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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
参・第六章 ~『聖樹』攻略準備~
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参・第六章 第二話



「な、何だ・コイツ・は……」


「まさか・正面から・来る・とは……」


「今の・蹴り。

 化け物・だ、コイツ……」


 大きな板状の盾を蹴り飛ばした俺の前には、臨戦態勢を整えた『盾』の一族が並んでいた。

 どうやら……俺たちが近づいているのはバレていたらしい。


 ──けど、まだ防御態勢が整ってはいない、か。


 その『盾』を構えた連中の後ろ側には、子供を抱いて避難しようとしている母親らしき『泥人』や、怪我人らしき奴らが慌ただしく走り回っていて……明らかにまだ戦う態勢に入っていないのが伺える。

 その様子を見る限り、俺たちが近づいていることに気付いてはいても……まさか真正面から俺が突入してくるとは思っていなかったのだろう。

 予想外の奇襲を受けた『盾』の一族は明らかに浮足立っていて……このまま『仮面』の一族と共に奇襲をかければ、一気にコイツらを壊滅させることも簡単だろう。


 ──とは言え……今日は説得だしなぁ。


 無駄に犠牲を出すのは……説得という俺の目的からは逸脱してしまう。

 そもそも俺はべリス=ベルグスのために……あの女神のような少女のために、「争いのない世界」を実現するために、此処に来たのだ。

 ……『盾』の一族を壊滅させてしまっては、本末転倒も良いところだろう。

 そう結論付けた俺は、敵陣ど真ん中でのんびりと待つことにした。

 とは言え、最初に放った俺の蹴りが強烈過ぎたのか、吹っ飛んだ盾が『仮面』の一族のとほぼ大差ないボロボロのテントを薙ぎ払っていて……彼らが戦闘態勢を整えるにはまだしばらくの猶予が必要らしい。


 ──ま、のんびりやってくれ。


 俺は内心でそう呟きつつ、のんびりと必死に避難している『盾』の一族を眺めてみる。

 怪我人・老人・女子供……特に下心もなく眺めていただけではあるが、生憎とべリス=ベルグスに匹敵する女神は見当たらなかった。

 まぁ、あんな綺麗な少女がそうそういる訳もないだろう。

 とは言え、見つけたとしても……女性を外見だけでどうこうしようとは思わないが。

 一度、宝石と思って頑張ったら地雷だったから……その辺りはよく心得ている。


「……貴様・かっ!

 先日、我らの侵攻を・妨げた、堕修羅・とやらはっ!」


 そうして暇を持て余して突っ立っていた俺に、身体全体を覆うような木の盾と、身長ほどの槍を手にした一人の男が、怒号を上げながら距離を詰めて来た。

 その男は五十くらいの、『泥人』らしく身体中に泥を塗りたくった男で……他の雑魚とは違い、その瞳の中には欠片ほどの怯えの色も伺えない。


 ──族長、か?


 その男の纏う気配と言うか風格と言うか……何となく周囲の雑魚とは異なるモノを感じ取った俺は、少しだけ気合を入れる。

 要は……このボスキャラを説得できれば今回の任務は終わりなのだから、気合を入れるのは当然だろう。

 未だに男の背後では、避難しようと非戦闘員が右往左往しているのが見えるが……まぁ、今回はコイツを説得するのが任務である。


 ──なら、さっさと話しをつけるとするか。


 そう判断した俺は、眼前のおっさんを説得すべく口を開くものの……

 そんな俺の機先を制したのは、木の盾を構えたその男の方だった。


「我が息子・だけでは・飽き足らずっ……我々を・皆殺しに・するつもり、かっ。

 ……この、忌々しい・堕修羅めがっ!」


 殺意と憎悪を込めた声で、おっさんはそう叫ぶ。

 その叫びを聞いて……俺は軽くため息を吐いていた。


 ──そう言えば、族長の息子とか、言ってたっけなぁ。


 あの『聖樹の都』防衛戦で、そんなヤツを殺した記憶がある。

 だが、あの時はあの時。

 ……今は今、である。

 立場が違っていた時の遺恨をいちいち言われても、先へ進めないじゃないか。

 そもそも……あの時に侵略してこっちを殺そうとしたのはコイツらの方であり、俺はただ正当防衛をしただけだ。

 なのに、今さら恨み言を口にするってことは……


「だがっ!

 我らの・誇りは……盾は砕けんっ!

 貴様が・迂闊に・此処に・面を出したのが、過ち・なのだっ!

 その・傲慢、思い知るが・良いっ!」


 ──コイツは、争いのない世界の敵、だな。


 何やら喚いている眼前の男への評価をそう下すと、俺は周囲を見回す。

 実際のところ、周囲に並ぶ『盾』の一族って連中は、盾を構えた戦闘員はほぼ全員が俺を睨みつけてはいるものの……その瞳に浮かぶのはあくまでも恐怖の色が濃く、殺してでも俺に一矢報いたいってヤツは、この眼前のおっさん一人だけだと思われる。

 非戦闘員に至っては、俺と目を合わせただけで、怯えて逃げ出す始末だった。


 ──なら、話は簡単だ。


 明らかに邪魔でしかないこのおっさんを排除しつつ、怯え俺と戦うことを厭う周囲の連中を説得すりゃいいんだから。


「貴様っ!

 どこを・見ているっ!」


 そうして周囲を見回していると……突如、眼前の男が激昂してそう叫び、手にしていた槍を突き出してきた。

 どうやら我儘なことに……俺がコイツを無視したことが気に障ったらしい。

 族長なんて一番偉そうな立場になっている所為か、自分が世界の中心でいなければならないような、ウザい類の人種なのだろう。

 尤も今の俺には、どんな達人が放ったところで石槍の一撃なんざ通用しないのが現実なのだが。


「……ば・ばか・な」


 砕けた石槍の穂先を眺めながら、おっさんが呆然と呟く。

 まぁ、いつもの光景とは言え……人間の皮膚など軽々と切り裂く磨いた石槍の切っ先を、筋肉すらろくにな首筋の皮膚で砕いたのだから、信じ難いのも無理はないのだが。

 そして……その光景を目の当たりにした『盾』の一族の間に、更なる動揺が走ったのが分かる。

 ……今なら、説得も容易そうだ。


「……さて、と。

 始めるか」


 これまでの戦闘経験から、今こそが機だと判断した俺は、そう軽く呟くと……眼前で立ち尽くしていたおっさんの盾を掴み……


「ぬ・ぐ・ぐがぁ・ああああああっ?」


 そのまま、ゆっくりと盾ごと押し潰す。

 ただ腕力任せのその攻撃は、何の工夫もなく、ただ「ゆっくりと盾を押す」動作でしかなかった所為か……男は俺の動きに「腕力で」対抗しようとしてきた。

 ……愚かなことに。

 恐らく、この男は今まで力自慢の戦士として生きて来て……だからこそ判断を誤ったのだろう。

 当然のことながら、力比べで圧倒的な勝利を収め、相手を盾ごと地面に押し付けた俺は……自分の『誇りとやら』に押し潰される寸前の哀れな戦士から手を離すと、逃げ出さないようにすぐさま男を足で押さえつける。


 ──これで……「説得」の準備は整った。


「くっ、全員で・かかれっ!」


「早く・しろっ!

 族長を・助けるん・だっ!」


 族長の窮地を目の当たりにした所為か……怯えながらも武器を構え、何とか『俺という脅威』から族長を助け出そうと、ゆっくりとこちらに近づいてくる『盾』の一族の戦士たち。

 俺は男たちが近づいてくるのを静かに見渡し……ある程度の距離まで近づいたところで、息を大きく吸い込み、大声を張り上げる。


「お前らの選ぶ道は、二つあるっ!」


 その言葉を聞いた男たちは……見事に足を止めていた。

 俺が声を上げたことで、盾ごと潰される寸前の男を、交渉によって助ける余地がまだあると気付いたのだろう。

 元々この連中は、あの『聖樹の都』の戦いで、破壊と殺戮の神ンディアナガルの尋常ならざる膂力を……そして「その膂力が己に向けて振るわれたらどうなるか」を、身を持って思い知っている。

 仲間の命がヤバければ命懸けでも助けに入るくらいの連帯意識は持ち合わせているものの、俺と戦って命を落とすのは出来るだけ避けたい……と言うのが、周囲の連中の心境だと推測される。


「一つは、我が配下となり、共に『聖樹』を落とす道だっ!

 そうすれば、飢えず渇かず、明日からも生き続けられるっ!」


 俺の叫びの効果は絶大だった。

 水が足りないのか、食料が足りないのかは分からないものの……どうやら『盾』の一族もかなり切羽詰っていたらしい。

 突如攻め込んできた俺の言葉に戸惑って顔を見合わせるどころか……若い奴らの中には、明らかに喜色を浮かべている連中もいる。

 それでも……俺が彼らを騙そうとしているなどと疑うヤツは一人もいないようだった。

 当然と言えば当然で……俺には、コイツらを騙す理由がない。

 騙し討ちになどしなくても、さっきのタイミングで強襲するだけで、二度と立ち直れないレベルの打撃を与えれたし……こうして足の下で足掻く男を殺さずに置いているのも、俺に敵意がないことの証としては十分なのだろう。

 尤も……だからと言って年老いた戦士たちは、すぐさま俺の提案に納得できる訳でもないらしい。


「誰・がっ!

 貴様・なんぞにっ!」


 現に、俺の足に潰される寸前の、族長らしきおっさんは、そんな叫びを上げていた。

 と言うか、この男自身は恨みと憎しみで目が曇っているから、こう答えるのは予想通りである。

 だからこそ……俺はさっき思いついたままの回答を、口にするだけで良い。


「もう一つは……あくまでも俺に逆らい、『盾』の矜持とやらを抱いて、一人残らず死に絶える道だっ!

 こうして、無惨に、なっ!」


 俺は周囲に言い聞かせるようにそう叫ぶと……少しずつ、足に力を込めていく。


「ぐ、ぐぁぐがぁあああああああああああああぁぁぁぁぁ……こぺぇっ?」


 その男の悲鳴は、恐らく『盾』の集落中に響き渡ったことだろう。

 そして……その男は自身の誇りとしていた『盾』が踏み砕かれたのも、その『盾』ごと押し潰され、血と臓物を口から垂れ流して息絶えたことも……周囲の連中からは一目瞭然だったに違いない。


「……ひ・ひでぇ」


「な・何て、こと・を……」


 仲間を殺されたことで、怒りが恐怖を上回ったのだろうか?

 盾を構えた戦士たちの何人かが、そんな非難の声を呟き始めるものの……


「……さぁっ!

 お前たちは、どっちを選ぶっ?」


「ひ・ひぃぃぃぃっ?」


「う・うげぇえええええええっ!」


 そいつらの様子に気付いていた俺が、足元に転がっていた「半分潰れた盾」を蹴り剥がすだけで……その声はあっさりと止まっていた。

 それもその筈で……盾の下には潰れて原型を留めなくなった、俺を仇と叫んだあの男の『残骸』が転がっていたのだ。

 身体は明らかにあり得ない薄さにへし曲げられ、踏み潰した所為か砕けたあばら骨が腹を突き破って姿を見せ、更には潰れた臓物らしき肉片が腹の穴からはみ出している。

 顔見知りであればなおさら……その光景は直視に耐え難い、残酷な光景だろう。


 ──と言っても、見て貰わないと意味がないんだけどな。


 そもそも、俺に逆らった人間の末路を見せつけるために、「わざわざ」こうして残虐な処刑を演出したのだから……無理にでも目に焼き付けて貰わないと、この説得が文字通り「無駄足」になってしまう。


 ──部下を率いるなら、最初が肝心だからな。


 いざ戦う段になって、いちいち逆らわされたり脱走されたりしても困るのだ。

 部下(たまよけ)は、ちゃんと『盾』として役立って貰わなければ意味がない。

 だからこそ、連中の誇りでもある『盾』が何の役にも立たないことを見せつけ、俺に逆らおうとするならば酷い目に遭うという、いわば「見せしめ」のための公開処刑だったが……俺が思った以上の効果があったらしい。


「わ・我々は・降伏するっ!」


「命は・助けて・くれるんだろうなっ?」


「……くっ……」


 一人の若者が『盾』を捨てて跪くと……後は簡単だった。

 まるで毒ガスをばら撒いたかのように、『盾』の一族の戦士たちは、己の一族の象徴とも言うべき『盾』を放り出して跪き、恭順の意を示したのだ。

 まぁ、中には数人ほど不服そうな中年の戦士がいたが……全員がいきなり忠誠を誓ってくれる訳がない。

 ……逆らえば、その時に殺せば良いだけだし。


「……で、我々は・どうすれば・良いのです・か?

 皆の・命は・保障して・頂けるの・でしょう?」


 そうした中、一人の若者が俺の近くへとおずおずと歩み寄ってくる。

 俺より少し年上と思しき……身体中に泥を塗りたくった男だった。

 身体つきはベーグ=ベルグスと比べるとどうしても華奢な印象が拭えないものの……生身のまま俺と相対出来るアイツが規格外なのだ。。

 圧倒的強者となってしまった所為か、「敵の強さ」に対しては今一つ働かない俺の勘ではあるが……恐らく、コイツでも一端の戦士として十分通用するだろう。


「……貴様は?」


「タウル=タワウ・です。

 ……一応、その、族長の・三番目の・息子で・ありました」


 その俺の問いに、眼前の若者は足元にある無惨な死体に一度目を向け……すぐに潰れた肉塊から逸らすと、俺をまっすぐ見つめ、そう答える。

 ……その瞳の奥には憎悪の色が宿っているのが伺えるものの、コイツはそれを必死に押し留めているらしい。

 他の家族や、一族のことを考え、自分の怒りを押し殺して冷静な判断が出来る……俺の予想よりも遥かに使えるヤツではないだろうか。


 ──なら、コイツをまとめ役として置いておくか。


 正直な話、俺に『盾』の一族全てをまとめられるだなんて思えない。

 指揮能力とか統率力以前に……連中のことなんて、欠片も知らないのだから。

 だからこそ、細かい指示は「まとめ役」に任せ、俺はただ命令するだけに留めておいた方が、連中を上手く活用できるだろう。

 何故かは分からないが……俺の内側からは、自然とそんな『確信』が湧き上がってきていた。

 そして、理に適っているだろうその確信に逆らう理由など……俺には存在していない。


「……そうか。

 なら『盾』の一族は貴様に任せる。

 俺は今『仮面』の一族と行動を共にしている。

 それに、貴様らも合流しろ。

 ……三日後には『聖樹』へと攻め入るから、そのつもりで準備を進めろ」


 やるべきことを終えたと判断した俺は、新たな族長になるだろう眼前の男にそう告げると……そのまま集落を離れるために歩き出す。

 周囲の連中は、『仮面』の一族の名前が出ると一瞬だけざわついたものの……俺に逆らってまで異を唱えるヤツは一人もいなかった。


 ──いたとしても、黙らせるだけなんだけどな。


 俺の言葉を聞いた『盾』の一族は、一瞬戸惑った様子を見せたものの……すぐに我に返ったのか、近くのテントに戻り、身支度を始めていた。

 俺の言葉通り……『仮面』の一族に合流する手筈を整え始めたのだろう。

 どうやら先ほど見せつけた「恐怖という名の薬」がちょっとばかり効き過ぎているらしいが……まぁ、部下は従順に越したことはない。


「……三日後・と言うと?」


 尤も、従順と盲目的に従うとはまた意味が違うらしい。

 このタウルとかいう男は、控え目ながらもこちらを探るような視線を向けながら、そう問いかけて来た。

 ……一族を率いる身としては、『聖樹』攻略の計画を聞くことで、勝算のありなしを判断する必要があるのだろう。

 勿論、俺はごく一介の学生であり、横暴で残虐で部下に理解のない独裁者ではない。

 部下の問いには、しっかりと答えを返してやる。


「明日、明後日で、『槍』と『双斧』の連中を説得に行く。

 三日後……今ある『泥人』の総勢力で、一気に『聖樹』を落としてやる」


 自分の計画を確かめるように呟いた俺の答えは……タウルにとっては、どうやら満点だったらしい。


「……ははっ!

 必ず・我ら『盾』の一族も・その戦いに・参加させて・頂きますっ!」


 その声を聞いた俺は、顔に喜びと安堵を浮かべながら跪く『盾』の新族長に背を向けると……集落の外で待つベーグ=ベルグスのところへと、歩き始めたのだった。


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