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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
参・第五章 ~『泥人』~
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参・第五章 第四話


 ──しかし……


 思うがままに権能を振るうことを、少しだけ反省した俺は……周囲を見渡し、首を傾げる。

 確かに彼ら『仮面』の一族は、絶望しているのだろう。

 怪我人だらけで、生活は貧しいの一言。

 その目に、動きに活力はなく……ただ惰性で動いているだけ、という様子だった。

 ……だけど。

 それでも、「極限まで追い詰められた」人間が放つ、あの暴力的で破滅的な衝動が感じられないのだ。

 乾坤一擲で一人でも多くのべリア族を道連れにしようとしたサーズ族のような。

 王族を自らの手で殺すことで、一秒でも長く生きながらえようとした、あのクソ共のような。

 そういう「極限の必死さ」が……彼らにはまだ訪れてないように思える。

 そんな俺の視線に気付いたのだろう。


「一応、先の戦いで・数日分の・水も・かっぱらって・きた・からな。

 もう二・三日は、もつ・だろう。

 だが……前回、主力の・殆どを・失って・しまった。

 あの時以上の・戦力を・期待することは、出来そうに・ない」


 仮面を被った巨漢……ベーグ=ベルグスは何処となく諦めの混じった声でそう告げた。


 ──ああ、なるほど。


 その声を聞いた俺は周囲をもう一度見渡し……軽く頷いていた。

 速い話が、彼ら『仮面』の一族は、口で何やら言いつつも……まだ『余裕がある』のだ。

 勿論、状況は最悪に近いものの……「相手の全てを奪わなければ自分たちが確実に死ぬ」という実感が湧いていないらしい。

 だから、疲労だ怪我だのと俯いていられる。

 だから、こうして絶望に浸っていられる。

 ……本当に追い詰められたら、理性も常識も道徳も捨てて、ただ獣のように生にしがみ付くことしか出来ない。

 そういう連中を何度も目の当たりにしてきた俺が断言するが……俯いたまま座して死を待つ自分に酔っているコイツらは『まだ甘えている』だけに過ぎないのだ。


 ──まぁ、いっか。


 とは言え、それも彼らの自由だろう。

 往々にして、こうやって絶望している内に徐々に状況が悪化し……本当にどうしようもない瀬戸際に追い込まれてしまうものだが。


 ──自分の行く末くらい、自分で決めろって話だしな。


 ……そう。

 数ある選択肢から「ソレ」を選ぶのも……またコイツら自身の選択なのだ。

 それにどうこう言う権利など、俺は持ち合わせていないし……そもそも正直な話、コイツらが生きようが死のうが、俺の知ったことじゃない。

 俺はこのベーグ=ベルグスに……正確にはコイツの妹に命を助けられたのであって、二人以外の『仮面』の連中には別段、義理も恩もありゃしないのだから。

 そう結論付けた俺が、正面へと視線を戻すと……

 未だに絶望していない、石槍や石斧を手にした十人くらいの男たちが……何故か俺を取り囲むようにして並んでいた。


「族長・代理っ!

 何故、コイツを・この場所・へっ!」


「ここ・は、我々の内でも・極秘にすべき・場所っ!

 それを、こんな堕修羅・などにっ!」


 本気の怒気と殺意……そして恐怖に上ずった男たちの声で、俺は理解する。

 この『聖樹』の苗は……彼らの生命線であり、最大の守秘義務が要求される秘密なのだと。


 ──それも、そうか。


 つまり彼らにとって、この『聖樹』の苗とは……何もかもが腐れ切ったこの世界で、「飲める水が一定量供給され続ける」という、まさに夢の道具なのだ。

 水道に慣れ切った、異世界を旅する前の俺には絶対に理解出来なかっただろう、その「凄まじい贅沢」は、『人の命など軽く凌駕する』豪華な資源であり資産でもあるのだ。

 事実……この『聖樹』の苗の存在を知られたら最後、他部族が攻め込んで来て、百人単位で死傷者が出る戦争になってもおかしくない。

 である以上、口封じに誰かを殺すなんて、至極真っ当な……当たり前の行動とも言える。


 ──左手一本で十分か。


 右手が未だに動かないことに軽い苛立ちを覚えつつも、戦闘の予感に俺は、相手の戦力をそう見積もり……左手を軽く握りしめる。

 『聖樹』から離れたお蔭で、権能の調子は悪くない。

 あんな石槍や石斧如きでは、俺の身体には傷一つすらつけられないだろう。

 そう判断した俺が、同じく腕を怪我したままのベーグ=ベルグスを庇おうと前へ一歩踏み出す。

 ……いや、踏み出そうとした、その瞬間だった。

 仮面を被った巨漢は、石槍や石斧を向けられているにも関わらず、構えも取らずにただ肩を軽く竦めると……


「……もう・隠しておく・必要もない・だろう?

 『聖樹』は、枯れて・しまったの・だから」

 

 そう笑って答えたのだ。

 ……槍の穂先を向けられているにも関わらず、全く動じた様子もなく、堂々とした声で。

 一歩前へと踏み出したのは……もしかしなくても、俺を庇うため、だろう。


「……ぐ・っ」


「確か・に」


 丸腰のまま、怯みすら見せずに放たれた族長代理のその正論に……男たちは歯を食いしばって後ずさる。

 とは言え……彼らも数で勝り、武器を手にしているのだ。

 ……そう簡単に引き下がってくれる訳もない。


「いや、だが、コイツ・はっ!」


「兄貴の・仇、いや、一族の・仇・だっ!」


「コイツを・殺さ・せろっ!

 仇を・討たせろっ!」


 と言うよりも、コイツらとしては「こっちが本題」だったのだろう。

 さっきの『聖樹』の苗を云々は、ベーグ=ベルグスが助けた俺を殺すための……形だけでも「族長代理に背いていない」ように見せかけるための、ただの口実で。

 そして……コイツらにとっての仇討は、そんな口実などなくても、眼前に立つ族長代理に背いてでも強行するほど価値がある行為だった、というだけの話である。


 ──と言うか、族長代理って何なんだろな?


 今さらながらに俺はそんな疑問を抱くが……今はそれどころじゃない。


「それ・は……」


 そして流石のベーグ=ベルグスも、仇討を口にされると……反論する言葉が見つからないようだった。

 当然と言えば当然で……身内を失った人間に対して、権威や口先の言葉などが、何の役に立つというのだろう。

 そのことを知っている俺は、破壊と殺戮の神ンディアナガルの化身を庇おうなどという不遜を行った、仮面の巨漢を横へとズラすと……前へと進み出る。


「お・おい?」


 そんな俺の行動に、ベーグ=ベルグスは戸惑ったような声を出すが……もう遅い。

 仮面を被った男たちは、槍や斧を手に、俺へと狙いを定めている。


「良い・度胸……して・やがるな、おい」


「……死ぬ覚悟は・出来てるって・ことだろう・よ」


「恨む・なら……『弓』の連中に加担した・自分を・恨むんだな、堕修羅」


 殺意混じりに放たれる男たちのそれらの声に……俺はただ軽く肩を竦めるだけだった。

 正直な話、権能の調子が戻った俺にとっては、そんなの……目の前で子猫が威嚇しているのとそう大差ない。


 ──そう考えると、可愛いものだな、コイツらも。


 まぁ、見た目が仮面を被って身体中に泥を塗りたくったブキミな連中なので、子猫と同じとはとても思えないのだが。

 そんな要らぬことを考えていた所為だろう。

 ……俺の口からは、つい笑みが零れ出てしまう。


「てめ・ぇっ!

 舐め・やがってぇえええええっ!」


「死に・やがれっ!

 この、堕修羅・がっ!」


 そして当然のことながら、俺の笑みは彼らの怒りを暴発させてしまう。

 その直後……俺の脳天、右肩、左側頭部へと、石斧が叩きつけられ、腹、左胸へと石槍が突き刺さる。

 だが……所詮、石器は石器でしかない。

 俺の身体と衝突した結果、石斧はあっさりと砕け散り、石槍は柄が折れるという事態に陥っていた。

 尤も……それらの武器が例え鋼の剣であったとしても、結果は同じだったのだろうが。


 ──やっぱ、聖剣じゃなきゃ、痛みすら感じない、か。


 自分たちの武器の方が壊れるという悪夢のような光景を目の当たりにした所為か、仮面の男たちの瞳が、驚愕と恐怖に染まって行く。

 そんな見慣れた光景を前にした俺は、握ったままの左拳を……珍しく、振るわなかった。


 ──コイツらが困っているのも……

 ──俺の所為、なんだよなぁ。


 ……そう。

 俺が拳を振るわなかったのは……俺の中に、そんな『罪悪感』があった所為である。

 正直に言って、俺は武器を手にしている兵士を殺すことには欠片の躊躇も覚えない。

 何故ならば……そいつらは俺を殺しに来ているのだ。

 誰かを殺そうとする以上、殺されて当然だろう。

 他にも、命を弄ぶゴミ、無力な女子供をいたぶって殺そうとするクズ、人様を騙そうとするクソ共、腐った社会に生きる寄生虫など……殺した方が世のためになるような連中を殺すことに、俺は罪悪感や躊躇いなど覚えない。

 

 ──けど、なぁ。


 だけど……この『仮面』の一族は違う。

 コイツらが生きようが死のうが知ったことではない、とは思うものの……

 それでも俺がうっかり振るってしまった『爪』の所為で……いや、『爪』の余波に巻き込まれ、水がなくなり……こうして渇いて殺伐としているのだ。

 確かに、この俺に武器を向けたのは万死に値する罪科ではあるが……それでもその要因を生み出したのがこの俺の所為だと思うと……

  一介の学生でしかない俺は、コイツらの災難を冷酷に他人事と切り捨てられず……少しなりとも「酷いことをしちゃったなぁ」とか、考えてしまうのである。

 ……その所為だろう。

 普段なら腕を引き千切るか、頭蓋を握り潰すか、内臓を指で引きずり出すか……最低でも脊椎を圧潰させるだろうこの俺が、こんなクズ共を殴り返す程度のことに躊躇を覚えてしまったのだ。


 ──さて、どうしたもんかなぁ?


 とは言え……殺してない以上、仮面の男たちが殺意を納めることも、武器を下ろすこともないだろう。

 争いを収めるということは、争いを始めるよりも遥かに難しいものだと、何度か耳にしたことがある。


 ──皆殺しにすれば、争いなんて自然と収まるんだが。


 良心の所為で、生憎とその『最善手』が使えない以上……俺は殺戮以外の方法で、この事態を解決しなければならない。


 ──死なない程度に手足を引き千切れば、流石に大人しくなってくれる、よな?


 苦慮の末、ようやく思いついたその素晴らしい解決策に、俺は笑みを浮かべると……視線を正面へと戻す。

 すると、そこには……落ち着かなく武器を小刻みに振動させ、目に絶望を浮かべた男たちの姿があった。

 言葉も出ないのか、ただ酸欠状態の金魚のように、仮面の奥で口をパクパクと開閉するばかりで……十名の『仮面』を被った男たちは、殺意も敵意も忘れ、ただ立ち尽くしていた。


 ──どういう心境の変化なんだか。


 俺はそう訝しむものの……幸いにして、手足を引き千切る手間をかけずとも、眼前に立つ仮面の男たちが激情に駆られて暴走する事態は避けられたのだ。

 後は……コイツらをどうにかして大人しくさせれば……


「……まぁ、落ち着け、な?」


「う・うぁ・うぁ、ぅああああああああああああああああっ!」


「……ひ、ひぃ・ひぃっ・ひぃ・いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ?」


 そして、コイツらの混乱に乗じて落ち着かせようと発した、俺のその声が……彼らの緊張を一気に爆発させる火花になってしまったらしい。

 俺の猫なで声を聞いた仮面の男たちは、恥も外聞もなく槍や斧を取り落し、情けない悲鳴を上げながら一目散に逃げ去って行った。

 ……よほど慌てていたのか、枯れた後も大事にしていたらしい『聖樹』の苗にぶつかって、枝をへし折る男までいたほどである。


 ──失敬な連中だな。


 仇討とは言え人様を殺そうとしておいて、勝てないと分かったら人様の仲裁に耳を課そうともせず、我先にと逃げ出す。

 どうしようもない連中だと思う。

 ……あの手のゲス共は、一人か二人くらい血祭りにあげてやった方が、この世界の後々のために良いんじゃないだろうか?


「悪い・な、うちの・連中・が……」


「……全くだ。

 人の命を取ろうってんなら、てめぇの命くらい賭けてかかって来いってんだ」


 そんな俺の不機嫌を読み取ったのか、ベーグ=ベルグスが軽く頭を下げ……それを横目に見た俺は、軽く肩を竦めつつそう呟く。

 まぁ実際のところ……殺さずに手足を引き千切るなんて面倒なことをしなくて済んだので、逃げてくれて有難かったのだが。

 ……右腕も、まだ動かないこの状態で、手加減するなんて器用な真似、上手く出来る自信がなかったのも事実だし。


「ったく。

 この里に・来れば、今までの・人生は・不問という・大原則を・忘れやがって……

 折角、過去や・生まれ・全てを決別する・ための、『仮面』だって・のに」


「……意味が、あったのか、その仮面」


 何気なく放たれたベーグ=ベルグスのその呟きに、俺は驚きを隠せない。

 正直な話……俺は、彼らの仮面を見て「訳の分からないファッション」程度にしか思っていなかったのだ。

 俺の住んでいた地球にも、鼻や耳に穴を開けてまで輪っかを飾ったり、わざわざ痛い思いをして刺青をしたり、無駄金を費やして髪を染めたり奇抜なセットをしたりと……訳の分からない連中が多々存在していたものだ。

 だからこそ……彼らの奇妙な仮面を見ても、その手の意味不明の奇行程度にしか思わなかったのだ。

 事実……一面が塩になっている荒野を見たり、人の操れるロボットがあったりと、異世界旅行ってのは「今までの常識を簡単に粉砕してしまう事態」に出会うことが多い。

 ま、一番の非常識は、こうして異世界へと渡り、破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能を得たそのことなのだろうけれど。

 そうしてふと眼前の巨漢が被る仮面に視線を落とした俺は……その身体に塗りたくっている泥へと視線を移す。


 ──もしかして、この泥にも……何か意味があったりするんだろうか?


「当然・だ。

 意味も・なく、こんな・重たくて・鬱陶しい・モノ、被る訳も・ない、だろう?」


 ──そりゃそうだ。


 不意に浮かんだその疑問は、仮面の巨漢のそんな首肯によってあっさりとかき消されていた。

 それは……ベーグ=ベルグスの呟きが、あまりにも的を射ていた所為だろう。

 まぁ、正直なところ……『泥』のことなんて、ふと思いついただけで、本気で知りたいと思っていなかった、というのも一因なのだろうけれど。


「氏族も・生まれも・故郷も・捨てた連中・が、集まった・のが・我々『仮面』の一族・だと、以前・話した・だろう?

 その証として、我々は・こうして・一族の間でも、顔を……今までの・自分を・隠して、生活を・している・のさ」


「……なるほど、な。

 なら、俺も被った方がいいのか、それ?」


 仮面の巨漢が告げる『仮面』の一族のルールに、俺は何となくそう呟いていた。

 別に、コイツらの一員になろうと思った訳じゃない。

 俺は所詮……現代日本に生きる一学生に過ぎないのだから。

 ただ……この場所で暮らす間くらい、彼らのルールに従うのも、また一興だろうと、そう気が向いただけである。

 ……正直、このベーグ=ベルグスの仮面は、あまり格好良いとは思えないし。


「ああ、我ら『仮面』の一族・は、誰であろうと・歓迎・する。

 そう・言えば、そろそろ・だな。

 そろそろ……ベスが・仮面を一枚、用意・している・筈だ」


 とは言え、そんな俺の内心を知ってか知らずか……ベーグ=ベルグスは楽しそうな声を張り上げると、そう告げて踵を返す。

 俺の返事すら聞こうともしないその動きは……まるで俺が前言を撤回しないように慌てているようにも思え……

 ひょっとしたら……俺が「仮面を被る」と言い出すのが、この散歩の目的だったのかもしれない。

 だからこそ、わざわざ族長代理が俺を連れて歩き回り、『仮面』の一族の現状を見せつけ、一族のルールを説明したのだ。

 堕修羅であるこの俺を……彼ら『仮面』の一族へと引き込むが為に。


 ──何となく、気に入らない、が。


 このベーグ=ベルグスの手のひらの上で転がされた……そんな妙な反発心を覚えた俺は、軽く舌打ちをするものの……

 だからと言って、この巨漢をぶん殴ろうとか殺そうとか……そういうことは別に思いつかなかった。

 それでも……ただ一つだけ。


 ──あの娘が、作ってくれる、のか。


 あの女神が手ずから作ってくれる。

 ただそれだけで「ダサい」としか思えなかった『仮面』が、まるで宝物のように思えてくるから不思議なものだ。


「ちょっと待てよ、おい。

 一人で先に帰るなっ!」


 その「宝物」への期待に胸を弾ませた俺は、思わず小走りになってまで……先を行くベーグ=ベルグスの背中を追いかけ始めたのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ただのバカなのかな主人公って、現代日本でどうやって生きてきたんだか
[良い点] 二人以外の『仮面』の連中には別段、義理も恩もありゃしないのだから。 自分の責任っていう感覚はないのか??
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