(3)
予約投稿です。
その後は三人で学校での事、最近はまってる物、学園祭の事を話題に盛り上がった。学校での話は主に、奏が俺や和志をいじっている時の事が八割を占めていたが、三条も笑ってくれていたし、この際だから気にしないでおこう。
楽しい、悲しい、恐ろしい、様々な感情が入り乱れた時間が緩やかに過ぎていき、時計の針は既に五時前を示していた。近頃は日の落ちる時刻が早く、今でも薄っすらと空が赤みを帯びている。
「今日は誘ってくれてありがとうな。紅茶もクッキーも凄くおいしかったよ」
「お口に合ったようで安心しました。また次の機会があればお誘いしますね」
「あぁ。次は俺からも何か持っていくよ。大層な物は用意できないと思うけど」
「いえ、気持ちだけで十分です。神崎君とお話できるだけで十分……」
「どうした三条」
三条は胸元に手を当て、目を伏せため息を吐いた。比較的涼しいとはいえ外気は夏のそれ、長い間外にいた上に、ほんの少し顔も赤い。もしかしたら疲れが溜まっているのかもしれない。風邪で熱でも出したら大変だし、早く帰宅させた方が良さそうだ。
「宗やんは大変だねぇ。これで三人。あと二人は行けそうだね」
「行けるって何が」
「まだまだ教えぬよ。否教えん。文っちを君が落とすまではねっ!」
意味不明だ。何をどう落とすと言うのだろう。ま、これまで奏の発言を理解できた例はないから、とやかく言うつもりはないけど。
「では帰りましょうか。これ以上いると完全に暮れますし」
解散しようとの三条の提案に二人とも賛同しお開きになった。
「三条、送っていこうか? 寮とはいっても少し距離あるだろ」
「いえ、お構いなく。私よりも奏さんを送る方が宜しいかと」
「私? うーん。別にいいよ。足には結構自信あるし」
「足は全く関係ないですよ。私は学校の敷地内を歩くだけですし、距離もかなり遠くはありません。奏さんは一駅分の距離を徒歩か自転車で移動しなければならないでしょう? まだ幾分か明るいとはいえ十分に危険です」
珍しく饒舌に話す三条の姿に驚きつつも彼女の言葉に耳を傾ける。
「欲望まみれの狼が現れるのかもしれませんよ? もし奏さんの身に何かあったら。私は……私は……!」
三条はわざとらしく袖で目元を拭い、よよよと今時漫画ですら見掛けない泣き方をしてみせた。正直驚いて一言も発せられない。三条ってこんなキャラだったか? 内容も内容でおかしいし。
「なので奏さんは神崎君と一緒に帰ってくださいね。分かりましたか?」
「い、いやぁナギ? 私は本当に問題な」
「問題なくありません。神崎君にしっかりとエスコートして貰って下さい」
「え、エスコート? 私は必要ないよ? 大丈夫だからあの」
「分かりましたか、奏さん」
「Yes,my sister」
奏が言い終わる前に三条は改めて確認する。その形容しがたい迫力に奏は顔を引き攣らせ、戸惑いを顕にコクンコクンと大きく頷いた。思わず英語になってしまったのも、ただ単に混乱しているだけだろう。あの奏を手懐ける三条。なかなかやる。今度コツでも教えて貰うか。
「神崎君。奏さんをお願いしますね」
「は、はい。仰せのままに」
三条はしっかりと俺の目を見据えそう宣う。俺は俺で恭しく、配下の者のように応えるのであった。
「わざわざありがとうね、宗やん。おかげで安心安全な下校ができるよ」
あの後、俺は三条に従って奏を自宅まで送っていた。まだ残暑の続く九月の上旬、五時になっても別段暗くなるわけがないと考えていたが、実際は違い、五時半には街は焼きつくような濃い夕焼けの色に染まり、六時過ぎに空は何もかもを吸い込んでしまうかのような漆黒に包まれてしまった。夜空に光る数粒の星屑、薄っすらと雲がかかり色彩が淡くなり在り来たりな色を出す月、街灯や家の灯りによって浮かぶ地上の造形物。全てを許容し内包する夜空は例外なく俺らも包み込む。
「気にしなくていいよ。三条に言われたってのもあるけど、結局は自分の意思でこうしてるからさ」
「えーっ。そんな事言っていいのかな? 私が心配で見送ったなんて文っちが知ったら、きっとぷんぷんに怒るんじゃない?」
ニヤリと怪しげな笑みで奏はこちらを見てきた。俺は不思議な面持ちで疑問を口にする。
「何でさ。別に怒らないだろ。むしろ偉い! とか言って頭を撫でてきそうだ」
「そうかな?」
「そうだろ。まぁ万が一怒られたとしても後悔はしないけどな。その代わりに一人の女の子が無事だったら安いものだろ?」
「……」
本心からの言葉を、らしくもなく奏に伝える。突然奏は顔を背けしばらくの間無言の時間が続いた。俯き気味なためどのような表情か窺うことは出来ない。その代わり真っ赤になった耳がふわふわ髪の合間から覗く。変なことでも口走ったのか?
「ねぇ、宗やん。もしかして狙ってやってる?」
「何が」
「……だよね。だからこそ文っちが困ってるんだよね」
これは由々しき問題ね、と誰に言うでもなく――俺に対してでも、周辺の人に対してでもなかったため、そう判断した――奏が呟く。しばらくして、真剣な顔つきになった奏は、幼い子にものを教えるような物言いで俺に忠告した。
「いーい? 文っち以外には、ぜ~ったいに言わないように気をつけて。じゃないと誤解されたり、女誑しって噂されるから」
「女を誑しこむような真似はしたことないんだけど」
「無自覚でも罪は罪なのですよ」
自分の発言には責任を持たないと。じゃないといつか後悔するから。奏もまたらしくなく、説法じみたことを説いた。いつも自由奔放で、遊びが大好きな彼女とはかけ離れたその言葉に驚き、同時に深く考えさせられるものがあった。
意識が埋没する。
自分の発言に責任を持つ。一見簡単そうに見えるが、実質かなり難しく厳しい。果たしてこれまで自分がやると決めた事を最後まで遣り通したのは何回あったのか。数えるほどしかないだろう。他人へ注意した事をすべからく自分で守れているのか。大半の者が破っているだろう。発言、注意は自分を束縛する事と同義だ。無闇な言動は慎むべきだ。言葉は救いであり、祈りであり、鎖であり、また刃である。
意識が浮上する。
しばらく奏と雑談しながら歩を進めていると、急に奏が立ち止まった。
「宗やん。私の家、ここだから」
「ん? もう着いたのか」
「もう着いたのです。送ってくれてありがとう。また遅くなるときはよろしくー」
掛け値なしの、目が覚めるような惚れ惚れとする笑顔が咲く。無邪気な様子の奏に、あぁ中学生の頃と変わらないなぁとほんの少しだけ嬉しく思い、そんな感情を見せないように、呆れたように装い目を閉じ、俯き、わざと溜息を吐く。
「何なりとお申し付け下さい。じゃ、また明日」
「うん、また明日。私の騎士様♪ 今日忠告した事、しっかりと覚えておいてね」
いぇいとピースサインを俺に突き出して、すぐに翻り、マンションの中へと駆けて去っていった。ったく、何が私の騎士様だ。お前の配下になった記憶はねぇよ。苦笑しつつ俺は天上に点在する星々を眺め、自宅へと歩き始めた。
必死に身を犠牲にして神々しい輝きを放っている星達。月と街灯という光源と、薄く広がる灰色の雲の妨げをものともせず光る彼らに一種の尊敬と憧憬を覚える。力強く、神聖な姿と比べて俺はちっぽけでひ弱な存在に思えてくる。実際そうなのだろう。彼らを見て思う。俺は、一体何を目標に生きていけばいいのだろう。ちっぽけな俺はこれからどう長く険しい道を歩いていけばいいのか。やけに最近自分自身があやふやだ。あやふや過ぎて道標すら見つけられずにいる。未来を一片たりとも予想することの出来ない俺は、何を手がかりに進めばいいのか。
誰かの為になりたい、支えになりたい。その想いは幼い頃より持ち続けている。かと言って消防士や警察官になりたい、というわけでもない。身近にいる人達を守る。それだけで十分だし、他人を救えるような力、いや意思はない。身の丈にあった世界の中で誰かを守る、支える。何処かで聞いた言葉だが、俺にぴったりのものだと思う。大切な人達を自分の手で守り抜くことに一抹の不安を抱く俺には。
感想、意見、指摘を待ってます。
感想欄の方までよろしくお願いします。