序ノ二
カーテン越しに陽光が入ってくる。目蓋を通して眼球に当たる日光が異様に眩しく、思わず呻き声を上げてしまう。
俺はベッドの中で目を覚ました。
「朝か……」
鼻孔に微かな甘い匂いが漂ってくる。おそらくトーストに染みたミルクと蜂蜜の香りだろう。寝ている間に空になった腹が欲望を刺激され、分かりやすい陳腐な音を催す。それ以外鳴らないのもまた忠実で良いことではあるのだが。
「腹……減ったな」
体を無理に起こし、枕元に掛けておいた制服に着替える。まだ頭がぼんやりとしている。今は何時だ?
七時三十分。学校に行かねばならないその時まで、まだたっぷり一時間と三十分は余裕がある。
「おはよう」
「あら、おはよう、修治。今日は随分と起きるのが早いのねぇ」
階段を降り、母の理沙に挨拶をしてからテーブルに付く。早朝のニュースを見ながら、ゆっくりと朝食を摂る。
こんがりと狐色に焼けたフレンチトースト。オーソドックスだが、朝食としてはまずまず。インスタントコーヒーにもお湯を注ぐ。
「そうそう、今日は宗道くん、迎えに来るの?」
理沙が友人の名前を口にする。
「ああ、そういえば、そんなこと言ってたような……」
記憶の片隅から捜し始める。
同じ地元の学校に受験し、無事に合格。その合格発表の掲示を見た直後。不安な気持ちが安堵と喜びに転化し、胸に溢れている状態。
その時、栄ちゃんは一言、
「近所なんだし、どうせなら一緒に行こうよ」
このように、誘ったのである。
そこまでを思い出した所で、鳴るチャイムの音。まさに示し合わせたかのようなタイミング。玄関まで行くとそこには前言通り、友人がいた。
「おはよう、修治くん」
にっこりとはにかみながら、彼、宗道栄徳は俺に挨拶する。小柄で華奢な割に大きな声。
鼻先に掛けた眼鏡のおかげか、知的な印象を受ける。そのガラス越しにある大きめの瞳はキラキラと輝いていた。
「おーす、栄ちゃん」
そう、彼のあだ名は栄ちゃんである。宗道栄徳という古めかしいのか斬新なのかよく分からない名前。どうにも呼び辛かったため、いつの頃からか、中学では簡単にそう呼ばれるようになっていた。
彼とは幼稚園以来の幼なじみであり、小学校と中学校も同じだったからもう、十二年ほどの付き合いになるだろうか。家が近いこともあり、お互いの了承を経てよく一緒に学校に行くようにしていた。その習慣は高校に入っても変えるつもりはないらしい。
「今日から高校初登校だよー」
俺は壁掛け時計を確かめる。八時十分。まだ十分に余裕があることを認知すると、
「おぅ、早速ですまんのだがもうちょい待って貰えるか?」
栄ちゃんに待ち時間延長の許可を申請。
「うん、いいよー」
ウキウキ笑顔を崩さずに栄ちゃんは了承する。
「悪ぃな」
そんな気のいい友人に感謝しつつ、俺は身嗜みを整える。慌てて歯磨きをし、髪も整える。そして、準備を完了した所で、待たせた友人に詫びをいれる。
「よし、そんじゃ行くか!」
「うん! 高校ではどんなことがあるのかなー」
こうして、俺たち二人は学校に向かうのだった。
今日から通うことになる怪思之高校は長い坂を登った、更にその先の山中にあった。歴史は古いらしいが一体何時の何年に建立されたのかは知らない。
近くにもう一つ別の高校もあったのだが、そこは何となく雰囲気が気に入らなかったので止めた。受験時に万が一落ちない方を選んだというショボい理由もあったりはするのだが。
「同じクラスだといいねー」
スタスタ歩を進めながら栄ちゃん、こと宗道栄徳が話し掛けてくる。俺はどちらかというと、歩きながら話すのが面倒だったりするので時々、話半分に相槌を打っている。
「あ、そーだ! 修治くんはさ、この学校って色々怪しい噂があるのって知ってる?」
「ん、あぁ、あれだろ? 真夜中に音楽室に行くとベートーベンの肖像がペロリと舌を出したりするとかいう」
「舌を出すのはヨハン・シュトラウスじゃなかったっけ……って、それはどうでもいいけど、学校の七不思議だねー」
「どこの学校にもあるもんじゃないのか?」
俺が尋ねると、
「んー、まぁそれはそうなんだけど、ここには別の……そう、他の不思議もあったりするみたいなんだよねー」
「なんだそりゃ」
こいつは昔からそうだった。妖怪とか幽霊とか、そういった魔化不思議なモノに興味を惹かれるのだ。頭が良い癖にそんな話ばかりするので密かに付いた称号がこれ、オカルト博士。
「へー、そんなあだ名が付いてたんだー。何か嬉しい」
そうだろうな。公に自らを妖怪オタクと自負していたくらいだから。
「あ、もう学校だね」
話している内にふと、気が付くともうそこは校舎前だった。左右に無駄に立派な石の柱がそびえ、金属製の門を固定している。まるで優秀な門番のようだ。
「さて、それじゃあ同じクラスであることを願って」
「あぁ、せいぜい神にでも祈っとく」
神様なんてモノが実際に存在するかは疑問が残る。だが、何もしないよりはマシだろうさ。
俺と栄ちゃんはこのような会話をして校門をくぐる。
校舎はコンクリートで作られた、一般的な白塗りで中央には時計塔。そのすぐ隣には何故なのか、現在の校舎よりも立派に見える、旧校舎が顕在である。
その他は山の中にあるということ以外、本当に平凡な、何もない普通の学校。
そう思っていた、アイツに出会うまでは。
題名にある、猫神の登場までは、まだしばらく掛かる予感がします。完結は何時頃になるかは分かりませんが、なるべく頑張りたいと思いますのでよろしくお願いします。




