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猫神  作者: 角野のろ
12/21

次ノ四

遅筆なりに週一更新を目標にしています。

 オリエンテーションにほとんどの時間が費やされた半日が終了して、今日はもう授業がない。赤松教諭の話によると明日からは通常授業とのことだ。

 ちなみに権左衛門は勝手に学校を見学してくるとかいって、どこかに消えてしまった。もう知らん。勝手にしろ。

 帰宅するためにカバンを背負おうとすると、天気が良いからと外でお昼を食べようと栄ちゃんに誘われた。そんな訳で春の木漏れ日の下、周囲の喧騒を耳にしながら食事中である。コンビニで事前に買っておいたダブル玉子サンドウィッチをかじっていると隣にいた栄ちゃんが話しかけてきた。

「ねー、ねー、修治くーん。部活見学に行こーよー」

 目をキラキラとさせながら、期待の眼差しをこちらに向けている。

 そういう栄ちゃんはこじんまりとした、けれども結構に丁寧な作りをしたお弁当を持っている。

「んー、別に構わないが。ところでその弁当はお袋さんが作ったやつかい?」

 彼に対していつものようにそっけなくぞんざいに扱うことも別に出来たのだが、今回は敢えてしないでおく。こればかりはさじ加減が重要だ。

「うん、そーだよー。修治くん、もしかして食べたいおかずでもあったの?」

「あ、いや、そういう訳じゃないが、なんとなく。そもそも俺、交換のための交渉素材がないし」

 そう言って、手に残った今はダブルからシングルに変わった卵サンドをかざして見せる。

「うーん、僕、卵は好きだけどなー。そうだ! じゃあ、また今度おかず交換しよう」

 パチンと手を叩いて、栄ちゃんは一人で納得を始める。

「それで部活見学の方はどうしたらいいんだ?」

「え……あ、そうだったね。ねーねー部活見学、行こうよー」

 本当に一瞬だけ忘れていたみたいに、ポカンとした表情を作ったが、すぐに思い出した様子で栄ちゃんはあらためて俺を誘ってくる。

「飯を食ってからな」

 時間を潰しがてらに見学するのもいいだろう。せっかくの誘いだ。俺は断らずに栄ちゃんについていくことにした。



「どこに向かっているんだ?」

「お楽しみ、お楽しみー」

 色々な部活を見てみたいんだー、という彼の言葉とは裏腹に、どこか向かうべき場所があるとでもいうように栄ちゃんの足取りはスムーズで全く止まる気配を見せなかった。

 体育系の部活勧誘や既に活動を始めている野球やサッカー部の掛け声、一方で少々控えめに勧誘をしている手芸同好会などの文化系部活の勧誘を目の片隅に置きつつ、栄ちゃんは足を止める様子がない。周囲の喧噪から離れるに連れ、もしや自分がどこかに誘導されているのでは、というどこか漠然とした不安が募ってきた。

「おい、栄ちゃん。どこに行こうとしてるんだ?」

「部室棟だよ。えへへー」

 ニッコリとこちらに微笑みかけてから、再び歩き出す。

 部室棟で勧誘してるところというと、たぶん体育系ではないだろうと感じる。がその程度くらいにしか分からない。

 栄ちゃんは一体、どんな部活が気になっているというのか。

「まあ、付いてきてよ。詳しいことは中に入ってからのお、た、の、し、み」

 どんなに問いかけても、彼の答えはその一点張りだった。

 こういう時の栄ちゃんにはあまり良い思い出がない気がする。が、それでも付き合ってしまう辺り、俺もやっぱり腐れ縁ってのとは切り離せない人間らしい。



 ようやく辿り着いた部室棟はどこか日陰な印象を受ける、爽やかさとは無縁の場所だった。

 俺は表の外見だけで判断してはいけないと目や耳から得られるだけの情報を得ようとする。

 一部の部屋のガラスには黒い布が貼られて、中が見えないようになっていた。何の部活か書かれていない上に中の様子を窺い知れない所がすごく怪しい。

 あまり疑り深くなるのも良くはないが、その疑り深さが自分の根っこにあるさがってことになるんだろう。 

 そう他愛のないことを考えている内に、ある部屋の前で栄ちゃんはピタリと止まった。

「ん?」

「着いた……ここだよ」

 心なしか唾を飲み込むような音が聞こえた。声もどこか緊張に震えているような気がする。

 ガラガラと音を立てて扉を開けると埃っぽい籠った空気を感じる。次いで、フラスコに入った謎の薬品が目に入った。多分アルコールやシンナーなどの揮発性の高いものと思われる、埃っぽさと薬品臭の混じり合った危険な香りが漂っている気がした。そこに折り畳み椅子に身体を預けた一人の男がいた。

 その容姿は陰湿な空気のあるこの部室とは少々、不釣り合いに見えた。いや、いかがわしさという意味では相応しいとも言えた。もし、彼がタバコをくゆらせていたとしたらすごく似合いそうである。

 仮にタバコを吸っていたら何かの薬品のガスにでも引火して爆発を起こしていそうではあるが。

 茶髪……というよりはむしろ金色に染められた髪、細見の相貌に目つきは悪かった。だらしなくもそれが正装であるように着こなされた学生服、かもし出す雰囲気はいかにも柄の悪い不良のように見えた。

 しかしあくまで印象だが下っ端の悪人面というよりはどちらかといえばかっこいい兄貴分という存在感を醸し出している気がした。


「失礼しまーす」

 しかし、そんな様子にも気にすることなく栄ちゃんは物怖じせずに中に入る。栄ちゃんに合わせて、俺も部室に入ることにする。出迎えてくれたのは占い師が使っていそうな水晶玉や頭蓋骨の髑髏、悪夢を捉えてくれるという言い伝えのあるドリームキャッチャー、怪談話に出てきそうな蝋燭、どうやって用意したのか分からない重々たる仏壇、ハロウィーンの彫り物がされたオレンジ色のカボチャ、などなど雑多な印象を受ける混沌とした住人たちだった。

「ん、ああ、新入生か……。見学かぁ?」

 面倒臭そうに頭を掻きながら、その不良風の男は訊ねてくる。口調は穏やかだったがどこか獲物を狙う狩猟者のような剣呑な空気を彼は匂わせているように思うので油断は出来ない。

「はい、僕は宋道栄徳でこっちの背の高い方が修治くん、猫飼修治くんです」 

 おいおい、人の名前を勝手に教えないでくれよ。なんだか嫌な事件き巻き込まれたような空気が漂っている気がする。

「えっと……先輩ですよね」

 失礼とは思いつつも、一応の確認として聞いてみることにする。

「おぅ、俺か? ……あー、たぶん。その顔を見る限りはそうだろうな」

 先輩はジロリと鋭い目つきで俺と栄ちゃんの方を見るとそれから、はぁ、とため息を吐く。そして、思ったより素直に名乗ってくれた。

「俺は常盤、常盤(ときわ)金成(かねなり)

「ときわ……かねなり先輩」

 なんというか、まんま諺みたいな名前だ。そう感じたが、口に出したらきっと怒られるだろう。口にしたい衝動を抑えて黙っておく。

「フルネームじゃなくて常盤でいいぞ」

「あ、すいません……常磐、先輩。えっと、この部活は……」

「シィー、修治くん。常盤先輩がきっとすぐに話してくれるから」

 口に人差し指を当てて、俺に静粛を促す栄ちゃん。たぶん逆鱗に触れそうなところを事前に止めてくれたって辺りだろう。サンキュ、栄ちゃん。

「あー、詳しい話はまあ抜きにして、まずはここに名前を書いてくれぇ」

 そうのんびりした口調で常盤先輩が差し出してきたのは、小さな長方形が書かれただけの白い紙だった。ここ、といって長方形の辺りを指差しながらなぞる。

 栄ちゃんは言われた通りそこにスラスラと名前を書き出すが、俺にはどうしても先ほどからある漠然とした不安がぬぐえなくて、なかなか書き出すことが出来なかった。今の境遇に対し、既に気持ちは大分げんなりしていたりする。

「ん、どうしたぁ?」

 常盤先輩の見た目は不良風なので、ちょっと威圧的に睨みながら語尾を上げるだけでも、かなりの迫力がある。

「あの、どうして名前を書かないといけないんでしょーか?」

「見学に来た奴の固有名詞とか、連絡先。そんくらいはフツー手に入れとくもんだろうが」

「えっと、それはまぁ、わかるんですけど……」

 さっきから俺の危険感知センサーがこの先輩に名前を教えちゃ駄目と警戒サイレンを鳴り響かせている。

「おーい、名前書くぐらいどうってことないだろう?」

 凄味を利かせて、俺の中にある本能的な恐れの感情を逆撫でしてくる。

「すいません、俺、書きたくないです……」

 俺は自分の直感を信じて名前を書くことを拒むことにした。

「ふぅん、じゃあコイツがどうなってもいいのかぁ?」

「……え、栄ちゃん!」

「修治……くん」

 いつの間にそんな近くにいたのだろう。栄ちゃんは常盤先輩に後ろから羽交い絞めにされて身動きが取れなくされていた。

「常盤先輩、それはやり方があくどいですよ」

「あくどい? ただ素直に名前を書けばいいだけだぞ。簡単なことじゃんか」

 殺伐とした空気が生まれ、一瞬にして、部屋は緊張感に包まれていく。

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