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夢と願いの学園恋歌  作者: surteinn
学園祭編
27/44

9月27日(1)

二連続投稿です。


 意識が浮上するきっかけはドアの開閉する音だった。ぼんやりと、未だ靄が掛かっているかのような脳は本来の機能など果たせそうになく、ただただ五感から伝わる情報を受け取るという最低限の処理しか行っていなかった。視覚は目を閉じているため機能せず、味覚は今は関係ない。嗅覚も同様だ。必然的に残るは触覚と聴覚のみであり、優先的にこの二つが脳内の処理の力点に置かれる。だから。

 「先輩は未だ睡眠中。夢の中でわたしとイチャついている模様です」

 忍び足で近づいてくる音も、内緒話をするような音量で語られる欲望で塗れたふざけた台詞も耳が鮮明に捉えていた。しかし。

 あぁ、多分夢だろうな。

 と、考える事自体が面倒臭く、人間が持ち得る能力の一つ、思考を何の躊躇いもなく放棄してしまった。

 「ではでは、隣を失礼します。あ、先輩の温もりが直に伝わってくる。いい匂い。落ち着くなぁ」

 腕に柔らかな感触があり、ますます睡眠欲を加速させる。闇の中へ落ちていく。再び夢の世界へ旅立った。

 

 「ねぇねぇ。らいしゅうのどようび、そーいちのたんじょうびなんでしょ?」

 街を歩いていると隣にいる女の子が親しげに、そう話しかけてきた。誰だろう。知っているような気がするけれど思い出せない。確実にこの子とは出会っている筈なのに。でなければこの懐かしく、狂おしい感情に説明がつかない。俺の訝しそうな目をものともせず、いや最初から気づいていない様子で話を続けた。

 「そーいちのために、すごーいプレゼントをよういするから、きたいしてね」

 「うん。たのしみにしてる。でもすごーくなくても、かおりちゃんからもらったものなら、なんでもうれしいよ」

 俺はいつの間にかそんな台詞を口に出していた。俺の意思とは全く関係なく発せられた言葉。何なんだ。体中を纏わりつく違和感は。これが夢だという事は気付いている。でも単なる夢にしては現実味が溢れている。これはかつて俺が体験した出来事の記憶なのだろうか。でもかおると呼ばれた少女と会った記憶は俺の中にはない。

 「ありがと」

 はにかむような少女の笑顔。それはとても眩しくて、同時に彼女が一体何者なのか気になった。

 

 意識が水面に浮かび、やがて岸へと辿り着いた。地に足を着けた俺の意識は目をうっすらとではあるが開かせ、その目に大量の光という情報を飛び込ませた。反射的に目を閉じるが、突如受けたダメージにしばらく視覚に頼る事は出来なさそうだ。

 まずは身を起こそうとした。しかしすぐにベッドに背中を押し付ける形となった。何故か隣から誰かの寝息が耳に届く。自然で穏やかな呼吸は酸素と共に平穏をその身に取り入れているかのようだ。

 「……寝息?」

 ふと疑問に思い、目線を左側へと巡らせた。全身が凍り付く。

 「どうしてだ」

 俺の左腕に抱き付き、幸せそうな表情で寝付く宙がいた。

 普段サイドポニーで結わえられた髪は解かれ、絹のようなさらさらとした黒髪がさらさらと枕を撫でる。細くて白い指は俺の青色のパジャマをしっかりと握り締め、また強固にしがみ付いている為起き上がる事どころか身動きする事さえままならない。

 さらに言えば、宙の胸が俺の上腕から肘に掛けて密着しているので、様々な面でこの現状は不味かった。

 「おい、宙。起きろ」

 右手を伸ばし宙の肩を揺する。揺する度に左腕に接しているものの存在が強調されるが、無理に意識の外へ押し退け、懸命に理性の制御と宙の覚醒に努めた。

 ようやく努力が実を結んだのはそれから一分後の事だった。

 「んっ」と目を強くつむり、身をよじると宙はうっすらと目を開け、やがて上体を起こし、拳を天井に向けて突き出し、大きく背伸びをした。そして宙は俺の方へ顔を向けると「あ、おはようございます」とまるで問題は何一つ無いかのように挨拶をした。ひまわりみたいな笑顔を見せる宙に、俺は何もかもどうでも良くなってしまい、諦観の面持ちで「おはよう」と返した。

 「いい目覚めでしたか?」

 「衝撃的な目覚めではあったな」

 「明日はもっと過激にいきますね」

 「ドアに南京錠と閂を掛けておくか」

 「ドアをぶち破って入るので問題ありません」

 「大有りだ」

 「でも過激ですよ?」

 「どうして俺が過激な起こし方を所望してるみたいになってるんだよ」

 「では穏便に起こしに来ますね」

 放っておいてくれと、今までの人生で一番切実に願った。

 「実はわたし、最初から目が覚めてたんです」

 ベッドから降り、くるりと回って俺にむき直ると宙がそう告白した。

 「え?」

 「だから先輩がわたしに抱き付かれてあたふたしてるところ、ちゃんと見てましたよ」

 あはっと悪戯がバレた小悪魔、宙は逃げるようにドアの向こう側へ姿を隠し、ひょっこりとドアの隙間から顔を出した。

 「わたしの体、存分に楽しんでくれましたか? 特に胸♪」

 耳に血が集まると同時に恥ずかしさが込み上げてきた。やましい事は一切していないが、罪悪感に似た感情が芽生えるのを感じた。

 「そ、宙!」

 「では朝食を用意してきますね」

 今度こそ宙が部屋から見えない場所へと出て行くのを一見すると、盛大な溜息を吐き、ベッドの上に上体を下した。昨日に引き続き、非常に疲労感を伴う事件を身をもって経験し、魂までもが削り取られる。心身ともに憔悴した。左腕に残る宙の温もりを再度意識してしまい赤面する。駄目だ。とにかく着替えて、朝食を摂らなければ。大きく息を吐き出し、呼吸を整え、毎朝恒例の動作をする事で落ち着きを取り戻す事にした。

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