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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
参・第四章 ~逃走~
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参・第四章 第二話


 デルズ=デリアムに連れられて俺が向かった先は、聖樹の中腹辺りにある……何の変哲もない一軒の小屋、だった。

 ただ他の家と違うところは、へし折れた枝の先端……つまり、断崖絶壁に建てられていることと、小屋に向けての蔓が異様に多いこと……


「デルズっ!

 こちらは配置についたっ!

 お前の、言うとおり、だったよ」


「……そうです、か。

 当たって、欲しくは、なかったんですが。

 なら……一番隊の方は?」


「……ああ。

 お前の指示通り、こっちも全ての蔓に油を撒いた。

 これで、ヤツも逃げ場がないっ!

 後は、号令があれば、いつでも殺れるぜっ!」


 そして、その小屋唯一の逃げ場であるこの道を、三十余りの、弓矢を番えた『聖樹の民』が固めている、ことだろうか。

 ついでに言うと組み立てたばかりらしき拒馬槍も幾つかあって……中にいる『何か』がどうあっても逃げられないようにしているのが分かる。

 そんな『聖樹の民』たちは、帽子を被ったデルズ=デリアムの背後にいた俺に気付いたのだろう。


「この、化け物が……

 よくも、ぬけぬけと……」


「落ち着け、今は、まだ……」


 ──何だ?


 妙に虫の居所でも悪いのか、その場にいた『聖樹の民』たちは全員が全員、俺に向けてあからさまな殺気を向けてくる。

 尤も、統率が行き届いているのか、俺を相手にしている場合じゃないと分かっているのか、それとも……俺自身の強さを先日、目の当たりにした所為か。

 ……流石のコイツらでも、俺に向けて矢を向けることだけはなかったが。


「なんだ、こりゃ?

 一体、何が、あったんだ?」


「アレは、捕虜を捕まえるための小屋です。

 いや、小屋でした……というべきでしょうか」


 妙に物々しい雰囲気の周囲を見渡しながら口にした俺の問いに、デルズ少年はまっすぐ正面を見据えてそう吐き捨てる。


 ──ん?


 そんなデルズ=デリアムの言葉に、態度に……俺は少しだけ違和感を覚える。

 何と言うか、昨日共に戦場に出たデルズ=デリアムと……いや、さっきまでのデルズ=デリアムと、この目の前に立つ少年は、何処となく別人であるような……

 俺がその違和感の原因に気付くより早く、少年は言葉を続けていた。


「今は、この『聖樹の都』を食い荒らした、化け物が……あの中に、いる、筈です。

 そうなるように、捕虜たちを、配置、して。

 そして、化け物が、中に入ったと……報告が、ありました、ので……」


「……化け物?」


 デルズ少年の言葉を聞いた俺は、思わず首を傾げていた。

 だって、彼らを襲っていた化け物は……あの蟲は、先日、殺したばかりなのだ。

 先日、あれだけの犠牲を払った……そして、俺の加勢のお蔭でようやく討ち取ったあの巨大な蟲は、まだ記憶に新しい。

 ……そんな俺の疑問に気付いたのだろう。

 戦いの予感に緊張しているのか、顔がこわばったままのデルズ=デリアムは、幽かに手を震わせながら、俺の方へと視線を向けることなく……真正面の小屋をまっすぐ見据え、口を開く。


「そう、だったら、良かったんですが……

 生憎と……化け物は、あの一匹だけじゃ、なかった、のです」


 正面の小屋を睨みつけながら、苦々しく吐き捨てるデルズ少年の呟きに……俺はまたさっきと似たような違和感を覚える。

 尤も……それが何かなんて、分かる訳もなかったが。

 兎に角、ただ一つだけ……眼前のあの小さな小屋に、数多の『聖樹の民』を犠牲にした「何か」が存在している、ということは、確かなこと、らしい。


 ──もしかして、生き残りでもいたのか?


 俺がすぐに思い出したのは……あの蟲が、分裂して数多の蟲へと分かれたこと、だった。

 もしかしたら、あの時、俺が殺したのはその分裂した一つでしかなく……


 ──いや、違う、ような。


 俺の中の、破壊と殺戮の神ンディアナガルの確信が、あの蟲はあの時、確実に殺し尽くしていると、そう訴えている。

 だから……この眼前の小屋にいる化け物は、あの時の蟲とは、恐らく「違うもの」なのだろう。


 ──だったら、何が?


 そう考えた俺は首を捻って思考を巡らせるものの……答えなんて出る訳もない。

 ここは、腐泥や聖樹なんて訳の分からない、常識外れの代物がゴロゴロと転がっている、見知らぬ異世界なのだ。

 俺の理解から逸脱した、地球の人間から見れば考えられないような、訳の分からない化け物が幾ら出て来てもおかしくない。


「……あの化け物の存在に気付いたのは、昨日のことです。

 カル=カラナム隊長の死を伝えに、隊長の奥さんの実家に出向き……

 彼の奥さんは、実家に帰ってないと、気付いたので」


 俺の思索はそんな……デルズ少年の声によって遮られる。

 それほどまでに、コイツの言葉には聞き捨てならない一言が混じっていたのだ。


 ──アイツは……女房に、逃げられたんじゃ、なかった、だと?


「待て、待て、待て、待て、まて」


 すると……あの下衆は何故あんなに荒れていたんだ?

 ……妻が、いなくなったから、だ。

 カル=カラナムが妻の居所を確認出来なかったのは……戦争の準備や後始末でドタバタしていた所為だろう。

 そういう意味で、あの男は下衆なりに……一番隊隊長として私事よりも任務を優先する、将としてはしっかりとしたヤツだったらしい。


 ──では……その妻は、何故、いなくなった?


 そんな俺の疑問に答えるように、デルズ少年は言葉を続ける。


「調べてみると、そういう……行方不明になった人は、他にも数名、存在していました。

 それら犠牲者の家を調べると、周囲と隔絶された、離れの人が狙われていました。

 そしてもう一つ。

 ……ああして蔦が生い茂っている家にばかり、犠牲者が出ていたのです」


 そう告げるデルズ少年の視線を辿ってみると……確かに、この小屋の周りには、蔦が生い茂っているのが分かる。

 まるであの……最初に喰い尽くされていた、何とかって名前の下衆と同じように。


 ──って、ちょっと待て。


 そんな化け物……蔦を自由に行き来する、恐らく蜘蛛のような化け物が『聖樹の都』にいた訳だ。

 俺は、そんなことなど露知らず……名目上とは言え、婚約者であるミル=ミリアムを放置して、平然と戦闘に出向いていた訳だ。

 あれだけ蔦が生い茂っている彼女の部屋に「化け物」が押し入らなかったのは……奇跡に等しい幸運だったのだろう。

 内心でそう考えた俺が、安堵のため息を吐いている間にも……その瞳に少年らしくない、凄惨な光を映しだしながら、デルズ=デリアムは言葉を続ける。


「だから……僕は罠を仕掛けました。

 先日捕まえた『泥人』の捕虜を、この小屋に閉じ込めたのです。

 ……怪我をして、血の臭いをばら撒く、良い生餌を三匹。

 餌としての味を失わないように、全身の腐泥を洗い流してまで、ね」


「……おい?」


 少年が口にした『餌』という言葉に、俺は思わず眉を顰める。

 幾らなんでもそんな……命を命とも思わない作戦は、許されるべきじゃない、だろう。

 数え切れないほどの命を奪ってきた俺だって、武器を手にしていない、非戦闘員を殺した記憶は……そう多くない。

 まぁ、たまに許せない下衆どもへ制裁を下したことはあったが……アレはあくまで例外だ。


「そして、捕虜の噂を……この小屋の位置の情報を、ばら撒きました。

 ……離れに住まう人を、消えても気付かれ難い人を狙うなど……どうやら『化け物』は、この『聖樹の都』の内情に詳しい、ようでしたから」


 そう吐き捨てながら、デルズ=デリアムは近くに置いてあった弓を手に取る。

 これからの『狩り』に、微力ながらでも参加しようと言うのだろう。

 そして……気付く。

 俺が、この場に呼ばれた理由を。


「そういう訳ですので……済みませんが、様子を見て来て、頂ける、でしょうか?

 我々『聖樹の民』では、その、少しばかり……」


 デルズ少年は言葉を濁していたが……コイツが何を言いたいのかを察することは出来た。

 そして……それは、俺が予想した通りの理由だった。


 ──近接戦が、出来ない以上、小屋に踏み込むのは危ない。

 ──だからこそ、盾役として、俺を使いたいってか。


 弓を誇りとする連中とは言え……いや、だからこそ、小屋の中のような狭い場所での戦闘は、苦手としているらしい。

 昨日戦った聖樹の防衛のように、狭路の上に高低差があり、遮蔽物がない場所ならば……弓を使っての戦闘はその性能を最大限に発揮するんだろう。

 だけど、戦闘というものは……常に自分に有利な場所で起こるとは限らない。


 ──って、俺は、何をやっているだ?


 あからさまに利用されているのは分かっていても……俺は、ここで否と言えるほど、世間知らずの餓鬼でもない。

 一応なりともミル=ミリアの婚約者という、社会的地位があるのだ。

 無論、それは使い捨て同然の盾役としてではあるが……これだけ期待されている以上、それを放棄してまで自分勝手に振る舞う訳にもいかないだろう。

 そんなことをすれば、婚約者であるミル=ミリアと……その兄であるミゲル=ミリアムに迷惑がかかる。

 特にミゲルのヤツはもう明日とも知れぬ命なのだ。

 せめて最期くらいは安らかに終わりを迎えさせてやりたいものだ。


 ──だと、言うのに……


 なのに、俺の足は……何故かこの場に縫い止められたかのように動かない。

 何と言うか……妙な予感があるのだ。

 この先に行けば、「ろくな目に遭わない」という、確信めいた予感が。


 ──馬鹿馬鹿しい。


 この無敵の俺が、破壊と殺戮の神ンディアナガルの化身たるこの俺が、数多の戦場を駆け抜け、数え切れないほどの命を奪ってきたこの俺が……

 ……こんな下らない、嫌な予感程度に怯えている、なんて。

 そう思えば……後は簡単だった。

 ただの杞憂に怯え、こんなところで立ち尽くすなんて、無駄の極みでしかない。

 それならば、例え気味の悪い化け物でも、臭くて嫌な蟲の類でも、さっさと片付けて家でのんびりした方がマシに決まっている。


「……了解。

 ま、行ってくる」

 

 そう決断した俺は、軽く拳を握り、いつもより微かに重い気のする足を強引に動かすと……その小屋へ向かって、まっすぐに歩き出した。


 ──そう言えば、武器、貰ってないな。

 ──まぁ、俺の場合……問題にもならないんだが。


 俺がそんなことを考えながら歩いていると……背中辺りにちりちりと、何か微かに刺さるような感覚が走るのが分かる。

 そして……それが慣れ親しんだものであることも。


 ──何だかなぁ。


 その背中を走る感じが、世間では殺気や敵意と呼ばれているものだと知る俺は、軽く肩を竦め、その感覚を強引に振り払い、再び歩き始める。

 一応、今は友軍……同じ化け物と相対し、背中を預け合い、同じ釜の飯を食う間柄の筈なのだが…… 

 とは言え、どうやら『聖樹の民』たちは……本気で余所者を排斥しようと考えているらしい。


 ──いや、どっちかと言うと、ミゲルのヤツの方が珍しかったのかもな。


 俺はそんなことを考えつつも、背中に向けられた殺気から意識を逸らし、眼前の……これから俺が入ろうとしている小屋へと視線を向ける。

 その木組みの小屋は一辺が五メートル四方くらいの、粗雑ながらも頑丈な造りをした年季の入った建物であり……

 捕虜を捕まえる性質故か、窓は全て木の板で固められていた。

 唯一出入りが可能なのは……この真正面のドアくらいのものだろう。

 俺は少しだけ警戒しながらも、そのドアに手をかけ……

 ……開く。


「……くっ」


 ドアを開いた直後に漂ってきた、非常に嗅ぎ慣れた臭いに……俺は思わず顔を顰めていた。

 ……そう。

 小屋の中から漂ってきたのは、俺が数多の戦場で嗅ぎ慣れた臭い……血と、臓物の臭いだったのだ。


「……何が、いやがる?」


 その嗅ぎ慣れた、だけど未だに不快を覚えるその臭いに、俺は歯を食いしばって耐えながら、恐る恐る歩を進める。

 小屋の中は窓という窓を塞いでいる所為か、妙に薄暗く……

 ただ俺の足が床を踏む、ぴちゃぴちゃという水音だけが室内に響き渡る。

 恐らく、足元を濡らしているのは……血溜まり、だろう。

 この小屋に閉じ込めていたとかいう、『泥人』の捕虜たちの。

 そうして俺がもう一歩だけ前へと踏み込み……その違和感に気付く。


 ──いや、違う。


 水音は、足元から響いている訳じゃない。

 前からも……部屋の片隅からも、幽かに、聞こえてきている。

 そうして慎重に歩いていたお蔭だろう。

 ゆっくりと俺の目は、小屋の中の薄暗さに慣れてきて……

 だからこそ俺は……部屋の片隅に座り込む、その小さな人影の存在を目の当たりにしてしまう。


「……馬鹿、な」


 その「化け物」の正体に気付いた俺の口から発せられたのは……そんな、間の抜けた一言だけ、だった。


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