次ノ三
遅筆なりに週一更新を目標にしています。
「よぉし、みんな! 早速だが、今から委員会を決めてもらうぞー!」
溌剌とした声が教室に響き渡る。
現在、俺たちはオリエンテーションの真っ最中である。妖思之高校において、委員会の人員募集は基本的には立候補性、次いで推薦の形式を取っていた。
「黒板に注目してくれ。それぞれの委員会を書いていくからな。希望のところがあったら、まずは挙手してくれ。人数制限で男女二人ずつだから早いもの勝ちだぞ!」
赤松教諭は身振り手振りユニークなポーズを取りながら、はりきって説明していく。各委員会に二名ずつの選出は最低限必要ということらしい。それだけは赤松教諭の話で分かった。ものぐさな俺としては全員参加でないことがありがたい。
そんなことを思いながら、耳を傾けていると、彼は黒板に委員会の一覧を記述していく。それは妖思之高校において要求される人手の一覧でもあった。
「さぁ、これがお前たちに与えられた選択肢だ!」
生徒会、文化祭実行委員会、体育祭実行委員会、選挙管理委員会、風紀委員会、保険委員会、項目は大体こんなものだ。
どれも入ってからが面倒くさそうだ。特に生徒会なんて考えたくもない。
正直なところ、どの委員会が楽でどの委員会が苦労するか、などは入学したての俺たちには分からず、どちらが右も左も分からない袋小路といった様相だ。いずれにせよ、苦労することは間違いないのだが。誰でもいいから立候補して、早く枠を埋めてくれ。
トップバッターの生徒会に対し、誰も立候補者はいなかった。遠慮して手を挙げないということだろうか。日本人らしいといえばらしいのだが、協調性ばかりで遠慮していてはいざという時、例えば最後にとっといたおかずを第三者に奪われるような機会があっても文句は言えない。誰も食べようとしないおかずだった場合、そういったことはないだろうが。
結局、誰も手を挙げなかったため、推薦で決めることになった。誰しも自ら苦労を背負いたくないということか。
生徒会には一部の生徒によって、日向葵さんという女子が推薦されていた。髪の長い朗らかな雰囲気の女子だった。他に自らやりたいという人もいなかったし、前の学校でも似たことをしていたそうなので、彼女の推薦はすんなり採用された。
男子の人選は個人的にあまり興味がなかったので、スルーする。
俺としては榊さんが生徒会の役員をやっていてもおかしくない気がしたが、意見を敢えて口にするのも面倒なため、気にしないことにした。どういう訳だか彼女は立候補しなかった。その理由はすぐに判明した。
榊さんが立候補したのは図書委員会だった。自己紹介の時も本が好きと言っていたから、ある意味では当然といえた。他の女子も立候補したが彼女はじゃんけんにより、図書委員会の立場を勝ち得ていた。
当初、男子の図書委員会希望は気弱な印象の男子一人だけだったのだが、榊さん目当ての男子の影響か、希望者が増加し、男子側の立候補は激戦区の激選区となった。
繰り返すじゃんけんという名の激闘の中、最終的にこの戦いを制したのは、始めに希望を出した草食系な見た目の彼だった。
運とはいえ、じゃんけんに勝ち残った彼を素直に称賛したい。不純な動機のなかった彼の煩悩力マイナスの差ということだろう。
体育祭実行委員会に立候補したのは射手矢だった。
飄々とした態度で爽やかに煙に巻くところはあるが、運動能力が高い上に仕事も出来る奴だからな。
特に反論もなかったため問題なく射手矢の人選は決定した。
今度は1-A女子の一部が体育祭実行委員会立候補に群がった訳だが。羨ましくなんかないぞ、この野郎。
着々と項目が埋められていくが、まだまだすべてを埋めるには人手不足だった。他に立候補する奴はいないのか?
そういえば、権左衛門が今の今まで一言も口にしていないのはどういった訳だろう。委員会とはなんじゃ、とか言って、興味を持ちそうなもんだが。
高校の中では落ち着いた印象に見せるため、猫を被っているのだろうか。 いや、いくら猫が猫を被った所で、それはあくまでただの猫だろう。
そもそも猫の場合、被るのはなんだ? 猫以外の何かを被るのだろうか。例えば狐とか狸とか。そもそも実際に何か被る訳ではないから、ことわざの猫を被るとは大きく意味合いが変わってしまうか。
思考が脱線してしまった。
くだらないことに思考をはべらせている内に、オリエンテーションの時間制限が来てしまったようだ。
最終的には赤松教諭が事前に用意していたという、くじで決定することになった。彼にとっては不本意だったようだが、この際、仕方ないだろう。
男女別に用意された箱、その中に委員会名の書かれた用紙が入っている。後から、ハズレ(この場合、アタリというべきか)と書かれた紙を加えることで、決まった人員を減らした分の数合わせをしていた。
時間ギリギリではあったが、こうして委員会の人員は決定した。栄ちゃんや権左衛門、俺は委員会に属することなく、学校生活を送ることになったのだった。
「なあ、権左衛門。どうしてどの委員会にも立候補しなかったんだ? いつもの調子なら、興味を持ちそうなもんなのに」
俺は校舎裏に権左衛門を呼び出した。人気のないことを確認してから、問い掛ける。人気を気にしたのは権左衛門が猫を被らなくてもいいように俺なりに気を遣ったのだ。気がついてるかどうかは別件だが。
「簡単なことじゃ。ワシは何かに束縛されるのは好まぬ。委員会という政府に属することで身軽で動けなくなるのは嫌だったのじゃ」
権左衛門は淡々と答えた。
「生徒会とかは学校の中では権力がありそうなもんだが興味はなかったのか?」
「ふむ、権力があるといっても学校の規則とやらにがんじからめで気ままには動けぬのであろう? ワシは基本的に自由が好きだからのう」
そう言うと、権左衛門はニヤリと不敵に笑う。
疑問だったことは氷解した。権左衛門には奴なりの考えがあったということだ。
「修治よ、もう話は終わりか? ならばお暇させて貰うぞ、野暮用があるのでな」
「野暮用って何だ?」 権左衛門の野暮用とは嫌な予感しかしない。
「ちと学校の中を見回ってみようと思ったのでな。なかなか面白いことが見つかりそうなのじゃ」
「付近の人に迷惑だけは掛けるなよ」
「その言葉、そっくりそのまま返すぞ」
俺の心配をよそに軽口を返してから、権左衛門は何処へともなく去っていった。やれやれ。
途中まで出かかった溜め息を飲み込み、ひとまず栄ちゃんの待つ教室に戻ることにした。