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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
参・第一章 ~腐れ行く世界~
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参・第一章 第六話


 ──くそっ、足りねぇ。


 延々と愚痴を聞かされる、あまり楽しくない食事が終わり。

 ミゲル=ミリアムによって寝室へと案内された俺は、腹の上に手を置きながら大きくため息を吐いていた。

 あの木の実の山は、ここ『聖樹の都』では豪華な料理なのかも知れなかったが……現代日本の飽食生活に慣れた俺が、あの程度の食事で足りる筈もない。

 じくじくと腹の奥から鈍い痛みが続くような、この空腹感は……命に別状はなくとも、鬱陶しくて仕方ない。


「ろくなもん、出てこなかったなぁ」


 当の青年はまだ用事が残っているとかで、何処かへ出向いたのを良いことに……俺の口からはつい、先ほどの食事への愚痴が零れ出ていた。

 それほどまでに……この世界の食事は質素極まりないものだった。

 食べるモノと言えば、ろくに味付けもしてない、木の実だけで……食べても食べても腹に溜まる気がしない。

 ……尤も。

 幾ら俺が腹を空かしているとは言え……あの食卓へもう一度舞い戻る気にはなれなかったが。


 ──何なんだよ、あの両親は。


 さっきまでの一家団欒を……いや、一家団欒の皮を被った『茶番』を思い出しながら、俺はそう吐き捨てていた。

 ……そう。

 茶番である。

 あの人の良さそうな二親は、堕修羅とか呼ばれた俺どころか、助けられた筈の実の娘……ミル=ミリアの方へ視線を向けようともしなかったのだ。

 彼ら二人は、ただ帰ってきた青年……ミゲルのことを案じ、自慢するばかりで。

 実の娘に対して注意を払おうともしていなければ、言葉を投げかけることもなく……その存在そのものを「なかったもの」として扱っているのがありありと分かる。


「……胸糞悪ぃ」


 折角助けた少女が、実の両親から「もういないモノ」として扱われている姿に、俺はそう吐き捨てていた。

 それが彼女が攫われた後……ヘドロの沼の「穢れ」とやらへの迷信の所為か、それとも以前からこうだったのかは分からなかったものの……

 とは言え、当のミル=ミリア自身がそれを意に介している様子がない以上、俺が何かを言える訳もなく。


「ったく、ひでぇ世界だな、こりゃ」


 胸糞悪さと、食事を終えたのに続いている空きっ腹に眉を顰めながら、俺は結局そう俺はそう呟くことしか出来なかった。


「しかし、コレで寝ろってか?」


 そして……俺が憂鬱なのは、空腹や少女の境遇の所為だけでは断じてなかった。

 何しろ、俺に用意された寝床は、綿、なのだ。

 木製のベッドの上に、その白いふわふわした、ちょっと汚れた綿そのものが詰められていて……


 ──まぁ、眠れないことはない、だろう、けれど。


 ……口が裂けても寝心地が良さそうとは言えない代物である。


「何か、こう……文明レベルがなぁ」


 そもそも、部屋自体は三メートル四方くらいの、板張りの狭い部屋なのだが……家具らしきものもなく、本当に寝るだけの部屋、という有様である。

 唯一あるのは木張りの格子戸だけで……

 何となく外の景色が気になった俺は、新鮮な空気を吸いたい一心もあり、窓を開いて大きく息を吸い込んでみる。


「……くせぇ」


 幾ら『聖樹』とは言え、その周辺から立ち込める、死臭と腐敗臭の混じったヘドロの匂いを全て遮断することは叶わないらしい。

 窓を開けば、この辺りにもやはり若干の臭気が立ち込めていて……


 ──本当に、酷い世界だ。


 俺は内心でそう吐き捨てながらも、気分転換に周りの景色へと視線を向けてみる。

 とは言え、少し高い位置から見渡したところで……そう大したモノが見える訳もない。

 目に入るモノと言えば、巨大な木の枝と、葉っぱと、薄霧と……そして、その向こう側に広がる、延々とした枯れ木とヘドロのみ、なのだから。

 霧の向こう側では夕暮れが始まっているのか、霧そのものの色がオレンジ色っぽく染まり始めていて……そろそろ日暮れが訪れそうな雰囲気だった。

 その事実に、俺はもう一度腹を押さえ、ため息を吐く。


「……くそ、せめて飯くらい、だな」


 周囲を見渡しながら俺はそう呟くものの……他の世界とそう大差ないらしく、鳥一匹すら見えやしない。

 何となく焼き鳥の味を思い出した俺は、再び肉への欲求が浮かび上がってくる。

 どうもこう……最近、腹が減りやすくなっている、ような。


 ──他の世界では、肉くらい、出たよなぁ。


 塩の荒野では、水こそなかったものの、一応肉と……臓物のスープが出され、その『原材料』は兎も角、一応の食事は与えられていた記憶がある。

 あの巨島では、食事には困らなかった。

 ……例えその肉が緋鉱石によって合成された蟲であったとしても。


 ──蟲、かぁ。


 空腹に耐えかねた俺は、その思いつきを実行に移してみることにした。

 少しばかり深爪している右手の人差し指には未だに違和感があるものの……空きっ腹がジクジクと痛むこの感覚よりは遥かにマシだろう。


 ──手加減、しないとな。


 あの洞窟内で発生させたような、巨大な蟲なんて必要ないのだ。

 むしろ、手のひらくらいの大きさで構わない。

 ただあの巨島の、胸糞悪い連中が造っていたような、手のひら大の、食べられる蟲を発生することが出来たなら……

 そう考えた俺は、右手小指に少しだけの権能を込める。


 ──出でよっ!


 結論から言うと、『蟲を創り出す』こと自体は何の問題も発生しなかった。

 大きさも希望通り、代償として右手小指の爪の先を数ミリ失ったものの……それもまぁ、大した問題じゃない。

 ただ一つ問題があるとすれば……


 ──コレ、を、喰え、と?


 調理されて出て来た肉と違い、生きたまま俺の手の中でビクビクと悶えるその黒い蟲は……どう考えても食欲をそそるような代物じゃなかった、ということだろう。

 と言うか、はっきり言って牛肉・豚肉・鶏肉を食べている俺でも、直接生きた牛を見ても豚を見ても鶏を見ても……食べようとは思わない。

 現代っ子と呼ばれればそれまでだが……あくまで加工されて出て来た肉を、調理された料理を見て初めて食欲が湧くのである。

 だからこそ、この蠢く蟲を喰おうという衝動など、湧き上がる訳もない。

 さっきは喰うために鳥を探していた俺だったが……もし鳥を見つけたところで、食欲すら感じなかっただろう。


「畜生っ!」


 そうして飢えと蟲に喰らいつく嫌悪を天秤にかけた俺は……結局、飢えに耐える方を選んでいた。

 未練を断ち切るように、その蟲を窓から放り捨てると……外を見ないように窓を閉じる。


「……ああ、肉、喰いてぇなぁ」


 仕方なく俺はベッドに寝転がると、綿がくすぐる感触に眉を顰めつつ、そう呟く。

 と、そうしてやることもない俺が目を閉じ、少しだけ意識が跳びかかった頃、だろうか。


「お、もう寝ているのか?

 随分と、早いな」


 用事とやらに出向いていたミゲル=ミリアムが、部屋の中へと入って来たのだ。

 ……その手に、大量の綿を抱えながら。




「っと、済まないな、俺と相部屋で。

 流石に、その……妹や両親の部屋に泊まらせる訳にもいかないんでな」


「……別に」


 床に敷いた綿に丸まりながらミゲルが告げるその言葉を、寝ころんだまま聞いた俺は、彼の方へ視線を向けることもなく、ただ軽く言葉を返すだけだった。

 その俺の声が思ったよりも素っ気ない響きだったのは、眠いからではなく……ただ単純に腹が減って声を出すのも億劫だというだけだったが。

 当のミゲル=ミリアムはそんな俺の声を聞いても怯むことなく、俺に話しかけてくる。


「その、さっきは済まなかったな。

 うちの両親……その、少し、迷信深いところが、あって、な。

 ミルを、別に嫌っている、訳、じゃない、んだが……その……」


「……ああ」

 

 言葉を濁しながら発せられた青年の謝罪を聞いた俺は、やはり寝ころんだまま……さっきよりも少しだけ不機嫌な声を返していた。


 ──つーか、謝るべき相手は俺じゃないだろうが。


 ……そう、内心で吐き捨てながら。

 事実、さっきの謝罪を受けるべきは、邪険にされた当の本人であるミル=ミリアであるべきなのだ。

 尤も……当の本人たちが謝らろうとしていない謝罪など、何の意味もないのだが……

 とは言え、そんなことなど、ミゲル自身も承知の上なのだろう。

 その声に覇気はなく、必死に言葉を探すような口ぶりが、彼自身の葛藤を表しているようにも見える。

 何と言うか、その……以前、ただの学生だった頃の俺が、宿題を忘れて教師に呼び出された時、必死に言い訳を探しているような、そんな感じだったのだ。

 つまり、コレは謝罪という名のご機嫌伺いで……

 俺の予想が正しければ、恐らくこの次に本題が…… 


「そこで、アル=ガルディア。

 お前に……その、頼みが、あるんだ」

 

 ──ほら、来た。


 予想通りの青年の声に、俺は軽く肩を竦めつつ……やはり、寝ころんだまま動こうとは思わなかった。

 空腹の所為で億劫なのも事実だったが……それ以上に、こう、身体を乗り出して興味を示すと、コイツの思惑に乗るようで……

 何と言うか、負けた気分になるような気がしたからである。

 尤も……そんな俺のアホな意地など、コイツの放った次の一言で、ぶっ飛んでしまったのだが。


「その、今日から、三日間、ミルが、もし、生きていた、なら……

 頼む。

 ……あの娘を、娶ってくれない、か?」


「……、っはぁっ?」


 一瞬、俺の反応が遅かったのは……ただ単純に「娶る」という言葉の意味がさっぱり理解出来なかったからである。

 ……だって、俺は、破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能を手に入れているとは言え、ちょっと前までは一介の学生に過ぎなかったのだ。

 彼女を数人侍らせたいとか、処女で健気な美少女と初体験をしたいとか、そういうことは何度も何度も何度も何度も考えていたものの……結婚なんて、まともに意識したことなんて、ある筈もない。

 完全に意図しない一撃を喰らった俺は、身体を起き上がらせ、パクパクと口を開閉するだけで、声を発することすら出来やしない。

 人殺しにも、戦争にも、果ては機甲鎧の操縦にも慣れた俺だったが……まだ恋愛経験値はゼロに等しく、この手の不意打ちに対する耐性などある筈もなく。


「……え、あ、う、あっ?」


 情けなくも俺の口からはそんな……返事とは言えない、意味をなさないただの呻き声が零れ落ちるだけに過ぎなかった。


「いや、勿論、アイツが三日間、生き延びたら、で、構わない。

 あの腐泥の瘴気に触れた人間は……まず、三日、生き延びられない、んだからな」

 

 だけど……そんな俺を意に介すこともなく、ミゲル=ミリアムは言葉を続ける。


「それに、腐泥の穢れに、触れた、娘なんて……もう嫁の貰い手など、いない、だろう。

 蛮族に攫われたその事実だけでも……その、なんだ」


 再び言葉を濁すミゲルの声は……何となく分かる。

 ちょっと昔のドラマとかで、レイプ事件にあった女の子が、その評判で結婚云々、というヤツ、だろう。

 お袋がその手のを見ていて、非常に食卓の居心地を悪くしてくれた記憶が幽かに残っている。

 尤も、幸いにしてあの時目の当たりにしたミル=ミリアの身体には、他の少女たちの身体と違い、その……性的暴行を受けた形跡などなく……

 恐らくは……連中の拝んでいた『腐神』とやらへの生贄として、『処女である』ことに意味があったのだろう。

 とは言え、それを口にしたところで、何かが変わる訳もない。

 この手のことは……『評判』こそが問題、なのだから。

 と、適当に見たドラマの中で見た記憶なので、俺自身もこの手の問題は、今一つ実感がない訳だが。


「だから、もしミルが生きていたとしても、貰い手と言えば、恐らく……この都ではクズと評判の、ベルデ=ベンダムか。

 もしくは、弓もろくに扱えないデルズ=デリアムか。

 そんな奴らしか相手がいないだろう。

 だから……もし、アイツが生きるなら……」


「いや、俺は……」


 必死さが滲み出ているようなミゲル=ミリアムの声を聞いても、俺は言葉を濁すことしか出来なかった。

 ……そもそも俺は、異邦人である。

 この世界を救えば……悪を滅して正義を行えば、この世界から消える、その程度の旅人に過ぎない。

 今までだって、愛人を作って抱くのも、ハーレムを築いて適当にヤるのも、まぁ、一時的な遊びに過ぎない訳で……適当に辻褄を合わせれば良いと思っていた。

 命を助ける代償と考えれば……その、処女くらい安いもの、だろう、と。


 ──だけど、結婚、ってのは、なぁ。


 ……その、なんだ。

 話が、こう、違う、と言うか。

 そう簡単に捨てて日本に変えることなど、出来ない、と言うか。

 そうして俺が言葉を濁していることに気付いたのだろう。

 ミゲル=ミリアムは軽く笑みを浮かべると……


「ああ、お前は、堕修羅、だからな。

 元の世界へ……帰りたいのだろう?

 それを俺は、止めるつもりはない。

 だから、帰るまでで、構わない。

 それまでの間、頼むから、アイツの……」


 そう告げるミゲルの表情は必死そのもので、彼はいつの間にか身体を起こし、両腕を床について……まるで土下座をして乞うような姿勢になっていた。

 その彼の表情を見た俺は、軽口を返すことすら叶わない。

 ただ、必死に考える……いや、考えるフリをするだけで精一杯という有様だった。


 ──帰るまで、だったら。

 ──所詮、名目だけだし……別に、構いやしない、かな?


 どうせこんな世界だ。

 美人と巡り合うことなんて……そうは、ないだろう。

 とは言え……ミル=ミリアというあの少女も、まぁ、ちょっと幼くて、射程外としか表現のしようがない相手ではある。

 実際、あの時見た身体の発育具合で言えば、リリとそう大差ない……貧相極まりない身体でしかなく、俺の好みから言うと、かなりかけ離れている訳ではあるが……


 ──女ってのは、容姿じゃない、からなぁ。


 ……必死に騒いだところで、容姿なんざ、結局はただの皮一枚に過ぎない。

 超絶な美貌で一時は俺の心を虜にした、あのマリアフローゼ姫ですら、その実、そこらの娼婦とそう大差なく……

 一枚皮を引き剥がすだけで、ただの薄汚い赤い肉塊に過ぎなくなっていた。

 俺の心を奪った豊かで美しい乳房ですら、所詮は単なる脂肪の塊に過ぎないのだ。

 その事実を思い出した俺は……

 ……気付けば、完全に逃げ場を失っていた。


 ──ま、まぁ、三日間、生きていれば、だし、な。

 ──所詮は、名目上で……あの娘が育つまで、俺がこの世界に留まっている訳もない、だろうし。


 そう自分を納得させた俺は、結局……ミゲル=ミリアムのその勢いに押されるように、つい首を振ってしまったのだ。

 ……縦、に。


「そうかっ!

 良かった……本当にっ!

 ああ、これで、俺とお前は義兄弟。

 ミルの……アイツのこと、よろしく頼むっ!」


 その後。

 凄まじいテンションのミゲルに、腕を掴まれ、上下に揺すられ、肩を抱かれて左右に振り回され……

 何と言うか、酷く早まったことをしてしまったような気になった訳ではあるが。



 ……兎に角。

 そんな訳で、この世界に来てたったの一日で……何故か、俺に婚約者なんて訳の分からないモノが出来てしまったのだった。


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