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猫神  作者: 角野のろ
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次ノ十二

遅筆なりに週一更新を目標にしています。

 鏡に映る自分、その奥には背を向けた自分が映っている。更にその奥にも正面を向いた自身の姿、だんだんと小さくなりながら、交互に自らの姿が映っている。

 更にその奥を見ようとじっとしている内に自分が鏡の振りをしている化け物の口に飲み込まれようとしている、そんな妙な幻覚を想像してしまった。

 ふと、気がつけば校舎の廊下にいたはずの俺は見知らぬ場所にいた。周囲をもやもやとした霧か霞のようなものに囲まれて自分がどこにいるのか分からなかった。

〈――修治よ、鏡の中に入れたようじゃな――〉 

 腕から腰に結び直した猫紐から権左衛門の声が聞こえる。トランシーバーの役割を果たしているらしい。

 どうやら、俺は鏡の中に入ってしまったということらしかった。音はあまり鮮明ではなかったがこの様子ならば、声が届かなくなる心配はなさそうだった。今のところは、だが。

「俺の声は聞こえてるのか?」

 猫帯に変わった猫紐を引きながら声を掛けると権左衛門からの返答がくる。

〈――うむ、聞こえるぞ。言い忘れていたがその中では自分が何者か、強く意思を保つことじゃ。でなければ、自分が何だったのか思い出せなくなり消えてしまうことも有り得るからな――〉

「おいおい……」

〈修治よ、栄徳らを助けるのじゃろう? 多少の危険はあると分かっていたはずじゃ〉

「そりゃ、まぁ……」

〈――時間は限られておるかも知れぬ。一刻も早く栄徳らを見つけ出すのじゃ――〉

「言われなくても、分かってる」

 強がりの軽口を叩くも、見つけ出すには視界が不明瞭だった。

〈――今、お主がいるのは鏡の中、鏡はお主の望む物を写し出す――〉

 俺が今、一番望んでいるもの。栄ちゃんや葵さんがどこにいるのか。

 見つけたい。見つけなければ。見つけるんだ、絶対に。

 強く念じれば念じるほどに、周囲の霧が晴れてくるのを感じた。この霧は自身の心の中を写し出したものなのだろうか。

 それならば、明確な目的を持つことで霧が晴れるのは理解出来る。鏡は己の姿を写し出すものだ。

 霧が晴れるとそこは周囲が銀色の結晶に囲まれたドームのような場所だった。

 横に倒れている葵さんや栄ちゃんの姿を見つけた俺は慌てて駆け寄った。

 二人とも意識はなく力が抜けていたが、脈はあるようだったので安心した。

「見つかった!」

〈――でかしたぞ。修治――〉

 権左衛門にしては素直な誉め言葉だったことには驚いたが、そんなことよりも今、大事なのは二人を鏡の中から救い出すことだった。猫紐を少しだけ弛めて栄ちゃん、次いでセクハラにならないよう注意しつつ葵さんの腰辺りに縛る。最後に改めて自分に巻いて絞め直した。根性なしと言われようが仕方あるまい。

「よし、いいぞ。権左衛門、ここから出してくれ」

〈――む? 何か言ったかの、修治よ――〉

「ボケのつもりなら、面白いくないんだが……とっとと出してくれ」

<――ちょっとしたお茶目なのじゃが――>

「冗談にしても今は面白くない。早めに頼む」

 権左衛門に準備完了を伝え、脱出を計ろうとした時だった。

 

「おい、待てよ」

 誰もいないはずの場所で声を掛けられたことに驚き、振り替える。そして、更に驚愕する。

 そこには俺がいた。

「お前は……誰だ?」

「俺はお前だよ、修治」

 俺の上擦った声に対し、もう一人の俺は落ち着いた様子で答えた。気が動転しそうだ。姿や格好、すべてが俺と同じだった。

「悪いが、放っておいてくれないか」

「少しくらい、いいじゃないか。時間は幾らでもあるんだから」

 鏡の中にいたもう一人の俺は近づくと俺の肩を掴む。まるで脱出を阻止しようとしているようだった。

「提案があるんだ」

「なんだよ……」

「ちょっとだけでいいから、俺と交代してみないか?」

 親しげに話しかけるもう一人の俺。その笑みが俺を油断させるためのようで怖かった。

 後ずさりしながら、猫紐に向けて話しかける。

「権左衛門! 早く! 早く引っ張ってくれ!」

〈――なんじゃ、声を荒げておるようだが、何かあったのかの?――〉

「悠長に話してる余裕がないんだよ」

〈――むぅ、仕方ないのう。荒療治になるが、我慢するのじゃぞ?――〉

「いいから、早く!」

 俺としては一刻の猶予もなく、この場から去りたかった。二人を見つけられたのだから、もうやることはないはずだ。

「どうしたんだ? 少し落ち着けばいい」

 もう一人の俺は俺が引いた分だけ、一歩一歩近づいてくる。

 顔は笑っていたが、目は笑っていないように見えた。

 瞬間。

「うっ、おえっ」

 急激なGが掛かり、俺たちは猫紐に加えられた強烈な力に引き寄せられた。

「うっ、うわぁあああ!?」

 もんどりうって転がり、崩れる。

 気がつけば、そこは始まりの廊下だった。

「無事に出られたようじゃな」

「お、おう……さんきゅ」

「出てきたのはお主で間違いないな? 修治よ」

「何言ってんだよ。そんなの俺に決まって……」

 言葉の途中で、一抹の不安に思い至り、ゾッとした。本当の俺はまだ鏡の中にいるとか……。

「まぁ、冗談だがの」

 そう言って、権左衛門はカカカと笑った。まったくビビらせやがって、こっちにすれば笑い事じゃねえ!

「本物か偽物かなどより、大切なことがあるからのう」

 俺は権左衛門の言葉に何か引っかかるものを感じたが、調べたらそのまま引き返せなくなりそうだったので、強制的に思考を停止した。

「それにしても、お前、見かけによらず馬鹿に力があるなぁ」

「む? それはワシではないぞ。こ奴の力じゃ」

 そう言って、権左衛門はいつの間に持ったのやら、閉じた扇子をある方向に向ける。俺はそちらに目をやり、腰が抜けそうになった。

 圧倒的な巨体、その威圧感。隆起した鉄錆色の硬い肉の塊。桃太郎のような昔話で良く見かける怪物、鬼がいた。

「こ奴は三吉、縁があって仲を紡いだ者の一人、秋田から遠路はるばるやってきたナマハゲじゃ」

「権左衛門の姉御に呼ばれた。だから、来た」

 ナマハゲとやららしい三吉は片言喋りの随分とのんびりとした声だった。

「そっか……」

 その瞬間、腰は抜けたが、ひとまずは安心していいようだった。


 どうにか助け出した日向さんや栄ちゃんをほったらかしにする訳にもいかなかったので、玄関口近くに横たえることにした。

 学校の管理部に匿名で連絡を行ったので、あと少しすれば、見つけてもらえるはずだ。その際、管理部に対応の確認をすると安否確認のため、病院に運ぶとのことだった。怪思之高校にほど近い病院へと運ばれる手配がされたようだ。その後、親族への連絡が行われた。

 幸い二人の命に別状はないようだったが、長期に渡り、鏡の中にいたことによる精神への影響が心配だった。

 連れ帰った二人が本物かどうか、権左衛門の問答を思い出すと不安だが、確かめる方法はないし、今は助け出せたことだけを事実にしたかった。

 助け出せた人がいる一方、助け出せなかった人がいるのもおそらくは事実なのだ。

 鏡のことも気になった。

 あの時見たもう一人の俺は鏡が作り出した虚像、ドッペルゲンガーだったのだろうか。いや、鏡の中では奴は本物の俺自身だったのかも知れない。

「鏡によっては本人ととって変わろうとする輩や、血塗れにして殺してしまうものもおるらしいからのう。それに比べれば、消えるだけな分、この鏡は良心的だったのかも知れぬな」

「良心的の基準が良く分からないんだが」

 消えていなくなるのと死ぬのを比べても、土俵が違う気がした。何はともあれ、事件は解決したのだ。

 全ての消えた人が見つからなかったのは別の原因があったのか、あるいは同じように鏡の中に閉じ込められて、長い時の間に出られなくなり、そのまま消えてしまったのか。

 今だけはせめて別の原因であると信じたかった。

 とにかく色々なことがあって疲れた。栄ちゃんや射手矢、榊さんがいる。権左衛門を含めていいかはもう少し考えたいところだ。

 今、ここにある日常、それが確かなことが嬉しかった。また、その尊いものをなくしたくはなかった。

「くたびれた……」

 誰に言うでもなく呟くと、俺は襲ってきた睡魔に身をゆだねることにした。

第一部がこれにて終わります。次回から、新しい展開が起こる予定ですが、プロットが間に合っていないため、しばらく更新が出来ないかもしれません。

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