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予約投稿です。
午後三時二十五分。学校から十五分くらいの場所に『憩いの森』はある。山上学園の生徒のみならず、近くに住んでいる家族やカップルも結構な割合で足を運ぶ、まさに憩いの場所だ。広大な面積を誇り、サッカーグラウンド三つ分と同じくらいの面積がある。現在軽く歩いただけでも大多数の家族連れが窺えた。
小さな子供たちと、一緒に遊ぶか遠くから子供の戯れを眺めるその親たち。仲良く手をつなぐカップル。誰もが輝かんばかりに笑顔を振り撒き、そこには悲しみ、辛さといった曇りを一切感じられない。一点の曇りもない透き通った青空は彼らのそんな様子を表しているかのようだ。
さて、待ち合わせの公園入り口まで来たのはいいものの、たった今思い出したのだが詳しい待ち合わせ場所を訊くのを忘れていたため、何処に行けばいいのか分からずにいた。この通りだだっ広い緑の公園だ。奏たちが何処にいるのか見当がつかずにいた。まぁ、立ち止まっていても仕方がない。手当たり次第に捜していくしか手立てがないか。
全体を歩き回っただけで優に一、二時間はかかるだろう。捜す範囲を絞り込んでも一時間で済むかどうか。
時刻はもうすぐ三時半を刻む。早く行かなければ奏と三条に迷惑を掛けてしまう。奏からは盛大なブーイングを食らわされ、三条からは慈悲に満ち溢れたフォローを受ける。そんな未来が事細かに頭の中で再現された。
早いところ行かなきゃな。
駆け足気味で探し始め三、四分。少々の体力を犠牲にして二人を見つける事に成功した。というのもあの二人が意外と近くに居た事ともう一つの要因が重なった結果早く捜し出せたに過ぎない。
もう一つの要因とは何か。それは、目の前にある状況だ。
「おそ~い。なにグズグズしてたの? とっくに時間過ぎてるよ!」
「まだ五分じゃないですか。許してあげましょうよ。神崎君。わざわざ忙しい中来て頂いてありがとうございます」
花も恥らう女子高校生二人が、子供たちの戯れる広場のど真ん中で、優雅にティーパーティーを開いていた。ご丁寧にもテーブルまで展開して。
「おい、待てお前ら。明らかにおかしくないか?」
「なにが?」
「何がって。俺が言いたいのは何でこんなところで茶会をやってんだよ!」
俺の発言にポカンとするのも束の間、奏は人差し指を一本たてチッチッチと振り、叩きつけるように言った。
「おかしいのは宗やんでっせ。女の子を待たせるのは、すんご~い重罪なんだぞ。ちゃんと直さないと文っちに愛想を尽かされて宗やんがラブゲージ不足で遠い星の彼方に! 夫婦関係の危機だ宗やんの生命の危機だ!」
「話が全くかみ合わない上に意味が分からない」
くそ。奏相手だといつも調子を狂わされる。独自の世界を築いているからか、いつの間にか奏のペースに引きずり込まれてしまう。よい回避案は一つもない。
「とにかく場所を移そう。あそこの木陰がいい。丁度涼しい風が吹いてるし、日光も遮られる」
結局強引に話題を戻すしかなくなる。あの世界に入ってしまったら終わりだからな。
またしても不安そうな声を上げる奏を無視しつつ、三条に謝りつつ、広場の端へと移動した。
付近にいた人々の目線が突き刺さるように痛かったのは言うまでもない。
「さぁ、改めてティーパーティーを始めましょう」
三条はそう告げると、折りたたみのテーブルを展開し、手際よくティーセットを並べる。
穏やかな雰囲気。
終始感じていた周囲の奇異な目線もなくなった事も手伝って尚更それを実感する。
「ティータイムのはじまりはじまり~。何だかわくわくしてくるね、宗やん」
「お芝居みたいな始め方だな。でも確かにわくわくするよ。俺、こういうの初めてだし」
「一回もお茶会とかに参加しなかったんだぁ」
「周りに開くやつがいなかったからな。奏はどうなんだ。やっぱり何回かあるのか?」
「あるある。ナギとかお母さんとかとたまにやるんだよ。最近はナギと一緒が多いかな」
「三条と?」
「はい。ティーパーティーをする際には声を掛けさせて貰っています。奏さんも忙しい身であるにも関わらず、こうして毎回参加して頂き、本当に感謝しています。一人でお茶会は寂しいものですから」
三条は微笑みを湛え、奏に感謝の気持ちを伝えた。それに奏が恥ずかしがる。
「いやだなぁ。そんな照れるじゃん、ナギ。私は好きで参加してるんだし、むしろ声を掛けてくれるナギに感謝だよ」
「ふふっ。ありがとうございます。そう言ってくれるだけで私は幸せです」
互いに笑いあう二人。その様子、言葉、どれを見ても彼女たちの仲の良さが伝わってくる。二人は誰から見ても親友同士、決して過言ではないはずだ。
「お湯も沸きましたし、さっそく淹れていきますね」
手馴れた手つきで三条は各々の紅茶を用意してみせ、テーブルの上に置いてあったバスケットからクッキーを取り出す。
「本日はダージリンとチョコクッキーです。どうぞ召し上がってください」
目の前にはゆらゆらと湯気が立つティーカップと、小さなチョコチップが散りばめられたチョコ生地のクッキーが出された。カップからは甘く優雅な香りが漂ってきて鼻腔を適度に刺激する。一口飲む。
「……うまい」
「ダージリンはインドの北東部とヒマラヤ山脈付近の地域から生まれた紅茶で、特有の奥深い香りと豊かな味わいは『紅茶のシャンパン』とも言われるほどなんです。ゆっくりと味を楽しんでくださいね」
「ん~。ほんといい香りだね。それにナギの蘊蓄を聞くともっと美味しく感じるよねぇ。さすがナギ。策士ね!」
褒めているのか微妙な言葉に三条は素直に喜んでいる。「そんな、私、照れちゃいます」と、頬をほんのり赤らめ、もじもじしている。何だか可愛らしい。いつもの穏やかで、大人びている教室での印象とは違う三条、その女の子らしい行動に思わず心臓という鐘が大きく音を鳴らす。絶対に今、俺の顔は三条と同じように赤いはずだ。
しかし、直後、俺はこのような事を考えてしまった事を、更に今ここでそう思ってしまった事を後悔した。
まずい、やってしまった。ここにはあの奏がいるじゃないか!
脳裏に流れる一つの思考。奏に見られたらどうなる? 「絶対に文っちに報告しないとね、浮気は禁物だぞ♪」みたいな発言をするに決まっている。あるいはもっと最悪な、弱みを握って俺にあれこれ命令するかもしれない。間違いない。奏なら、やる!
視線を右側に座っている奏の方へと合わせる。
「……」
「……」
ばっちり目が合った。というかばっちり見られてた。
油断大敵。奏の目からはそんなメッセージを受け取れる。
冷や汗が頬を伝い、顎からぽとぽと落ちていく。生温い汗の感触、落ちていく滴、遠くから聞こえる梢の揺らぐ音や道行く人々の声、それら全てが鮮明に感じた。
終わった。
「? どうしたのですか、神崎君」
「え、いや。なんでもないんだ」
妙に歯切れの悪い俺に三条は首を傾げるが、すぐに意識を紅茶へと移したようで、涼しげな顔で一服する。
「……」
奏はというと、こちらも涼しげな顔で紅茶を楽しんでいた。だが愉快そうに口元が三日月状に歪み、悪魔という異名を付けられてもおかしくない様相をしていた。いくらカップで隠そうとも、端から覗くそれは見え見え。確実にこれをネタにからかっていく、もしくは脅すつもりだ。怖い。人権そのものが危ぶまれる、まさに非常事態というべき状況だ。どうにかして事態を打開しなければ……!
「宗やん、宗やん」
「はい、何でしょうか」
「下手なことはしないようにね」
打つ手無しだった。
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宗「このグダグダトークのコーナーは次回から一時お休みいたします」
文「楽しみにしていた皆さん。すみませんでした」
宙「楽しみにしていた人いるのですか?」
渚「何人かいると思いますよ」
奏「紅茶、おいしいね」
楓「私も飲みたかったな……」
宗「12月に再開するみたいなので。では」