次ノ八
遅筆なりに週一更新を目標にしています。
学校での宴会が終わり、俺と栄ちゃんと権左衛門は帰りの路地に立っていた。
権左衛門が先導し、その後ろを俺と栄ちゃんがトボトボと歩いているという構図だ。
「なぁ、栄ちゃん」
「んー? どしたの、修治くん」
キョトンとした表情で、こちらを向く栄ちゃん。俺は普段の仏頂面から、めったにしない笑顔を向けたまま、両握り拳を彼のこめかみに押し当てる。そして、グリグリと力を入れた。
「今日の、ア、レはどういうことだったのかなぁ?」
半ば、尋問じみた形で栄ちゃんを問いただす。
「うぅ、ごめんー。でも、あんな風にでもしないと修治くん、オカルト研究部に入ってくれないかなーって……イテテテ」
目尻にうっすらと涙を浮かべつつ、懇願するようにして俺の方を見つめてくる。
泣き落としに引っかかる気はないが、少しだけ問い詰める行為に対して気が咎めた。
「ちゃんと教えてくれたら普通にオカルト研究部に入ろうか考えないでもなかったんだぞー?」
ぐりぐり。
「嘘じゃな。修治に限ってはそんなことはないであろう」
「……何で、俺のことをよく知りもせずにそんなこと言えるんだ?」
栄ちゃんのこめかみに握り拳を押し当てたまま、権左衛門に問う。
「しばらく接しておれば、誰でも分かる。ほんの少しばかり、修治は些事にこだわり過ぎる嫌いがあることはな」
「何だと?」
「修治が気にしていることは戯言も良い所。他愛もない。その癖に、ここ一番では妥協し、すぐ諦めておる。諦めたことの中に重要なことがあった可能性もあるのじゃぞ?」
権左衛門の言葉は少々耳が痛い。だがコイツには俺が知りえない、長い年月を生きてきた過去がある。文句を言うことは出来ても邪険には出来なかった。
「お主が知らぬ所でも世界は動き、絶えず変化し続けておるのじゃ。追いつき追い抜こうとした所でそれはおいそれとは適わぬ。流れに身を任せるというのも、また一つの選択であるのじゃ、修治」
「それは自分の意見、我を通すなってことか?」
「そうは言っておらぬ。物ごとに対し、偏った見方をし過ぎるなという意味じゃ」
権左衛門は諭すようにして、更に続ける。
「理解出来ぬことを理解しようとするのは苦しい。ただありのままを受け入れるのじゃ。怪思之はお主が思っている以上に怪異に満ちておるのだぞ? ……人間とは実にくだらぬ存在よ、ワシらの同胞が身近にいることに気づきもしないのだからな」
「おい、それ、どういうことだよ!」
権左衛門は答えなかった。
「うぅ……」
いかん、権左衛門と言い合ってたら栄ちゃんのことをすっかり忘れていた。慌てて両手の枷から外してやる。涙ぐみながら、こめかみに当てられるげんこつに耐えていた栄ちゃんはようやく痛みから解放されてホッとした表情を浮かべる。
「修治くん、ごめんね」
ありのままを受け入れる生き方ってのは、どんな生き方なのだろう。今は想像もつかない。
ただ、栄ちゃんの謝罪を受け入れる間に心のわだかまりは溶けてどこかへ消えていった。
道の途中で、また明日ー、と声を掛けて栄ちゃんと別れた。
途中までは意気揚々としていた権左衛門だったが、俺に考えを教示してからは終始無言になった。どうしたら良いか分からず、その苦い空気は帰宅するまで続いた。
「権左衛門ちゃん、修治もお帰りなさい」
キッチンまで行くと、母さんが俺たちに声をかける。
「ただいま」
「うむ」
それぞれの返事をして手荷物を置きに二階に上がろうとする。
「二人とも手洗いとうがいをしてきて。そしたらご飯にするわよ」
「了解」
学校でのプチ宴会は量はあったといってもあくまで軽食程度だったので、夕食の食欲に支障が出るほどのものではなかった。家路までの間に腹が膨れていた感覚はほとんど無くなっていた。
「そういえば帰り道のアレ、どういうことだ? 同胞がなんたら、とかいうの」
手荷物を下ろしつつ、俺はあらためて聞いてみることにする。
「む、ワシそんなこと言ったかの?」
権左衛門はとぼけていた。敢えてなのか本気で忘れているのか判別がつかない。
「ワザと……か?」
「そんなことをしてもワシに利点などないであろうが」
当たり前のこととはいえ、権左衛門の言葉を素直に受け入れるには俺の思考は少々複雑に出来ていた。言葉を鵜呑みにはせず、どうしても歪めて捉えてしまう。
間違ったことなのかも知れないが、少なくとも自身のありのままの姿だと言えた。
「まぁ、明日にでも教えてやろう。今日の所は忘れるのが身のためじゃぞ」
「それは脅しか?」
「戯け、人間如きにそんな殺伐としたもの使う意味がないわ。気を張るな、ただワシも少し思う所があるから時間が欲しいのじゃ」
そうやって権左衛門はカカカ、と笑った。これ以上は権左衛門から情報を引き出すことは出来そうになかった。
何を考えているのか分からない。だから、心を許せない。
漠然としたものだったが、俺の中でその意識が覆されることはなかった。
「権左衛門ちゃん。今日、初めての学校はどうだったの?」
興味津々といった様子で母さんは契約者である猫神に訊ねる。もう外に出掛けることはないので、俺と権左衛門はどちらも寝巻き姿である。
「うむ、まあまあといったところかの。思っていた以上に関心を惹くものが幾つかあったからの」
「あら、それは何なのかしら。是非に教えてほしいわ〜〜」
ゴマをすっているのか、はたまた媚を売っているのか、あるいは敬意を表しているのか。どうとも捉えようのある態度を取りながら、母さんは先を促す。我が親ながら、こうまであからさまな姿を見せられると何かが悲しくなってくる。
「まずはな、学校の七不思議というのがあってな――」
権左衛門はテーブルに載った料理をさも美味そうに咀嚼しつつ、楽しげに語り出した。
その日の夕食は権左衛門に合わせたのか、焼いた鰆を主食にイカの塩辛や数の子といった海産物が多くを占めていた。
「今日、スーパーの特売日だったのよね。美味しい物食べたいからって私、頑張っちゃった!」
「母さん、お疲れ様」
「理沙よ、でかしたぞ」
「そう言ってもらえると嬉しいわ」
にこやかにはにかんで、母さんはエッヘン、と胸を張る。俺と比べてアクティブな性格には素直に頭が下がる。
数年間、俺と母さんは二人きりで暮らしている。 単身赴任で家を離れている親父が不在な分、母さんは一人で頑張ってくれた。
子供はどんなに自由奔放であると言っても勝手に育つ訳ではない。俺を一人前に育てるまでに相当苦労したはずだ。今が一人前なのかと聞かれれば、閉口して無言で頭を下げたくなる思いではあるが。
「まだまだたくさん買ったから、明日の分も明後日の分も明日明後日も含めて一杯あるわよ〜〜」
やり過ぎな時もたびたび見受けられる訳だったりするのだが。
権左衛門は猫だけあって、好物の魚類が食べられるとあって大満足な様子だった。
魚は嫌いではない。
嫌いではなく、むしろ好きな部類には入るのだが、これから毎日のように同じ魚料理が続くことを考えると気分がげんなりするのを止められなかった。
母さんの欠点はたまの忘れっぽさと衝動買いとまとめ買いであるように思う。
「たまに、魚以外もお願いね……」
精一杯のあがきを見せるも、大した成果は上げられそうになかった。
食事がちょうど終わり、皿を片付けている頃、電話のベルが鳴ったため、母さんが電話台に向かった。電話が鳴る時間としては遅いように感じた。
食器を洗い終わり、権左衛門とともに二階に上がることを伝えると、母さんはひらひらと手を振る動作で頷きを返した。
「のう、修治よ。押入れの具合はどうじゃ?」
「嫌みのつもりか? なら、残念だったな。布団はふわふわしてるし暑すぎず寒すぎず、割と快適だぞ」
「ふむ、そうか。ワシがあてがった訳じゃから感謝するのじゃぞ?」
押入れの中に興味を持たせてベッドと交換を持ちかけるつもりだったが、権左衛門の返事はそっけなく効果はほとんど皆無に近かった。
ちぃっ、狭いよ。暗いよ。寂しいよ。怖いよ……。最後は大げさである。