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猫神  作者: 角野のろ
10/21

次ノ二

遅筆なりに週一更新を目標に頑張ります。

「修治くん、おはよー!」

「おぅ、栄ちゃんおはよう」

 俺は親しき友人の挨拶に答える。

「栄徳よ、よく来たな」

「あ、あなたが権左衛門さんですね! うわー猫神様ってやっぱり本当だったんだー! こんな身近にオカルト現象、なんて感激、ですッ! 嬉しすぎるので、おはようございます!」

「元気のいい挨拶でよろしい」

「あはは、誉められたー」

 栄ちゃんは何故だか、満面の笑顔を浮かべている。

「うん、栄ちゃんおめでとう。じゃ、学校に行こう」

 朝のなんの取り留めもない会話をいちいち気にするのはよくないので、俺は玄関での交流を早めに切り上げて学校に向かうことを提案した。

「待て」

 が、途中まで身を乗り出したところで、肩をガシッと掴まれた。後ろを向くと案の定、権左衛門。

 何故だろう、とにかく厭な予感がする。

「ワシも行くぞ」

「……へ?」

 何か今、大変に不穏で不吉な言葉を聞いた気がする。気のせいだと信じたい。

「……どこへ行くって?」

「そんなことは決まっておろう。学校じゃ、ワシも学校へ行くぞ」

「遊びに行くんじゃないんだが」

「そんなことは知っておる! 学校とはいわゆる江戸時代の寺子屋のようなものであろう?」

「……まぁ、間違っちゃいないが、多分」

「ならば問題はあるまい」

 そういうと権左衛門はいつの間に用意していたのか、ひらがな文字で「ごん」と書かれたファンシーな桃色の背嚢を背負って玄関を飛び出した。

「あはは、修治くん、すっかりやりこめられちゃったね」

「……うっせー」

 空気を読もうとしない猫神と空気を判っていて、それでも敢えてちゃかしてくる栄ちゃん。いや、栄ちゃんも空気を読んでいないんだと信じたい。そうでないと悲しくなるから。

「さあ、行くぞ。修治、栄徳」

「お前が仕切るなよ、場所とか知らない癖に」

「……ふん」

 どうやら、図星だったらしい。不機嫌になり、膨れっ面になった権左衛門の様子にちょっとだけ勝ち誇った気分になって、俺たちは学校へ行くことになった。


 校門前では許可を得ているのか、部活勧誘という名目のチラシ配りパフォーマンスが繰り広げられていた。体育会系と文化系、こういった勧誘の場合、あまり違いは見られない。

 部活勧誘に人数が割かれているかいないかで、大きく印象は変わるが。人数が少ない部活の勧誘はなんとなく頑張ってるな、と好感が持てる。

 ちなみに好感が持てる、と言っても俺は帰宅部に入部予定だったりするので、あまり関係がないが。

 シャイな人間にとって、このロードは苦痛以外の何者でもないだろう。どうせなら、勧誘用紙の代わりにティッシュでも配っていれば、有り難いのだが。物で釣る勧誘自体が認められているかは分からない。

 それにしても、いったいどのような術を使ったというのか。

 奴、猫神権左衛門は我がクラス(1-A)の一員として、取り込まれることとなった。

 いや、正しくは既に取り込まれていた。転校の手続きや自己紹介の挨拶、そんな一切合財をすっ飛ばしてである。どんな手段を使ったのかは見当がつかないが、おそらく暗示か催眠術のようなものを掛けたのかも知れない。

 しかもだ。

「皆様、よろしくお願いしますわね、おほほほほ」

 どこから知識を拾ってきたのやら、思わず身の毛もよだつお嬢様口調でクラスメイトと話しているのだ。

 お嬢様口調というのも正しいのか、間違っているような気がする。エセお嬢様口調とでも名付けるべきか。絶対におかしい。違和感がありありとほとばしっているでしょう?

 どこで手に入れたかも不明だが、気がつけば権左衞門は着物風の衣装ではなく制服を着ていた。ちなみに我が校の制服はダークグリーンに深紅色のネクタイを付けるブレザー型である。

 栄ちゃんの耳元におかしいだろう、と小声で言うと、そう? と疑問系で返ってきた。

「いやぁ二人とも、相変わらずみたいだねぇ」

 その時、背後から親しげな口調で声を掛けられた。ひとまず振り返ることにする。

「お、お前は!」

 そこには、柔和だがどこか人を食ったような笑みを浮かべた生徒がいた。高校生にしては長身で大人びた顔立ちであるように思う。小学校の同級会以来だろうか、久しぶりに顔を付き合わせる、もう一人の腐れ縁の姿だった。

「正太郎くん!」

「久しぶりぃ。名簿の所で名前見つけてさ。まぁ、あの二人のユニークな自己紹介で確信はあったんだけどね」

 グサッ。せっかく治りかけた傷が……また!

 さりげなく毒を吐きながら、微笑みを浮かべるこの男の名前は射手矢正太郎である。

 俺、栄ちゃん、射手矢の三人は保育園、小学校まで、何をするときも一緒だった。

 構図的には、射手矢がこっそりばれないようにイタズラをしかけて、栄ちゃんがそれをどうなるかハラハラ見ていて、そのイタズラに俺が毎回引っかかる……そんなパターンの連続だった。

「気がついたなら、声かけてくれればよかったのにー」

 栄ちゃんはどこか潤んだ瞳で、拗ねたように頬を膨らませる。

「悪いね。昨日は急用があったから声がかけられなかったんだよ」

 射手矢はそういうと肩をすくめる。大仰な仕草だったが、それでも絵になる男とはいるものである。

 奴とは怒られるのも、褒められるのも同伴のまさに腐れ縁だったが、その関係も小学生までで終わることになる。

 射手矢とは訳あって中学で別れることになってしまったのだ。

 当時、同じ学校に行くと信じていた栄ちゃんはボロボロ泣き出し、俺もがっかりしたことを覚えている。それからは、同級会くらいでしか、なかなか顔を合わせる機会を失ってしまった。

 そんな訳で、懐かしの再会ということだ。



「自己紹介の一件を知ってるってことは……もしかして、射手矢も同じクラスなのか?」

「……へ? 何、言ってるのさ。修治も自己紹介聞いてたでしょ。なら、俺たち同じクラスに決まってるじゃない?」

「それはそうなんだが……すまん」

「あ、修治は不器用だからねー。もしかしてまたあの悪い癖が出たり? 自己紹介の時、めっちゃテンパってたじゃない。だから自己紹介にも気がつかなかったとか」

「ぅ……」 何故だか、射手矢という奴は妙に洞察力に優れているのだ。普段はのんびり構えているように見えて、やけにピンポイントなことを言ってくる。本当は鷹の目のように絶えず、周囲のことを観察しているのかも知れない。

「ま、まぁ、正太郎くんもあんまり修治くんをからかわないで……」

(えい)も栄で気づいてなかったみたいだし、数年の歳月とはいえ、寂しいもんだ……」

 射手矢は本当に悲しんでいたのか怪しくなるどこか演技じみた所作で、やれやれと首を振る。

「と、それはそれとして。まさか、修治にあんな可愛い幼なじみがいたなんてね〜。しかも、病弱なせいであんまり身長が伸びなかったからあんなに小柄なんて……大切にしないと駄目だよ? 修治」

違う、それは違うぞ。みんな騙されてるんだよ射手矢。コイツは猫神、だから猫を被ってるんだよ、っていうか猫なんだよ!

 あと、このクラスには男の名前って所で変だと感じる奴がいないのか? 俺の悲痛なる心の中の訴えは届くことなく、権左衛門は我がクラスに水と油のごとく奴は違和を伴って溶け込んでいる。もちろん、水がクラスの面々で浮かぶ油が権左衞門だ。

「まぁ、落ち着いたらまたどこかで話そうよ。同じクラスになれたんだから時間だけはあるだろうし。ってわけで、これから改めてよろしくっ」

 見ている方が優雅な気持ちになれるような、そんなさわやかな笑顔を残し、射手矢は去っていった。

「やっぱり、かっこいいよねぇ。正太郎くん」

「まぁ……な。きっと、ここでもモテるんだろうぜ」

「そうだねぇ……」

 ウットリしながら、一瞬だけ、ポッ、と赤くなる栄ちゃん。

 何故だか判らないが少し腹が立った。

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