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猫神  作者: 角野のろ
14/21

次ノ六

遅筆なりに週一更新を目標にしています。

 こんな機会でもなければ、自分からわざわざ会いに行くこともなかったかもしれない。

 その点に関してはオカルト研究部の存在に感謝してもいいのかも知れなかった。けれども、オカルト研究部という存在自体の異質さは女の子を引かせるには十分な能力があると感じる。期待は脆かった。

 学校における腰を落ち着けて物事に取り組める場所。静謐な面持ちを持った図書館は場所や人間の性格によっては集まりや団欒の場を作れそうな様子をしていた。だが、それもあくまで一部に過ぎず、基本は静粛な場所だった。そこに榊さんの姿を探して、左右を本に囲まれた通路を闊歩する。すると、彼女はすぐに見つかった。


 榊さんは館内に幾つか用意された勉強机の内の一つを使って、そこで本を読んでいた。英語の題名の古めかしい革製の赤表紙の本だった。何かの参考書というよりはファンタジーに出てきそうな魔法の呪文書とか、そういった雰囲気を漂わせていた。物静かに時々、ページをめくる音がある以外は他の音が発せられることはない。髪の長い少女が本を読んでいるだけだというのに、それはすごく絵になっていた。声をかけるのをためらう内に、向こうの方がこちらに気づいてくれた。


「どうかされましたか?」

 細くか弱い、だが透き通るように澄んだ音色の声。けれど、どこか秋の落ち葉のように寂しげな響きだった。

「あ、えーと、榊さんだよね、俺の前の席……」

 当たり前のことなのに、何故か聞いてしまう。

「えぇ。あなたは猫飼修治さんですね」

 同じように、榊さんの方も問いかけてくる。

「あ、あぁ」

「私に何か御用ですか?」

 頬に人差し指を当てて、首を傾げつつ同じことを再度訊ねられる。その仕草が妙に女の子らしくて少しだけ可愛らしく感じた。 首を傾げる様子はどこか女性らしさを感じた。比較対象が権左衞門なのは問題かも知れないが。

「えっと、榊さんはもう部活に入っていたりはするの?」

「いいえ、まだ決めかねていますので。今の所は何かの倶楽部に入る予定はありませんね」

「そっか……じゃあ部活の勧誘だって言ったら話くらいは聞いてくれるかな?」

「そうですね。構いませんよ」

 そう言って、榊さんはこちらにニッコリと微笑んでくれた。俺の話に対して好意的ではあるようだ。

 俺は賭けに出ることにした。

 オカルト研究部の活動内容、榊さんがオカルトに興味はあるのか、俺はまた聞きのでっち上げも織り交ぜつつ、自分の基準の範囲内でなるべく面白おかしくなるように語って聞かせた。自らの営業センスは分からんが。多分、現時点での最高基準だっただろうと自負する。

 本来、こういう分野は栄ちゃんの方が得意なんだろうが、今回は俺のミッションだ。甘んじてその役目を仰せつかろう。努力は嫌いだがそれでも精一杯善処しよう。

 大概の女の子だったら、ちょっと引いてしまいそうに感じる話を榊さんは時には興味深そうに、またあるいは楽しげに聞いてくれた。控え目にもそんなそぶりを見せる様子が彼女は優しい女の子だということを雄弁に物語っていた。戦力になるかどうかは別にして、友人としての魅力を十分に持っているように思う。

「で、どうだろうか。オカルト研究部に入ってみる気にはなったかな?」

 俺はあまり期待はせず、けれど全く期待しないわけでもなく、そんなあやふやで曖昧な感情を持ったまま、榊さんに訊ねてみた。

 しばしの思案の時間が館内の静寂と織り交ざり、なんとも言いようのない空間を作り出す。返事を聞くのが怖い。果たして回答はどうなるだろうか。

「ふふ、大丈夫ですよ。入部しても」

 俺がよほど追い詰められた顔でもしていたのか、榊さんは笑う。それから彼女の声色がどこか穏やかなものに変わり、返答がもたらされた。

 俺はよし、と心の中でガッツポーズを取る。割の低い賭けに勝ったという気がした。

 何かを成したというのとはまた違うが、達成感は十分過ぎるくらいに得られた。

「よし、じゃあ善は急げだ、先輩たちの所に一緒に来て貰えるかな」

「あ、すみません。この本を借りてからでも大丈夫でしょうか?」

 榊さんが申し訳なさそうにして、断りをいれる。彼女の本の貸し出しが完了してから、部室棟に戻ることにする。

 

 彼女は予想通り、人当たりの悪い子ではなかった。

 きっと、オカルト研究部の中でも嫌われるタイプの人間ではないだろう。

 しばらく歩きながら、軽い談笑を続けた。

 様子がおかしくなったのはオカルト研究部の部室に幾分近くなってからだった。突然、傍らを歩く榊さんの足音が聞こえなくなったため、俺は後ろを振り返った。


 榊さんは立ち止まり胸元を押さえて、荒い息を吐いていた。明らかにただ事ではない様子だ。

 慌てて駆け寄ろうとすると、榊さんは片手でそれを制した。

「だい、じょう……ぶです、から」

「大丈夫って、苦しそうだよ」

 どう見ても、大丈夫そうには見えなかったので俺はどうしたのかと声を掛ける。

「発作みたいな、ものなんです。すぐ、に……落ち、着きます……から」

 榊さんは歯を食いしばり額に汗を浮かべて、絞り出すように何とか途切れ途切れに言葉を発する。すぐに落ち着くようには見えなかった。

「けど……何か出来ることはある?」

 一杯一杯の彼女に声を掛けていいものか迷ったが、何もしないよりはそちらの方が有意義だと思って、問い掛ける。答えが返ってくることは期待していなかったが、榊さんは答えてくれた。

「保健室に行くことが出来れば、後は……何とか」

「わ、分かった、りょーかい!」

 それさえ聞けば善は急げだった。肩を貸して榊さんが保健室まで行くのを補助する。慣れていないこともあり補助というには少々ぎこちなかったが、とりあえず保健室の前までは到着することが出来た。

「修治、さん……ありがとう。ここからは、一人でも大丈夫、です……」

 移動の間に多少落ち着いたのか、先ほどまでに比べると彼女の呼吸は穏やかに変化していた。健気に俺の手を取り、弱々しくも声を掛けてくれた榊さんは保健室の扉を開けて中に入っていった。

 俺は心配だったので、榊さんに続いて保健室に入ることにした。

 保健の先生は慣れたもので、何があったのかを手身近に聞くとすぐに対処してくれた。榊さんをベッドに横にした。

「もう心配ないわよ」

「ありがとうございます」

 俺は感謝の言葉を先生に向けた。

 呼吸が落ち着いてきた榊さんは、

「ごめんなさい。倶楽部のお部屋には次の機会にお邪魔しますね」

 と申し訳なさそうに答える。

 ここからは専門家の仕事だ。これ以上はいても、きっと迷惑になるだろう。

 そこで俺は一足先に部室棟に戻ることにした。

 理由を言えばきっとみんなも納得してくれるはずだ。たぶん。

離れた今も、榊さんから伝わった温もりがいつまでも手の中に残っているような気がした。


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