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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
第三章 ~略奪~
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第三章 第一話


(……まず)


 この絶望的な世界へ召喚されてからもう三度目の食事である。

 流石の俺も、咽喉まで出かかったその一言を飲み込むくらいの分別はそろそろ身に着けていた。

 口に入れたのはパンである。

 しかし、この世界のパンとやらは、彼らがそれをパンと呼んでいた、いや、通訳の魔法がそう意訳した……というだけの代物でしかなく。


 ──まず、塩辛い。


 それは……風味も甘みも柔らかさも何もなく、パンと呼ぶよりは、不純物混じりの小麦粉っぽい香りがする拳大の塩の塊、と呼んだ方が正解に近い代物である。


(しかし、なぁ)


 他の料理も似たようなものだった。

 塩辛い干し肉に、野菜の塩漬け。塩まみれのチーズ。


 ──正直、どれも辛くて食えたものではない。


 ……トカゲの干物とか昆虫の塩漬けなんかは口に運ぶことすら躊躇われた。

 辛うじて食えるのは『何の肉かも分からない、ただ塩をぶっかけただけの焼肉』と『妙な匂いの葉っぱが入っている形が崩れて分からないほど煮込まれた内臓のスープ』くらいである。

 勿論、どちらもとてつもなく塩辛いのだが……葉っぱの効果か、それとも肉が新鮮なのか、まだ肉の臭みが鼻を突くほど酷くないので、口に運ぶくらいは出来た。


(これでも贅沢、なんだよな)


 クソ不味い料理を口に運びながら、俺は心の中でそう溜息を吐く。

 戦勲者であり彼らの信仰の対象らしい俺は、これでも彼らの中で最高のもてなしを受けている、らしい。


「……我が主よ。

 この皿をお下げ致します」


「うむ。ご苦労」


 今もこうして数名の黒マントに傅かれながら食べ物を食べているくらいである。

 連中に聞けば、他の連中は干し肉とパンと野菜くらいしか食えないらしい。

 敗戦の際にべリア族に随分と奪われたのか、物資が絶対的に足りず……戦いに勝った祝いの席でもその程度だとか。

 此処……この俺の寝床になったサーズ族居住区の隅にある神殿とやらも、装飾は焼け焦げ、神像は叩き壊され、壁画は剥され、それはもう酷い有様であった。

 元の姿も知らなければ、ここへ来るまでは名前も知らなかった神の神殿だし、別にそれに怒りも嘆きも感じないのだが、チェルダー辺りはしきりに平伏低頭していたものだ。

 ただ問題があるとすれば、その所為で俺は、こんな華美な彫刻も装飾もない殺風景な場所で飯を食う羽目になっているというくらいである。

 ……そんな略奪と殺戮の限りを尽くしたべリア族も、流石にこの居住区の水場だけは荒らさなかったらしい。


「……ま、そのお蔭で渇いて死ぬことはない訳だが」


「ええ。これら全て我が主のお蔭です」


 盃で水を飲みながらの俺の呟きに、黒マントの一人で山羊の頭がい骨を被った男……チェルダーが少し頓珍漢な返事を返す。

 ……そう。

 こうして敵の駐屯地に攻め込み、彼らサーズ族の水場を一つ取り戻したことで、俺も彼らも、渇いて死ぬことだけは避けられるらしい。

 戦いに勝利してからわずか数時間で逃げ回っていたサーズ族はこの居住区に居を戻し、早急に戦の跡と骸を片づけ、日が暮れる前には何とかべリア族に奪われる前の日常を取り戻したようだった。

 とは言え、この塩の砂漠が広がり続ける世界が過酷なことに変わりはなく、絶望的な水不足は相変わらずで。

 俺でも大き目の壷を一日に一つが限界らしいが。


(湯水の如く、とはいかないか)


 毎日風呂に入り、花壇に水をたれ流し、便所でも水を流しまくった日々を思い、俺は溜息を一つ吐く。


「それにしても我が主よ。

 そろそろ武器と防具の手入れを致しませんと」


「……えっと。あ、ああ。

 そうだな。頼む」


 チェルダーの言葉に俺は一瞬だけ悩んだものの、すぐに思い直し、頷く。


 ──何しろ、この奇跡の力が込められている装備は俺の無敵の源である。


 この装備を外しているときに奇襲を受ければ……ただの人でしかない俺は終わりなのだ。

 それを考えると、力任せに振るい続けて欠け歪み凹みまくったこの斧も、錆びた薄い鉄板を貼りあわせただけのボロボロのこの鎧でも、ないと非常に心もとない。

 特にこのラメラーアーマーなんて、あれだけ暴れ回ったというのに……風呂にも入らず、洗ってもないから、汗臭くて返り血がこびりついているし、あちこち矢傷や刀傷で壊れているし……

 それでも手入れは必要だろうと、俺は武具を黒マントたちに手渡す。

 相変わらずそう重くもないソレらを、黒マントたちは数人がかりで必死に運んで行くところだった。

 と、鎧を脱いだことで意識した所為か。


(あ~、風呂入りてぇ)


 身体中を覆う不快感に、俺は内心でそう叫んでいた。

 空気が乾き切っている所為か、日本の夏ほど汗臭さや痒さはないものの、何と言うか、全身の皮膚がザラザラする感じが少しだけ気になるのも事実で。

 それに何よりたらふく美味しい物を食べて、浴びるほど水を飲みたいという要求は捨てがたい。


「そうそう。チェルダー。

 その送還の儀とやらは……」


 鎧を脱いだ所為で痒みが気になった首筋を掻きながら、確認と取ろうと俺がそう口を開いた、その時だった。


(……ん?)


 ふと、ボロボロの鎧を思い出した俺の脳裏に疑問が生じる。

 ……矢を受けたところは、穴が開いている。

 ……刀を喰らったところは、鉄板が歪み剥がれている。

 事実、元の世界から着てきたこの学生服はあちこち穴が開いている始末である。


 ──これって、おかしくないか?


 と、そう考えた時だった。


「それはそうと我が主よ」


「ん?」


「主のために、伽を用意いたしましたが、如何しましょうか」


「……とぎ?」


「ええ。御傍に侍る女性にございます」


 とぎ。女性。添い寝。

 ……ハーレム。

 俺の脳裏に、アニメや漫画、映画なんかで何度も何度も聞いて、何度も何度も妄想した言葉が某動画サイトのコメント弾幕みたく飛び交っていた。


 ──そうだ。

 ──俺は神の化身なんだ。


 誰よりも強く、無敵で、戦功をあげまくる、絶対の存在。

 だったら、エロく爛れた生活を繰り広げても罰は当たらないだろう。


(……ちょっとだけ。そう、帰るまでの間だし)


 ひと夏のバカンス。

 旅先のロマンス。


 ──そう。


 口先ではどう取り繕っても、女と一発犯って後腐れなく終わる関係。

 ……それって、最高じゃないか?

 軽い系の同級生がナンパで童貞捨てたって自慢していたみたく、俺も……ここで初体験を一発キめるくらい。


 ──だけど、童貞だからってがっつくのは格好悪いよな?


 こう……絶対者としての貫録を持ちつつ、だな。

 俺は完全に浮き足立っていた内心を、必死に奥歯を噛みしめて深呼吸をすることで何とか落ち着かせる。


「あ、ああ。そうだな。

 ……まぁ、適当に見繕ってくれ」


 そうして必死に冷静さを保ったつもりだったが、それでも俺の口調はかすれていた。

 だけど、幸いにしてチェルダー以下数名の黒マントたちは俺の様子に気付かなかったようで、かしこまったようにお辞儀をすると。


「はっ。しばらくお待ちくださいませ」


 そう言って、俺の居住区から去って行ったのだった。


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