9月25日
お久しぶりです!
まず本編をどうぞ。
喧しい電子音が耳朶を力強く叩いてくる。
またいつものように朝がやって来た。
眠気眼を擦りベッドからのろのろと出ようとすると、ひんやりとした空気が体を通り抜けた。ベッドの上に縮こまりたくなる衝動をなんとか押さえ、床に足を着けしっかりと立ち、目一杯背伸びをする。肩胛骨周辺からミシリと変な音がした。力を抜くと同時に体を捻ると今度は全身からミシミシと軋む音が聞こえてきた。寝ている間、一切動かなかったのだろうか。筋肉が解れていく心地よさよりも、何処かおかしな部分があるのではないかという不安が一緒くたになって胸奥に渦巻いた。
九月の下旬であるにも関わらず室温は十月下旬あたりの夜と大差ないように感じる。実際はベッドの中から出たばかりで体が外気に適応していないだけなのだが、身体がそれを理解しているわけがなく、拒みようのない嫌な感覚を、仕方なしに微妙に強い精神力を稼働させ受け止めた。
さて、いつものような朝ではあるが、今日明日明後日に限ってやらなければならない事が幾らかあるのだ。
食事だ。
以前――と言っても十歳の時だが――は包丁の握り方さえおぼつかなかったが、ちょこちょこ練習してきたおかげで大概のものは作れるようにはなっていた。目玉焼きは勿論、オムレツ、麻婆豆腐、炒飯、カツ丼、コロッケ、メインになりそうなものは一応作れる。
支度を終えて時計を見る、いつもより二十分早い。いつもより目覚ましを二十分早めたのだから当然か。事は順調に進んでいる。あとは朝飯を用意するのみ。
ドアを開け放ち、階下へと駆け足で降りていった。
フライパンにサラダ油を引き卵を落とすと、色の美しい黄身が熱い鉄の上でプルプルと身を捩らせ躍った。周りを覆い囲む卵白が徐々に純白に染まっていく様子をしばしば眺めてから数十秒の後、頃合いを見て皿へと移し塩胡椒を振り掛ける。これで目玉焼きの完成だ。さらに味噌汁とご飯、サラダを用意すれば、ある程度栄養バランスの整った朝飯が出来上がる。普段より早く起床するのは少々堪えたが、美味しく作れたようなので良いとしよう。
しばらくして、自分の手料理を自分一人で食すと、食器を急いで洗って家から出た。
時間には大分余裕があるが、昨日と比べて疲労の度合いがまるで違う。今朝作ったのは比較的簡単なメニューであったが、それなりに時間を取られてしまった。これ程の労働を早くからこなし、朝食のみならず夕食も作る文にはもはや平伏するしかない。
「ありがとう」
ベッドで寝込んでいるだろう幼馴染に尊敬の念を抱くと同時に感謝の気持ちが、いつも以上に沸き上がった。
「ってわけでさ。改めて文の偉大さに気付いた」
昼休み。いつも通りのメンバーで昼食を摂っているときに、今朝思った事を伝えた。各々反応に差はあるが、感心した様子が見て取れた。
「ふむふむ。ようやく宗やんは文っちの大切さ、健気さに気が付いたんだね! 笹野奏、大満足です。このペースでいけば四年後には元気な赤ちゃんの顔が見られるかも。期待してるね!」
「一体お前は俺をどうしたいんだ」
「それは女の子の口からはとてもとても・・・・・・キャッ!」
女の子の口からは出せないような内容の事を俺にさせようとする奏の思考に、もはや呆れるしかない。
今朝感じた事を率直に述べなければよかったと後悔する。後悔先に立たずとは、まさにこの事を言うのだろう。
「わたしが先輩の脳内で脱がされている? ……ゴクリ」
「宙、こいつぁヤバイみたいな目を止めろ」
「大丈夫です。妄想だけで抑え切れなくなったら迷わずわたしの胸にダイブして下さい。いつでも待ってますよ♪」
「永遠に来ないから」
「わたしと先輩の関係に進展なしだなんて! 昨日のデザートがリンゴじゃなくてミカンだった並にショックです」
「えらいどうでもいいじゃん」
「つまり先輩との関係は進展する事はあっても、後退する事はないのです」
「意味が分からない」
宙の発想や発言が着実に奏のものに近づいている。出会った当時の純粋な彼女は何処に行ったのだろうか。
「宗やんは将来文っちと契りを交わすんだよねー」
「交わさない」
「堅いねぇ。それじゃあ、間をとってわ・た・し・と☆」
「無理」
奏と一生を共にするなんて自殺行為、するわけがない。するとしたら……文か宙かな。
「無理!? 無理って言った! ひどいよ、宗やん。女の子には優しくしなきゃいけないのですよ」
机を掌でバンバン叩き、奏が不満を訴えてきた。
「そうだ、そうだー」
「そーだ、そーだ」
そこに便乗する宙と和志。宙は奏の意見に賛成した上だったのでいいが、和志はただつられて言っただけのようで、俺は和志に対して苛立ちを覚えた。
「確かに少し言い過ぎた。ごめんな。そんで、おい和志、さりげなく混ざるな」
「いじめ、はぶり、大反対!」
和志は決め顔でそう言った。苛立ちは怒りに昇華した。
「うざいからどっか行け」
「ひどい」
絶望に打ちひしがれたとばかりに和志が机の上に崩れ込んだ。どけ。俺の机だ。
「てゆーかー。宗やん、ちゃんとご飯作れるの? さすがに三食目玉焼きとかないよね」
「心配するな。野菜炒め、炒飯、豚の生姜焼き、焼きそばならいける」
和志を本人の机に押し戻して、何の問題もないと、やや冷や汗を掻きながら答えた。すると奏の目に憐憫が帯びた。
「とことん焼いてるね、炒めてるね」
一応他にも幾つか作れるけれどな。ただ食中毒とか不安で加熱しないと気が済まないだけだ。自分が作った物を信用出来ない時点で色々と駄目なのかもしれない。
「あと二日三日くらいだし、何とかしてみせるよ」
しかしながら、自炊を怠ってきたツケが、まさかこんな所で回ってくるとは予想だにしなかった。今後の為にも本格的に料理を覚えなくてはならないようだ。
「先輩はしばらくの間一人暮らしですよね」
「うん。どうした、改めて訊いてきて」
「あ、いえ、何でもないです。ちょっと気になっただけです」
宙が何かを慌てて誤魔化したのは明らかだった。良からぬ事か面倒な事でも企んでいたに違いない。かといって追求して答えてくれるとは思えず、一応この件は心に留めておく程度にした。奏と和志は食い付いて来るかと思いきや、特に反応せずに、新たな話題に切り替えていた。奏達にとってはまさに恰好の獲物。あの奏が面白おかしく弄り倒そうと画策しなかったので、内心で驚いていた。
結局そのままいつもの流れで昼休みが終わった。放課後になったのに、どうしても違和感が拭えないでいる。気にし過ぎだろうか。
長らくお待たせ致しました。
surteinnです。
大学の準備などが一段落したので、試験的に投稿しました。
また四月になると忙しくなると思うので、本格的な更新は予告通り五月からになります。
これからは大体週一更新を目標に執筆していきます。
今後とも宜しくお願い致します。
では(・ω・)ノシ