序ノ四
HRが終わり、羞恥心を煽る精神的拷問タイムからは解放される。
あの後、俺はすぐにあれこれとフォローをして、何とかその場の雰囲気を纏めた。
けれども、この気分の落ち込みを持ちなおすには、少なくとも三分カップラーメンが六十杯出来るだけの期間……つまり、三時間を超える時が必要だった。
最近は一分ラーメンなどというものもあるらしい。
「修治くーん、大丈夫ー?」
このように、途中も栄ちゃんが話し掛けてくれたりはしたのだが、どこか悔しくて無視する。
ここまで素直な自分に泣きたいね、本当に。
そんな俺の気持ちなどは一切無視で、授業は淡々と進行していく。次回の教科内容で必要になる道具、自らの趣味を教師たちは紹介する。
毎度お馴染みの行為に、生徒もそろそろ飽きてくる頃合い。
その時くらいになって、ようやく俺の気分は欝状態から脱出した。
「えーと、もう大丈夫?」
問い掛ける栄ちゃん。
「お、おう……さっきは悪かったな」
「仕方ないよ、運が悪かったんでしょ」
こんな感じで栄ちゃんは優しく声を掛ける。全くいい奴だねぇ。
微妙に目と口元がプルプルしてるのが気になるが。
「ふふっ、バレちゃった? だって、あの時の修治くんのテンパりっぷりと言ったらもう――」
頼む、それ以上言わないでくれ。でないと、本気で殴ってしまいそうだ。それとも何か?
貴様はサディスティックマゾヒズムオールOK野郎なのか?
「くっくっ……苦しいよ、修治くん」
胸ぐらを掴まれて顔色が青くなる宗道栄徳。血流が止まり、次第に顔面は蒼白になっていく。
彼が黄泉へ落ちる一歩手前で俺は手を離した。
「けほっけほっ……」
このように俺と栄ちゃんは仲が良い。
「それで、七不思議の方は何か進展はあったのか?」
大して興味はなかったが、一応聞いてみる。
すると、栄ちゃんは目を輝かせて、
「凄いよ凄いよ、大収穫。色々ありすぎてどれから手を付けたらいいか分からないくらい!」
もう少しで、歌って踊りだしそうである。
「ほぉ」
「まずは最新情報、音楽室で舌を出すっていうのはベートーベンでもヨハン・シュトラウスでもなくて第三人物。何と、ミケランジェロだったんだ!」
「ふむふむ」
「……あれ、何でミケランジェロが音楽室にあるんだ? とか、ミケランジェロって普通は美術室にあるんじゃなかったっけ? とかの、ツッコミは?」
「へぇ」
「……あのさ、ちゃんと聞いてる?」
すまん、ばれちまったか。
大体な、俺にはそういう非異論理的な事柄に真面目に答えるような奴がたくさんいるとは思えない。きっと、ほとんどの情報が冗談か野次馬の紛い物だと思うぞ。
「うーん、なるほど、そういう考えもあるかもね……でも! そういった嘘情報にも真実はあるはず。その真実を見出だすことこそがこの僕、オカルトハンターに課せられた使命なんだ!」
このように、断言する栄ちゃん。
称号が変わっていることには敢えてツッコまない。
もし、このまま付き合っていたら、俺もいつか同じようになってしまうのではないか。そんな、一縷の不安はよぎる。
しかしながら、今まで一緒にいてもほとんど変化はなかった。そのため、心配するほどのことでもない、ように思える。
「それで、話の続きなんだけど――ほら、今日学校に来る時に話してた、あの七不思議以外の不思議って奴」
「あぁ、そんなことも言ってたかもな……で、それがどうした?」
「その不思議の詳細が分かったんだよ、ある所から情報を仕入れてきてね、僕の知らなかったネタも豊富でさ、かなり興味深かったんだ。オカルト魂を揺さ振るっていうか、信仰を強めるというか――」
「回りくどいこと言ってないで、早く本筋に入れよ」
俺がそうやって急かすと、
「まぁまぁ、すぐに説明するから」
ようやく本題に入った。
「地方神猫神伝説」
……なんだそりゃ。
「ネコガミ伝説……?」
「あれ、聞いたことない? 猫神伝説、猫の神様のこと」
いや、意味自体は何となく分かる。だが、そういうことじゃなくてだな。
「何十年も何百年も生きた猫が変わると言われてる異能を持つ猫――」
その場合は猫神とは言わなくて、猫又と呼ぶんじゃないか?
「戌神があるんだから、細かいことは気にしたら駄目だよ」
「そういうものなのか……」
「うん!」
何故か、言い包められてしまった感が強い。
戌神というのは名前の通り、戌の神様。人間にはそれに代々憑かれた物、戌神一族というものがあり、場合によっては憑き物筋とも言われる。
地方で伝わる話は善霊だったり、悪霊だったりするので確かな話は分からない。
中学時代、俺は栄ちゃんに、延々とそんな話をされたため、ほとんど覚えてしまったのだ。
これは今の人格形成にもきっと作用している気がするため、あまり誉めたものだとは思えない。
いや、よく思い出すと戌に似た動物霊だったか? まあ、どうでもいい。
「その猫神が生まれる時期があるらしくてね、初耳だったんだけど」
ほぉ、栄ちゃんが初耳とは相当の物だな。俄然興味が湧いてくるぜ。
無論、冗談だが。
「それが何と今年なんだって」
……そんなピンポイントなこと、どうやって知るんだよ。間違いなく嘘だな。
「大体、そんな嘘臭い話、誰が言ったんだ?」
すると、栄ちゃんは不敵な笑みを浮かべて、一言。
「榊さん」
「俺の前の……アイツか?」
小声で問い掛けると、
「そう」
と、栄ちゃん。
「……そういう話、好きな奴だったのか?」
「うんにゃ、そういう訳じゃなくて聞かれたから答えただけ、そんな感じだったよ。だからさ、あんまり深くは尋ねなかったけどねー」
「ふん」
どんな奴なのか分からなくなってきたな、榊紅葉。
果たして、不思議キャラか単なる冷やかしか。後で調査の必要がありそうだ。
こんな風にして時間は過ぎ、そして、放課後になった。
次話からようやく話が動いていく予定です。とはいえ、しばらくのまったりムードは変わらないかも……。最後までお付き合いいただければ幸いです。