10月4日(1)
お待たせしてすみません。
学園祭に関する諸事項が伝えられ、開祭式が終わる。ついに待ちに待った学園祭の幕開けだ。本格的に動き出してからの準備に要した日数は五日間。この日の為に俺等は一致団結してやって来れたんだ。絶対に成功させてみせる、という気概は勿論、学園祭を楽しむ心もちゃんとある。残り少ない学園生活を堪能するんだ。
そして楽しむ為にも、最初のシフト、九時から十一時までの二時間を働かなければならない。トップバッターを任された手前、幸先の良いスタートを切りださなければ。その気持ちは楓も同じのようで。
「宗一。お客様がご入場なされたら愛想良く、いらっしゃいませ、って言うのよ? 席まで案内して注文を訊きなさいよ。いいわね。あと品物を落とさない事」
楓は微妙に混乱していた。
「落ち着け」
「落ち着いてるわよ。あんたの為にわざわざ確認してあげてるんじゃない」
「何故俺だけ」
「宗一が一番不安だからよ」
俺はやはり信用が薄いのか。
「そりゃどうも。とりあえずリラックスだ、リラックス。肩の力抜いて」
「別に緊張はしてないわよ。これでも知らない人や目上の人と接する機会はかなりあったし、対処法も心得ているつもりよ。だから心配されなくてもちゃんとやれる」
だとしても、やはりそれと接客とでは勝手が違う。それに楓はクラス委員長だからといって責任を無駄に負っている気がする。
緊張はしていない、だが責任を感じている、って事か。
仕方がない。ここは一つ、ジョークでも言って楓を元気づけようではないか。よし。
「布団が吹っ飛んだ」
「黙りなさい」
「はい」
久方振りの楓の辛い言葉が放たれ、俺の胸を穿つ。
駄洒落を言う時は、大抵脳が疲れている時らしい。疲れによって思考能力が低下する事で、一時的に幼稚園児から小学生低学年のレベルになるそうだ。つまり現在の俺は幼稚園児レベルだという事だ。
楓の真面目にやれという視線が、俺の肌をチクチク刺す。しかし、形振り構っていられないのだ。
次のネタに行こうじゃないか。
「カエルは帰る」
「帰れ」
今度は命令形出来たようだ。なるほど、帰れ、か。そんな言葉で俺の心が崩れるとでも思っているのだろうか。勿論崩れるに決まっている。だが、俺はめげない。ここで崩れるわけにはいかないのだ。もはや俺の行動は和志と同等のものであるが、それでも構わない。最後に渾身のネタを披露するしかあるまい。さあ、行くぞ。
「さっきから殺気を感じてるんだ」
「きっとそれはあたしが放ってるものだわ」
「すみません」
下らない冗談を言ってる場合じゃないでしょ? バカなの? 頭を何処かにぶつけたのかしら、みたいな視線が俺の心臓を打ち抜く。鬱になりそうだ。
「あたしを元気づけようっていう気持ちはちゃんと伝わったわ。だけど、伝え方が鬱陶し過ぎる」
「はい」
鬱陶しいで片付けられる楓の懐の広さに、俺は思わず泣きそうになった。というかさっきまでの俺のギャグセンスの低さに泣きそうになった。
「とりあえずありがとう。今度は親父ギャグじゃなくて飲み物とかが欲しいわ」
「暇があったら買って来てやるよ」
「……冗談よ。あと、二十分で開店するわ。気を引き締めなさい」
「分かった」
楓は腕時計で時間を確かめ、全体に向けて指示を出した。
「みんな、テーブルと椅子の配置と、ゴミが落ちてないか確認して。終わったらシフトの人は自分の持ち場に着いて、それ以外の人は教室から出て。いい?」
楓の声に皆反応し、各々が開店に向けて動き出した。俺の狙い通り、楓は緊張とリラックスのバランスを上手い具合に取れているようだ。
「宗一。あんたも動きなさい」
「了解」
さて、気楽に楽しみながらやるとするか。
午前十一時。仕事の時間を終え、俺は文との待ち合わせまでの二時間をどう過ごすか、全く考えていなかった。仕方なく校内をほっつき歩く。壁には様々なチラシが貼り付けられており、各種出し物の簡単な紹介と場所が書かれている。どれもイラストのみならず、文字の配置にも拘りがあり、何処からまわるか悩ませる。
色々あるけれど、その中でもステージで行われるバンド演奏に目が止まった。メンバーを見てみると、何人か知人が演奏するみたいだ。せっかく時間が空いているし、音楽に身を委ね、周りの人と心を一つに盛り上がるのもいい。早速ステージに向け足を動かした。
魂を揺り動かすような素晴らしき音楽に酔いしれた後、またもや時間を持て余した俺は、ふと、喫茶店は上手くいってるのだろうか、と気になり、様子見に2―Bへ向かう事にした。普段見ない人集りや老若男女、様々な風体の人々が行き来する光景は、なるほど、そこに誰がいるのかで、場所は同じでも感じ方は大きく変化する、というちょっとした発見をもたらしてくれた。
「あれ」
2―B前まで来ると、店員用ドアから楓が現れた。シフト終わりの時間から優に三十分は経過している。なのに未だエプロンを着ている所から察すると、すっと働き続けているのではないか。
「楓」
「ん? あぁ、宗一。どうしたの。忘れ物でもしたの?」
「いや、ちょっと店の様子が気になって。んで、お前は? 問題でもあった?」
「何もないわ。ただ手伝ってるだけ」
ほら、と手に持っていた紙袋を楓は軽く持ち上げた。外から中身が見えないようになっているが、恐らく使用済みのカップや皿、フォークが入っているのだろう。基本的にどの食グループも、使い捨ての食器を用いている。ゴミが蓄積するのは言うまでもなく、定期的に処分しなければならない。
「ご苦労様。店は繁盛してる?」
「ぼちぼちね。お客さんは結構入ってるけど、手が回らない程でもないし。本格的に忙しくなるのは正午過ぎじゃないかしら」
「一時過ぎがピークだろうな。昼食後のティータイムと洒落込む人とかいると思うし」
「いいわ。書き入れ時だから張り切らないとね。特に明日はあたしが担当するし」
「頑張るのもいいけど、ちゃんと休憩取れよ。あんまり詰め過ぎるとぶっ倒れるぞ」
「心配ありがとう。大丈夫よ。これでも花の女子高校生なわけだし、ちゃんと学園祭を堪能するつもりよ。今日は四時まで遊び通す予定」
「遊び疲れるなよ」
「宗一は遊び呆けないようにね」
「シフトをサボる真似はしないから安心しろ」
「不安だわ」
「俺の信用性の有無を確かめたい」
「安心され切るよりはマシでしょ。じゃ、学園祭、楽しんできなさい」
「お前もな」
楓は背筋を伸ばし、二房に結われた茶色の髪を揺らし、廊下を颯爽と歩いて行った。楓の後ろ姿を見送ってから、時計を確認すると、文との約束の時間まで残り数分であった。
午後一時、約束の時間より二、三分ばかり早く待ち合わせ場所である中庭に行った。休憩所として使われているだけあって、生徒のみならず、外部の人や教職員がベンチに腰を下ろし、野店で買ったであろう食べ物を各々楽しそうに食べていた。見回すと、中庭の中央付近に植えてある大樹に、文が腕時計と学園祭のパンフレットを忙しく見比べ、そわそわとしていた。
すぐさま駆け寄ると、音で気付いたのか、文が顔を上げた。
「宗くん」
文の表情が花咲くように華やいだ。
「待たせてごめんな」
「ううん、わたしが時間より早く来ちゃっただけだから。それに、待ってるのってロマンチックで結構好きなんだ」
頬を赤らめ、幸せそうに頬を緩める文。待つのが好きだなんて、変わってるな。もしかして、俺に気を遣わせない為に言ったのだろうか。
「時間は少ないし、早く行くか」
「うん! へへへ、宗君と一緒かぁ」
「いつも一緒だろ」
「最近は宙ちゃんとか楓ちゃん、それに渚ちゃんと居るでしょ? 朝と夜、あと教室だけなんだよ? 宗くんと一緒に過ごせるのって」
充分じゃないか。
でも、確かに文と二人で居る時間が徐々に少なくなってきた気がする。最近は宙が転校してきたり、学園祭が近付いたり、と様々な出来事が重なってたから、ゆっくりと会話する機会がそう多くはなかった。
「じゃあ、今日は思う存分一緒に遊び通すか。文はもう昼飯は食べたか?」
「まだだよ。結構お腹が空いちゃってるし、屋台で何か買わない?」
「さっき見て回ったら、おいしそうなもの沢山売ってたぞ」
「楽しみだね、宗くん」
「店を潰すなよ」
「それってどういう意味!?」
「いや、だって、お腹空いたって」
「わたしは食いしん坊じゃないもん」
頬を若干膨らませる文の姿を見て、本当に可愛らしいなと思った。
レポート、サークルに追われ、楽しくも忙しい時間を過ごしたsurteinnです。
上記のように、執筆する時間がなかなか取れず、一週間以上放置してしまいました。
本当に申し訳ないです。
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では(・ω・)ノシ