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後ろめたさ

本当にお待たせしました。

 茹だるような暑い夏。

 祭囃子で沸く夏祭り。

 忘れられないあの日。


 わたしたちのすべてが変わった。


 子供たちがはしゃぐ声が聞こえる。太鼓を叩く音が聞こえる。いらっしゃいと景気のいい呼び声が聞こえる。

 今日は近所の公園で夏祭りが開かれていた。憩いの森ほどではないものの、大きな祭りを行えるぐらいの広さがある。公園を取り囲むようにある石畳の道の両脇に、ずらりと並ぶ屋台には様々なものが売られていた。

 焼き鳥、わたあめ、たこ焼き、ラムネなどが売られ、ヨーヨー釣りや金魚すくい、射的など定番ゲームが数多く行われている。

 公園の中心では矢倉が組まれ、その一番上で、青年が激しく太鼓を打ち鳴らしていた。

 夏らしい風景は、見ているだけで熱くなり、参加すれば心が躍る。祭りの雰囲気は桜と同様に、人の心を普段とは違うものへと変える効果があるらしい。

 そんな祭りに宙、宗一、香の三人は、和泉姉妹の母である菫に連れられ、やってきていた。年に一度の祭りに目を輝かせる三人に、菫に笑みがこぼれた。若干顔に陰が見られた宗一を菫と宙は心配していたが、どうやら大丈夫そうだとひとまず安心した。

「ねぇ、そーいち。投げ輪やろっ! たこ焼きも食べよっ」

 自由奔放に香があれやこれやと希望を言い募る。香の楽しみで仕方がなかったという気持ちが充分に見て取れる。そんな様子に宗一は自分もと走り、宙は置いて行かれないように慌てて後を追った。


 これが三人で一緒に笑っていた最後の時間だった。




 戦利品であるヨーヨーを片手に四人一緒に帰り道を歩いていた。普段とは違う祭独特の楽しい雰囲気にあてられて、なかなか興奮が冷めやまなかった。歩きながら

「楽しかったね」

「わたあめおいしい」

「また来ようよ」

「うん」

 って会話してた。ヨーヨーを上げ下げしてぱちぱちと遊びながら、明日は何して遊ぼうとか、久しぶりにゼリー作ろうとか、そんな他愛もない話をしてた。

 そんな時だった。

「あ」

 お姉ちゃんのヨーヨーが切れ、ころころと道の先へ転がって行ってしまった。道はコンクリートで綺麗に舗装されて、見る見るうちにヨーヨーは道路の方へと消えてしまった。

「まって!」

 そういってお姉ちゃんは飛び出ていった。

 宗一は危ないからと、慌ててお姉ちゃんを追いかけていった。






 そうして轢かれた。






 二人は一瞬で消えてしまって、代わりに大きなトラックが鎮座していた。

 祭の喧騒が他の何かに変わった後からは覚えていない。幼いわたしの頭が自己防衛で消してくれたのか、それとも覚えているのに忘れたと思い込んでいるのか、正直よく分からない。

 ただ確かに言えるのは、お姉ちゃんがベッドの上で今も眠っていることと、宗一は無事だったものの記憶を無くしてしまったことだけ。

 家族は離ればなれになった。事故があったから、というのもあるけれど、お父さんが出張で家から離れて、私はそれに付いていった。お母さんはお姉ちゃんの介護をするから、この町に残った。宗一の両親とは一回会ったみたいだけど、正直のところ覚えていない。

 あの日に失ったものは沢山あって、どれもがとても大切なものだった。

 わたしはもう一度取り戻したいと思った。でも、幼いわたしは無力で、役立たずで、ただただ流れに身を任せるしかなかった。


 再びこの町に戻って、部屋の片づけが一段落したとき、ふと外がどんなふうに変わったのか見てみようと思った。単なる気分転換で、昔お世話になった、そしてこれからお世話になる町を知っておきたかった。多分自分の知る光景と異なる部分を発見して帰宅する、そんな終わりを予想してた。

 だから宗一に再会したときは本当に驚いた。神崎宗一という名前を聞いた瞬間、いろんな想いが胸から溢れてきて、でも心は穏やかで温かな気持ちに包まれていた。

 驚きすぎて逆に冷静になった、とかじゃなくて、純粋に嬉しかった。また、幼い頃のように仲良くなれたら、事故の後空虚になった自分を変えてくれる気がした。


 毎日、学校で宗一を見かける度に、わたしは心がスキップするような気持ちになった。あぁ、宗一は宗一の世界で生きていて、わたしもその世界の中にいる。宗一と触れ合うとどうしようもなく幸せになる。

 告白された時は涙が零れた。うれしくて、うれしくてたまらなかった。このままずっといられたらいいな、って本気で思った。

 ただ、文先輩やお姉ちゃんの顔が過って後ろめたく感じた。

 本当にわたしで良かったのかな。今でもときたま考えてしまう。



 ねぇ、お姉ちゃん。お姉ちゃんは宗一が好きだったんだよね。

 今ならわかる。わたしも恋を知ったから。ちゃんと相手が愛おしいって思う気持ちがわかるようになったから。

 本当だったら、宗一の隣にはお姉ちゃんがいるはずで、わたしはその席を奪ってしまったんじゃないかって思う時がある。

 わたしは今とても幸せで、でもその幸せは誰かの不幸の上で成り立ってる。

 不安で仕方がない。わたしは愚かだ。


 わたしはどうしようもなく愚かで、幸せで、臆病者で、それでも大切な人の傍に居たいと思う図々しい人だ。

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