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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
参・第二章 ~『聖樹の都』~
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参・第二章 第六話

「お帰りなさいませ、アル=ガルディア様」


 ミゲル=ミリアムの家に帰ってきた俺を待っていたのは、婚約者……になったらしい少女の、出迎えだった。


「……あ、ああ」


 実の兄へ視線を向けることもせず、一直線に俺の元へと歩み寄り、しかも手を握りながらのその挨拶に……

 そして、冷え性らしく体温低めのその指の感触に……俺は戸惑うばかりで真っ当な返事を返せなかった。

 俺を歓迎している筈の少女の顔が、ほとんど無表情の下手くそな笑顔だったことも、俺の戸惑いを助長していたのだろう。

 まぁ、助けた時から思っていたが……このミル=ミリアという少女は、どうも感情表現が苦手なタイプらしい。


「お、おい、ミル。

 幾ら婚約者になったと言っても、だな、その……慎みを、だな……」


 そして、その行動は……この世界の未婚の女性が行うにしては、大胆極まりない行動だったらしい。

 ミゲルが苦虫を噛み潰したような表情で、そう苦言を零していた。


「……ダメ?」


「当たり前だっ!

 大体、おまっ……」


 窺うようなミル=ミリアの問いに、少女の兄は語気を荒げて詰め寄ったかに見えたのだが……

 何を思ったのか、ミゲルは抗議の途中で突如、俺たちに背中を向け……それ以上の言葉を発することなく、そのまま俺たちの前から去って行く。


「お、おい?」


 ミゲル=ミリアムが突然豹変したのを目の当たりにして、俺は思わずその背中に声をかけるが……青年は振り返ることすらせず。

 その兄としての背中を見て、何故ミゲルがそうして立ち去って行ったかを理解した俺は、思わず苦笑を零していた。


 ──ったく。

 ──意外と、妹に甘いヤツなんだなぁ。


 奥へと去っていくミゲルの、何だかんだ口では言いつつも妹の行動を許すその行動に、俺は軽く肩を竦めたものの……

 すぐに彼の行動が、ただ「甘い」というだけではないことを思い出していた。


 ──そうだった、な。


 ……そう。

 今さらながらに俺は、青年が何故「はしたない」と思われる行動を妹に許したのかに思い当たったのだ。

 兄の挙動を気にした素振りも見せない少女に手を引かれるがまま、彼女の部屋に足を踏み入れながら……俺は前に言われた言葉を胸中で反芻していた。


『腐泥の瘴気に触れた者は、三日と生きられない』。


 だからこそミゲルは、少女が明日死んでも心残りがないように、怒りをグッと堪え、妹の好きなようにさせ……

 そして、ミル=ミリア自身もそれを知っているからこそ、こうして奔放に……この世界では大胆と思われる行動に出ているのだろう。


 ──なら、少しくらい……構わない、かな。


 俺はそう心の中で呟くと……十三歳くらいに見える年下の少女の、精一杯の『婚約者ごっこ』に付き合ってやろうと心に決めた。

 そうして俺が生暖かい目で見守っている間にも、少女は水の入った木の樽を抱えて、床に置いたり、時代劇とかで「こーり」とかって呼ばれていた、編み籠から布を取り出したりなど、忙しなく動く。

 少女の服装は腐泥の中を突っ切った時と違い、長袖のシャツにジャケット、ロングスカートとズボンという、俺の感覚では少し変な恰好ではあったが……

 厚着っぽくはあるものの、動くのに苦労するほどじゃないらしい。


 ──何を、やってるんだかなぁ。


 ミル=ミリアが何をやりたいか今一つ分からなかった俺は、内心でそう呟いて軽く肩を竦めると、忙しなく動く少女のお尻から視線を逸らし……部屋の中を観察することにした。

 とは言え、兄であるミゲル=ミリアムの部屋とそう大差ある訳でもない。

 板張りの床と壁に、木製のベッドに綿が敷き詰められていて……あと、着替えを入れるだろう編み籠が幾つかある程度。

 そして、窓が一つと……面白いものなど、一つもありゃしない。

 ちょっとミゲルの部屋と違い、少女の香りっぽいものが漂っている気がするものの……まぁ、テテやリリの家で暮らしていたほどでもない。


 ──窓、か。

 ──そう言えば今日、確か……


 ふと好奇心に駆られた俺は、その木張りの格子戸を開き、直下を眺めてみた。

 俺の記憶が正しければ、今日死んだゲスの何とかってヤツは、この窓から覗きに来ていたという。


 ──つまり、此処から下を眺めれば、今朝の殺人事件現場が……


 そうして、少しだけ身を乗り出して直下を眺めた俺は、すぐに首を左右に振って我に返り……またしても己の好奇心を憎む羽目に陥っていた。

 何しろ……高いのだ。

 こうやって真下を眺めるだけで……身体の感覚がふっと喪失して、意識が飛びかかるほどに。


 ──無理だろう、こんなのっ!


 覗く/覗かないとか、そういう次元じゃない。

 こんなところ……人間が行き来出来る筈がない。

 確かに、先ほどミゲルのヤツが語っていたように、蔦は幾本も連なっていて、チンパンジー級に握力があるヤツなら、行き来することも可能だろう。

 とは言え、それをするには……ほぼ真下へと伝った、螺旋状を描き複雑に絡まった蔓を、十メートル単位で登らなければならないのだ。

 少なくとも……訓練と積んだ大の男でも命を懸けてやっと往復できるレベルで、女子供ではどうにもならないと断言できる。


「……ゲスの割に、根性あるヤツだったんだなぁ」


 俺は万が一にも落ちないよう、格子戸にしがみ付きながら……直下の部屋を見つめて、そう呟く。

 少なくとも俺は、こんな貧相な少女の裸を見るために、この絶望的な高低差を蔓一つを頼りに登ろうとは思えない。

 そう考えると……ある意味、今日死んでいた何とかって名前の男に尊敬すら覚えてしまうほどである。


 ──しかし……

 ──蔓が幾重にも絡んでいて、迷路みたいだな、こりゃ。


 よくよく直下の部屋を見てみれば、蔓はあちらこちらに伸びていて……アレを登れるのだったら、他の通路へと登ることも、下の方へと降りることも出来るに違いない。

 分かったのはそんな、捜査が後退する程度の情報で……

 所詮、俺みたいな素人が頑張ったところで……推理小説の探偵みたく、犯人を知る手がかりなんざ、都合良く見つかる訳もないらしい。


 ──これ以上は、無理、か。


 そうしてただ緑を睨みつけるという、徒労としか思えない行動に飽きた俺は、ようやく窓の外から視線を逸らす。

 と、ちょうど、その瞬間だった。


「さぁ、身体を、洗いましょう。

 お手伝い、致します」


 ミル=ミリアがまるでそのタイミングを狙っていたかのように、手に濡れた布を持ちながら、俺へとそう話しかけてきたのだ。


 ──え、っと?


 突如放たれた、何の脈略もない少女の言葉に戸惑う俺だったが……ここで彼女の好意を無碍にするのもなんだろうと思い直す。

 肩書だけとは言え、彼女とは婚約者の間柄なのだし……

 それに……


 ──あと二日間だけ、なんだからな。


 少女の命が残り少ない事実を思い出した俺は、抵抗しようという気力すらなくし、彼女の小さな手に従おうと決めた。

 とは言え、ミル=ミリアの行動は別にそういやらしい行動を始めた訳ではなく……ただ俺の靴と靴下を脱がせると、右足を布で洗い始めただけだった。

 尤も、その「足を洗われる」というのは、こうして言葉にするよりも遥かに厳しい苦行だったのだが。


 ──ちょ、っととと。

 

 まぁ『苦行』と言っても、ただくすぐったさに……少女の細い手が無遠慮に足先に触れ続けるそのくすぐったさに、歯を食いしばって耐えるだけのことなのだが。

 何しろ、こうしていないと……俺の足はつい反射的に、そのくすぐったい元凶を蹴り剥がしてしまいそうだったのだから。


 ──そうなったら、洒落にならないだろうからなぁ。


 多分、今の俺が少女を蹴り剥がしてしまうすと、良くて頸椎骨折、悪くて圧潰……即ち、良くて全身不随、悪くて即死だろう。

 一応、名目だけとは言え婚約者を蹴り殺す訳にもいかず……俺は少女の小さな指の感触に必死に耐え続けていた。

 そうしている内に……少女の指が這いまわる感触に慣れていた所為か、俺の意識は足先のくすぐったさから、自然と『自分の足の汚れ』へと向けられることとなっていた。


 ──うわ、汚っ?


 水で洗えば洗うほど出てくるヘドロは、さっきから絵の具のように少女の手の中の布を汚し続けている。

 周囲にはその吐き気を催すような、腐った匂いが立ち込め……今まで俺が如何に不潔な状態で過ごしていたかと思い知らせてくれていた。


 ──そう言や、昨晩、身体も洗わなかったっけ。


 塩の世界に巨島と、今まで水が豊かでない世界を旅した所為か……どうも俺は、「異世界に行けば風呂どころか身体を洗うことも儘ならない」と思い込んでいたらしい。

 こうして水に余裕があるのだから、身体を洗うことくらい、もうちょっとマメにするべきだったと、俺は軽く反省する。


 ──と言うか、幾らなんでもコレは……


 流石に『水の色が変わる』レベルの汚れは、俺自身でも許容できないレベルの汚さだった。

 一応、元の世界ではちゃんと毎日風呂に入っていたのだが……こう、親の目とか世間体がなくなると、一気に堕落すると言うか……

 右足を這い回る指の感触に耐えながらそんなことを考えていると、少女の指が足の指から去っていく。


 ──っと、次は左足、か。


 綺麗になった右足に変わり、左足を洗い始めたミル=ミリアを眺めつつ、俺は靴と靴下へと視線を戻す。

 その安物のスニーカーと、お袋が買ってきた適当な靴下は、ヘドロの中を旅してきた代償として、原色を留めておらず……

 それらは、もう一度履きたいとは思えない代物へと変貌してしまっていた。


「……っ?」


 と、俺がゴミ箱行き決定の靴を眺め、ため息を吐いた時だった。

 少女の細い指が、俺の左足の親指と人差し指の間を擽ったのだ。

 思わず俺は親の指にギュッと力を込めてしまい……


「っと、悪い。

 ……大丈夫か?」


「……ええ」


 幸いにして、少女の指を潰すことはなく、少女の持つ布を挟んだようだった。

 下手すれば、それだけで少女の指をプレス機で潰したようになりかねない自らの筋力に、俺は今さらながらに怯えを隠せない。

 とは言え……言い訳をさせてもらうならば、俺が悪いのではなく、ミル=ミリア自身がどうも俺の足指をわざとくすぐっているような……


 ──いや、気のせい、か?


 どうもさっきから……左足にミル=ミリアの指が触れる回数が多い、気がしてならない。

 彼女はその手に洗うための布を持っているんだから、足先には布の感触があるのが当然じゃないんだろうか?

 でも、さっきから俺の足には、少女の指が触れるばかりで……


「はい、次は、背中を、御流し、します」


「……あ、ああ」


 とは言え、余命数日かもしれない少女を無碍に扱うことなど、俺には出来る訳もなく。 

 ミル=ミリアの言葉のままに、俺は制服とシャツを脱ぎ、上半身を少女に預ける。


「……痒い、ところは、ありませんか?」


「いや、別に」


 散髪屋定番の台詞を告げられつつ、少女に身を任せていた俺だったが……こうもあからさまに背中に直接触れられ続けると……流石の俺でもおかしいと気付く。

 尤も、俺が違和感に気付いたその挙動を、少女の方も感じ取っていたらしい。


「こうしていると、楽になるのです。

 ……ダメ、ですか?」


 振り返ろうとした俺の機先を制し、俺の婚約者という肩書を持つ少女はそう尋ねてくる。

 その声が好奇心や悪戯半分の、所謂「おふざけ」ではなく……真面目な懇願の響きを伴っていたのを聞き取った俺は、軽く湧き上がっていた苛立ちをあっさりと霧散させてしまっていた。

 と言うか、そんな些細な苛立ちなど、あっさりと吹き飛ばしてしまうほどに、少女の懇願は必死の響きを帯びていたのだ。


「……っ、いや。

 好きに、しろ」


 ミル=ミリアが口にした「楽になる」という台詞の意味はよく分からないものの……まぁ、彼女にも色々とあるのだろう。

 余命数日かもしれず、親からは無視され、世間からは穢れたモノとして扱われる……そんな少女の境遇を知っている俺は、彼女の懇願を無碍に扱うことなど出来る訳もなく。

 結局……俺はそのまま少女の指の感触に耐え続ける羽目に陥っていた。


 ──しかし、これは……


 そうして這い回る指の感触に耐え続けている内に、どうもこう、落ち着かない気分になるのは……若い男子としては必然なのだろう。

 俺は少し居心地悪く座る位置を変えたり、背中を這い回る指の感触から意識を遠ざけたりと色々と苦慮するものの……

 その小さな唇から零れる吐息が、動く度に微かに響く衣擦れの音が、背後にいる少女という存在を実感させ、俺はますます落ち着かない気分になってしまう。


 ──くそ、このままじゃ……


 少女が背中を洗うことを止めなければ……そう遠くない内に俺はこの衝動に耐え切れなくなり、ミル=ミリアという少女を押し倒してしまうに違いない。

 それは、幾らなんでも拙いだろう。

 こんな年下の……こうして家に迎え入れて貰っている身で……


 ──いや、待てよ?


 ふと考えて……別に我慢する必要なんてないことに気付く。


 ──どうせ婚約者、なんだよな?


 ……そう。

 婚約というのは、つまりが結婚するということで、結婚するということは、家庭を持つということで、家庭を持つということは、つまり、子供を作るということで。

 子供を作るということは、即ち……


「……っくっ」

 

 気付けば、緊張の所為か、俺の咽喉は痛むほどに渇き切っていて……思わず咽喉を潤そうと唾液を飲み込むものの、生憎と口の中はパサパサで欠片の湿り気もなく。

 ただ咽喉が大きな音を立てただけに過ぎなかった。

 その咽喉の音に少し狼狽えつつも……俺は背中の感触に耐えるかのように、必死に自問自答を繰り返す。


 ──でも、良いのか、こんな少女で。

 ──極上の処女と、初体験をしたかったんじゃないのか?


 その問いへの答えは……出ない。

 ……出る訳がない。

 高貴で絶世の美少女で、スタイル抜群の、点数をつけたならば俺が考え得る限り最高点を弾き出すだろうマリアフローゼ姫でさえ……あんなに醜い肉の塊に過ぎなかったのだ。

 である以上、女性という存在の、何が良くて何が悪いのかさえ……今の俺には判断出来やしない。

 ただ、まぁ、年齢制限的なことだけを考えると……


 ──まぁ、リリよりは随分とマシ、か。


 少なくとも、背後のミル=ミリアという少女は……『そういうこと』が出来ないほど幼くはないだろう。

 ……そう決めれば、後は簡単だった。

 ただ、背後を振り向くだけで……婚約者はいるのだから。

 それでも、ケダモノみたいに襲い掛かろうとは思わない。

 男としての、年上としての矜持がある。

 紳士的に、優しく……何とか余裕を取り繕って、手馴れた感じで、精一杯出来る範囲でリードしてやらないと……


「……っ、ミル。

 その、なん、だ、えっと……」


 とは言え、所詮演技は演技で……張り付けた余裕はただのハリボテでしかなく。

 ……俺の舌は口達者な軟派連中のようには上手く回ってくれなかった。

 見事に噛みまくりの、何を言いたいか分からない俺の声に、ミル=ミリアは少しだけ微笑むと……


「……します、か?」


 そう言って、欠片の躊躇いも見せることなく、ロングスカートを腰から落とす。


「あ、ぅ、あ?」


 ミル=ミリアのその大胆な行動に俺が戸惑っている間にも、少女はやはり何の躊躇いもなく、そのズボンを下ろしていた。

 その下には、先日、少女を助けた時に見た……俺たちの世界のものとは明らかに違う、白い布を巻きつけた下着が見えていて……

 少女の白い足と、その下着を目の当たりにした俺の咽喉は、無意識の内にもう一度大きな音を響かせていた。

 ……だけど。


「どうぞ、お使い、下さい」


 そう告げる少女の瞳を見た瞬間……俺の中にあった落ち着かなさは、一瞬で何処かへ消え失せていた。


 ──これは、幾らなんでも、違う、よな?


 ミル=ミリアの瞳の奥に、欠片の愛情でもあれば……俺は僅かの躊躇もなく、少女を抱きしめていただろう。

 ミル=ミリアの瞳の奥に、欠片の恥じらいでも見つければ……俺は僅かの逡巡もなく、少女を押し倒していただろう。

 ミル=ミリアの瞳の奥に、欠片の怯えでも見つければ……俺は僅かの慈悲もなく、少女へと襲い掛かっていただろう。

 ……そう。

 実のところ、俺自身でももう歯止めが利かないほど、婚約者の未だに育ち切っていない身体を味わいたいという衝動は高まっていたのである。


 ──でも、コレは……


 だけど……少女の瞳の奥には、欠片の愛情も、欠片の恥じらいも、欠片の怯えも存在していなかったのだ。

 ただ、その瞳はビー玉でも飾られているかのように、何の感情を映すこともないままで。


 ──コレは、違う。


 いつかの……塩の世界で見た、「壊れた」少女の瞳を思い出した俺は、首を左右に振ると、少女に向けて踏み出していた右足を、元へと戻していた。

 初体験と言うのは、お互いが合意の上で……まぁ、若干の差異はあれど、そういう感じで行わなければ意味がないだろう。

 適当な女を押し倒して犯すだけなら、今の俺なら別にどうとでもなるし。

 下手に抵抗してきたなら、両腕両足をへし折れば、幾らでも好き勝手出来る。


 ──でも、それじゃ、意味がない。


 身体を力づくで弄ぶんじゃなく、女性の方から『自分の意思で』身体を、貞操を、処女を、捧げて貰わないと意味がない。

 こんな……適当に死の恐怖に囚われ、壊れてしまった少女の身体を弄ぶなんて、ただ力づくで人形に突っ込むのとそう大差ない。

 そんなんじゃ、ただの自慰に過ぎず……初体験とは言えないだろう。


「いや、今日は日が悪い。

 ……明後日以降なら、な」


 だから俺は、少女が死の恐怖から解放された後で……もし明後日に生きていて、それでもシようというなら拒む気はないと、そう伝える。


「……そうですか」

 

 俺の意図が伝わったのだろうか?

 ミル=ミリアは俺の言葉を聞くや否や、やはり何の躊躇いもなく、機械的にズボンを穿き直すと、スカートを腰に巻く。

 俺が手を出さなかったことに対して残念そうにする気配どころか、何かしらの感情すらも見せないその行動は、やはり少女が何処か壊れているのだと俺に思い知らせていて。


 ──そう言えば、友達全員が、殺されていたんだったな。


 今さらながらに少女の境遇に同情した俺は、少し肩を竦める。

 そうしてミル=ミリアへと憐みの視線を向ける俺に対し、当の少女は何らかの反応をも見せることもなく……さっき脱ぎ捨てたシャツと制服を着せ始めるのだった。


 ──って、臭っ!


 そのシャツは、どうも汗臭さと血なまぐささと、腐泥の匂いが染みついているのが気になったものの……

 他に着替えがある訳でもないし、そもそも異世界に来てしまった以上、現代日本の服並に着心地の良い服なんてある筈がない。

 多少臭かろうが不潔だろうが、同じ服を着るのが一番に決まっている。

 そうして服を着直した俺の背中に、ミル=ミリアはゆっくりと額を押し付けてきて。


 ──う、ぐっ。


 制服越しに背中から伝わってくる少女の存在感に、俺はさっきの決断も忘れて振り返ろうとした……

 その時、だった。


「大変ですっ! アル=ガルディアさんっ!

 手を、貸して、下さいっ!

 とんでもない、化け物、が……」


 そう叫びながら、デルズ=デリアム少年が、俺たちが過ごしていた部屋へと飛びこんできたのだった。

 ……ノックも、何の前触れもなく。

 そして、デルズ少年は俺たちが「こんなこと」をしているなんて想像もしていなかったらしく……部屋の中の俺たちの姿を見て、時間が凍りついたかのように固まって動かなくなってしまったのだった。



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