参・第五章 第二話
意識を取り戻した俺が、まず最初に感じたのは……唇に触れる微かな冷たさ、だった。
ゆっくりと浮上して行く意識の中、それが水滴であることを何となく感じ取る。
──なん、だ?
──俺は、確か……
そして、ようやく脳みそが働き始め……『聖樹の都』から逃げ出したこと、腐泥の中で自分が倒れたこと。
加えて、咽喉の痛みと同時に、とてつもない渇きを思い出し……
「~~~っ!」
唇に触れた雫を舐め取り……その舌を優しく撫で、乾燥し固まりザラザラになった舌先を解きほぐすような、冷たい水の感触を理解した瞬間。
俺はカッと目を見開いていた。
眼前にあったのは、木で出来たどんぶり大の器に、なみなみと入っている……透明で清らかな、水。
……水っ!
──水っ!
俺は口を開き……そう叫んだつもりだった。
だが、生憎と俺の咽喉は乾き切っていて……声一つ発することも出来ない。
ただ、呼気がひゅーという、小さく変な音を立てただけに過ぎなかった。
たったそれだけの行動で吐き気を催すほどの不快感と、咽喉の奥から後頭部まで貫くような激痛が走る。
……だけど。
それすらも……どうでも、構わない。
──今、この眼前の水さえ、飲み干せた、ならっ!
俺は動かない右腕を持ち上げようとして失敗し、左手でその木の器をもぎ取ると、必死にソレを口の中へとねじ込む。
「……ぁ、落ち着いて・下さい」
木の器ごと飲み込みそうな俺の勢いに、近くで声がする。
けれど、今の俺には……そんな些事よりも、眼前のこの水を飲み干す方が遥かに大事だった。
ひび割れた唇が切れているのか、幽かに血の味がするソレは……正直、先ほど感じたほどには、冷たくも清らかでもなく、恐らくは透明でもなかったのだろう。
それでもその水は……俺にとっては生まれて二度目に味わうくらいの、とてつもなく美味しい水で……
「かぁあああああああっ!」
──生き、返ったぁっ!
そのどんぶり一杯の水を一気に飲み干した俺は……思わず腹の奥から、そんな感嘆の叫びを上げていた。
たった一杯の水でしかないと言うのに……その水は口の中から舌先、そして食道、胃、小腸と次々と吸収され……
顔や脳、腹から肩、腕、手のひら、指先に至るまでじわっと染み込むような感覚が走る。
まさに、生き返るとしか言いようのない、自分自身を構成する何かが変わっていくような、そんな感覚は……恐らく限界まで渇いたことがなければ理解できないだろう。
──こんなに美味い、水は……
──テテのところで味わって以来、か。
あの砂だらけの世界に召喚されてすぐ、砂漠を彷徨って彷徨って彷徨った上で、ようやく飲んだ水の感触を思い出した俺は……大きく息を吐き出す。
正直、今回はあの時よりも遥かに渇いていて……本当にもう塩漬けの干物になる寸前だったように思う。
……その所為だろう。
今の今まで俺が、近くに座っていた……その木の器を差し伸べてくれた少女の存在に、全く気付かなかったのは。
「────っ!」
絶望的な渇きから解放された俺は、ようやく隣に座るその少女の存在に気付き、そちらへと視線を向け……
声にならない声を上げ、口を開いたまま絶句していた。
何故ならば……そこには、女神が座っていたのだから。
──美、しい。
正直……俺はその少女の姿に、たった一目で心を奪われていた。
簡素な長衣に包まれた身体は凹凸もろくになく、左脚には包帯が巻かれ、身体中には泥を塗りたくっていて……
顔形はまぁ、世間一般的な美醜で言うならば、高めに評価してもせいぜい普通という感じで……そう美少女という訳でもなく、とは言え、醜い訳でもなく。
そういう感じの……俺の好みである、超絶美少女で気立てが良くて、処女でスタイル抜群のお姫様とは思いっきり正反対。
言ってしまえば、何処にでも居そうな、ただの田舎娘……
……いや、それどころか、文明もまだ未開な、顔に泥を塗りたくるような、とても受け入れがたい相手であるにも関わらず。
俺は……この泥だらけの少女を、とても美しいと、何故か、思ってしまったのだ。
「……ぁ、う、ぁ」
何かを話さなければならないような、そんな焦燥に駆られた俺は、口を開きはしたものの……言葉が言葉にならない。
それもその筈で……何を話せば良いのかすら分からないのだ。
初めて顔を突き合わせる相手だから、共通の話題すらない。
なのに何故か、何か言葉を交わさなければならない……そんな衝動だけが、身体を突き動かして。
「あの・大丈夫・ですか?
貴方が・行き倒れて・いたのを・偶然・見つけた・ものですから」
「……あ、あぁ」
そんな俺の機先を制したのか、先に口を開いたのは少女の方だった。
その少女の笑みを見て少し緊張がほぐれた俺は、自然と笑みを返していた。
尤も……寸前まで緊張の極みにいた俺の笑顔は、ひどくぎこちなく、とびっきり嘘くさい、引き攣ったモノになっていただろうけれど。
そんな俺の引き攣った顔を見て……まだ水が足りないと判断したらしく、『泥人』の少女は俺に向かって水の入った木の器を差し出してくる。
当然のことながら、まだ水を欲していた俺は、その器を一気に飲み干すと……少しだけ落ち着いて少女の方へを向き直る。
「……どうして、俺を、助けたんだ?」
……そう。
冷静に考えれば、こんなことなど、ある訳がない。
何しろ堕修羅と呼ばれていた俺と、彼女たち『泥人』は昨日まで、殺し殺される戦争をしていた間柄なのだから。
事実、俺自身もこの手で彼女たち『泥人』を幾人も肉塊へと変えている。
──何が、目的、だ?
この少女と向き合ったままの、訳の分からない居心地悪さを振り払いながらも、俺は熱病にかかったような脳みその、比較的冷静な部分を用いてそう考える。
とは言え、水がまだ足りていないのか、もしくは他の理由からか、変に上気した俺の脳みそは、いつもよりも遥かに回転が悪く……答えを導き出してはくれなかった。
……だけど。
そんな探るような俺の視線を受けた少女は、軽く微笑むと……
「昨日・助けて・頂き・ましたから」
少し照れたようにそう告げる。
「……あぁっ?」
その言葉で俺はようやく思い当たる。
眼前の少女は、俺が『聖樹の都』を追い出されることになった原因の内の一つ……カル=カラナム一番隊隊長を殴り殺した時の、あの襲われていた少女だということに。
──何だ。
──俺は、間違ってなかったんじゃないか。
少女の照れたような笑みを見ただけで、上気しそうになる顔に戸惑いながらも……俺は小さく安堵のため息を吐いていた。
あの砂漠で友人になった、正義と人望の代名詞みたいなアルベルトのように振る舞えば……善行を積めば、世界を救えると信じ、そう行動して来た俺だったが。
結果として、こうして『聖樹の都』を追い出される羽目に陥り……だからこそ、腐泥の中を歩く間、延々と悩んだものだ。
──俺は、一体、何処を間違えてしまったのだ?
……と。
だけど……彼女を助けたお蔭で、俺が救われたのだ。
誰かを助けたから、自分が助けられる……善行の連鎖。
それはつまり……俺が彼女を助けたことが正しい行いだった、正義だった証明と言えるだろう。
「……ん?」
そうして安堵した所為だろうか?
それとも……この何よりも美しいと感じる少女の姿に、少しばかり慣れてきたお蔭、だろうか?
俺はようやく、自分が奇妙な天幕の下で寝ころんでいたことに気が付いた。
「……ここ、は?」
天幕……と言えば、随分と聞こえが良い気がする。
継ぎ接ぎだらけのボロ布を、枯れ木に巻きつけただけの……適当な造りのテントの中に、俺は横たわっていたのだ。
身体にかけられていた布も、やはりボロボロで……ついでに言えば、テントの中にある家具らしき、縄も木の板も何かの皮も、やはりボロボロでかなり使い込んでいるのが伺えた。
「私たち・『仮面の民』の・集落の……
私たち兄妹の・家……です」
そう告げる少女の声が段々と尻すぼみになっていたのは……俺の顔が、口ほどに物を言っていた所為、だろう。
現代日本で育った俺の感覚のまま、正直に告げるならば……彼女の住む家と言うのは、小学校で飼育されている兎の小屋よりも、更に酷い代物に過ぎないのだから。
「あの……狭い・でしょうか?
これでも・代理とは言え、族長である兄の・お蔭で……うちの里では、大きな家・なんですけれど」
少女は遠慮がちに、だけどその薄い胸を少しだけ張りながらそう告げる。
……要するに。
彼女たち『泥人』は、慎ましやかだった『聖樹の民』の生活に輪をかけて……極貧の、ろくでもない生活を送っている、らしい。
少なくとも、あの『聖樹の都』で見た家々は、コレほど酷い生活は送っていなかったのだから。
俺のそんな内心の声が、知らず知らずの内に顔に出ていたのだろうか?
少女はやはり俯いて黙り込んでしまう。
「……ぁっ、ぅっ」
命の恩人を落ち込ませてしまったことに俺は慌てるものの……生憎と自分の口からは、何か気の利いた言葉が出てくることもなく、奇妙なアシカの呻き声のような、訳の分からない言葉が出てくるだけだった。
そんな訳の分からない自分の声に……自身の声帯と語彙の拙さに歯噛みした俺が口を閉ざした結果、家の中には沈黙が満ちてしまう。
──このままじゃ、ダメだ。
──何か、この空気を突破するための……
そうして……その居心地の悪い空気を必死に打開しようと、俺が口を開いた、その時だった。
「おぉ、やっと・目が覚めたのか、堕修羅よ」
そんな男の声が天幕中に響き渡る。
その声に酷く慌てた俺が、拳を握りながらそちらへと振り返ると……
身体中を泥に覆われた筋肉質の、片腕をボロ布の包帯で吊るした大男が、天幕の布を上げ、この家の中へと入ってくるところだった。
「……ベーグ=ベルグス」
その大男を見た俺の口からは……自然とその名前が零れ出ていた。
コイツの顔は奇妙な鬼のような、だけど先日とはまた少し違った仮面の奥に隠されていていて……その仮面をパッと見ただけでは先日戦ったベーグ=ベルグスと分かる筈もない。
だけど、『聖樹の民』ではあり得ないほどのこの巨躯と、その泥をもってしても隠し切れない隆々とした筋肉、そして……コイツの放つ異様な威圧感。
それらを一度でも目の当たりにしたこの俺が……コイツを、この化け物を、見間違える訳がない。
「ほぉ、光栄・だな。
まさか伝説の・堕修羅に、名前を・憶えて貰える・とは」
大男は笑いながら……仮面に隠されたままで表情は窺えないものの、間違いなく笑い声を放ちつつ……俺の近くへと座り込む。
──コイツっ!
その無雑作とも思える行動に……俺は思わず目を見開いていた。
何しろ……隙だらけ、なのだ。
もし今、俺が渾身の力で殴りかかれば……それだけであっさりとその頭蓋を引き千切れるほどに。
──よほど、自信があるのか。
──それとも……ただの、馬鹿か?
昨日、武器を手に殺し合った相手を前にして、そこまで大胆な行動が出来る。
それだけでこの男の豪胆さが伺える。
尤も、それは……馬鹿ではない証明にはならない。
とは言え実際のところ……ここまで大胆に隙だらけの姿を晒されると、「殺す」という行為に慣れ切った筈の俺でさえ、殴り殺そうなどという選択肢すら思い浮かばなくなるものだが。
「……何故、俺を、助けた?」
その無防備極まりない姿に毒気を抜かれた俺は、拳の力を抜いて戦闘態勢を解除し……眼前で胡坐をかいている巨漢に向けてそう問いかける。
コイツの妹を助けたとは言え……『仮面』の部族を率いるコイツの放つ威圧感は、敵の殺傷に関し、判断に私情を挟むようには思えなかったのだ。
「妹の・頼みだから、な。
まぁ、仕方ない・だろう?」
だからこそ俺は、この仮面の大男がそう言葉を返した時、訝しげな視線を向けたのだ。
そんな答えでは信用できない、という意思を込めて。
……それが分かったのだろう。
「それに……堕修羅である・お前が、あの『聖樹』から・追い出される・ことは、容易に想像・できていた・からな。
お前を・味方につければ……必ず・『聖樹』攻略の役に立つ」
ベーグ=ベルグスは肩を軽く竦めると、観念したかのようにそう告げる。
「兄さん・そんな……」
「そういう・側面もある・ってことだ。
分かってくれ……ベス」
尤も……その答えを正直に口にした所為で、ベール=ベルグスは妹に睨まれることになっていたが。
──なるほど、な。
だが、俺は巨漢が口にした答えの方が、俺にとっては理解しやすいものだった。
何故ならば……戦場では、情報が命なのだ。
相手の総兵力、陣形、地形、武装に至るまで……全てが戦場をあっさりと左右する要素になり得る。
──その所為で、痛い目を見たからな。
あのクソ餓鬼にハメられた記憶を思い出し、俺は歯を食いしばる。
事実……今までの俺は、兵力も武装も地形も何もかもを、破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能だけで圧し切れると思っていた。
矢も刃も通さない無敵の身体で、人間を平然と引き千切れる膂力で、それらがもたらす恐怖そのもので……千だろうと万だろうと数百万の軍勢だろうと、俺を傷つけることなど叶わない、と。
……だけど。
──たった、一人の、餓鬼の、知恵、だけでっ!
その無敵の権能すらも、相手次第ではあっさりと覆されてしまう。
痛い目を見てその真理を思い知った今の俺だからこそ……この巨漢が欲しがっているものを、すんなりと理解することが出来たのだ。
──ま、『聖樹』の情報くらい別にくれてやっても……
──いや、でも……何か、こう……
正直な話、俺としてはあの『聖樹の民』たちへの怒りはあれど……積極的に連中を「売ろう」とは思っていなかった。
勿論、俺をハメたあの小賢しい餓鬼はムカつくし、俺を裏切った連中を殴り殺したいという激情は、今も俺の奥底で未だに燻っている。
……だけど。
腹立つから自分の手で殴り殺すのと、情報を売って殺させるのは……何となく違う気がするのだ。
──何で、だろうな?
俺はその自分の中の、よく分からない衝動について考え……
「……ま、良いか」
すぐに思考を放棄する。
──アイツらは、俺を裏切って殺そうとしやがったんだし……
──コイツらは……命の恩人なんだし、な。
何しろ……考えれば考えるほど、そんな当然の二択しか出てこないのだ。
自分を裏切ったクソ共の情報を、命の恩人に渡すのに……何の躊躇いがあるというのだろう。
……恐らく、昔見た戦争映画とかの所為で、「情報を売る」という行為そのものに、後ろ暗い、悪い行動だというイメージが植え付けられている所為だろう。
──だったら、躊躇うことなんて、何も……
そう考えた俺が、協力の言葉を吐きかけた、その時だった。
ふと……俺の中に一つの疑問が浮かぶ。
「……待て。
一つ、聞きたい。
何故、俺が『聖樹』から追い出されると分かったんだ?」
「何故って……貴様は・堕修羅・だろう?
元々あの『聖樹』は・堕修羅の楽園だ。
天から堕とされた・堕修羅たちが・天に焦がれて・群れ集っていた・と聞く」
俺の問いがあまりにも変だったのか、『泥人』の巨漢は、仮面の奥の目を丸くしていたが……すぐに肩を竦めてそう口を開く。
──『聖樹』が、堕修羅の楽園、だって?
その言葉に、俺は首を傾げていた。
もし、コイツらの言葉が正しいならば……アイツら『聖樹の民』たちは、一体……
そんな俺の疑問に気付いたのだろう。
ベール=ベルグスは言葉を続ける。
「腐泥が・世界の全てを・覆い尽くそうとした・祖父の時代。
あの『聖樹』だけが・何故か・腐泥を退けたのだ。
だからこそ・『弓』の一族は……いや、我々全ての祖先は・あの『聖樹』を奪おうと、『聖樹』を・棲み処としていた・堕修羅たちに・襲い掛かった」
仮面を被った巨漢の言葉は……聞き慣れた話だった。
思い返せば、あの塩に覆われた世界で……べリア族とサーズ族は、僅かな水を求めて争い合っていたものだ。
……僅かな水を、求め合って。
人間、自分たちが生きるためなら、平然と他者を踏みつけに出来る生き物なのだ。
そうしないと生き延びれないと分かれば、誰だって獣になるものだ。
──ま、どんな動物でもそれは同じ、なんだけどな。
だからこそ……コイツらの言葉は真実なのだろう。
腐泥に覆われた彼らが、『聖樹』を求めて堕修羅と呼ばれた一族を葬り去ってしまった、というのは。
「尤も……堕修羅の異能を前に・我々の祖先は・大打撃を被り……
後方にいて・比較的少なかった『弓』の一族が・最後の最後に・他の部族全てを裏切り……あの『聖樹』を・独占してしまった・と聞く。
まぁ、祖父の・時代の……大昔の・話だが」
「私たちも・族長だった・父から・聞かされた話・なんですけれど」
巨漢の言葉を受け継いで、ベスと呼ばれた少女が呟くのを聞いて、俺は何となく彼らの言葉が嘘ではない、と直感していた。
考えてみれば、理由と言うよりも、大きな証拠が一つあったのだ。
……あの、腐り錆びてボロボロになっていた、堕修羅の武器庫の存在が。
──考えてみれば、おかしいもんな。
弓を誇りとし、例え不利になろうともそれ以外の武器を触れようともしなかったあの『聖樹の民』……いや、『弓』の一族とやらの棲み処に、何故堕修羅の武器庫があったのか?
それは……あの『聖樹』に堕修羅が住んでいた理由以外、考えられないだろう。
武器を廃棄していなかったのは、単純に触れるのも嫌だったのか……もしくは、自分たちの手元にないと、追いやった筈の堕修羅たちから反撃を受けるだろうと考え、捨てることさえ出来なかったのか。
どちらにしろ、ミゲルたちにとっては、そんなのは過去の話でしかなく……彼らは自分たちが聖樹で生まれたことしか知らず、自分たちの棲み処を守ることばかりを考えていたようだったが。
……もしかしたら、年寄り連中が俺に警戒の目を向けていたのは、堕修羅である俺からの報復を恐れていたから、かもしれない。
「だからこそ・堕修羅である・お前が、あの『聖樹』を・追い出されるのは・時間の問題だ・と思った・訳だ。
事実……お前は・こうして・ここにいる・訳だしな」
何にしろ……そう告げるベーグ=ベルグスの声に、俺は返す言葉がない。
どういう経緯があったにしろ、俺は追い出され……そういう信用できない連中を信じた代償として、こうして右手が未だに動かないという事態に陥っているのだから。
そして、もう一つ。
この巨漢の言葉を聞いたお蔭で、分かったことがある。
──正しい行いをした筈の俺が、何故、こんな羽目に陥ったのか。
それは……アイツら『聖樹の民』が間違えていたから、だろう。
例え正しい行いを為したとしても、間違っている連中からソレを見れば……歪んだ目でその正しい行いを見れば、それは間違っているように見える筈だから。
つまり……俺が悪かった訳じゃなく。
悪かったのは……あの連中に他ならない、ということだ。
──だったら……
である以上、俺が行うべき行動は……どうすれば正義になるかなんて、決まっている。
「……俺は、何を、すれば良い?」
俺は身を乗り出すと、ベーグ=ベルグスへ……いや、その隣に佇むベスという名の命の恩人へと、そう告げたのだった。