第三章 第四話
とは言え、ここではそう美味い物がある訳でもない。
俺は傍らに昨夜の包帯の少女を侍らしながら、食事というよりは餌という味付けの食事を口に運ぶ。
ついでに口元に食べ物を運べば反射的に食べるその少女を餌付けしつつ、まるで寵愛を与えているかのようにあちこち撫でまわしながら、だ。
(こうでもしないと、コイツが食べ物に変わっちまうからな)
というのは、俺の中の言い訳にしか過ぎず。
正直、こんな正気を失い顔に大きな火傷痕がある少女でも、一晩抱きしめて寝ると妙に情が移ってしまったのだった。
……まぁ、性欲の対象というよりはやっぱりペットを撫でるのに近い感覚ではあるけれど。
それでも、生き物の子供を撫でまわすというのは気分が良いもので。
自分よりもわずかに体温の高い小動物に触れる行為は、何と言うか殺伐としたこの世界で、唯一癒される行為というか。
「どうやらソヤツをお気に召しましたようで」
「……まぁな」
チェルダーの言葉を適当に聞き流しながらも、俺は全く別のことを考えていた。
(綺麗、だったよな~)
……戦場で出会った、セレスという名の美少女のことを。
金色の髪に青い瞳、白銀の鎧に覆われた白い肌をそれぞれ思い出し、俺は心の中でそう呟く。
と、同時に思い出す。
セレスの胸元に踊っていた、×と〇を組み合わせたような飾り、恐らくは聖印のことを。
恐らくはアレがラーウェアの聖印、なのだろう。
「そう言えば、創造神ラーウェアって何だ?
あちこちで聖印を見かけるが」
「この世界を創ったと嘯く、万能を騙る神のことでございます、我が主よ。
我らサーズ族とべリア族両者の信仰を集め……されど誰も助けなかった、万能を騙るだけの無能のクズであります」
何となく放った俺の言葉に返ってきたチェルダーのその言葉には、凄まじい憎悪が込められていた。
その憎悪に当てられたのか、それとも俺の手が妙なところに触れたのか、俺の腕の中で少女が一瞬だけ身体を固くする。
……尤も、壊れているこの少女のことだから、そんなのは所詮ただの反射に過ぎなかったのだが。
「神話は語っております。
この世界は、生み出すラーウェアと滅ぼすンディアナガルにより善と悪が相争う世界であると。
そして世界の滅びの時、ラーウェアは破壊神ンディアナガルにより討たれると」
熱くチェルダーは語っているが、俺にとっては欠片も関心のある話ではなく、右から左へと馬耳東風だった。
俺が興味を引かれるのは、あのセレスとかいう美少女だけだったのだから。
「で、その巫女とやらが」
「ええ。あの戦巫女でございます。
連中の切り札にして、我らの戦士たちを次々に屠りし悪魔の使徒でございます」
「切り札、なのか?」
「はい。重要な戦にはほぼ先陣を切って現れ、我らの陣を崩し拠点を破壊し、虐殺を先導した最悪最低の連中にございます」
(へぇ、あんな綺麗な顔をして、実は凄い連中なんだな~)
と、適当に話を聞き流しながら、内心でそう考えた瞬間だった。
不意に気付く。
気付いてしまう。
──今の俺は力の権化、破壊神の化身。何もかもが許される存在。
……だったら。
──力ずくで奪ってしまえば良いじゃないか。
今、ハーレムにはこの小娘一人しかいないんだ。
俺の初体験に、あの美少女ほど相応しい存在はいやしないだろう。
「はははっ。そうか。そうだよな」
知らず知らずの内に笑いが漏れた。
日本では犯罪行為かもしれない。
……一度やらかせば捕まってしまい、人生が終わってしまう類の。
──だけどここは異世界の、しかも戦場なのだ。
そして俺は無敵の……法の外の存在。
だったら、俺が何をしても咎めるヤツなんざいる訳もない。
「何か楽しいことでもありましたでしょうか?」
「いや、確かお前たちには食糧が足りないとか言っていたよな?」
「え、ええ。確かに」
「だから、次はどうやって戦争をしかけようかと思ってな」
俺の笑みはよほど凶悪だったのだろう。
近くに並んでいた黒マントたちから困惑の声が漏れ出ていた。
だけど、そんなこと、俺にはどうだって良かった。
何故ならばその時の俺は……
(切り札ってことは……何か理由をつけて戦争を吹っかけてやれば、あの美少女にもう一度出会えるわけだな)
……そんなことしか頭の中になかったのだから。