(4)
午後六時。自宅に戻り、私服に着替えた俺は隣に位置する文の家へ出向かった。インターフォンを押して間もなく、千代さんが対応してくれた。軽く挨拶を交わし、家に上がらせて貰った。二階へ行き、文の部屋の前に辿り着く。小学校に上がり自室を持つようになってからずっとドアに掛けてある、AYAと書かれたプレート。これが目印だ。焦げ茶色の割合が多い木で作られたそれは、材質が秘める温もりと優しさが伝わってくる。色とりどりの文字がプレート上で踊り、文らしさが感じ取れる。
軽く二回ノックする。コンコンと軽やかな音が廊下に響く。
「はい。どうぞ」
返事はすぐに返ってきた。宙と奏がお見舞いに来た後だからか目は覚めていたらしい。ドアを開け室内に入ると、ベッドの上で体を起こし、いつもより頼りない笑みを浮かべる文が俺を迎えた。高熱を出して寝込んでいたのもあってか、その笑みは普段よりも儚げで、今にも消え入りそうであった。直前まで読書をしていたのだろう、文の手元には文庫本が置かれていた。文が上に羽織っているパーカーの前を整える。
久方ぶりに文の部屋に足を踏み込むのだが、幼馴染と言えども文は女の子だ、あまり部屋の中をじろじろ見るのは宜しくない。なるべく文の顔に視線を固定させる事にした。
ドアを後ろ手で閉めながら、「よっ、文。調子はどうだ」と、どれ程快復したか訊く。
「宗くん。お見舞いに来てくれたの? ありがとう」
文は俺の質問を完全にそっちのけにし、様子を見に来てくれた事に対して感謝してきた。そこは、大丈夫、とか、まだ調子が悪いといった返答をするものだろう。たまにズレた発言をするのは今に始まった事ではないけれど。
まぁ、顔色は今朝よりは良くなっているので快方に向かっているのは読み取れたからいいか。未だ声が掠れているようだが明日には治るだろう。
「お前に渡したい物があるんだけど・・・・・・っと、はい」
手提げ袋から、TSU○AYAと書かれた手の平サイズの青い袋を一つ取り出し、そっと手渡した。形は本体に沿ってほぼ正方形となっており、見た瞬間何が入っているか検討を付けられる。
「開けてもいいの?」
「盛大に開けてくれ」
文は慎重にテープを剥がし、中から本体を取り出す。
「わたしが好きな・・・・・・」
文の小さく白い手が触れているのは一枚のCD、文が中学時代から聴き続けているあるアーティストの新曲が入っている。俺も何曲かシングルを持っており、時偶衝動的に聴いていた。瞼を落とし耳を澄ますと、果てしない草原と夜空の星々が精彩に現れる。透き通る声から紡ぎ出されるあの世界は、俺らを掴んで放さない、離れられない。文が夢中になるのも充分頷ける。
呆けたようにジャケットを眺めていたが、数秒後泡が弾けるように文が顔を上げた。彼女の瞳は綺羅星のように煌煌としていた。
「今日発売って聞いてな。何というか、いつも世話になってるお礼にと思ってさ」
静かにCDをベッドの脇に置き、感涙極まると俺の手をしっかりと掴んだ。柔らかな感触が俺の手を包み込み、血流が急激に速まる。文の傍に近付いた為か、女性特有の甘い、いい香りが漂ってきて心臓が大きく高鳴る。意識するな。文は幼馴染。そんな感情は要らない。
「宗くん・・・・・・ありがとう。大切にするね」
艶然と微笑む文に、俺は何とも面映ゆくなって目を逸らしてしまった。
「あ、ご、ごめんなさい!」
自分がした事に驚いてか、文は慌てて手を離すと布団を引っ張り顔を埋めた。栗色の髪の合間から見える耳は完熟したリンゴみたいになっていた。
「あと、ゼリー買ってきたからさ、よかったら食べてくれ」
気まずい空気が流れ始めたので、話題を変えるべく手提げ袋の中から桃ゼリーを一つ取り出した。どんなスーパーでも売っていそうな、実例を挙げるとすれば、小学校の給食で出されるものとほぼ変わらない桃ゼリー。味は値段の割に悪くなく、手軽に食せる一品。プッチンプリン同様時偶食べたくなるのは何故か、永遠の謎である。
「懐かしいね。よく小学校で出てたよね」
「そうだったっけ」
記憶違い。これは寸分違わず懐旧の情溢れる小学生時代に味わったものらしい。人間の記憶というものは実に曖昧だ。
「これが大好物で、わたし、宗くんによく貰ってたよね」
「そういえば、お前、本当に幸せそうに食べてたよなぁ」
ゼリーを口に入れた瞬間の今にも天に昇りそうな惚けた文の表情は、見ている人まで幸せにしそうだし、事実、俺は幸せな気持ちになった。
「んで、何かして欲しい事ある? どんな事でもするけど」
「唐突に話が変わったね・・・・・・うーん、して欲しい事かぁ」
文はそう呟くと唸りながら考え込んでしまった。何か、と言われれば迷うに決まってるか。限定されていれば決めやすいのだが、下手に範囲が広いか、特に指定されていないと逆に難しくなる。最も、こんな台詞は文の様な一般的な思考を持った人にしか言わない。もし奏辺りに言おうものなら、「爆転して」「逆立ちで街中を練り歩いて」「高級霜降り和牛が食べたい、生で」など無理難題を押し付けてくるだろう。鮮明に想像出来てしまい、思わず頭を抱え込みたくなった。
賢明に考える文の動作がふと、ぴたりと止まった。
「何か浮かんだか?」
「え!? う、ううん。全然だよ」
明らかに嘘だ。
「遠慮せずに言えよ。アイス食べたいとか、たい焼き食べたいとかでも、頼みたい事は何でも言えって」
「何で食べ物ばかり」
今俺が食べたい物だとは言わないでおこう。
しばらく文は俺の顔と手元に視線を行き来させたり、布団を強く握ったり放したりと、忙しくしていたが、またしても動きをぴたりと止めた。文は俯き、さっきと同じく布団に顔を伏せた。一体何を頼むつもりなのだろう。
「わ、笑わない?」
「笑わないよ」
「本当?」
「本当だって」
視線が交錯する。文の目から恥ずかしさや期待が溢れてくる。相手の目を見て言葉を紡ぐ。とても簡単そうで難しい事。俺の瞳から溢れる真剣さを汲み取ったのか、文はコクンと頷き、そして、
「ゼリー、た、食べさせて欲しいなって・・・・・・」
望みを伝えた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「え、それだけ?」
文の目が大きく開かれた。
「それだけ!? ひどいよ。わたし、スゴい勇気出して言ったのに! 恥ずかしかったの我慢して言ったのにそれだけって」
「ごめん」
ムッとして怒りを露わにする文に潔く謝る。段々と文の声が大きくなっていたし、これ以上は喉を痛める可能性が充分にある。きっと咽喉部が赤く腫れているし。病態を悪化させるような真似はしたくはない。
何処か納得のいっていない様子ではあるけれど文はそこで口を閉じた。
「よし、それじゃあ早速」
手提げ袋をベッドに立て掛け、手に持っていたゼリーの蓋を取っ払う。ビニール製の薄いフィルムは、仕方ない、ズボンのポケットに突っ込んでおくか。
「本当にやるの?」
「自分から言っておいて本当にやるの? はないだろ」
付属のスプーンで桃ゼリーを一口分掬うと文の口元に持っていく。
「はい、口を開けろ」
「・・・・・・そこはあーん、とか言うものじゃないの?」
顔真っ赤にする程恥ずかしいなら言わなければいいのに。
「あーん」
「あ、あーん」
そって口の中に入れてやる。文はもぐもぐと数回噛んでからコクンと可愛らしく飲み込んだ。
「おいしいか」
「うん、とてもおいしい」
「二十個買ってきたから遠慮なく食べろよ」
「二十個も買ってきたの!?」
「大好物だった記憶があったからさ」
「幾ら好きでも二十個は辛いよ」
「誰も全部食えとは言ってない。千代さんとか勝さんと一緒に消費してくれ」
桜木一家は甘いもの大好きだし、すぐになくなるだろう。特に千代さんはショートケーキワンホール食い十分を達成した人だし。
「・・・・・・全盛期の頃ならいけたんだけどなぁ」
「全盛期?」
「今は頑張っても十二個かな」
千代さんの血は確実に受け継がれている。
「充分凄いと思うけど」
「次、お願い」
二口目を催促されたので再び桃ゼリーを文の口元へ。
「ぱくっ」
ひたすら桃ゼリーを食べていく文。その表情は部屋に来た時よりも断然明るくなっていた。
文のお見舞いに行く=好感度アップ
宙放置してるなぁ。
よし、宙イベントを書くか。
意見などがあれば感想欄までお願いします。
では(・ω・)ノシ
奏「それで、それで? 宗やんとは何処まで行ったの?」
文「何処までって?」
奏「それはもちろん……コショコショ……ね♪」
文「そ、そそそそそそんな事しないよ!
わたしと宗くんは幼馴染だし、そんな、その」
奏「初々しいのう。ほっほっほ」
宗「何を話してんだ?」
文「そ、宗くん! 何でもないの。うん、全然!」
奏「文っちが宗やんとキ……」
文「わーわーわー! 奏ちゃんストーップ!」
宙「文先輩には負けられません」
和「この写真集は新しいな。この体勢、このアングル、素晴らしい」
楓「ふん!」
和「ああああああああああ! 破られたああああああああ!」
渚「こ、こんな破廉恥な本があるのですか……」
楓「三条さん、落ち着いて。今のは早急に忘れて」
奏「ナギが大人に一歩近づいたのでした」