間章
遅筆なりに週一更新を目標にしています。
その日、日向葵は帰りが遅くなってしまった。
図書館で調べ物をしていて気がつけば夕暮れ、窓から光は刺さなくなっていた。慌てて帰り支度をし校門まで来たのだが、不幸にも自分が教室に忘れ物をしたことに気づいてしまった。
教室までの道筋にある廊下の明かりをつけようかとも思ったが、見回りの教師にばったり出くわしたら、こっぴどくしかられてしまうかも知れない。一度きりだが、以前、帰りが遅くなった時に凄まじい勢いで怒られたことがあったため、出来ればそんなことはごめんこうむりたかった。
しかし、彼女は暗所自体があまり得意ではなかった。
暗闇には何故だか、何かが潜んでいるような気がして、どうしても怖かった。
忘れたのはそこまで必要なものでもなかったから、一度、別の紙にでも書いておいて、明日改めて忘れ物を回収して書き直す、でも良かったのではないか。そうしなかった自分の選択に後悔する。
だが、ここまで来たら、最後までやるしかない。
視界が狭くなれば、どういう訳か他の五感が鋭敏になる。自分の足音だけが耳に印象的に残り、ビクリとするが、それ以外に音がないことに安堵する。
足音が余計に聞こえるという訳でもない。大丈夫、大丈夫。
今、ここにいるのは自分一人だけだ。良くも悪くも孤独に勇気づけられるというのはおかしな話だが、彼女は少なくとも勇気づけられていた。
教室の扉は閉まっていたので、大きな音が出ないようにそうっと開ける。
それでもガラガラと嫌な音を立てる。聞き耳を立てるように、彼女は周囲を窺った。
よし、問題なし。見回りの先生もいないようだし、ここまでくれば、後は机の中を探って忘れ物を取り出すだけだ。整理は普段からある程度行っていたので、探し物はすぐに見つかった。
見つけるものは見つけたし、長居は無用だった。
一刻も早く、この場から立ち去りたい。
タタタタタ……
駆け足で、脇目も振らずに薄闇の中へ踏み出していく。
「痛ッ」
明かりも点けず、足元が良く見えない中を走ったため、自分の足に躓いて転んでしまった。
「はは……ドジだな、あたし」
誰が見てる訳でないが、スカートの裾の乱れを気にしてポンポンと埃を払って直す。
「……あれ?」
何故だろう、誰もいないはず……。なのに誰かに見られていたような、そんな気配を感じる。
おかしい。
こんな時間に学校にいるのは職員室で残業をしている先生か、あるいは見回りの先生、懐中電灯の明かりもないから、おそらくは誰もいないはずだ。
気味の悪さがつま先から全身に広がって背筋がうすら寒くなった。
「ひっ」
すぐ隣に誰かの視線を感じた気がして、身がすくめて恐る恐る見やる。
「――なんだ……鏡か」
ホッと安心した反動で息を吐く。こんなことで一喜一憂して馬鹿みたいだ。
しかし、ふと、先ほどまでとは別の恐怖が唐突に湧き上がってきた。
あれ、さっきまでこんな所に鏡なんてあっただろうか。
自身の虚像が浮かぶ鏡を前にして、悪夢に取り込まれてしまったような妙な気分になる。目を逸らしたくても逸らせなかった。
もし、少しでも目を離したらその間に鏡の向こうの私が、私の首を掴んで絞め殺そうとするのではないか、そんなあるはずもない妄想が恐怖を煽り立てる。
馬鹿だな、そんなこと考えたら、余計に怖くなっちゃうじゃない……。
自分の下らない妄想を乾いた笑いで無理やり誤魔化して、目を離そうとした時。
”鏡の中にいる私が不気味に微笑んだ気がした……”
次の瞬間、日向葵の姿はそこになかった。