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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
弐 第九章 ~蟲殺の墜園~
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弐・第九章 第十一話


 俺が殺した、全ての人たちのように。


 ──っ!


 そう考えた、その刹那。

 俺の脳裏には……今までこの手にかけた死者の顔が次々と映る。

 一番始めに戦斧で上体を薙ぎ払って殺した、名前も顔も知らぬべリア族の男。

 叩き潰し薙ぎ払い抉り、さんざん殺した数多のべリア族の戦士。

 戦巫女だった……俺がこの手で引き千切って殺したセレス。

 俺の策略の所為で、仲間に嬲り殺された戦巫女のエリーゼ。

 苛立ち紛れのこの拳でつい殴り殺してしまったバベル。

 俺に反旗を翻し、その報復という形で殺し尽くしてしまったサーズ族。

 この世界についてからの、ブタンとかいう金貸し一味。

 俺がこの手で殺した、レナータ・レネーテの双子姉妹。

 さっき引き千切ったばかりの、マリアフローゼという名の肉塊。

 そして俺が直接手を下した訳ではないものの……テテニスとリリス、救えなかった子供たちの最期の顔が。


 ──嫌だ。

 ──死にたく、ないっ!


 あんな酷い姿が、あんな哀れな姿が、あんな惨めな姿が……『死』というものの本質ならば。

 俺は、そんな目になんて、遭いたくない。

 例え……誰を殺したとしてもっ!


「ぅぁああああああああああああああああああああああああああっ!」


 決断とほぼ同時に、俺の叫び声が上がり。

 そして、俺は何の躊躇いもなく『空間を切り裂く爪』を発動させていた。

 創造神ランウェリーゼラルミアの身体の一部とかいう紅の槍であっても……破壊と殺戮の神ンディアナガルの爪に比べれば、所詮はガラス細工程度に過ぎなかったらしい。

 俺の『爪』はあっさりとその十本余りの槍の穂先を叩き砕き、ただの塩の塊へと変えていた。


「つっ」


 とは言え、流石の俺も無傷じゃない。

 ンディアナガルの『爪』は俺の拳と重なって顕現している所為か、俺の拳には数多の裂傷が走り、血が飛び散る。

 ……だけど。


 ──怯んで、られるかっ!


 今は、命が懸かっている場面である。

 事実、怪我をしたと言っても、拳を多少切った程度の怪我。

 この程度……戦巫女のセレスに斬られた時よりは、遥かに軽いっ!


「貴様っ?」


 俺が抵抗することを、全く想定していなかったのだろう。

 リリスの身体が、そう叫び……周囲の子供たちもまた、虚空から紅の槍を生み出し、その手に取り、俺に向けて襲い掛かってくる。

 とは言え、今の俺はもう項垂れるつもりはない。

 例え、俺が死と破壊をばら撒くばかりの災厄だとしても……


 ──それでも俺は、死にたくないっ!


 その意思を支えに、俺は右拳に顕現した『爪』を構え、周囲を見渡す。

 俺の周囲に、紅の槍を手にした子供たちが、数えてみれば、十三名。


 ──囲まれると、拙いっ!


 瞬時にそう判断した俺は、大きく右へと……囲みを突破するために、砂の上を走り始めていた。


「まだ、抵抗するのか?」


 眼前にいた、槍で俺を貫こうとした子供……頭をかち割られた、俺の髪を引っ張った覚えのあるその男の子の頭蓋を、俺は容赦なく『爪』で抉り取り……脳漿と眼球を周囲にまき散らす。

 その一撃が致命傷になったのか、下顎以外の頭部を失ったその亡骸は、あっさりと塩の塊へとなって、砂へと飛び散っていった。

 一人を薙ぎ払って突破口を開いた俺目がけ、咽喉を掻っ切られた女の子が襲い掛かってくる。


「まだ、死を受け入れないのか?」


 そう叫びながら突き出された槍を、俺はあっさりと右拳で叩き割ると、それと同時に放った左手を心臓へと突き立てる。

 例え創造神が操っているとは言え、その身体はただの少女のソレに過ぎない。

 俺の左手で胸を貫かれた少女は、あっさりと同じ質量の塩へと姿を変え、砂へと倒れて砕け散っていく。


「まだ、生きようとするのかい?」


 次に襲いかかって来たのは、腸を切り裂かれた男の子だった。

 俺は突き出された槍を難なく躱すと、その胸に渾身の蹴りを突き入れる。

 俺の放った蹴りは男の子を吹き飛ばすこともなく、あっさりとその胸を突き破って貫き、そのまま塩へと化して風に散る。

 ……だけど。


「ちぃっ?」


 思ったよりも蹴り入れた感触が小さかった所為か、俺の体勢は見事に崩れ……砂に足を取られて膝を突いてしまう。

 そして……その隙だらけの姿を、創造神が見逃してくれる筈もない。


「「「貴様が生きていたところで、災厄をまき散らすばかりだと言うのにっ!」」」


 胸に穴の開いた男の子が、腸をはみ出させた男の子が、片手のない胸に大きな傷のある男の子が、それぞれ手にした紅の槍で俺に襲いかかって来た。


 ──避け、られ、ないっ?


「ぐ、あっ?」


 転んで体勢の崩れていた俺に、その攻撃を躱すことなど出来る筈もなく……俺は紅の槍が身体に突き立った激痛に悲鳴を上げる。

 ……だけど。


「いてぇなっ、こん、畜生がぁあああああっ!」


 激痛は走っても、死ぬほどの痛みではない。

 怪我をしても、身体を貫かれるほどの怪我ではない。

 言うならば、ただ先の尖った石を、子供が全力で突き刺してきた、という程度だろうか。

 怪我からは血が飛び散るが……所詮は、皮一枚程度の怪我である。

 ……そう。

 創造神が操っていると言っても、所詮は子供の腕力。

 と言うよりも、創造神ランウェリーゼラルミアがその権能を子供たちに分割している所為か、一人一人は大したことがないのだろう。


 ──だったらっ!


「邪魔だっ!」


 俺は歯を食いしばって痛みを追い払うと、そのまま胸に穴の開いた男の子の顔面を左手で掴むと、膂力任せにその頭蓋骨を握り潰す。

 グジャリといういつもの感触と、血と脳みそと肉の、ぬめっとした不快な感触が手にまとわりつくが……

 今はそんな感触、意に介する余裕もない。

 そのまま身体を回転させて立ち上がると……


「どきやがれぇえええええっ!」


 立ち上がろうとしていた片手の餓鬼を、俺へと襲い掛かろうとしていた別の子供の集団へと蹴り飛ばす。

 子供の身体は軽く……俺の蹴りでサッカーボールよりも軽々と飛び、あちこちに色々な破片をまき散らしながら、三人の子供たちを巻き添えにして、塩と化し砕け散っていた。


「どうして、抗うっ!」


「死にたくない、からだっ!」


 先ほど跳びかかって来た三人の餓鬼の、塩へと化していない最後の一人が起き上がると、俺の顔面に向けて槍を薙ぎ払ってくる。

 とは言え、所詮は子供の身体。

 俺の右手の方が、遥かに早くその身体を貫いていた。


 ──勝った、な。


 そして……その時点で、大勢は決していた。

 創造神ランウェリーゼラルミアが操っていた子供の亡骸十三体の内、九体を失ったというのに、俺に大きな傷一つも与えられず。

 ……いや、数か所の裂傷から血が僅かに流れている程度の、世間的に言えば軽傷と呼ばれる程度の傷である。

 

「貴様ぁあああああああっ!」


 もう一つの死体……男の子の死体が俺に向けて紅の槍を突き出して来る。

 だけど……体勢が崩れている訳でもない上に、槍の威力がそう脅威にならないと気付いた俺にとって、それはただの『的』でしかない。


「……うぜぇ」


 その一匹の頭を蹴り砕き、眼球と脳漿を砂にぶちまけさせた俺は、ソイツの手にしていた紅の槍を掴む。

 俺が触れた瞬間、紅に輝いていた槍は漆黒に染まるが……槍という機能さえ使えれば、特に問題ないだろう。

 俺はその数瞬前までは紅だった、漆黒の槍を振りかぶると……放り投げる。

 子供の身体が操っていた所為か、その俺にとって少し小さめの槍は扱いやすく……俺の放った槍は狙い違わず、真紅の槍を構えていた女の子の身体へと突き刺さり。

 ……その小さな身体を瞬時の内に塩へと化していた。


「ばか、な……我が、権能を、上書きする、だと?」


 残された二つの死体……その内の一つである、両腕で頭を抱えた子供がそう呟いていた。

 両腕が塞がっていたからこそ、さっきまでは攻撃対象としては優先順位が低かったものの……

 生憎と「口が動く」というだけで、如何に鬱陶しくなるか。


「……黙れ」


 先ほどの創造神の説教に怒り心頭の俺は、その鬱陶しさを知り尽くしていた。

 行きがけの駄賃とばかりに、その子供の頭蓋を握り潰して塩へと変え……その頭のない塩の塊の隣を通り過ぎる。


「……そうか。

 ンガルドゥムばかりではなく、私が渡した力の欠片も……砕いたあの時に飲み込んだ、と言うのか。

 これが……我が末妹であるラーウェアが創りし、ラーウェア自身を殺すための、死と絶望を喰らい力へと変える、ンディアナガルという存在か」


 そして、最後に残された一つの死体。

 四枚の背翼と一枚の尾翼を広げた、紅の義足を使う少女の死体……リリスの亡骸へと俺はゆっくりと視線を向ける。


「……やはり、私では、勝てなかった、か。

 我が民に、権能の半分ほどを与えたのは、やはり……誤りだったようだ。

 父神に世界への介入を禁じられた直後に、せめても慈悲と思ったアレが……今こうして仇になる、とはな」


 何やら呟いている彼女が……リリスの亡骸が今まで残っていたのは、単純に俺が、リリスの形をした存在へと殺意を向けるのも躊躇っていたからに他ならない。


「この残された力でも、貴様が死を願う時ならば……ンディアナガルの権能を放棄した時ならば、貴様を屠れると思ったのだが。

 やはり人の意思というものは……なかなか、思うようには操れないようだ」


 ……だけど、もう、今さらだ。

 創造神に死体を弄ばれるくらいなら、塩の塊へと変えてでも……

 これ以上、リリスの死を冒涜される様なんて、見ていられない。


「で……貴様は、私を殺して、どうするつもりだ?」


 俺が少女の肉体へと身体を向けた時、創造神は逃げるでもなく怯えるでもなく、応戦する様子すら見せず、立ち尽くしたままそう尋ねて来た。

 ……だけど。


「……殺せば殺すほど増大し、今や創造神すらも圧倒するほどの権能を手にして」


 そんな言葉など、俺が聞いてやる義理などありはしない。

 リリスを……彼女の死を冒涜するような、そんな言葉に耳を貸してやるつもりなんて、ある筈がない。

 ただ、彼女の亡骸の方へと、砂の上を一歩進む。


「そのまま、自分勝手に突き進むのか?」


 創造神の声には、一切の耳を傾けず。


「ただ死と破壊をまき散らし、疎まれ恨まれ憎まれ呪われ続けるばかりだと言うのに?」


 彼女の口調が、何処となく俺を憐れんだような声色をしていることすらも意に介さず、俺は『爪』を顕現させたまま、歩く。


「……一つ、予言しておこう」


 そんな俺を真正面から見つめたまま、リリスの亡骸は……光輝く四枚の背翼と一枚の尾翼を顕現させたままの創造神ランウェリーゼラルミアは、そう告げてくる。


「貴様には、誰一人として救えやしない」


 その予言を無視したまま、俺は前へと一歩踏み出す。

 聞いてはならない。

 こんな……あの必死に生きた少女を冒涜するような言葉なんて。


「貴様は、何も手に入れることなど、出来やしない」


 聞かない。

 俺はまた一歩を踏み出す。

 俺が踏みしめた砂の音が……他に何もなくなった世界へと静かに響き渡る。


「貴様の望みなど、何一つ叶わないだろう」


 その静かな世界に、リリスの口から放たれた汚らわしい雑音が響き渡ることに、俺は歯を食いしばる。

 ……許せない。

 これ以上、彼女の死を冒涜するこのゴミを、許して良い筈がない。

 

「誰一人救えず、何一つ得られず、何一つ報われず……

 そのまま死と破壊の荒野を一人、歩き続けるが良い」


 殺意を振りまきながら近づく俺を意に介すこともなく、創造神ランウェリーゼラルミアは言葉を続ける。

 ……だけど、俺は意に介さない。

 この創造神がリリスの死を冒涜するのを止めさせるべく、ただ前へ前へと身体を運ぶ。


「それが、破壊と殺戮の神ンディアナガルの憑代となった貴様の……

 自分勝手に死と破壊とをまき散らし、業を重ねた貴様がたどり着く、結末だ」


 そうして創造神が勝手なことを呟いている間にも、俺はリリスの身体を射程内へと収めるほど近づいていた。

 逃げようとも怯えようともしない創造神ランウェリーゼラルミアの顔を無機質に見つめながら、今までの問いへの返事とばかりに俺は口を開く。


「……言いたいことは、それだけか?」


 ……ただ、その一言を。

 そして、その言葉と同時に俺の右腕は……俺の『爪』はリリスの亡骸の薄い胸を、創造神ランウェリーゼラルミアを易々と貫いていた。


 ──殺った。


 突き立てた『爪』に返ってくる、リリスの身体を貫いたのとは全く別の……言わば神格を貫いたような手ごたえに、俺は創造神の死を確信していた。

 ……だけど。


「……なん、だと?」


 ソレが確実に致命傷だという確信があるにも関わらず。

 リリスの身体は、その刺突の痕がある少女の顔は苦痛の色も見せず、ただ静かに微笑むと……その胸を貫いたままの俺の右腕を静かに掴んでいた。


「く、そ。

 離、せ、おいっ?」


 俺は必死にその手から逃れようと……まるでリリスが生きているかのような体温から逃れようともがくものの、リリスの細腕は俺の腕を離さない。

 ……この俺の、破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能を込められた、腕を、その細腕で。

 そして少女の身体は、俺の腕を掴んだまま……静かに口を開く。


「……ああ、最期に一つだけ、教えておいてやる」


「まだ、戯言をっ!」


 致命傷を負ってもまだリリスの身体を冒涜しようとする創造神の声に、俺は左の拳を振り上げ、その冒涜を続ける口を、頭を叩き潰そうと力を込める。

 だけど、これだけの命を奪った俺でも……見慣れたリリスの顔を潰すことに、一瞬だけ躊躇ってしまう。


「貴様が来なかった場合の、この世界に訪れた未来について、だ」


 そして、一瞬の躊躇いの間に告げられたその言葉に俺は、左拳を叩きつける機会を失ってしまっていた。


「……なん、だと?」


 好奇心が……いや、自分自身が死と破壊をまき散らすだけの災厄だという言葉が、俺の胸に残っていたのだろう。

 俺はそう問い返してしまう。

 そうして拳を止めた俺に向けて、創造神ランウェリーゼラルミアは……リリスの身体は軽く微笑むと。


「……当然、この小娘は死んでいたし、あの娼婦も借金取りに攫われた挙句、凌辱の末に死んでいたよ」


 そう笑う。

 その言葉を聞いた俺は、無意識の内にこわばっていた肩から力を抜いていた。

 ……誰かを救えていた。

 例え、その結末がこんな残酷なモノでも、俺が来た意味は……テテニスとリリスと、あの子供たちの寿命を僅かにでも伸ばせていたのならば。


 ──俺がこの世界に来た意味も、少しくらいは……


 そんな俺の思考を読んだのだろうか?

 創造神は……リリスの亡骸はニタリと、邪悪な笑みを浮かべたかと思うと……


「だけど、あの勇者……アルベルトは違っていた」


 ……そう、告げる。


「老蟲との戦いで、兄妹のように育った双子を同時に失った勇者は、慟哭と絶望の中、聖剣を呼び、その使い手として目覚めていたんだ」


 俺が驚きに固まっている間にも、創造神は更に言葉を続けていた。

 ……リリスの亡骸を、操りながら。

 その事実に気付いた俺は、これ以上の戯言など聞くまいと右腕を引き抜く。

 そして、リリスの胸に空いた穴から引き抜いた、返り血すらもついていないその右腕を真正面に向けて、突き出そうと……


「そして、聖剣を操る彼は、見事蟲皇の憑代を倒し……次代の蟲皇となるのさ」


 そんな俺の拳は、創造神のその言葉によってまたしても遮られてしまう。

 聖剣すらも打ち砕いた、神すらも殺す俺の右拳が、『爪』が……何気なく放たれたその一言であっさりと。

 ……そう。

 アルベルトが、俺を兄弟と呼んできたのは、妙に親しかったのは……アイツも俺と同じく、『世界を破壊する存在の憑代』となるべく選ばれた人間だったから、なのだろう。

 考えてみれば……それも当然、なのかもしれない。


 ──だって、元の世界で……あの平和な日本ですら友人が出来なかったこの俺に。

 ──あんな良いヤツが、何の意味もなく近づいてくる、訳がない。


 そう気付いた以上、創造神の言葉を否定し切れない。

 無視することなど、出来やしない。

 ……俺の殺意が萎んだのを見抜いたのだろう。

 創造神ランウェリーゼラルミアは笑いながら、更に言葉を続ける。


「ここからが、本題さ、ンディアナガルの憑代よ。

 蟲皇となったアルベルトは、その力に溺れることもなく、その権能をもって赤い蟲だけを滅ぼし、あの島の民衆に……機師たちに『真実』を突きつけることとなる」


 恐らくは、俺が最も聞きたくないだろう、言葉を。


「そうして地上の民全員と、黒き蟲によって……王族に退陣を迫っていく。

 万民が、平和に暮らせる世の中を創ろうとして、ね。

 そうして紅石(鉱石)の力を操り、あの男は砂漠の中に人々が住める土地を開拓していく予定、だったのさ。

 ……私の計画、ではね」


「な……そんな……」


 ……そう。

 ソレは……俺が最も聞きたくなかった、言葉。

 コイツが今、口にしたのは……破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能を手にした俺が、殺戮と破壊とばら撒くだけの災厄となっている現実を前に。

 アルベルトのヤツならば……アイツならば、世界を砂だらけに変えた権能を手にしたとしても、世界を一度は滅ぼしかかった『力』を手にしても。

 それでも世界を救えるという……その「あり得たかもしれない」未来だったのだ。

 ……つまり。

 破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能を持つが故に、あの塩の世界を、この砂の世界を破壊しつくしてしまったのではなく。

 俺の判断と決断と短絡の所為で、あの塩の世界もこの砂の世界も……誰も彼もが死ぬ羽目になったのだと。

 コイツは、そう、語ったのだ。


 ──認めたくない。

 ──認められない。


 恐らくはただのハッタリに過ぎないだろうその言葉を、俺は否定しようと口を開く。

 ……だけど、否定の言葉は出ない。

 所詮、コイツが語っているのは、ただ「あり得たかもしれない」程度の未来なのだ。

 証明する術もないただの言葉を、否定する術なんて……ある筈がない。

 結局は、あり得た筈の未来なんて……ただの戯言に過ぎない。

 ただ、起こってしまった現実は覆すことなど出来ず……アルベルトのヤツが例え英雄になったとしても、アイツが聖剣に選ばれたのは、その死後に過ぎず……

 ……アルベルトは結局、誰も救えなかったのだから。


「ま、生憎と貴様が現れた所為で、アルベルトは貴様を心の拠り所として、義妹の死にも黒き蟲に囲まれた時も、決して絶望することなく。

 その結果、蟲皇の憑代だったあの男以上の慟哭を……心の叫びを響かせなかった所為で、聖剣に選ばれることもなく……」


 そんな俺の胸中をまたしても見抜いたのか、創造神はそう告げる。

 徐々にその背に輝く翼は、彩りを失い始めているにも関わらず……死が近づいているにも関わらず。

 その事実に全く動じる素振りもなく、創造神は言葉を続ける。


「その結果、ああして衛兵によって死を迎えることとなり……

 私の考えていた、この世界の間違いを正す……その機会は失われてしまった、という訳さ」


 俺の胸中の……コイツの戯言を否定するための考えを、あっさりと消し飛ばす言葉を。


「そんな……それじゃ……」


「ああ、そうさ。

 貴様が来た所為で、何もかも……父神に直接世界に介入することを禁じられた私の、世界の歪みを是正する計画が台無しになったのさ。

 貴様が望んでいた、『正常な世界』とやらが訪れる機会は、貴様自身の手によって、露と消え失せたのだ」


 もう、否定しても、否定し切れない。

 アルベルトは……アイツは、この創造神ランウェリーゼラルミアに選ばれ、この紅石(こうせき)によって歪んでしまった世界を正すための、英雄だったのだ。

 そして、その機会は……


「馬鹿な、それじゃ、そんな……」


 ……俺の所為で、完全に失われてしまった。

 その事実を、俺はただ受け止められず、呆然と呟くことしか出来ない。

 腕が震える。

 手のひらに力が入らない。

 膝が踊り始めているのが分かる。

 歯の根も、合わなくなり始めていて……


「ああ、言ってやろう。

 無駄な殺戮と死をばら撒いた貴様は、結局、ただ事態を悪化させた、だけに過ぎない」


 震える俺に向けて、創造神は……リリスの身体は、そう笑う。

 もうその背中から生えている翼は、輝きすら失い……もはやどう見ても助からないのが明白であるにも関わらず。

 それでも、リリスの亡骸は、その声は、全く動じる様子さえ見せない。

 ただ、淡々と、言葉を続ける。


「無駄な努力、ご苦労様、だったな。

 ……ああ。

 最期に、一つだけ、サービスを、して、やるよ……この、クソ野郎」


 そして……それが、創造神ランウェリーゼラルミアの最期の言葉だった。

 リリスの亡骸から生えていた、背中の四枚の翼と、一枚の尾翼は次の瞬間にあっさりと……まるでガラスのように砕け散り。

 残されたのは……ただ身体中に刺突の痕が残されたままの、胸に大きな俺の拳が残されたままの、片足の少女の亡骸だけで。

 その、少女の亡骸が……ふと、目を開いたかと思うと。


「ガル、ディア、さま」


 そう、口を、開く。


「……り、り?」


 その奇跡に……死者が口を開くという奇跡に呆然と呟くだけだった。

 だけど、紅の義足を失った少女の身体がバランスを崩すのを見て、俺は慌ててその片足の少女の身体を抱き留めていた。

 それが、創造神の罠かもしれない……とは、考えすらしなかった。

 ただ、幾夜ともなく過ごした少女の肉体を、無意識の内に抱きしめる。

 ……だけど。


 ──ちく、しょう。


 こうして触れてしまえば……彼女の身体は、もう既に死んでいる。

 ……それが、分かる。

 分かって、しまう。

 蟲用の毒に侵されていたあの時と違い……俺がどう頑張っても、救う術すらないという事実すらも。

 その事実に、俺が歯を食いしばっているのを、少女はどう思ったのだろう。


「すみ、ま、せん。

 私じゃ、守れ、ません、でし、た」


 彼女の口から零れ落ちたのは、そんな……子供たちを救えなかった、自分を責める声で。

 リリス自身も、酷い目に遭わされていて……もうこうして、確実に死が訪れる以外の未来は、あり得ないというのに。


「ガル、ディア、さま、の、ように。

 私も、つよけれ、ば……」


 その事実に、俺は何も言えない。

 ただ、少女の最期の言葉を、聞き遂げる、だけ、で。


「でも、私、じゃ、ダメ、でも……

 ガル、ディア、さま、なら、出来る、から」


 そんな俺に向けて、片足の少女は、告げる。


「……この、世界の、みんな、を。

 私たち、以外の、子供たちを、守って、くだ、さ、い」


 もう叶わない……その言葉を。

 彼女の声に、俺は答えられない。

 答えることなど……出来やしない。

 もう彼女の願いは、叶わないのだ。

 ……自らも殺され、そして避けられぬ死を目前にしても、誰かを助けることを考えている、育ての親であるテテニスに似たのだろう、健気なお人好しの少女の願いは。

 だって。

 だって、もう……

 この俺が、何もかもを、滅ぼしてしまっている、の、だから。


「お願い、します、ガル、ディア、さま。

 何も、出来なかった、私の、代わり、に……」


 それがリリスの……俺と幾夜を共にした、共に暮らした、守りたかった、守れなかった少女の願いで。

 彼女を育てた、彼女とは血縁も何もない、同じように誰かの幸せを願って死んだ、テテと同じ言葉を、告げて。

 そのまま少女の肉体は……塩へと化して砕け散ってしまう。

 恐らくは……俺が胸を貫いた『爪』の所為で。


 ──そんな、馬鹿、な。


 少女の願いを聞いた俺は、首を振ってその事実を否定しようとする。

 ……そう。

 例え歪であったとしても、それでも世界を……人々を救うのが、少女の求めた、俺への願い、だった。

 だけど俺は、ただ彼女の亡骸を見て、勝手に世界を怒り怨み憎み。

 許せないと断じて勝手な理屈で、全てを壊したのだ。

 手を下さず、放っておけば……自然と救われ、素晴らしい世界になったのだろう、この世界を。

 生きとし生きるもの全てを殺し、何もかもを破壊し尽くし、蟲すらも塩へと変えた。


 ……この、破壊と死をばら撒くだけの、災厄でしかない、この俺が。


「何故、こんな……」


 その事実を前に、俺は首を振る。

 拳を握りしめ、歯を食いしばる。

 だけど……殺してしまった事実を、壊してしまった事実を、今さらどうにかできる訳もない。

 ただ、周囲には砂と塩しか残されていない。

 そして、それを直す術は俺の手にはなく……

 

「なんで……こうなるんだよぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉっっ!」


 その静かな世界に、俺の絶叫が響き渡ったのだった。


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