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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
参・第三章 ~聖樹の上の戦い~
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参・第三章 第一話


 体力を回復させるどころか、精神を摩耗するばかりの一夜が過ぎて。

 翌朝、部屋を逃げるように……いや、ミル=ミリアという名の婚約者から逃げるように部屋を出た俺を待っていたのは……

 妙に緊張した雰囲気の男たちだった。


「……何だ?」


「ああ、堕修羅か。

 早く戦闘の支度をしてくれ」


 未だに状況が掴めない俺に向けて、微妙に印象に残らない見知った顔の男……確か、ファルス=ファルナムとかいうヤツが、素っ気なくそう呟く。

 そのファルス自身もさっさと俺から視線を逸らし、弦の張りを確かめるように弓を引き絞ったり、黒い石製の鏃を確かめたりと……戦闘の準備をしている最中だった。


「戦闘?

 ……えっと?」


 とは言え、そんな無口なヤツが適当に端折った説明で、俺が状況を理解出来る訳もなく……

 寝不足の所為もあって脳みその回転が足りてない俺は、周囲をきょろきょろと見回すばかりで、何をして良いかすら分からない。

 いや、少しばかり脳みそが真っ当な上体でも……今何をするべきかなんて、幾ら考えたところで思いつきもしなかっただろう。


 ──つーか、戦闘の支度ってどうすりゃいいんだ?


 ……そう。

 冷静に思い出してみると……今まで俺は、『戦闘の支度』というものを自分でしたことがない。

 塩の世界では、あの黒ずくめの邪教徒共が勝手に装備を着せてくれていたし。

 砂の世界でも、機甲鎧は勝手に用意されていた。

 蟲皇討伐の時は、リリスが食料から服まで全てを用意してくれていたし……そもそも現代日本で実家暮らしの俺は、旅行の用意すら親に手伝って貰っていたくらいである。

 そんな俺に、何かが出来る訳もない。

 その上、この世界で俺に合う武器など一つもなく……やっと手に馴染んできた狼牙棒すらも、昨日うっかりへし折ってしまったばかりである。


 ──まぁ、実際問題……俺には武器なんて要らないんだがな。


 ただ、堕修羅という名の『異能を持つ人間の一種』として扱われている身としては、その誤解を解消すると色々面倒そうで、ソレを口にする訳にもいかず。

 ついでに言うと素手で人間を潰すのは、返り血がぬるぬるしている上に、臓物や脳みそが生暖かくて……正直、あまり気持ちの良いものではない。

 鬱陶しい蠅を新聞紙で叩くか、素手で叩くか……素手で人間を潰すと言うのは、その程度の躊躇いくらいは覚える行為なのだ。

 そういう訳で武器を探しはするものの……この聖樹の都に不慣れな俺は、どうやって武器を調達するのかなんて分かる訳もなく……


「こっち、矢をもっと寄越せっ!」


「おいっ!

 薬と包帯が足りてないぞっ!」


「誰だっ!

 こんなところに邪魔な箱を置いたヤツはっ?」


 周囲では男たちが弓を確かめたり、矢筒に矢を詰めたりと色々と忙しくしていて、そんな色々な怒号が飛び交っている。


 ──って、どうすりゃ、良いんだよ、畜生。


 とは言え、生憎と余所者で弓すら使えない俺としては、何一つとして手伝うことすら見つけられず……

 そうして忙しくしている連中に、下手に話しかけるのもやはり躊躇われた俺は……こうしてただ立ち尽くすことしか出来ない有様だった。


 ──こういう時、頼れるミゲルのヤツは……


 そんな中、俺は唯一の信頼できる知り合い……義兄弟ということになっているミゲル=ミリアムを探してみるが……

 生憎と二番隊隊長であるアイツは別の場所で何やら仕事をしているらしく、この場には姿形すら見えなかった。

 っと、そうして身の置き場のない俺が、肩身の狭い思いをしていた……そんな時だった。


「ああ、アル=ガルディアさん。

 こちらにいましたか」


 立ち尽くす俺に気付いたのだろう。

 デルズ=デリアム少年が俺の下へと駆け寄って来る。

 ……ひょっとしたら弓が下手と言われるコイツも、この殺伐とした連中の中では居場所がなかったのかもしれない。


「ああ、俺は……」


 何となく俺は、仲間を見つけた、奇妙なシンパシーを感じ……少しだけ破顔しつつ少年の下へと歩み寄る。

 そんな俺にデルズ少年は軽く頷くと……


「分かってます。

 武器が欲しいんですよね、案内します」


 俺の欲しかった、そんな言葉を口にしたのだった。

 前々から気付いていたことだが……このデルズ=デリアム少年はかなり頭が切れるタイプらしい。

 少なくとも俺が何かを口にするより早く、俺の欲していることを察したのだから。


 ──惜しいな。


 俺を案内してくれている少年の背中を眺めながら、俺は内心でそう呟いていた。

 もしコイツがもうちょっと重宝されるようになれば、コイツの頭脳が編み出すだろう戦術が実を結ぶことになり……

 そうして兵士の効率的な運用が可能になれば、この『聖樹の都』を守る戦いも、遥かに楽になると思うのだが……

 尤も、現実は非常であるらしく。


「てめぇっ、デルズっ!

 うろちょろしてんじゃねぇっ!

 邪魔だっ!」


「す、すみませんっ?」


 凄まじく頭が良く、戦闘を優位に運ぶ戦術を生み出すだろう、当のデルズ少年の扱いは……ものの見事に『下の下』という有様だったが。

 今も一番隊隊長であるカル=カラナムの前を横切ったのが彼の気に障ったのか……かなり理不尽な勢いで怒鳴りつけられている。

 いや、怒鳴ると言うより……アレはもう罵声に近いだろう。


「……何か、荒れてるな?」


 流石に見かねた俺は、デルズ少年の隣でそう囁いてみる。

 ……「さっきのはちょっと酷いんじゃないか?」という意を込めて。


「ええ、カル隊長は……その……

 昨夜、ついに奥さんに、その、逃げられた、らしく……

 昨日、帰ったら、家には誰もいなかったとか……」


「てめぇっ!

 聞こえているぞ、デルズっ!」


 とは言え、俺のその些細な気遣いはただの大きなお世話だったらしい。

 俺の問いに対する少年の返答は、当の一番隊隊長の耳へと入り……更なる罵声を招いてしまっていた。

 それどころか、少年目がけて矢が飛んでくる有様である。

 尤も、カル=カラナム一番隊隊長の腕は確からしく……その放たれた矢はデルズ少年を傷つけることなく、彼の頭頂部の髪を数本掠めるだけだったのだが……


 ──無茶苦茶しやがる。

 ──嫁に逃げられたのは、自業自得だろうに。


 蒼褪めた顔でその場を逃げ出したデルズ=デリアムの背中を見ながら、俺はそう肩を竦めるしかない。

 抗議するのは容易いが……そうしたところで、少年の地位が変わる訳でもなく。

 そもそも、下手に庇いだてすれば……俺自身がこの場の全員を敵に回しかねない。


「まぁ、そうなっても勝てるんだけど、な」


 勿論、俺のその呟きの通り……もし本気で殺し合ったならば、この場にいる連中全員を大した労苦なく肉塊に変えられるに違いない。

 とは言え……流石にこんな下らない理由で、この場の全員を皆殺しにする訳にもいかないだろう。

 結局のところ……自業自得で嫁に逃げられ、その所為で荒れてる馬鹿が一人いるだけなのだから。


 ──いや、自業自得、でもないのか。


 ふと俺は、昨日……だったか、誰かが話していたのを思い出す。

 確か、『腐泥の穢れ』の所為で、嫁と一緒に寝ることも拒まれた……などと誰かが話をしていたことを。

 もしソレが事実なら……カル=カラナムが嫁に逃げられたのは、つまりが『聖樹の民』に広がる『腐泥の穢れ』とかいう、変な迷信が原因で……


 ──でも、八つ当たりなんだよなぁ。


 そう結論付けた俺は、もう一つ肩を竦めると……先を急ぐデルズ=デリアムの背を追いかけることにしたのだった。




 堕修羅の武器庫とやらには相変わらず大量の武器が詰め込まれていたものの……

 生憎とそれを選ぶ時間が足りなかった。


「凡そ数百の大人数が、こちらに向かっているのを、トマスさん……物見の人間が見つけたのです。

 恐らく……大攻勢を仕掛けて来ている、のだと」


 と言うのが俺と共に武器庫を漁る少年の言である。

 そして、その言葉を聞いてしまった以上……じっくりと武器を調べている暇などある訳もない。

 俺は周囲を見渡すと……近くにある、長モノばかりを差した巨大な傘立てみたいなのを掴み……


「よっ、と」


 ……それをそのまま、腕力のみで持ち上げる。

 幸いにして、槍や青竜刀、矛など、錆びてはいるもののそれなりに使えそうなのが十本ほど刺さっていて、これ一つで武器に困ることはなさそうだ。


「……一体、どういう、腕力をしているんです、か?」


 そんな俺の膂力を見て、小柄なデルズ少年が呆然自失という風体でそう呟いていた。

 ……まぁ、弁明するのも面倒なので、そのまま放置することにする。

 破壊と殺戮の神ンディアナガルの存在を明かしたところで、誰にも信じては貰えないだろうし……信じさせるまでの手間を考えると、このまま誤解されていた方が面倒が少なくて良いだろう。


「お、コレなんかも悪くないな」


 ついでに空いた左手で、近くにあった巨大な鉄製のハンマーみたいなのを手に取る。

 相変わらず錆びていたものの……まぁ、ぶん殴る分にはそう問題ないだろう。

 そうして両腕が塞がった俺が、ふと気になって背後を振り返ってみると……デルズ=デリアム少年が細目の槍を……先端が細めで、何故か薄汚く毛が生えている槍を手にしていた。

 その槍は、他の武器と違わず錆びていて、あまり役に立ちそうになかったが……

 ……いや、それ以前に……


「……え?

 お前も、武器を使う、のか?」


「え、ええ。

 ……僕の理論が、間違ってないことを、みんなに、見せる、んです」


 少年は胸を張りながらそう声高に叫ぶ。

 これでもし、その槍の穂先が震えていなければ……それなりに格好良かったのだろう。


 ──まぁ、無理もないか。


 どう考えても接近戦に向いていないデルズ少年が、しかも初めて使う槍で接敵しようというのだ。

 ……震えて当然だろう。


「……そんなことも、あったっけな」


 何となく俺はあの塩の世界の……初陣を思い出して軽く笑みを浮かべる。

 優越感に浸った笑みを浮かべた、武器を持ち、さっきまで狩る側だった奴らが……ただ俺が戦斧を右へ左へと振るうだけで、あっさりと震え怯え逃げ惑い、臓物や脳漿をまき散らすのだ。

 こうして目を閉じるだけで、あの初陣は鮮明に脳裏へと浮かび上がり……


 ──実に、楽しかったなぁ。


 そうして今まで経験してきた数多もの戦場を思い出し……そして確信する。

 ……あんな乱戦の中、この小柄な少年を守り切るなんて、絶対に不可能だと。

 絶対に、コイツは敵の石斧に頭をかち割られるか、聖樹から足を滑らせて肉塊へと変わるか、それとも俺の振るう武器に巻き込まれミンチも同然となるだろう。


「ああ、僕だって……

 僕だって、ちゃんとやれるんだって、みんなに、見せるんだっ!」


 ──どうしたものかなぁ。


 俺はやる気に逸っている……つまりが、調子に乗って死に向かうだろう少年をどう説得したものかと考え込んでいた。

 勿論、このままコイツが調子に乗って前線に出て、血と臓物をまき散らして死んだところで、別に俺は痛くも痒くもないのだが……

 まぁ、何というか……流石にこうして世話をしてくれた相手が目の前で死ぬのは目覚めが悪い、気がする。

 っと、その時だった。

 ふと俺の視界の端に……ソレが目に入ったのは。


 ──これ、は……


 その、紐の先に鉄の重りがついた……恐らくは、ボーラとか流星錘などと呼ばれるその武器を見た俺は、思わず顔を歪めていた。

 手に入る筈だった戦巫女が……全身に傷を負い、それでも俺が痛みに歯を食いしばり戦い続けた結果、俺に隷属を誓うことにあった、美しい処女が……この武器の所為で、手元には上半分しか残らなかったのだ。

 ……そう。

 俺のモノになる筈だった戦巫女は、結局……腕の中に残った柔らかな上半身だけで。

 その上体の千切れた腹から噴き出す血と臓物の生暖かい感触と、何も映さなくなった美少女の瞳がこちらを見つめてくるあの光景が……

 未だに……俺の記憶の奥底に、後悔と共にこびりついている。


「……くっ」


 本来なら、見るのも嫌な武器である。

 使おうなんてそもそも考えもしないし……もし俺に向けて放たれようものなら、その相手は問答無用であの戦巫女であるセレスと同じように、上半身と下半身を泣き別れにしてやりたい衝動に駆られることだろう。

 ……だけど。


 ──ああ、これなら……


 俺の背後に立ち尽くしたまま、震える手で槍を握りしめ、悲壮な決意を浮かべるデルズ少年の顔と、その武器を見比べ……

 俺の脳裏には、不意に一つの案が浮かんでいた。

 この、弓が使えないばかりに報われない少年を……無駄死にさせないための、名案が。

 ……その閃きのお蔭だろう。

 俺は未だに残る精神的外傷(トラウマ)を必死に振り払うと……鎮座されてある流星錘という武器へと手を伸ばしたのだった。


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