次ノ十
遅筆なりに週一更新を目標にしています。
現時点でこの場にいない榊さんを除くオカルト研究部一年メンバーで話し合った結果、まずは聞き込み調査をすることになった。主に意見を出したのは栄ちゃんだったが、それは彼が活動内容に一番乗り気なわけだからいた仕方ない。それぞれの思う所で聞き込みを開始した。
クラスメイト数名から話を聞く中で葵さんが直前まで、図書館で調べ物をしていたらしいことが判明した。その都合上、否応なしに図書館といったら一人しか思いつかない彼女にも声を掛けることになった。
その彼女である榊紅葉は案の定、図書館にいた。HRの時間にいなかったのはまじめに見えて実はおさぼりな子だったのかも知れない。体調を崩したため、保健室にいたという可能性や遅刻というパターンもありうるが。
「日向さん……そうですね。確かに遅くまで図書館にいたと思います。彼女に何かあったんですか?」
榊さんは小首を傾げ、その動作でかかった前髪を自然に人差し指で払う。流れるようなサラサラヘアだと感じた。
「どうも、そうらしいんだ。榊さんも同じ時間に図書館にいたんだね」
「ええ、ちょうど読みかけの本があったので。静かな場所で落ち着いて読みたかったんです」
「なるほどね。ちなみに日向さんのことなんだけど、どうやら家に帰って来なかったらしくて、学校に連絡が来たんだって」
「えっ!?」
榊さんは驚いて口を押さえた。わざとらしさはなく本当に驚いているようだった。
「私も日向さんとは交流がありましたから。彼女が無事ならばよいのですが……」
「うん。何かの事件に巻き込まれたんじゃなければいいけどね。不謹慎かも知れないけど榊さんも遅くまで図書館にいたなら、日向さんと同じようにいなくなってた可能性もあるから、ここにいて安心したよ」
「え……」
何故だか分からないが、榊さんの頬が少しだけ赤くなったような気がした。
「あ、特に深い意味はないんだ。えっと他に昨日の葵さんについて何か知ってることはあるかな?」
気まずい間にならないよう、間髪いれずに質問をぶつける。
「その……残念ですが」
「そうか、時間取らせてごめんね。それじゃまた」
「ええ、また」
榊さんは穏やかに微笑みかけた。
「ねぇ今、あなた葵のこと話してなかった?」
榊さんから話を聞き終えてすぐのことだった。少しつり目の気が強そうな女子生徒だった。彼女の口調は少しきつめで鬼気迫るものだった。
「い、いや……人から頼まれて葵さんがどんな人だったのかを調べているんです」
俺が慌てて答えると、彼女はがっかりした様子で肩を落とした。
「そう……あの子は親に黙って家出するような子じゃないよ、あたしの知ってる限り。あの子、真面目だから。もし仮に、家出を企てたとしても、必ず親に手紙とかを残していく、そんな子。そもそも家出だってするような子じゃないわ」
そう言って、彼女は不安気な表情を浮かべる。葵さんがどうしているのか、心配していることがよく分かった。
「あの子が居なくなった日も、そうよ。突然、忘れ物をしちゃった、って言ったの。あたしが待ってるわ、って言うと悪いから先に帰ってていいよ、って。学内に一人で戻って行っちゃったんだ。もし、あの時に止めてたら葵は居なくなったりしなかったのかな……」
「そんなことはないと思いますけど……でも、それなら忘れ物を取りに戻ったって、葵さんが居なくなる直前にした行動で間違いないですか?」
「ええ、多分ね。居なくなった正確な時間までは分からないんだけど。先に帰っててって言われてそれきりだったから」
「そうですか……何を忘れたのかは聞きましたか?」
「いいえ、一瞬のことだったし。聞くような時間もなかったし……ただ、これくらいのサイズの」
そういうと、彼女はジェスチャーで両手の親指と人差し指の間を角にした長方形を目線に表した。
「なるほど。ありがとうございます」
これ以上は得られる情報はなさそうだった。
「もし、葵がどうしてるのかが分かったら絶対に教えてね……」
彼女は心中穏やかでない様子で表情もどこか虚ろだった。何せ、居なくなるその直前まで一番身近にいた人間なのだ。原因という訳ではなくとも、少なからず自分にも責任の一端があると感じているのだろう。
「分かりました」
俺は安心してもらうためにも、了承の返事をする。
人に心配してもらえるって、実は何気ないけどすごく嬉しいことだよな、とか少しだけ感傷に浸ってみたりする。仮に俺が居なくなったら誰か心配してくれる人はいるだろうか。居なかったら嫌だな、せめて母さんや親父くらいには心配してもらいたい。比較的放任主義ではあるが、こんな時くらいは心配してもらいたい。
あとは……栄ちゃんと射手矢、かな。なんだかんだいって二人は優しいからきっと、俺が居なくなったら本気で心配してくれることだろう。我ながら、思いつく人間の数が極端に少ないことに嘆きを覚えつつ、授業が始まる時間なので席に戻った。
授業終わりから放課後になるまでの間、俺たちは消えた女子生徒、葵さんの情報収集に走り回った。
合間を見ては日向葵さんと交流のあった数名に声をかけたが、一番初めに訊いた彼女が葵さんを最後に見た人間で間違いないらしい。つまり、彼女が消えた時間帯はおそらく学校内で教室から昇降口までの間、あるいは帰宅途中の路地だ。
午後になり、空が夕暮れて辺りに静けさが漂ってくる時間帯。
放課後、人の減った校舎で一体何が起きているというのか。
「悪い。俺、これからバイトなんだわ」 それぞれで手分けして原因を調べようと息巻いていた俺たちは部長の思いがけない言葉に面食らった。
権左衛門はというと独自の伝手を当たってみるとのことで、部室には来ていない。面倒だからとサボっているのではなかろうか。
「え、それはどういうことです?」
「参加したいのは山々なんだがな。バイトは生活のために外す訳にはいかないからな。家までの地図は手に入れたから後はよろしく」
常盤先輩はじゃ、と左手をかざすとそそくさと部室を出て行った。……微妙に白けた。
「帰る、か……」
「そんなこと言っちゃ駄目だよ修治くん。二手に分かれて調べた方が早く終わるよ!」
正論とも健気とも言える栄ちゃんの言葉は不真面目な俺に容赦なく突き刺さった。仕方あるまい。
「じゃあ、僕が校舎を調べるから修治くんは帰宅までの道中をお願いね」
どちらが楽なのかは分からないが、作業としてすることは変わらない。
俺は栄ちゃんに葵さんの友人から聞いた情報を教える。
「忘れ物……か。んー、なんだろうね」
それから二手に分かれることにする。
常盤先輩からの地図を頼りに路地を歩く。何を見つけたらいいのかも分からず辺りをキョロキョロと見回す。
そもそも。忘れ物は学校でのことだというなら、こんな路地の途中に何か情報になりそうなことなどあるものか。
葵さんの家まで行ってみるのも一つの手段かと思い始めた矢先、携帯電話の呼び出し音が鳴った。普段はマナーモードだが、栄ちゃんからの連絡にすぐに気づけるように音の鳴る状態にしておいた。
この音は栄ちゃんのものだ。
「もしもし、修治くん?」
「俺の携帯なんだし、大概その携帯で出るのも俺だろうな」
「ハハ、そうだね」
「それで用件はなんだ?」
「分かったよ、日向葵さんの忘れ物の正体が――」
「日記?」
俺は栄ちゃんの回答を聞き返した。
「うん、教務部の受付が閉まる直前に忘れ物が届いてないか確認してみたら、届いてたよ。葵さんが忘れた大事なもの、それはいつも書いている日記だったんだ。多分校内に置き忘れて中身を見られるのが恥ずかしいから取りに戻ったんだと思う。机の上とかに置いてあったのかもね。中を見ちゃうのは失礼だから預かっただけで見てないけど」
「その日記に葵さんについて何か手掛かりになりそうなことが載ってたりするんじゃないか?」
「あ、そっか……ちょっと待ってて。葵さん、ごめんなさい」
ペコリと片手で携帯を持ちつつ、頭を下げる栄ちゃんが一瞬、思い浮かび苦笑いしながら先を待つ。
「……うーん、特に家出とかをする理由みたいなことは書いてないね」
「そうか」
「でも、すごいあったかい日記だって感じるな。普段の何でもない日々がかけがえのないものって雰囲気が伝わってくるもん。でね、今から落ちていたって所、そこに行ってみようと思うんだ」
「それ、一人じゃ危ないんじゃないか?」
「多分ね」
「俺が戻るまで待てないか?」
「修治くんは連絡が取れるようなら権左衛門さんに連絡しておいて。とりあえず僕一人で調べてみたいこともあるんだ」
「ああ、分かった。でも、気をつけろよ……」
「うん」
プツリという携帯を切った際の電子音に続き、通話の途絶えた音が続いた。
その日。それ以後に栄ちゃんから連絡が来ることはなかった。