次ノ五
遅筆なりに週一更新を目標にしています。
「おう、何やら楽しそうにやっておるのう」
その時、ガラガラと扉が開かれる。どこからともなく現れたのは権左衛門だった。
「なんじゃ、修治よ。聞いておれば自分の名前も満足に書けぬのか? やれやれワシの片割れでありながら情けない。仕方ないのう。よし、ワシが代わりに書いてやるとしようか」
そしてその場の空気を読まずに、ペンを持った俺の手を掴むと半ば無理やりにして用紙に名前を書き殴らせた。あまりのあっけなさについていけない。
「……ぁ、」
「おぅし、ようこそ。オカルト研究部へ」
先ほどまでの危険さをはらんだ表情から瞬間、屈託のない爽やかな笑顔を浮かべる常盤先輩。
「へっ?」
「ほら、ちゃんと入部届けに名前を書いただろう? なあ、猫飼修治くん?」
「ごめんね、修治くん……」
栄ちゃんが困ったような顔でこちらに謝ってきた。とりあえず話が読めない。
「どういうことですか! 俺、ただ紙に名前を書いただけですよ?」
「いや〜、そりゃこういう仕組みって訳さ」
すると常盤先輩はマッチで蝋燭に火を点けてジジジと名前の書かれた紙をあぶり出した。火を点ける瞬間、危ないと思ったが、何も起こらないところを見ると単なる危宇だったようだ。
そこには当初ただの白い紙に見えただけの紙があった。だがあぶられたことにより紙は見事なまでに契約書、もとい入部届けへと変化する。
そう、その白紙に見えた紙は蝋燭の火で真の姿を現す禁断の道具、あぶり出しだったのだ。
「あっ、汚ねぇ!」
「汚くはない、ほらこのように文字が綺麗にくっきりと……」
「そういう意味の汚いじゃないです! やり方ですよやり方!」
ついには先輩に対する恐れの感情よりも俺自身の中にある突っ込みの気質が打ち勝ってしまった。
「まぁ、そこまで悪いことしたって訳じゃないしなぁ……なぁ?」
「うんうん」
ねぇ、とお互いに同意を求めあう常盤先輩と栄ちゃんの二人。そうか、これは完全にグルの計画的犯行だ。
気が付けなかったことに今更ながら泣けてくる。しかも、この場をかき回したのはまたもや権左衛門である。猫神どころか厄病神なのではないか、奴は。
その用紙にどれだけの強制効果があるのか確認は取ってはいない。が、きっとこんなしょうもないことに学生部は対応してくれないだろう。
なんとか逃げ出せる抜け穴を見つけ出そうと頭を回転させて画策する。
「そうだ! 部って人数が規定に届いてないと部としては認められないんじゃないですか?」
「む? このオカルト部とやら、人手が足りぬのか。面白そうではないか、ワシも入るぞ」
アンタは少し黙ってなさい!
俺の心の訴えもむなしく、入部届けに権左衛門はそそくさと名前を記入してしまう。俺の逃げ出せる可能性がまた少しだけ薄くなった。
「そうだなぁ、人員としては部に認められるにはあと一人必要ってことになるんだが」
「あの、多分ですけどそれは俺とコイツも人数に数えられてるんですよね」
「あん? 何言ってんだ、当たり前だろうが」
ですよね……、思わず心の中で失笑する。既にメンバーに数えられてしまっているとは。どうやら諦めるしかないようだ。基本的には何もしたくないが、やるからには真面目に取り組みたい。そんなイマイチ理屈の通らない論理が構築される。そういった性分なのだ。きっとだが、これから先の人生、俺は巻き込まれ妥協型目苦労人種のままで一生を終えるのかもしれない。やれやれだ。
「さて、ここにいる中で他にオカルト研究部に入ってくれそうな人間を知っている奴はいないか?」
さっそく部のリーダーシップを取り始める常盤先輩。なんとなく戦隊物だったらレッドかブルーの役割が似合うように思う。
「ええと、とりあえず僕はノルマ達成で大丈夫ですか?」
ほんの一瞬、栄ちゃんが俺の方をチラリと見てから、恐る恐る問いかける。あぁ、何となく話の流れが見えてきた。
「んー? まぁ、ノルマって分には問題ないんだが、でもまだ栄徳に心当たりがあるなら大絶賛募集中だぞ?」
「のう、金成よ、お主自身には心当たりはないのかの?」
立場上は後輩なのにも関わらず、権左衛門はいつも通りの口調で常盤先輩に訊ねる。教室での、あのエセお嬢様口調には飽きたのだろうか。コイツの考え方がもう良く分からない。
「あぁ、残念ながら俺には心当たりがない。人脈の都合ってもんだかな。修治はどうだ?」
突然、常盤先輩に名前で呼ばれてびっくりする。だが、よくよく考えればおかしなことでもなんでもない。おそらく事前に栄ちゃんから俺の名前を聞いていたってこともあり得るから、ここでの自己紹介以外にも部員候補としても名前が挙がり、きっと聞いた回数で自然に覚えたんだろう。
「俺ですか……俺も友人は限られているというか……」
俺の知る限りの人間をピックアップする。射手矢は過去からの経験則でおそらく既に弓道部への入部を決定しているだろう、なんせあの百発百中といってもいい見事なまでの腕前、腐らせるにはもったいない。また、他に誘えそうなオカルト大好き人間として、よく知る栄ちゃんはこうしてすぐ近くにいるのだ。他に心当たりなんて……
「あ」
「ん、どうした?」
「どうしたのじゃ?」
「修治くん、どうしたの?」
各々の問い掛けが俺に掛かる。
たった一人だけ思いついた。だが、その人はオカルト研究部に入るかどうかはあまりに不確かな人物だった。まだ良く知り合ってもいない上に可能性は全くの不明瞭。そんなことを言ってしまえば、確実なことなどはそうそうないものだが。試すだけ試してみるのは悪くない。珍しく消極的ではなく積極的な考えに至った俺はその人の名前を出してみることにした。
栄ちゃんは「あ、なるほど」といった顔をして、ニッコリと笑う。他の二人もふむ、と腕組みをしてどうやら一考の余地ありのようだ。
既に帰宅している可能性もあったが、俺はその人物がおそらくいるであろう場所に単身向かうことにした。