次ノ七
遅筆なりに週一更新を目標にしています。
新入部員の連続獲得の朗報は常盤先輩にとって歓喜に打ち震え泣き叫ぶほどのものだった。ただ実際に涙を流した訳ではないし叫んだ訳でもない。ただ、それだけの雰囲気を持っていたというだけのことだ。
後で保健室に入部届けを付けた菓子折りでも持って見舞いに行くかな、と冗談にも本気にもとれる言い方をして常盤先輩は頭をガシガシと掻いた。
現在、現時点ではかろうじて紅一点を死守している権左衛門は既に我が物顔でオカルト研究部の部室に居座っている。栄ちゃんはワクワクとした表情で辺りを見回していた。
部室に戻ってきた俺はとりあえず、常盤先輩がこれから何を始めようとするのか、返答待ちといった所である。
「コホン、まぁ、諸君。まずはオカルト研究部が無事始動出来ることを喜ぼうではないか」
「おー!」
一人がパチパチと拍手し、一人が無反応、一人がうむ、と腕組みをしながら頷く。ちなみに無反応なのは俺だ。
「我々のいる、オカルト研究部はこの妖思之高校における七不思議、その所在を実際に確かめようという部活である」
大げさな身振り手振りでどこか芝居じみた口調で先輩は続ける。
「また、それ以外にも何か怪奇現象的な事象を見つけたら、逐一報告しファイルに纏めなければならない!」
これまた面倒臭そうな内容である。
「まぁ、固い話は抜きにしてそれ以外にも面白そうなことがあれば、絶賛募集中だ」
「おー!」
栄ちゃんは合いの手を入れる。
権左衞門は面白そうなことという響きが琴線に触れたようで、ニヤニヤしていた。いや、自分から面白そうなことを見つけてこい、ってことだぞ?
常盤先輩はいつの間に用意したのか、手元に紙コップを持っていた。中には何か飲み物が入っている。栄ちゃんが気を回して、俺や権左衛門に紙コップを回してくれた。
「だが、まずは結束会ということで、ここは祝いの席だ。全員に飲み物は渡ったか?」
「渡りましたー!」
嬉しそうに栄ちゃんが答える。先ほどまで幾分散らかっていたテーブルは当初よりも片付けられていた。更にポテトチップスやおせんべいなどの菓子類が載っている。
「今回、もう一名の入部者である榊くんが参加できなかったのは残念なことだが、また次の機会があるだろう。ということで、皆グラスを掲げよ!」
紙コップです、というツッコミはこういった場ではあまり空気を読めているとは言えないだろう。黒い炭酸飲料が入った紙コップをそれぞれが手に持って合図を待つ。
権左衛門はシュワシュワと泡立つ液体を興味深げに眺めていた。
「オカルト研究部結成を祝ってカンパーイ!」
紙コップの中身が零れない程度にそれぞれをぶつけ合ってから、口元に近づける。
その時、ブバーッ、と勢いよく権左衛門が液体を噴出して辺りに飛び散らせた。咄嗟の出来事だったが人にかからなかったことが幸いである。
「うぅむ……ワシは炭酸というのはどうも苦手なようじゃ……」
あばー、と口から唾液ともよだれともつかない液体を零しながら権左衛門が喋る。口元をぬぐってやろうか迷っている内に常盤先輩がハンカチで拭いてやっていた。
「権左衛門くん。炭酸が駄目なら初めに言っておこうか」
「すまぬ、金成よ。炭酸水というのを口にしたことがなかったもので、興味があったのじゃ」
割と素直に答える権左衛門に俺は驚いた。もしかしたら恥ずかしかったのだろう。頬が少しだけ赤くなっていた。
「まぁ、それなら仕方ねぇかな。次は気をつけるんだぞ」
紙コップに新しい中身(今度は炭酸ではなくオレンジジュースだ)を注いでから、権左衛門の頭をポンポンと掌で撫でた。その動作があくまで自然だったので、何も言うタイミングがなかった。
権左衛門は少々照れくさそうにうつむいて、鼻の辺りを人差し指でこすった。
「うむ、これならば飲めるぞ」
権左衛門はご満悦である。
「うむ……」
まだ、頬の赤みが抜けていない。
「さて、話の筋を戻そうか」
常盤先輩が本題に入ろうと話を振ってきた。
「突然だが、このオカルト研究部の活動はこの妖思之高校における七不思議の所在を確かめることだって言ったよな?」
「確かに言いましたね」
「言いましたー」
下髭を生やした男がするように顎の辺りを撫でつつ頷く俺。栄ちゃんも首を上下に振る。権左衛門はお菓子が物珍しいのか、片っぱしからちょっとずつ手を付けていた。
「この中に学校の七不思議を全部言える奴はいるか?」
「はいはい、言えまーす!」
首だけの上下運動から元気よくジャンプする上下運動に変わり、ひょっこり手を上げて栄ちゃんは必死にアピールする。
見ていて微笑ましくも思えるが、オカルトは彼のアイデンティティーなので当然ともいえる。
「よぉし、じゃあ言ってみろ〜」
「はーい! えっと、突然人が消えてしまう合わせ鏡に音楽室の笑うミケランジェロ像、理科室で突然動き出すという骸骨標本、帰り道でどこからともなくおいてけ〜、っていう声が聞こえるおいてけ堀、図書館でまだ読んだことのない本のネタばれをする恐怖の幽霊に、階段の何かが増える十三階段に、調理室の花子さん、です!」
……七不思議の内、幾つかはどこかで聞いたことのあるようなものだったが、似ているようで全く違う名前だったような気もする。最後の不思議は分からないのが通説だが、本校ではその全てが判明しているようだ。
「あぁ、間違っちゃいないが、補足が必要なもんが幾つかあるな」
「むぅ、なんですか?」
栄ちゃんが疑問符を付けて先輩に話し掛ける。
「手始めに言うと、この妖思之に合わせ鏡になってるような場所はないんだ」
「あれ、じゃあいきなり七不思議が破綻してませんか?」
俺はツッコミ所を見つけたので意見を一気に押し出す。
「そうだ。だが、何人か実際に姿を消した奴もいるから、この七不思議自体は存在しているんだよ」
「……どういうことですか?」
「合わせ鏡は見つかっていない、だが、人がいなくなるという現象は存在している訳だ。いうなれば神隠しみたいなもんだな。つまりは原因となることがあるってことだ。俺はそれが七不思議に隠されていると踏んでいる」
「はぁ……合わせ鏡でなく、七不思議でなくても学校をサボってるとか、風邪をひいて休んでるってことはないんですか?」
「だったら、いいんだがな。先生方に聞きに行っても言葉を濁して教えてくれないんだわ」
「何か生徒に知られたくない訳があると……?」
一気に話がきな臭くなってくる。
「でも本当に消えてしまったなら、もっと事件になってなければおかしくないですか?」
と、栄ちゃん。
「内々だけで済ませたい事情ってのもあるんかなぁ、やっぱり。今は少子化の波もあってどこの学校も生徒を確保するため、必死になって四苦八苦してるとか聞くしな。少なくとも問題が露見すると来年とかに影響があるってことじゃねえの? だから、諸事情で転校したってことにされてる奴もいる。まぁ、今のところ、忽然と消えたってのはあんまり真面目じゃない不良ばかりだって聞くから、親の方もどっかをほっつき歩いて家出をしてるとか考えてるのかもな。その内、戻ってくるんだろうって、暢気なもんさ」
「それでも常盤先輩は随分と詳しいみたいですね。どうやって調べたんですか? シンプルに聞き込みですか?」
「ふん、独自の情報網ってのがあるのさ」
左の人差し指を立てて自らの額をトントンと叩きながら、先輩は自信を持った態度で言う。
「まぁ、お前らも成長してきたら教えてやるよ。まあ、当面は合わせ鏡が怪しいから、その調査が部の活動になる、そのための装備は各自ちゃんと用意しておけよ?」
何を用意すればいいのかを、具体的には言わなかった。多分、新入部員のお手並み拝見ということで試しているのだろう。正直な所、何かを用意する気にはならなかったが、先輩にバレた時が怖いからある程度それらしいものは用意しておくとするか……。
その日のプチ宴会は放課後から夜の閉門時間ギリギリまで続いた。