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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
参・第二章 ~『聖樹の都』~
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参・第二章 第二話


「南の桟道から二十近くっ!

 双斧の連中だっ! 多いぞっ!」


「東の枝を伝って三十っ!

 盾の部族っ! かなりの大勢だっ!」


 敵襲の叫びを聞いて広場へと出た俺たちを待っていたのは、隣の枝から現れた戦況を叫ぶ斥候役の男の、更なる叫び声だった。


「分かったっ!

 お前たちも、若衆を集めて持ち場につけっ!

 俺たちもすぐに向かうっ!」


 その叫び声を聞いたミゲルも、すぐさま斥候の男に負けないほどの大声でそう怒鳴り返す。

 俺は義兄となりそうな青年が近くで放ったその大声に顔を顰めるものの……ミゲルが大声で叫ぶのも仕方ないことなのだろう。

 何しろ、その斥候役の男は……三十メートルほど離れた枝の上にいるのだから。


 ──何か、こう……


 今さらながらに俺は、この『聖樹の都』の不便さにため息を隠せない。

 電話もなければ、通信手段が声しかなく……そして、枝や幹で家々が分断されている分、伝達や移動にも時間がかかるのだ。

 何と言うか、こう……もどかしいこと、この上ない。

 尤も、そんな俺のため息を聞きとがめるようなヤツなど、敵襲の所為で慌ただしくなった今、誰一人いないようだったが。


「くそっ! いつもの倍くらいいやがるっ!」


「南は、第一で受け持ってくれっ!

 東は、第二と第三で何とか食い止めるっ!」


「応っ!

 てめぇも、死ぬなよっ!」


 慌ただしく弓と矢を担ぎ、戦争の準備を始めるみんなの前で……俺はただ静かに立ち尽くしていた。


 ──さて、どうすりゃいいんだ、俺は?


 ……そう。

 俺は、この周囲が慌ただしく動く中……自分が何をして良いかが分からなかったのだ。

 今までの俺は、最前線に武器一つで放り出されたり、機甲鎧に乗って命令されたりと、色々と戦場を駆け巡ってきたのだが……それでも、ただ戦況に対応していただけに過ぎなかった。

 だからこそ、こんな慣れない迷路のような場所で、武器も持たず、指示も与えられずに放り出されると……何をして良いかすら分からず、困ってしまう。

 勿論、自分で部隊を率いたこともあるにはあるが……それは俺の命令で戦場全体が動くと分かっている場合である。

 こういう……戦力を期待されていない、完全な『お客様』として戦場に放り出されるのは初めての経験で。

 それ故に俺は……ただ呆然と立ち尽くすことしか出来なかったのだ。


 ──ま、死ぬことはないんだろうけどな。


 その混乱した状況で、俺が慌てふためくこともなく、ただ指示を待って立ち尽くしていれたのも、その確信があったから、だろう。

 そうして……立ち尽くす俺にようやく気付いたのだろう。


「悪い、義兄弟。

 自分の身は、自分で守ってくれ。

 さっきの武器は、好きに使ってくれて構わないっ!」


 俺に向けてミゲルは、そう告げると、予備の弓らしきものを手に慌ただしく何処かへ走り去ってしまったのだ。


「……お、おい?」


 そうして、訓練場に一人取り残された俺は、呆然とそう呟くものの……既に誰しもが立ち去った後だった。


 ──ったく、どうすりゃいいんだか。


 取りあえず俺はさっきの洞の中で使えそうな武器を適当に掴むと、ミゲルが去った枝の方へ、適当に歩き始めたのだった。




「射れっ!

 近づけさせるなっ!」


「畜生っ!

 相変わらず、アイツらの盾がうぜぇっ!」


 俺が駆けつけた時にはもう、ミゲルが受け持っているこの一帯の戦況は、膠着状態に陥っているようだった。

 そこでは、遠くの枝から射かけるミゲルたち『聖樹の都』の住人たち十五名と、大きな木の盾を手にその矢を防ぎ続ける三十名近くの『泥人』たちが睨み合っていた。

 ミゲルたちは地の利を生かし、遠距離から矢を次々に射掛けるものの、『泥人』の持つ木の盾の前に有効打を放てず。

 その『泥人』たちもまた、盾によって矢は完全に防ぎ切っているものの、遠くから射掛けてくるミゲルたちに反撃する術を持たず……加えて、矢を防ぐのに手いっぱいでこれ以上先へ進むことが出来ない。

 そこでは一方的ではあるものの、決め手に欠ける、そんな戦況が繰り広げられていたのである。

 尤も、その硬直はそう長くは続かないだろう。

 ……何しろ。

 破壊と殺戮の神ンディアナガルの化身であるこの俺が、『泥人』たちの眼前へと立ちふさがる形になったのだから。


 ──しくじった、なぁ。


 手に抱えていた堕修羅の武器を足元へと置きながら、俺は内心でそう呟いていた。

 実のところ、こうして俺が敵の前に立ち塞がる形となったのは、別に血と死を求めて戦場に出向いた訳でもなければ、目立ちたがりの一騎駆けをしたかった訳でもなく、『聖樹の都』を守ろうという強い意志もなく……ただ単に、道を間違えただけだった。

 それでも、まぁ、この『聖樹の都』が滅ぶと、俺はまたあの泥の中へと追い出されるかもしれない訳で……結果としては良い選択だったのかもしれないが。


「一人・のこのこと・出て・きやがってっ!」


「こやつを・生け捕りに・すればっ!」


「おい、義兄弟っ!

 何やっているんだ、お前はぁっ?」


 そんな俺の姿を見つけたらしき『泥人』は、手の武器を構えながらじりじりと俺へと近づき始め、遠くの枝からはミゲルのらしき叫びが聞こえてくる。

 尤も、当の俺自身はそんな周囲の連中の騒ぎを意にも介さず、足元に転がっている武器のどれが一番使いやすいかと視線を落とす。

 ……だけど。


「……何だ、こりゃ」


 それらの武器を見た俺の口からは、自然とそんな呟きが零れ落ちていた。

 何しろ、俺の持ってきた武器はこうして明るい場所でゆっくり眺めてみると、よほどの長い時間放置されていたのか、何もかも錆びて変色していて……あまり実用的とは言い難い代物だったのだ。


 ──ったく、何年間放置されてたんだ、こりゃ。


 一番使えそうな状態の武器は、二メートル近くの、大きな「返し」がついた、奇妙な形状の槍だった。

 もう一つは、大きな鉄塊が棍棒の先についている変な武器で、学校の図書館にあった漫画……三国志か何かで読んだことのある、「錘」とかって武器だろう。

 他にも、棘だらけの鬼の持つ金棒みたいな、恐らくは狼牙棒だか金砕棒とかって武器と……デカい熊手らしき武器と、何かで見たことのある、戟という名の変な形の武器である。

 生憎と戦斧は見当たらず……それらはどれ一つとして使ったことのない、未知の武器ばかりで、様々な武器を扱う訓練なんて積んでない俺には、それらを上手く使いこなす自信なんて持てる筈もない。


「所詮は・樹人っ!

 この距離では・我らには・敵うまいっ!」


「まずは、コレ、か?」


 そうして俺が眺めている間にも、盾を構えた一人の『泥人』が石斧を手に、俺へと襲い掛かってくる。

 俺はそれを意に介そうともせず、一番使えそうな武器を……槍を手に取る。

 その切っ先は見事に錆に浮いていたものの……他の武器とは違い、見る限り、まだ何とか武器としては使えそうだった。


「おいっ! 義兄弟~~~っ!」


 逃げようとしない俺の姿に焦れたのか、ミゲルの奴が『泥人』へと矢を放ちながらも叫び声を上げていた。

 尤も、その矢は『泥人』の盾に阻まれて、意味をなしていなかったが。


「喰ら・えぇえええええええええっ!」


 そうして俺が武器を手に取った丁度その時、『泥人』は俺に向かって石斧を振り下ろすところだった。

 ……哀れなことに。


「ふっ!」


 俺はその石斧を避けようともせず、額で受け止めると……斧を振り下ろすモーションの所為か、盾の隙間から見えたその『泥人』の胴体へと、手に持った槍をまっすぐに突き出す。


「……なっ?」


 その『泥人』は、こうして先陣を切るだけあって、かなりの使い手だったのだろう。

 自分の石斧が俺の額に砕かれたことに動揺することなく、俺の槍の一撃を木の盾で防いだのだから。


 ──くっ!

 ──巧いっ!


 俺は確信を持って放った自らの攻撃が盾によって阻まれるという、相手の技量の高さに思わず歯噛みしていた。

 ……だけど。

 その『泥人』にとっては残念なことに……そんなヤワな木の盾程度じゃ、遠くからの矢は防げても、俺の一撃を防ぎ切れなかったらしい。

 俺の突き出した槍は、あっさりとその木の盾を貫くと、その後ろにあった『泥人』の身体を……下腹の辺りをまっすぐに貫いていた。


「おぎゃああああああああああああっ?」


 流石に、痛いのだろう。

 へその数センチ下辺りを槍によって貫かれたその男は、赤子のような悲鳴を上げ、必死に手足をばたつかせ始めた。

 口から血と悲鳴を吐き出し、腹の傷から血を噴き出させ、泥まみれの服の下から尿をまき散らし……それでも己を傷つける武器から逃れようと、必死に暴れ続けてる。

 とは言え……その程度の抵抗で、俺の膂力がどうにかなる訳もない。

 男の力では俺が右手に掴んだままのその槍を微動だにすることも出来ず、ただジタバタともがき続けることしか出来ないようだった。


「あの木の盾を、易々と貫いた、だとぉ?

 俺たちの矢を全て防いだ、あの盾を」


「何なんだよ、アイツのあの力はっ!

 俺たちでは使えなかった、あの重い槍を、平然とっ!」


「……アレが、伝承にある、堕修羅、か」


 俺の一撃を目の当たりにしたのだろう。

 遠くからはミゲルたちの、そんな驚きの声が聞こえてくる。


 ──この程度で驚かれてもなぁ。


 とは言え、この膂力を見たヤツが驚くなんざいつものことで……もう日常茶飯事になりつつあるその賞賛に、俺は何一つ心を動かされることもなく、ただ軽く肩を竦めただけだった。

 何しろこの俺にとっては、さっき振るった腕力なんざ、別に本気を出した訳じゃなく……ただ『腕を前に突き出した』程度なのだ。

 額にぶつかっただけで砕けた石の斧と言い、盾の強度と言い……今度の世界も聖剣さえ出て来なければ、そう苦戦することはないだろう。

 戦闘とは名ばかりの、ただ雑魚を殲滅するだけの……面白みもないただの作業になるに違いない。


「……さて、と」


 そう結論付けた俺が、『泥人』を槍に突き刺したまま、次の犠牲者を探そうと他の『的』へと視線を向けた。

 ……その時だった。


 ──ん?


 ふと額に違和感を覚えた俺は、開いていた左手をその違和感の元へと伸ばす。

 指先からは、ぬるっとした……慣れぬような、慣れ過ぎたような感覚が伝わってきて。


 ──血、だと?


 返り血ではない、その指先の赤さに……そして、額から脳の奥へと響くような『痛み』という名の違和感に、俺は思わず首を傾げていた。

 ……だって、そうだろう?

 俺の身体は破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能を有していて、怪我やダメージとは全く無縁の生活を送っている。

 塩の世界では聖剣でしか傷つかず、砂漠では人の身の丈を倍ほどにした機甲鎧の渾身の一撃でも、ちょっと痛いくらいだった。

 その上……俺の権能は、戦いを乗り越える度に、延々と増す一方で……

 正直な話、今の俺の権能は……あの塩の世界でべリア族と戦った頃の、数倍に膨れ上がっている確信がある。

 連中の鉄製の武器をこの身で弾き返していた俺が、あんな石斧で頭を殴られたくらいで、『痛み』を覚える、なんて。


 ──何が、起こった?


 俺は頭を抱えたまま、痛みという理不尽なその感覚に、呆然と立ち尽くしていた。

 ただ、そう自問自答しても、考えることに慣れていない俺の頭では答えなんて導き出せる筈もなく……


 ──畜、生。

 ──段々、痛み、始めて、きやがった……


 額の皮膚が引き攣れる感覚に、俺は思わず顔を歪めていた。

 尤も、あの石斧でぶん殴られても、この程度で……痛いと感じる程度で済んでいるのだから、破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能が完全に失われた訳ではないのだろう。

 事実、こうして傷口に指を触れたお蔭で分かるのだが、傷口そのものは皮一枚程度でそう深くはないし、『泥人』を槍の一撃で貫いた俺の膂力は健在だった。


 ──だとすると、どうして?


 そうして自問自答する俺の姿を見て、格好の餌食だと思ったのだろう。

 それとも、俺の右手の槍に貫かれたままジタバタともがく、標本採集と同じ有様の男を見て、激昂したのだろうか。


「てめぇっ!

 よくも・族長の子をっ!」


 一人の『泥人』が叫び声を上げながら、石槍を手に俺へと跳びかかって来た。

 とは言え、久々の痛みに呆けていたとしても、俺もそこまで阿呆ではない。

 すぐさま我に返った俺は、槍を持った手に力を込めると、もう一度ソイツへと突き立てるべく構える。

 ……だけど。


「ちぃっ!」


 この槍の「返し」が変な形をしていた所為か……さっき突き刺した『泥人』の身体が槍にくっついて離れない。

 その『泥人』の重量を予想していなかった所為と、痛みによって俺の反応がコンマ一秒遅れた所為で、俺の迎撃は完全に出遅れ……


 ──間に合わ、ない?


 俺の槍が放たれるよりも、コイツの石槍が俺の身体へとぶつかる方が早い。

 しかも、その石槍は俺の咽喉元目がけて突き出されていて……


 ──コレも、痛いんだろうなっ、畜生っ!


 そう判断した俺が、次の瞬間に訪れるだろう痛みに耐えるべく、歯を食いしばる。

 だけど……その覚悟が役に立つことは、なかった。


「……かっ?」


 何しろ、ソイツの右腕から、突如、矢が『生えた』のだ。

 ……いや。

 目の前でその光景を目の当たりにした俺には……そうとしか見えなかったと言うべきか。


「間に、合った、かっ」


 驚いて振り返った俺の視界の端では、ミゲルのヤツが弓を構えていた。

 状況から見て……どうやらアイツが、タイミングを合わせて援護の矢を放った、らしい。


 ──すげぇ。


 その弓の腕を見せつけられた俺は、内心で感嘆の叫びを上げていた。

 何しろ、アイツのいる場所からここまで、百メートル以上もあるのだ。

 それを、あの刹那を要求される戦闘中、見事なタイミングで、眼前のヤツを……しかも俺を狙っている右腕を射る、なんて。

 まさに神業、としか言いようがないだろう。


「っと、離れろっ!」


 とは言え、いつまでも感動してはいられない。

 目の前で右腕に突き刺さった矢を引き抜いているこの『泥人』が持つ石の槍は、俺を傷つける威力を秘めているのだから。

 すぐさま俺は右手に持ったままの槍を……『泥人』を突き刺したままの槍を、右手一本で力任せに振り払い、その石槍を持った『泥人』へと横薙ぎに叩きつける。


「……ぐ・くっ?」


 力任せに横薙ぎに払ったその槍は……技術的には大したことはなかったのだろう。

 何しろ、『泥人』はその一撃を、その手に持った盾で難なく防いでいたのだから。

 だけど……その槍には、『泥人』がまだ一人突き刺さったままだった。

 そして、俺の渾身の力で振るった槍と、『泥人』一人の重量が追加された槍を……たかが盾一つで防ぎ切れる訳がない。


「うぉお・おおおおぉぉぉぉぉぉ?」


 足場が悪かったこともあるのだろう。

 俺の一撃を受け止めた『泥人』は、哀れにも横へ盾ごと吹っ飛び、そのまま直下へと消えていく。

 一応、下には池があった記憶があるが……まぁ、普通なら助からないだろう。


「おい、義兄弟。

 何なんだよ、その馬鹿力……」


「いや、まて、ヤバいぞっ!

 あの堕修羅、武器がっ?」


「援護しろっ!」


 そして、そんな無茶な使い方をした槍も、当然のことながら無事で済む筈もなく。

 俺の膂力に耐え切れなかったのか、それとも『泥人』を突き刺したまま振るったのが悪かったのか、もしかして手入れを怠っていた所為で柄までボロボロだったのか……見事にその槍は半ばでへし折れていた。

 訓練場にいた誰かの叫び声と共に援護の矢が放たれるものの……盾を持った『泥人』は徐々に徐々にこちらへと近づいてくる。


「ちっ」


 額に走る痛みを思い出した俺は、慌てて足元の別の武器を取る。

 コイツらの攻撃を受けると怪我をすると分かった以上、無理をして素手で立ち向かうほど俺は愚かではない。

 慌てていた所為か、俺が適当に取ったその武器は、使ったこともない戟とかいう変な武器で……

 槍に変な形状の刃物がくっついて、奇妙な形をしているのだが……どう見ても、その武器はさっきの槍のように細長く、何とも頼りない。

 と言うか、経年劣化によるものか、切っ先が錆びついていて……どう見てもこの武器は『刃物としては使えない』だろう。


 ──ダメだ、こりゃ。


 普段ならそのボロボロの武器でも、始めて使う武器ならば、何となく振り回してみようと思っただろうが……今の俺は、連中の石器でも怪我をするほどの不調の身である。

 そんな状況で、こんな錆びた武器を無理に試すほど、今の俺に余裕はない。


「使えるか、こんなのっ!」


 そうしている間にも、『泥人』たちは徐々に徐々に近づいてきている。

 俺は少しでも考える時間を稼ごうと、その戟という奇妙な武器を振りかぶり、盾を構えた『泥人』目がけて放り投げる。


「うお・コイツっ?」


「どんな・膂力・して・やがるっ?」


 俺の渾身の投擲は……少しばかり力を込め過ぎていたらしい。

 俺の放った戟は、木の盾をあっさりと貫き通したものの、その裏にある『泥人』の身体には触れることもなく、あっさりと明後日の方向へと消えていってしまう。


「コヤツを・放っては・おけぬっ!」


「この場で・始末・しなければっ!」


「やらせるなっ!

 一斉射、放てっ!」


 その俺の投擲を見た所為か、『泥人』たちは必死の形相で俺に向かって駆け寄ってきた。

 それを機と見たのか、ミゲルたちも矢を射かけるが……生憎と『泥人』たちもそれは心得ているのか、盾で見事に防ぎ切る。

 いや、誰かの放った矢に足を貫かれ、体勢を崩した一人が幹から落下したが……まだ敵は二十人以上残っている。


 ──くそ、考える時間くらいっ!


 俺は慌てながら再び武器を取るものの……こんな状況で何が一番使えるかなんて、分かる訳もない。

 使い慣れた戦斧があればそれが一番なのだが……生憎と、残された武器は、錘と狼牙棒と熊手という、刃物ですらない、頼りない武器ばかりである。

 俺は一番、保存状態の良かった、まだ鈍色の光を放っている武器を……錘と呼ばれるマラカスみたいな形状の武器を手に取る。

 だけど……その一メートルを切る程度の長さに、思わず眉を顰めてしまう。


 ──これで、あの石槍と戦う?


 これでは……どう考えても、リーチが足りない。

 こんなものでぶん殴ろうにも、スピードや技術では常人と大差ない俺のことだ。

 あの大きな盾が邪魔で攻撃し辛いし、しかも相手の武器の方が長く、戦闘技能も相手の方が上手に違いない。

 しかも、この狭い場所で多勢に無勢という状況なのだ。

 何人もの相手をしている内に、あの石の槍に突き刺され……痛い思いをするに違いない。

 はっきり言うが……俺は、痛いのは、嫌いだ。


「くそがっ!」


 そう吐き捨てた俺は、苛立ち紛れにその使えそうもない錘という武器を『泥人』の方へと放り投げていた。


「う・おわぁあああああああぁぁぁぁ……」


 必死にソイツは盾で防ごうとするものの……俺の渾身の力を込めた投擲の前では、人間の抵抗など何の意味もなさない。

 錘はその形状の所為か、木の盾を貫くこともなく、ただソイツの身体を盾ごと吹っ飛ばし……

 ……その『泥人』哀れにも幹から墜落していった。

 徐々に遠ざかって行く悲鳴と、直下で聞こえてきたグチャっという何かが潰れるような音が……ソイツがどういう運命を辿ったかを教えてくれる。


 ──そう、かっ!


 そして、その哀れな『泥人』の悲鳴を聞いた俺は、ようやく一つの真理にたどり着いていた。


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