せておくと・良い」


「……馬鹿・か。

 たった・五十程度で・何が・出来る」

 

 ──その挙句が、コレ、だ。


 顔を突き合わせていがみ合う『泥人』たちの長を見て、俺は思わずため息を吐いていた。

 確かに、俺たちの軍勢は、数において『聖樹の民』を圧倒的に上回っている。

 だけど……これでは連携を取るどころではない。

 下手すれば、戦場へ向かう前に同士討ちをしかねないのが現状だ。


 ──考えろ。


 何の因果か、彼ら『泥人』をまとめ上げているのは……この俺である。

 ……いや。

 連中がいがみ合っている所為で……彼らをまとめ上げるのは、この俺にしか『出来ない』のだ。

 しかしながら、俺は戦闘力だけは人間を超越している自信があるものの、戦術を考えるのも、人を率いるのも僅かに経験がある程度で……正直に言って、ずぶの素人とそう大差ないだろう。

 とは言え、素人に過ぎなかったとしても……ただ無闇に突っ込んで、意味もない存在を増やすよりは、ある程度の戦術を考えた方が良いだろう。


 ──苦手なんざ、言ってられない、か。


 俺の記憶にある限り、上へ……『聖樹』へと攻め入る入り口は、二つある。

 その所為で一度は、『泥人』によって挟撃されたものだが……今はそれを利用するしかない。

 ……どちらも足場が悪く、曲がりくねった挙句、上から狙いたい放題という悪路ではあるが。

 こちらの兵力は、防御を主体とする『盾』と、突撃力に優れた『槍』……そして、圧倒的な数を誇る『仮面』の三軍からなる。

 それを最大限に活用する戦術なんて……。


「見せて・やろうか?

 我ら『槍』の・渾身の・一撃を?」


「は・はっ。

 おっさんは・無理・すんなって」


「貴様ら・いい加減に・しないと……」


 そうして俺が悩んでいるにも関わらず、それぞれの一族を率いる『泥人』共は、顔を突き合わせていがみ合うばかりである。

 ……流石の俺も、いい加減に腹が立ってきた。


「そこまでにしろっ!

 この、阿呆共がっ!」


 とは言え、コイツらを抑えるのはそう難しいことではない。

 俺が半ば怒った声を演出しつつ、そう怒鳴るだけで……先日の『説得』が効いている若きタウル=タワウと、紅の槍に畏敬を抱いているラング=ランセルは顔を蒼褪めさせ、その口を閉じる。

 ベーグ=ベルグスの顔は仮面に覆われていて分からないものの……彼は俺の意図を汲んでくれたらしく、それ以上の言葉を発さなかった。


「攻め込む方針を決めた。

 文句があるなら、言え」


 そう前置きしつつ、俺はじっと眼前の『泥人』を睨みつける。

 ……無意味ないがみ合いなど許さないと、両目に殺気を込めて。


「まず、『盾』と俺が、あの入口から突っ込む。

 敵の主力を、こちらへ引きつける」


「……は・はいっ!」


 俺の言葉に、『盾』の一族を率いるタウル=タワウは神妙な顔で頷く。

 その顔に笑みが浮かんでいるのは……「俺が同行する」と聞いて、「自分達『盾』の一族こそが最も優れている」という自尊心をくすぐられたから、だろう。


「で、敵を引きつけたのを見計らい、『槍』がもう一つの入り口から突っ込む」


「……了解・だ。

 突撃は、我らの・最も得手とする・ところだ」


 俺の声に、ラング=ランセルは大きく頷く。

 手にしていた槍を力強く握り……その瞳は、霧の向こう側にうっすらと見える『聖樹』を睨みつけていた。


「で、『槍』が敵の防衛を突破するタイミングで、『仮面』が突っ込む。

 数に任せて、敵を蹂躙しろ」


「……なる・ほど。

 我らに・異論は・ない」


 俺の言葉に、ベーグ=ベルグスも大きく頷く。

 未だにその右腕は吊るされたままで、役に立たないようだったが……コイツの戦闘力は、片腕になったところで未だに人間の限界クラスを誇っている。

 俺の策が成功すれば、彼らの敵は混乱し陣形を崩した『聖樹の民』たちである。

 ……万が一にも、コイツが倒れることはないだろう。


「くくく・くくく。

 俺たち・『盾』の一族が・先陣・か」


 俺の策を聞いたタウル=タワウは、武者震いをしつつそう笑うものの……


 ──コイツ、分かってるのか?


 その若き戦士の空回りしているだろう戦意に、俺は首を傾げていた。

 何しろ……彼ら『盾』の一族の役割は、一言で言ってしまえば『囮』である。

 敵の注意が集中し、雨のように矢が降り注ぎ……敵を率いているだろうデルズ=デリアムの策の中を突っ込む役割なのだ。

 それら全てを「力ずくで突破」するために、大損害を被った時、『盾』の軍勢を瓦解させないために……そして、この攻撃が『盾』単独による襲撃だと……つまり、デルズのクソ餓鬼に俺の作戦を悟られないために、俺自身も彼らに同行するのである。

 そこには、このまだ若い『泥人』が望む栄光など、欠片もないと思うのだが……


 ──ま、いいか。


 俺はいつもように、その思考をあっさりと放棄する。

 好き好んで弾除けとして死んでくれるというのだ。

 水を差すこともないだろう。


「では……行くぞ。

 突入のタイミングは、任せた。

 ……しくじるなよ?」


「了解した・紅き槍の・我らが主よ」


「ああ・分かった。

 ……お前も、死ぬなよ?」


 俺の声に、『槍』と『仮面』の長がそれぞれ頷き。

 この俺と、タウル=タワウを戦闘に、『盾』の一族は歩き出す。

 ……眼前にそびえ立つ、『聖樹』へと。





 ……戦いが始まったのは、いつか登った覚えのある酷く歩き辛い木組みの階段を、十分ほど歩いた頃、だろうか。

 突如、風切り音がしたかと思うと、隊列の真ん中辺りの……俺の隣にいた『盾』の一族の戦士が不意に傾ぎ、直下へと落下する。


「……な?」


 それはあまりにも唐突で……俺は一瞬、何が起こったのかすら分からなかった。

 それでも……ソイツの側頭部に突き刺さっていた「矢」を見た瞬間、理解する。

 ……戦いが、始まったのだと。

 そして、上を見上げてみれば……数十本の矢が、俺たちに降り注ぐところだった。


「矢・だっ!

 気付かれ・たっ!」


「盾を・構えろっ!

 死ぬんじゃ・ねぇぞっ!」


 降ってきた矢を目の当たりにして戦闘開始を悟った『盾』の一族は、その氏族の代名詞とも言える盾を頭上に構える。

 矢が盾に突き刺さる度、コッコッと妙に渇いた音が鳴り響くものの……矢を受けて落ちていく『泥人』は一人もいない。


 ──よし、流石は『盾』の一族っ!


 俺自身も連中から借り受けた盾を頭上に翳しつつ……内心で、そんな叫びを上げていた。

 実際、さっきの一斉射で降り注いできた矢は、一〇や二〇なんて数じゃない。

 つまり……『弓』の一族の全戦力が俺たちに向けられている計算になる。


 ──計算通りっ!

 ──いや、それ以上だっ!


 俺の想定では、『盾』の一族に向かってくるのは凡そ二〇名前後……つまり、一番隊か二番隊が向かってくると思っていたのだ。

 それが……まさか俺たち『囮』部隊に全勢力をつぎ込んでくるとは。

 嬉しい誤算、という他ないだろう。


 ──俺の姿が見えた所為、かもな。


 『聖樹の民』を率いているのは、ミゲル=ミリアムか、デルズ=デリアムか……どちらにしろ、俺に敵意を抱いているに違いない。

 だからこそ……戦術戦略を無視してでも、この俺を討とうと全戦力をこちらに傾けて来た、のだろう。

 そうしている内にも次の一斉射が放たれ……降り注いでくる音がする。


「耐えろっ!

 このまま耐え切れば、俺たちの勝ちだっ!」

 

 次々と降り注いでくる矢の雨に辟易し始めた俺は、周囲を鼓舞するようにそう叫ぶ。

 矢が突き刺さっても「ちょっと痛い」くらいの俺が鬱陶しく感じ始めたのだ。

 刺さっただけであっさりと死んでしまう周囲の『泥人』にとっては、かなりの重圧になるに違いない。

 そう考えたからこそ、士気向上のための叫びを上げたのだが……


 ──変だな?


 盾に突き刺さる矢の感触に、俺は首を傾げる。

 幾ら何でも……数が多い。

 俺の記憶が正しければ、頭上には五〇くらいしかいない筈なのに……さっきから数十の矢が延々と降り注いでいるのだ。


 ──それに、単調過ぎる。


 加えて……降り注ぐ矢が多いばかりで、工夫がなさ過ぎる。

 今、『聖樹の都』へと攻め込んで来ているのは、防御力に特化した『盾』の一族なのだ。

 それに対して、ただ矢を無数に射続けるなんて戦術……矢を無駄遣いするだけの、ただの愚行に他ならない。

 こうして足を止めて防げば、全ての矢を防ぐのはそう困難でもない。

 だが、この『聖樹の都』の防衛線には……あのデルズ=デリアムが知恵を出している筈なのだ。


 ──アイツなら、もうちょっと絡め手を使っても、おかしくは……


 俺が脳裏でそう考えた瞬間、だった。

 矢が降り注ぐ中、ふと視界の隅に見慣れないモノを発見する。

 それは……俺の身長の半分ほどを直径とする巨大な丸太を、ロープで巻きつけたような代物で。

 その巨大な丸太が……何故か、徐々に大きくなっている、ような。


「~~~っ!

 避けろぉおおおおおおおおおおおっ!」


 俺の叫びは……届かなかった。

 何しろ『盾』の一族は……降り注ぐ矢を防ぐので精いっぱい。

 ただでさえ狭い道の上で、矢から身を守るために密集陣形を取っているのだ。

 振り子の原理で突っ込んでくる丸太に今さら気付いたところで……避けられる、訳もない。


「が・ぁあああああああ・あぁぁぁぁっ?」


 直後、悲鳴が上がる。

 それと同時に、俺の前にいた『盾』の一族が五名ほど……『消える』。

 円弧を描きながら突っ込んできた丸太によって、あっさりと樹の上から吹っ飛ばされたのだろう。

 今、俺たちが立っているのは『聖樹の都』に向かう階段を、十分ほども登った高さの細い道ということもあり……落とされた『盾』の奴らは五〇メートル近くも落下し、『聖樹』の根に叩きつけられる計算になる。

 ……丸太によって吹っ飛ばされた『泥人』たちは、どう考えても助からないだろう。

 ふと気付いたが、丸太の先が尖っていたのは……あの丸太を『矢』の一種だと言い張ろうとする、『弓』の一族が妥協できるギリギリのライン、なのかもしれない。


「な・なんだ・アレはっ?」


「畜・生っ!

 シルズ・がっ! タリスも・やられっ!」


 始めて目の当たりにする兵器に、『盾』の一族は動揺を隠せない。

 だからこそ……次の瞬間に降り注いできた矢に対して無防備な姿を晒すこととなった。


「うわぁああ・ああああああああっ?」


「目が・目がぁあ・ああああっ!」


「痛ぇ・痛ぇ・よぉおおっ!」


 周囲から、矢を受けたらしき『泥人』たちの悲鳴が上がる。

 矢によって眼球を失った男はもがき苦しんだ挙句、隣の『泥人』を巻き込んでそのまま直下に落下したし、首を射抜かれた男は周囲に鮮血をまき散らして倒れ動かなくなる。

 勇猛な『盾』の一族の戦士であっても、新兵器を目の当たりにして動揺したところを狙われれば、ただの人とそう変わりはないらしく……矢が突き刺さったお奴らは情けない悲鳴を上げ、無傷な周囲の男たちの戦意を削ぎ始める。


 ──このままじゃ、不味いっ!


 この世の終わりのような悲鳴の所為で、周囲に恐怖が伝染するのを目の当たりにした俺は、内心で舌打ちを隠せなかった。

 未だに矢は延々と降り注ぎ続け、その所為で『盾』の一族は動揺と混乱から立ち直るきっかけがない。

 その上、さっき通り過ぎて行った丸太は、振り子の原理によってこちら側へと「戻ってきている」最中である。

 アレをもう一撃喰らってしまえば、『盾』の一族の士気は完全に地に墜ち、たちまち総崩れになるだろう。

 そうなれば……聖樹を攻め落とす囮になる、どころじゃない。

 攻撃部隊である『槍』の一族が、『弓』の一族の背後を急襲する前に……こっちが全滅してしまう。

 デルズ=デリアムは短期での各個撃破を狙い、こちら側に戦力を集中させたのだろう。

 ……だが。

 こちら側には、破壊と殺戮の神ンディアナガルが……この俺が、いるのだ。


「舐める、なぁああああああああっ!」


 振り子の原理で戻ってきた丸太を前に、俺はそう吠えると……渾身の力をもって、左手に持っていた盾を、その丸太へと叩きつける。

 幾ら質量が大きいとは言え、所詮は丸太。

 俺が叩きつけた盾によって……いや、盾を握る拳によって砕けたソレは、巻きつけられていたロープを引き千切って宙を舞い、薄霧の向こう側へと消えて行った。

 勿論、俺が持っていた盾も同じように砕け散ったものの……まぁ、許容できる損害の内、だろう。

 尤も、身体を守っていた盾がなくなったのだ。


「……っ、てぇ」


 その隙を狙って放たれたらしき矢が、俺の身体に突き刺さる。

 だが、矢が刺さった程度では俺の皮一枚しか傷つけられない。

 俺は眉を顰め、その矢によって受けた「チクッと突き刺さる程度の軽い痛み」を頭から追い出す。


「丸太・を、たったの・一撃・で」


「我らの・盾が、あんなに・簡単に・砕け散る・など」


「……ば・化け物・か」


 俺の一撃を目の当たりにした『盾』の一族からは、恐怖に染まり切ったそんな声がポツポツと上がる。

 だが……今はそれどころじゃない。

 今は、『聖樹』攻略戦の真っ最中なのだから。


「下らない小細工に、動揺するなっ!

 さっさと、『聖樹』を落とすぞっ!」


「「「お・おおおおおっ!」」」


 俺の叫びに鼓舞されたのか、さっきまで混乱と動揺の極致にあった『盾』の一族は、ようやく士気を取り戻してくれた。

 混乱から立ち直った『盾』の一族は、すぐに隊列を組み直すと、頭上に盾を構えて矢を防ぎながら……前へ前へと足を進め始める。


 ──ったく、手間取らせやがって。


 その様子を目の当たりにした俺は、さっきの一幕で身体に突き刺さった五本ほどの矢を適当に引き抜くと、近くに落ちていた盾……矢に射られ落ちていった誰かの遺品を掴み……

 周囲を歩く『盾』の一族と足並みを揃えるように、聖樹の上を目指して再び歩き始めたのだった。


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