序ノ八
二年前くらいに大学卒業しました。生きてます。定期的に更新出来ればよいのですが、書くの鈍いです。多分、呪いでしょう。まったく困ったものです。
「さて、話してやるとするかの」
そうして権左衛門は猫神とネコカミ筋について、とうとうと語り出した。
「かつて、ワシのような憑き神と呼ばれる存在は八百万と呼ばれるほどに、この現世に数多暮らしておった。みなはそれぞれに異なった考えを持ち、時には傷つけあうこともあったが、普段は助け合い、たまには人間をからかったりして暮らしていた。平和を満喫していた訳じゃ。だが、ある日を境にしてプツリと糸が切れるように姿を消してしまったのじゃ。少しずつ、少しずつな。消えたと言っても八百万その全てではない。一部は残った。原因は判らぬが、おそらくは憑き神にとって必要な依り代たる人間が少なくなってしまったことが原因であろうな。初めから他人頼みでしか生きられぬ憑き神は淘汰される運命にある存在だったのかも知れぬな。うむ――」
権左衛門は過去を懐かしんで一人勝手に頷く。
母さんは神妙な表情で話にじっと聞き入っていた。
「で? それが俺の家に居候するのとどう関係して繋がるんだよ」 このまま話はダラダラ続きそうな様子だったので、うやむやに誤魔化されない内に俺は先を促した。
「まぁ、待て。お主が話に現れることを望む、ご先祖様もすぐ出てくるから」
せっかく感慨に耽っていた所を邪魔され、気分を害した様子の権左衛門はされど、話を切らずに先を続ける。
ほんの一瞬だけ、緑の瞳がゴゴゴと燃えるように光ったように見えたが、ギョッと畏縮した俺を見て、
「あ奴の家系じゃし、仕方ないか」 と、意味深な言葉を呟き、俺を呪うのは思い止まってくれたようだ。そのすぐ後、母さんの俺に対する貴様何言ってる、という無言の威圧、もとい修羅の如き表情にダブルパンチで畏縮することになる。
「時は天下の江戸、ワシは紅の橋のたもと、欄干の上にて普段使う猫の姿でたそがれておった。元々その時代での依り代の器になりそうな人間を探しておったワシはなかなか適当な者が見つからず、ほとほと困っていた。そこにぶらりと通りかかったのが修治のご先祖様という訳よ。
幸い、ワシの欲する依り代の器を奴は持っていた。
ちょうど退屈しておった所に珍事がやってきたのじゃ。
助けを求める娘が逃げながら、橋の辺りまでやってきてな、後ろからはいかにも小物といった佇まいの男共が追い掛けてきていた。
このままでは娘は哀れ、悪漢に襲われてしまう。
その時、修治よ、お主のご先祖様は何を思ったか、その場に割り込んでいった。無鉄砲ではあったがなかなかに面白い展開じゃ。
ワシは興味片手間にその珍事を眺めていた。あ奴、なかなか武道に長けておってな。悪漢に追われていた娘を後ろ手に庇ったかと思えば、あっという間に助けてやった。なかなかに器量のある奴じゃ。無論、力が足りなければワシも尽力するつもりではあったがな。なんせ、ようやく見つけた依り代たる器じゃ。そう簡単に手放せる訳あるまい?」
そこまで話すと満足したのか、権左衛門はうむ、と頷きながら口を閉じた。
なるほど、どうやら俺のご先祖様と猫神の馴れ初めはそこから始まったらしい。だが、結局猫神とネコカミ筋については今一つ、分からずじまいだった。まあ、きっといつかちゃんと話を聞ける機会はまたあるだろう。
「そのご先祖様の名前は何て言うんだ?」
最後に興味があったので、それだけを聞いてみる。
「猫飼秀成」
権左衛門はそう答えた。
思っていたよりも平凡な名前だったので、少しだけ残念に感じる。俺には大それたことが出来る人物には思えなかった。しかし、話だけならば十分にたる大物である。百聞は一見にしかず、だが、その出来事を見る機会は一生訪れることはないだろう。時代という名の時の流れをまたいで生きてきた猫神にしか、分からないことであるようだった。
ご先祖様のした偉業など、実際に目に出来ないのであれば、それはないも同然だ。
「あら、やだ。ご飯冷めちゃうわね」
母さんが湯気の上がらなくなった数品のおかずを見て、頬に手を当てる。それから茶碗に釜から白米をよそい始めた。
「はい、どうぞ」
俺と権左衛門、それぞれに手渡されるお椀を受けとる。その後、自分の分をよそってから、いただきます、と手を合わせた。
俺は今の話について何を思えばよいか分からず、ただ黙々とご飯を口に運ぶ。その時、何を食べたかもはっきりと認識出来なかった。
「どうした? 何を惚けておるのじゃ」
権左衛門に話し掛けられて思考の海から戻ってきた俺は質問にはすぐに答えずに、ただそちらを見やった。
猫神、権左衛門。未だはっきりと正体を掴みきれない、というよりも掴み所のない食えない奴。
それが俺の奴に対する印象だった。今は二階の自分の部屋に戻り、何をするのがベストかぼうっと考えている。奴も着いてきて、ベッドの上を占領して早くも植民地化していた。俺は搾取される立場という訳だ。
「どうして俺の部屋にいるんだ?」
明らかな敵意を向けて、俺は侵略者に対して問い掛ける。
「ん? 修治よ、主はワシの片割れであろう。なれば、問題はあるまい」
「その論理展開が理解出来ないんだが」
「まあ、気にするでない。事は全て成るように成るのじゃ」
権左衛門は楽観的に言うと、ベッドで再び、ゴロゴロを始める。幸せそうな表情に愛着を僅かでも感じることに苛立ちを隠せない。
「元は猫なんだし、天井とかで月を見つつごろ寝すればいいんじゃないのか?」
俺の提案に、しかし権左衛門は首を振る。
「春とはいえ、夜はまだまだ肌寒いのだぞ? そんな寒中にこのように可愛らしい女子を放るとは些か人でなしではないか?」
「自分で自分を可愛らしいという女子には少なくとも気を使う理由はないな」
俺は一言で権左衛門の訴えを一蹴する。
能力面で勝てない分、こういった所で採算を取っておかないと割に合わない。さもしいとは思えど、こうでもなければ、やっていけない。
「大体、人間じゃなくて猫じゃないか」
「む、そこを突かれると何とも痛いが……」 そう言って権左衛門は何故か脇腹を押さえる。槍か刀で突かれたような大袈裟なジェスチャーだが、とりあえず気にしないことにする。
「まあ、良いではないか。減るものでもなし」
「少なくとも、俺の寝場所が奪われている」
「その程度気にするようでは懐の矮小さが知れるぞ? お主にはそこがあるではないか」
権左衛門は首でしゃくるようにして、方向を顎で差す。
「そこ、って……」
どう見てもそれは押し入れだった。どこかの狸型ロボットのように中を根城にしろということか。
「押し入れとてそれなりの空間はあるぞ」
「俺の意思はどう反映されるんだ?」
「ふむ、そのようなことは知らぬ、存ぜぬ、気にはせぬ。見ざる、言わざる、聞かざるじゃ」
権左衛門はそれきり、ガバッと布団を抱き締めて、ここはもうワシの場所じゃー、と言わんばかりだった。
「なら、俺は向こうのもう一つの方にある部屋で寝るかな」
権左衛門が場所を譲らないというならば仕方ない。俺が妥協案として別室を使うのがベストだろう。
そうして肩をすくめつつ部屋を後にしようとする。
「待てッ」
強い口調で制止の号令がかけられる。
「ん、どうしたんだ?」
権左衛門が声を荒げた理由が分からず、問うことにする。
「修治、お主もこの部屋で寝よ」
「いや、だって俺の寝る場所占領してるじゃんか」
「……」
権左衛門はキッと口をつぐんだまま、答えない。たまにこちらを見て目を泳がせた後、また逸らしてしまう。心なしか頬が朱に染まり、ある感情を秘めた表情を浮かべていた。
「俺に、一緒に寝ろって言ってるのか?」
「……」
問いかけに返ってくるのは無言。
「寂しいってことか? ……なんだ、それならそうと早く言えば」
そう言って近づく俺を権左衛門は片手で制止する。
「いや、違う。お主の寝場所ならば、そこがあるであろう?」
そうして指差すのは。
「って、押し入れじゃねえか!」
「ふむ、その一室は押し入れというのか」
だぼだぼのトレーナーで腕を組む権左衛門は神妙そうにして、呟く。
「押し入れを一室というには語弊が多大にある気がするが」
「まぁ気にするでない、寝るだけなら十分であろう?」
「それを決めるのはお前じゃなくて、俺だと思うんだが」
「ふむ、そうかの?」
聞いているのか聞いているふりをしているのか、どこか落ち着きなくパタパタとベッドの上で感触を楽しんでいた権左衞門は、
「では寝るぞ」
突如、動作を止めてクタリと力尽き、次の瞬間にはすぅすぅと寝息を立てていた。
「おい」 俺の何度かの呼び掛けに、権左衞門の反応はなかった。口元には涎。既に熟睡領域に突入したようである。
「……」
無言の溜め息を吐き、俺は押入れの扉を開き、その長かった一日を脳内で回想しつつ、眠りにつくことにした。
矛盾点とかがないか、一度読み返しをしようとすると恥ずかしくなります。ある程度出来上がってから、再編集をしたいと考えていますが、ご容赦下さい。