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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
参・第六章 ~『聖樹』攻略準備~
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参・第六章 第四話



「ぁぁぁぁあ・あああああぁぁぁぁぁっ」


「……待てよ?」


 左手で徐々に力を加えていた男の頭蓋が限界値を迎える寸前、俺は、ふと思い出す。


「ぇ・ぺっ?」


 あの砂漠に突き刺さった巨島で……いや、蟲によって何もかもがなくなったあの一面の砂漠で、俺を殺そうと姿を現した、少女の姿をした神のことを。

 その閃きに軽い興奮を覚えた所為で、『槍』の男の頭蓋を握りしめていた左手にちょっと力が入り過ぎ、頭蓋が砕け脳漿が飛び散っていたが……まぁ、些事だ。

 頭蓋が砕けた所為で左手から零れ落ちたその邪魔なゴミを、俺は適当に蹴飛ばして遠ざける。

 ……戦場ではもう嗅ぎ慣れてはいるとは言え、間近から漂ってくる血の匂いという奴は、考え事をするにはちと鬱陶しいのだ。


「き・きさまぁ・あああああああああっ!」


「何と・言う・ことをっ!」


 ゴミを放り捨てたことが気に入らなかったのか、俺を取り囲んでいた『槍』の一族が激昂した叫びを上げるが……俺はそんな叫びなど意に介すことなく、記憶を掘り出し続ける。


 ──アレは、確か……


 俺に懐いていた片足の少女と、俺が救おうとして救えなかった子供たちの身体を操ったあの砂漠の世界を創った……創造神。

 アイツが手にしていたのは……コイツらの言う『紅の槍』ではなかったか。


 ──もし、神々が世界を行き来していたとしたら?


 破壊と殺戮の神ンディアナガルが……この俺にも出来るんだ。

 ……世界を創った創造神に、それが出来ない、訳がない。


 ──だとすると……


「息子の・仇っ!

 死ね・ぇえええええええええええ・ぇぇぐぎゃっ!」


「……やかましい。

 少し黙れ」


 泥を塗りたくったおっさんが石槍を突き出してくるものの……考えに夢中だった俺は、ソイツに構うのも鬱陶しく、左手のバックハンドで適当に遠くへ吹っ飛ばす。

 適当に払った俺の拳を、ソイツは健気にもガードしようとするものの……俺の膂力をただの石槍で防げる訳もない。

 俺の思索を邪魔したその愚かな『泥人』は、防ごうとした槍ごと吹っ飛んで……近くにあった枯れ木にぶち当たり、血と脳髄を飛び散らして動かなくなる。

 いや、ピクピクと痙攣しているが……まぁ、死後硬直の一種だろう。


 ──そういや、右手は少しは動くようになってるな。


 ゆっくり眠ったのが良かったのか、それともくそ不味い干し肉を無理にでも口に放り込んだのが良かったのか。

 いつの間にか右手は少し動くようになっていて……『槍』の集落に入ってすぐ、雑魚を一匹、両手で真っ二つに引き千切るくらいの芸当は出来るようになっていた。

 勿論、完治とは言い難く……まだ肩は上手く上がらないのだが。


 ──よし、権能も絶好調っと。


 俺が『槍』の集落に入ってすぐこの手にかけた、二つに分離した『泥人』の死体に視線を移すと……既に塩の塊と化し、死体と言うよりオブジェと化しているのが目に入る。

 あの『聖樹』の影響下にない以上、俺が殺した死体は、破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能によって、すぐにああなってしまうらしい。


 ──なら、出来る、か?


 そうして塩塊を眺めた俺は何となく、『ソレ』を行うことで、周囲の連中を従わせることが出来ると……理由もなく直感していた。

 加えて言うならば、何故かはさっぱり分からないものの……今なら、『ソレ』が出来るという確信がある。

 昨日『盾』の一族を従えた『説得』術とか、何故か直感的に戦況が分かる分析眼とか……知らず知らずの内に色々と出来ることが増えているような。

 ……まぁ、どうせ俺も知らないンディアナガルの権能か何かだろう。


「な・何を・する・つもりだっ?」


「く・取り囲めっ!

 全員で・かかれば・幾ら堕修羅・とてっ!」


 頭の片隅に浮かんだ疑問や、周囲で騒ぐ雑魚共の叫びなど……そういう細かいことは一切意に介さず、俺は虚空に向かって左手を伸ばす。

 そして……脳裏に浮かぶ確信の赴くままに、心の中で『その名』を告げる。

 

 ──ランウェリーゼラルミア。


 あの砂漠で殺した……リリの亡骸を操り、この俺を下らない戯言で惑わし殺そうとしてきた、くそ忌々しい創造神の名を。

 まぁ、「忌々しい」と言っても、この手で直接ぶっ殺してやったのだから、もう恨みがある訳でもないのだが。

 兎に角、そうして殺した神の名を告げることが引き金だったのだろうか?


「ぉ・おおおおっ?」


「ば・馬鹿、なっ?」


 俺の左手のひらから、突如ピンク色と白色からなる塩が湧き出て来たかと思うと……ソレは一秒ほどで、俺の身長ほどの短槍を形作る。

 何かの店で売っているのを見たことのある、どこぞの岩塩っぽいその塊は、あの創造神が手にしていた紅の結晶を、辛うじて塩で真似ただけ、という代物で……


 ──まぁ、塩の権能を持つ神だからなぁ。


 完全に忘却の彼方へ追いやっていたが、べリア族の城塞を落とそうとした時、俺の権能は塩の嵐を巻き起こしたこともあるのだ。

 それを考えると……破壊と殺戮の神ンディアナガルにとっては、塩を生み出すことくらい、造作もないだろう。

 そうして造り出した……いや、創り出した槍を左手で握りしめると、俺は軽く虚空に向けて振るう。

 ……流石は自分の権能で生み出した槍、と言うべきか。

 そのピンク色の今一つ迫力に欠ける槍は……俺の膂力によって全力で振るってもへし折れることもなく、それどころか今まで使ったどんな武器よりも手に馴染むような気がしてならない。


「……さて、切れ味を試してみるか」


 幾ら頑固な『槍』の一族でも、こうして『紅の槍』擬きを見せつけてやれば……適当に二・三人ほど斬り殺して「力」を見せつけてやれば素直に言うことを聞くようになる、に違いない。

 そんな直感の赴くままに、俺はもう一度その槍を軽く振るって手に馴染ませ、新たな権能の犠牲者になるだろう、哀れな標的に視線を向け……


「……あれ?」


 突如、眼前から一切の敵が消え失せたことに、そんな間抜けな声を発することになってしまった。

 ……いや、違う。

 槍を手にしていた『泥人』たちは、消え失せた訳じゃない。

 ……全員が全員、神を目の当たりにしたかのように怯え慄き、石槍を捨てて土下座をしていただけ、だったのだ。


「ま・まさか、我らが・紅き槍の神とは・知らず……」


「戦と・腐泥によって・滅びつつある・我々に・どうか・救済を・与えたまえ。

 我らが・救いの神・よ……」


 ……さっきまでの殺意や怒号はどこへやら。

 『槍』の一族は震える声でそう口々に告げると……俺という敵を前にしても逃げようとせず、ただ慈悲を乞うばかりだった。

 その様子は……どう見ても、何かを勘違いしているとしか思えなかったが。


 ──ま、良いか。

 ──こうなることは、何となく分かっていたし。


 別に俺が騙した訳でもないし、このままだとコイツらは全員、挽肉になった後で塩の塊と化す運命だったのだ。

 ……騙されていた方が、幸せというものだろう。


 ──結果、オーライってヤツだ。


 それに俺としても……手間が省けた上に、無傷の手駒が手に入るのだ。

 コレは誰もが幸せになれる嘘なのだから……それを正すのは悪と呼ばれるに違いない。

 何故こうなるだろうことを、俺が直感出来たかはよく分からないものの……この展開は俺にとって都合が良いのだから、深く考えることもないだろう。


「……あ、ああ。

 この俺に従えば……貴様らを、『聖樹』へと案内してやろう」


 ……そう告げた俺の声は、僅かながらに掠れていた。

 やはり日本人として常識的な教育を受けて育った所為か、人を騙すのは「悪いこと」という意識が、深層心理に根付いているのだろう。


「は・ははっ!」


「お願い・しますっ!

 我らが・救いの神よっ!」


 とは言え、彼ら『槍』の一族にとっては、ソレは神の言葉に等しいらしく……俺の声のかすれを指摘する冒涜者はいないらしい。


 ──これで、後は……


 二日前に『仮面』の一族の集落へと襲撃をかけてきた、あの凶悪な『双斧』の連中を説得すれば、ミッション完了である。


「なら、『仮面』の一族と合流しろ。

 『泥人』の総力を結集させて……二日後、あの『聖樹』を落とす」


 俺は未だに土下座したままの『槍』の一族にそう告げ、背を向けると……次の『説得』に必要だろう言葉を、頭に浮かべ始めたのだった。




「……眠れねぇ」


 その日の晩。

 相変わらず飯もろくになく、ゲームやテレビや漫画もない……起きていてもやることもないこの腐れ果てた世界で、俺は退屈を持て余していた。

 さっさと寝ようと思っても……昨晩思いっきり寝た所為か、目が冴えて眠れやしないのだ。


 ──まぁ、それだけが理由じゃないんだけどな。


 隣で眠ったままの……少女の寝息がものすごく気になる。

 ……それもそのはずで、この天幕の中には俺と、べリス=ベルグスという名の、女神のような少女の二人しか存在していなかったのだ。

 少女の兄であり、族長代理でもあるベーグ=ベルグスは今夜も宴会モードで騒ぎまわり……さっきまでは『仮面』の集落中に響き渡るような大声を発していたのだが。

 呑み過ぎでぶっ倒れたのか、それともどこかへしけこんだのか、今ではもう、その騒ぎの音すら聞こえなくなっていた。

 ……その所為だろうか?

 この世界ではもはや、彼女と自分の二人しか生き残っていない……そんな錯覚に囚われてしまう。


 ──ったく、何やってんだ、アイツは。


 俺みたいな、何処の誰とも分からないヤツと、可愛い妹を一つ屋根の下に放り込んで、そのまま飲み騒ぐなんざ……幾ら何でも愚行だとしか思えないのだが。

 正直な話、俺は自分の理性に自信がある訳でもなければ、紳士的に振る舞い続けられる自信がある訳でもない。

 信頼されている、のかも知れないが……生憎と「その信頼を裏切って何もかもを力ずくで解決する」という選択肢も、俺の中には存在しているのだ。


 ──畜生っ!

 ──眠れ、ねぇっ!


 そんな俺の葛藤を知ってか知らずか、同じ天幕の中で眠る少女の吐息は嫌でも耳に入って来るし……少女の身じろぎや衣擦れの音は、確実に俺の理性に打撃を与えてくる。

 そして何より……このあからさまに「据え膳」としか思えないシチュエーションが、実はあの筋骨隆々とした族長代理が計画した状況であり。

 俺と彼女が結ばれることは、この『仮面』の一族全員が承認したことだのように思えて来て……その自分勝手な推測は、俺のなけなしの理性を更にガンガン削ってくるのだ。

 ……我慢なんざ、出来る、訳がない。


「……くそっ!」


 このままじゃ、理性の敗北が時間の問題だと悟った俺は、そう小さく吐き捨てると……少しくらい外の空気を吸って来ようと身体を起こした。

 その時だった。


「……っ・んっ?」


「───っ?」


 俺が突然身体を起こした所為か?

 隣で寝ていたべリス=ベルグスがピクリと身じろぎしたような気がして、俺は瞬時に身構え、息を殺して少女の様子を静かに伺う。

 尤も、少女はすぐに規則正しい寝息を立て始めたので……ちょっと眠りが浅くなっただけ、なのだろう。


 ──起こしちゃ、悪いからな。


 器用にも泥を固めた仮面を被ったまま、静かに眠る少女の姿を一瞬だけ眺めた俺は、そう内心で呟くとそのまま天幕から外へ出る。

 既に日は暮れ、周囲は真っ暗だったものの……幸いにして空には月が出ているのか、薄霧を通して月明かりらしき光が幽かに周囲を照らしていて、何も見えずに困るということにはならなかった。


「……死屍累々、ってヤツだな」


 そうして見渡した天幕の外は……『泥人』の中でも最大勢力を誇る『仮面』の一族たちが、大の字で酔い潰れて寝るという、凄まじい様相を見せていた。

 ……よほど今までの憂さが溜まっていたのだろう。

 もし今、『聖樹の民』たちや『双斧』の連中が急襲をかけてきたとしたら、何一つ抵抗できないまま全滅してしまうに違いない。

 そう思わせるほど、隙だらけで無防備な姿を、誰も彼もが晒していて……


 ──馬鹿か、コイツら。


 その見苦しい光景に、俺はそうため息を吐いていた。

 なるべく……倒れている男たちの方を見ないようにしながら。

 ……だって、しょうがないだろう?

 酔っぱらった『泥人』共は、本当にどうしようもない有様だったのだ。

 近くに酸っぱいドロドロの何やらを吐きまわったヤツや、アルコールが脳みその変なところに回ったのか、全裸のまま大の字を晒しているヤツ、尺取虫の真似事をしているような訳の分からない態勢で寝ているヤツ、何故か男同士で抱き合って……

 しかも、全員が全員、身体中に泥を塗りたくった、筋骨隆々の男たちである。

 呑んでいる内に、自分たちのルールも忘れたのか、『仮面』を放り出して素顔を晒している馬鹿も見受けられる。

 ……いや、一応、男だらけという訳ではなく、中に女性も混じっていて、その、なんだ……やらかした後らしき雰囲気を放っている一団も見えたのだが。


 ──煩悩退散。


 今の俺に、その光景は目の毒でしかない。

 多少の好奇心はあれど……その事後の有様をマジマジと観察して、今晩を悶々と過ごしたいとは思えなかったのだ。


「そう言えば、アイツは何処行った?」


 百人を超える泥酔した野郎共の隙間を縫いながら、俺はそのまま歩き続ける。

 事実……死屍累々と横たわる野郎共の中には、あの遠目でも一目で分かる巨漢の姿は見当たらなかったのだ。

 と、そうして『仮面』の一族の集落を、月明かりだけを頼りにのんびりと散歩している時、だった。

 腐泥と酒と男臭さと、吐瀉物の臭いが混じりあった最低最悪の臭いの中で、俺の鼻は幽かに血の臭いを嗅ぎ当てる。

 

 ──敵襲っ?

 ──もしくは、『槍』か『盾』が裏切ったのかっ?


 慌てて俺は周囲を見渡すものの……完全に酔い潰れているこの連中は俺が叫んだところで目覚めやしないだろう。

 夜襲すら警戒してないアホ共に、俺は唾を吐き捨てると……


 ──俺が、やるしかないのかよっ!


 左拳を握りしめて、血の臭いの漂う方向へと走り出す。

 晩飯として塩味のする干し肉を僅かながらでも平らげたお蔭か、右腕は少し回復したらしく……昼間『槍』の一族を『説得』した時と比べると、また少しばかり可動域が増えている感じがあった。

 とは言え、まだ万全とは言い難く……一人で集団を全て食い止め切れるとは思えない。

 明後日を控える『聖樹攻略』を前にして、出来るだけ手駒を減らしたくない俺は……そのまま『仮面』の一族の誰かを踏み台にして走り続ける。


「ぐ・ぐふっ?」


「ぎゃ・んっ?」


 足先から感じるヤバいところを踏んだような感触や、背後から聞こえてくる悲鳴には意識を向けないようにして、俺は肉の道をひた走る。

 さっきまでのように、踏まないように気を使うなんざしていられない。

 むしろ、ヤバいところを踏みつけることで、この酔っぱらい共の目が覚めてくれれば……というのを期待した行動だったりする。

 まぁ、実際のところ……俺の踏みつけで運よく目覚めてくれたとしても、泥酔するまで呑んだ酔っぱらいなんざ、戦いの役に立つとはとても思えないのだが。


「よぉっ・堕修羅。

 そんなに・急いで、どうしたってん・だ?」


「……っ?」


 そうして血の臭いが漂ってくる方へと急いだ俺が目の当たりにしたものは……

 片腕を包帯で吊るし、もう片腕には血まみれの石斧を握りしめ、泥で塗りたくった身体を返り血で真っ赤に染め上げた……

 この『仮面』の一族を率いる族長代理……ベーグ=ベルグスの姿だったのである。


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