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夢と願いの学園恋歌  作者: surteinn
プロローグ
3/44

9月16日(1)

 「そういえば噂で聞いたんだけど」

 九月十六日。夏の空気が秋のものへと変わっていく時期。大雨が頻繁に降る季節でありながら、ここ数日は天気が崩れることなく清清しい青空を展開していた。唐突に文が切り出してきたのは、朝食を普段通り摂っている時であった。咀嚼していたものを無理矢理胃の中に押し込み、先を促す。

 「うわさ?」

 「そう。今日学校に新しい子がやってくるんだって」

 「へぇ。男? それとも女?」

 「女の子。すごく可愛い子なんだって。あと一学年下」

 一学年下の可愛い子、か。ふと八月末に出会った少女の顔が思い浮かぶ。和泉さんだっけ。無事暮らしているかな。また道端で倒れていない事を祈るか。

 「ま、どうでもいいや」

 「どうでもいいやって。興味ないの? 可愛い子だよ?」

 「噂だ、ってのもあるけど違う学年だから、あまり関わりとかなさそうだしね」

 「ふ~ん。そうなんだ」

 俺が全く興味がないことを示すと、文はよく分からないが、途端に機嫌が上向く。

 「何で嬉しそうにしてるんだよ。特に喜ぶような内容じゃなかっただろ」

 「分からないなら分からないでいいよ」

 「意味がわからん」

 女の子はよく分からない生き物です。特に、男子にとっては。

 その後、妙に機嫌のいい文と軽く談話しながら、箸を進めた。

 「ごちそうさま。食器は俺が片付けておくから、朝の占いのチェックを頼む」

 「え? うん、わかった。いつも確認してないのに珍しいね」

 「今日は何だか、な」

 キッチンの窓から空模様を見る。雲一つ無い綺麗な青空が広がっていて、今日も平和に過ごせそうな、そんな気がした。

 

 「ちゃんと鍵かけた?」

 「かけたよ。それじゃあ行こうか」

 「うん」

 小鳥の囀りが耳をくすぐる。空気は暑さのためか多少歪んで見えるが、そんなものはこの澄み切った青空が消し去ってくれる。

 歩き始めて数分後、俺はふと今朝お願いしたことを思い出し、文に例の結果を教えてもらう事にした。

 「それで、占いの結果だけど、どうだった?」

 「あ、そういえば伝えてなかったね。えっと、『今日平穏に過ごせるでしょう。但し女の子には要注意』だって

 「女難の相が出ているのか。楓辺りに蹴り飛ばされるのか」

 「楓ちゃんは優しいから軽く蹴ってくれると思うよ」

 「蹴る事は否定しないのな」

 はぁ、溜息を吐く。案外当たりだったりして。また痣を作るの嫌だぞ。痛いことはなるべく避けたいんだ。

 更にしばらく歩く。横断歩道を渡る直前で、運悪く目の前で赤信号に変わってしまった。最近多いな。

 「あ~。つかまっちゃったね」

 「別に遅刻寸前ってわけじゃないし、いいじゃん」

 「そうだね。宗くんは休日以外はとても早起きだから、私助かってるよ」

 「いつも迷惑かけてすまないな」

 「ううん。そんな、私は勝手にやってるだけだから気にしなくてもいいんだよ?」

 「でも奏とかに変なあだ名を付けられてるし」

 「通い妻? 別に気にしてないから大丈夫。むしろ嬉しいし本望かなってやだ何言ってるんだろ私」

 俺のことを気遣ってか、文はそんなことを言う。通い妻と呼ばれて嬉しがるやつはいないだろう。

 「あ、今日も置いてある」

 軽い自己嫌悪に陥っていると文が不意にそう言葉を漏らした。文の視線の先を見ると、そこには一つの植木鉢が置かれていた。

 小さな茶色の植木鉢、そこに咲いていたのは淡い青紫色の花だった。二センチくらいの可愛らしい花。

 「アマか」

 「よく知ってるね。花にそんな詳しかったっけ」

 「いや、なんとなく。テレビか何かで見たのかも」

 「へぇ。もっと早く訊けばよかったなぁ。ほら、この花可愛いでしょ? ずっと家で育てたいと思ってたんだ」

 尊敬の眼差しで見てくる文から目を逸らしつつ、アマを盗み見る。何故か温かく、懐かしく、それでいて悲しい、そんな感情が胸の中で渦巻く。

 「信号、青に変わったよ」

 「あ、あぁ」

 文の呼びかけに俺は意識を現実に戻す。横断歩道を渡り、学校を再び目指した。

 後方を再度見る。相変わらず植木鉢が鎮座している。そこに何か大切なものを置き忘れてしまっているような気がした。

 

 担任からの連絡が早く終わり、朝のHRは早く切り上げとなった。終わるや否や、数名のクラスメートが早足で教室を出て行った。多分井戸端会議でもするのだろう。よく長時間立って話そうと思うよな。呆れを通り越して尊敬する。

 さて、今日の授業は何かな。鞄から時間割表を見る。やべ、化学じゃねぇか。公式の証明するの忘れてた。今からでは到底間に合いそうもない。何かいい打開策でもないかと考えていると、突然後ろから背中を叩かれた。

 「よ! 何難しい顔してんだよ」

 「・・・・・・いきなり叩くな。びっくりするじゃねぇか」

 少し恨めしそうに後ろを向く。そこにいたのは軽薄そうなオーラを持つ、小学生時代来の悪友、木原きはら 和志かずしだった。

 「いきなりやるからこそ意味があるんじゃないか。やるよと宣言してからやって誰が驚くか」

 「お前の行動に意味を感じたことは一度たりともないけどな」

 「何を言う。この世に意味のない事なんて一つもないんだよ、ワトソン君」

 和志がチッチッチと人差し指を突きたて、左右に振る。その指、バキボキに折ってやろうか。

 「誰がワトソンだ。それじゃあお前、さっきの理由を言ってみろ」

 「暇だから☆」

 「理由になってねぇよ馬鹿野郎。あと語尾に星っぽいの付けるな、キモイ」

 コイツの頭を叩き割ってやりたい今日この頃。

 「まぁ落ち着け。人生色々あるさ。というわけで行こうぜ」

 「意味ありげな事を言われた上に、何の脈絡もなく来いって言われて行くやつがいるか!」

 「意味ありげな事を言わなければいいのか」

 一理あると、和志は納得した顔で頷く。

 「どっちにしろ行かねぇよ」

 朝から何このハイテンション。毎回和志のノリには着いていけていないのは、普通であるという証拠なのだろうか。そうだと思い込みたい。

 「ん、その様子だと聞いてないみたいだなあの噂」

 「噂?」

 「聞きたい? 聞きたいか。よし言ってやろう」

 「転校生が美少女ってことだろ」

 「なんだ。知ってるのか」

 今さっき思い出した。

 「聞いたところ、すごく可愛いらしいな」

 「そう! そうらしいんだよ。これはさ、やっぱ男として絶対確認しておきたいよな」

 「別によくね。いつか見れるだろ」

 「おいおいマジかよ。何その興味ないですよ的な態度」

 「そんな態度、初めて聞いた」

 今朝の文との会話と同様、興味のない風体を貫く。気にならないわけではないが、わざわざ確認しに行くような事ではない。第一、今は化学の授業にする言い訳を考えなくてはいけない。こちらの不注意を認めつつ、いかに罰を軽減できるか、そこに重点が置かれる。あの教師は一筋縄ではいかないからな。何とかいい案を思いつかないと。

 俺のその対応がいけなかったのかもしれない。にやりと和志は笑うと「一つ質問しよう。お前は男か? 女か?」と訊いてきた。

 何当たり前の事を訊いているのか疑問に思ったが、素直に男だと答える。計画通りとさらににやりと顔を歪ませる。どこの悪人だよお前。

 「よし、なら興味あるという事になるよな。そうなるよな」

 「ならねぇよ」

 「全く、お前も男だな。宿命には逆らえぬか」

 「ぶっ飛んだ宿命だな」

 「さて、テンションも上がってきたところで行くぞ!」

 「は? テンション上がったって、ちょ、何故手を持つ」

 「いぃぃぃぃぃいゃふぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

 「ちょと待て。お前今日は一段とおかしい・・・・・・って放せ、引き千切れる! 文! 助けてくれ!」

 俺の叫びは虚しく教室に響き、引き摺られるようにして教室を後にした。この時は思いもしなかった。まさかこんな形で和泉宙と再開するなんて。


 「ぜー、ぜー、ぜー」

 「着いたか。お、ターゲットの所在を確認。現在クラスメートと談笑中」

 和志に連れられ辿り着いた場所は一年生の教室前だった。和志は空想上のトランシーバーに何やら戯けた事を吹き込んでいる。とうとう脳の回路がいかれたのかと、俺は嘆息した。辺りを見る。廊下を行き交う人々は全員一年生。当然といえば当然だ。この空間の異分子である俺たちは奇異の視線が注がれる。正直ここには居づらい。

 「ほら見てみろよ。すっごく可愛いぞ」

 和志はほらほらと非常に興奮した様子で、例の女子を見るように促してくる。

 「わかった。わかったからそこまで慌て、る、な」

 和志が指差す方を見て、俺は言葉を失った。教室の一番後ろの、手前から四番目の席。そのクラスに在籍しているのであろう女子たちが周りを囲み、座っている子に矢継ぎ早に話しかけている。座っている子が人垣の隙間から見える。そこに居たのは、

 「な? どうよ宗一」

 和泉宙だった。あの艶やかな黒い髪と、オレンジのリボン、可憐なその横顔を見間違えるはずがない。桃色の頬、明るい笑顔は以前は見れなかったもの。良かった。体調は無事、改善したらしい。

 「おーい、どうした。あまりにも可愛いから見惚れちまったか」

 和志の軽口を無視する。脳の処理が追いつかない。一人の少女を救えた事による安堵? それとも運命的とも言える再開に感動している? 違う。恐らく違う。どう言葉で表現していいのか分からない。きっと、多分。

 何かが起こる前触れ、それを直感的に察知しているのだろう。

 ふいに、何かに気付いたかのように和泉がこちらを向いた。視線と視線がぶつかる。目が合った。相手は目を丸くし、俺と同様硬直した。やはり、彼女は和泉宙なのだ。彼女の反応からそう断言できた。数瞬の後、和泉が席を立ち、こちらに駆けてくる。和泉の表情は先程の俺とは違い、再会を感動しているようなものだった。ただ、ちょっと顔が強張っているのは何故だ?

 俺の前に辿り着き、和泉は上目遣いで俺を見る。期待と不安が入り混じった目。緊張した面持ちで、

 「神崎、宗一先輩、ですか?」

 と言った。

 「そ、そうだけど」

 どもりつつも返答する。和泉の顔が晴れ晴れと輝く。不安という要素が瞳から抜け、期待が歓喜へと変わっていく。

 そして。

 「先輩、会いたかったです!」

 次の瞬間、俺は和泉に思いっきり抱きしめられた。ぎゅっと、二度と離さないとばかりに。

意見・指摘・感想などがありましたら感想の方まで宜しくお願いします。

皆さんに笑いと感動を届けられますように。

では(・ω・)ノシ


奏「次回は私の登場だね☆」

宗「ついにトラブルメーカーが来た」

奏「なにおぅ! トラブルじゃなくて、私が作り出すのは笑いと騒動! その違い、お分かりかな?」

宗「それがトラブルだって言ってるんだよ。文を見習え」

文「え、私!?」

奏「文っちも奥手だからね。宙ちゃんに抜かれないよう、今からアタックアタック!」

文「あ、アタック? こう?」

宗「ぐふっ!」

奏「・・・・・・誰もタックルかませとは言ってないよ?」

和「俺、完全に忘れられてる?」

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